失意の査察官 残した言葉の謎 (前編)
如月さんからの告白を受けて、何とか了承した翌日。僕は、学校が休みのため、趣味のサイクリングで静岡県の土肥サイクリングロードまで来ていた。
「あっつー。やっぱ、本土の方はあっついわ」
「でも、やっぱサイクリングは気持ち良いな~」
「西園寺さんも一緒に来れたら良かったのにな〜」
西園寺さんは只今、メイド課の研修中。
「海も綺麗だし、記念に写真でも撮ろうかな」
「あ、しまった。カメラ持って来るの忘れた」
そんなことを言っていると、スッと青のトヨタ ハリアーが横に止まった。僕は嫌な予感がした。その予感が当たってほしくなかったので、勢い良く、自転車のペダルに足を掛けた。
その瞬間、車の扉が勢い良く開いて、同い年ぐらいの女性が3人出てきた。僕は彼女達を見た時に、あ~、やっぱり面倒事かと、心の中で愚痴った。そんなことをつゆ知らず、後部座席に座っていた女性が話し出した。
「あの~、あなたが解決屋の司さんですよね」
「いえ、人違いです」
「ふふ、人違いじゃないですよね?」
「その根拠は?」
「だって昨日、ゆきりんから電話が掛かってきて、『もし何か困ったことがあれば解決屋の司くんを頼ってね』と言ってましたから」
マジか〜、何やってくれてんの? 如月さん……
「はぁ~、如月さんは僕の体質のこと知っているはずなんだけどなぁ~」
「ああ。それでしたら、司くんなら大丈夫って、ゆきりんが豪語していましたよ。あと、私達も一緒に手伝うからとも言ってました」
「いや~、そういうことじゃないだろう」
「というかそれ以前に、彼らは僕の体質や通り名、果ては父親が小さい時に交通事故で亡くなったことなんかも知ってて、若干鳥肌が立ったんだけど」
「まぁ、彼らですからね」
え!? な、納得するものなの?
「それで納得するあなたもさすがですよ」
「褒め言葉と取っておきます」
彼女はニコニコしながらそう言ってきた。
「それで、僕に話って何ですか?」
「話を聞いて下さるのですね」
彼女は僕の胸倉を急に掴んで、グッと鼻と鼻が当たりそうなぐらいまで近寄ってきた。一瞬ドキッとしたが、すぐに助手席側の女性が僕の胸倉を掴んでいる彼女の手を振り解いた。
「今はこんなことしている場合じゃないでござる」
「うっ、そんな怒らなくても」
「すまぬでござる。話の途中なのに」
「いえいえ、ええっと、あなたは?」
「あ、そういえば自己紹介まだだったでござるね」
な、なんだ? 新しいキャラか?
「拙者の名前は、柊木飛鳥。飛鳥って呼んでほしいでござる。剣豪をしているでござるよ。何か困り事があれば、いつでも拙者に言ってほしいでござる。あっこれ、拙者の電話番号が書いてある紙でござる。司くんとはこれから長く付き合っていくことになると思うから渡しておくでござる」
「あ、ありがとう」
「って、え、ござるって何?」
「口癖でござる」
「そ、そうなんや」
な、なんや、デジャブを感じる。ま、いっか。それよりも
「あの、僕の胸倉を掴んできた女性と、さっきから立ったままアイマスクをして寝ている女性は誰ですか?」
「彼女の名前は、青葉ミズキでござるよ。ドライバーをしているでござる。運転をしていない時はああやって寝ているでござる」
zzzzzzz……、zzzzzz………
「ええっと、立ったままですか?」
「そうでござる。ミズキはどんな体勢でも寝れるでござるよ」
「そ、そうなんですね」
「それで、さっき司くんの胸倉を掴んでいた彼女が」
「そこからは、私が話します」
大丈夫かな………この人。
「大丈夫でござるか?」
「ええ」
「初めまして。私の名前は、後藤朱莉。後藤造船グループの令嬢をしています。気軽に朱莉っちと呼んでください」
「初めまして、僕の名前は……」
「そこからは良いですよ。司さんの情報はみんなに逐一共有されていますから」
な、何だと!? 今日も今日とて厄日か……
「え? 僕の情報が逐一共有されてるってどういうことですか? っていうか、みんなって?」
驚きである。僕の個人情報が逐一みんなに共有されているなんて……一体どうなっているのだろうか。
「ごめんなさい。このことについては、シークレットなんです」
「いや、でも」
「今のことは無しで」
「無しでって」
「それより、話の途中だったわね」
「ああ、そうだけど」
「じゃあ、話の続きをしましょうか」
話をはぐらかされたのだが……
「……はぁ~、分かった」
「それで、どこまで聞いたっけ?」
「司くんが私の話を聞いてくれるってところまでかしら」
「ああ、そうだったな。まあ一応、話だけな」
「話だけ、ですか?」
話がどんなのか気になるね。
「うん。話を聞いて、僕が解決できる問題か判断するためにね」
「そうですか、分かりました」
「では、事件の内容について……」
「朱莉っち、説明をするのは省いた方がいいと思うでござるよ」
「なぜですか?」
へぇ〜、あの話か。
「司くん、朱莉っちが後藤造船グループの令嬢って言った辺りから、何か気づいていたでござるから」
「え? 凄い。私の名前を言っただけで分かるなんて、さすが司さんですね」
「後藤造船グループと言えば、あの事故のことかな~っと思いましたから」
「うん、その事故のことについてでござるが」
「事故じゃないです。事件なんです!!」
朱莉っちがまた、僕の胸倉を掴んできた。
「おおう、まあまあ、落ち着いて」
「すみません。取り乱してしまって」
「いえいえ、大丈夫ですよ」
「ええっと、確かあの事故は後藤造船グループの令嬢である朱莉っちの婚約者、古都慎二さんが後藤造船グループ所有の別荘にあるガレージに停めてあったランボルギーニに乗った瞬間に車が爆発したっていうものでしたよね?」
「はい、そうです」
なんともまあ、可笑しな事故だこと。
「確か、警察の現場検証で爆発した車の周りに微量だが、ガソリンと煙草の燃えカスが発見されたと記憶してますが、合ってますか?」
「はい、合ってます」
「そのことから警察は、慎二さんが車に乗り込み、エンジンをかけた後、煙草に火を付け、一服。その後、煙草をガレージに捨て、車を発進させようとした時に、運悪く、車から漏れ出ていたガソリンに引火して車が爆発したと発表していたと思うんですが、合ってますか?」
「はい、合ってます」
「でも、朱莉っちはこの事故を事件だと思うんですね?」
事故じゃないよね? これ……
「はい」
「その根拠は何ですか?」
「だって、慎二さんは煙草なんて吸う人じゃないですから。それに……」
「それに?」
「それに、慎二さん。ガレージに向かう間際に、私に誰も信じるなって言って……」
「誰も信じるな。ですか」
ますます怪しさ満点だね。
「はい……」
「一体どういうことなんでしょうか?」
「私、何が何だか」
煙草を吸わない被害者、それに運悪くといっても稀なケースな事故。……これは、本腰を入れて調査したほうがよさそうですね。それにしてもさっきから朱莉っちのペンダント微かに光が点滅していますね。
「ふ~ん、なるほど」
「な、何か分かったのですか?」
「うん、まあね。この事件を解くピースを1つね」
「ピースですか? それは一体」
「朱莉っち先に謝っとくけど、その首から掛けているペンダントを拝見させていただいてもよろしいですか?」
いや〜、物的証拠って近くにあるものだね。
「このペンダントをですか?」
「はい、そのペンダントです。祖母の代から代々お家に受け継がれているものなんですよね?」
「よく、ご存じですね」
「いえいえ、気になったことは調べないと気が済まない性分でして」
「そ、そうなんですね」
あれ? 引かれてない?
「それで、拝見させていただいてもよろしいですか?」
「ええ、どうぞ」
僕は朱莉っちからペンダント預かってじっくりと拝見した。それにしてもこのペンダント普通のより微かに重い。それに、この光の点滅と黒いものは……
「へぇ~、なるほど」
「どうかされたのですか?」
「このペンダント、中に極小さな盗聴器とGPSのマイクロチップが仕込まれた偽物ですね」
「え? 嘘……偽物って」
「本当のことです。朱莉っちにも心当たりがあるはずです」
そう、朱莉っちは知っている。
「え? 心当たり何て……」
「そうですか? 慎二さんが亡くなってから、朱莉っち、命を狙われたことは無かったのですか?」
「え、どうしてそれを……」
「簡単な話です。朱莉っち、慎二さんから何か聞いたり、貰ったりしませんでしたか?」
「えっと、どうだったかな?」
ねぇ、覚えているんじゃないですか?
「よく思い出してください」
「う~ん、まさか……これ、かな?」
朱莉っちは右腕にしている古びた腕時計を僕に見せてきた。
「腕時計ですね。少し拝見させていただいてもよろしいですか?」
「ええ、どうぞ」
「この腕時計、いつ貰われたのですか?」
「……たしか、私の誕生日の時だったかな?」
「そうですか。……ん?」
僕は朱莉っちの着けている腕時計を拝見している際に、腕時計の裏側に微かな膨らみを見つけた。このぐらいの形のものといえば、……あれだよね。
「何か分かったのですか?」
「ええ、まあ」
「それよりも、そのペンダントがいつ偽物と入れ替わったのか、先に話しますね」
「は、はい。お願いします」
「ええっと、まず、そうですね。朱莉っちはペンダントをいつも着けていますか?」
ここが1番大事なターニングポイントだよ。
「はい。毎日、身に着けています」
「そのペンダントを外す時はありますか?」
「お風呂に入る時と寝る時だけ外します」
「なるほど」
つまり、そういうことか……少し鎌をかけてみるか。
「朱莉っち、お風呂に入っていた時に、不審な影を脱衣所で見ませんでしたか?」
「え、どうしてそれを?」
やはり、その時にすり替えたんだな。あとは……
「簡単な話ですよ。その時に、朱莉っちのペンダントを偽物とすり替えたんですから」
「それとね、朱莉っち。その不審な影、女性のシルエットをしていませんでしたか?」
「え、何で分かるのですか?」
やはり女性でしたか。それにしても女性だけの単独犯というのは何かと難しい。ということは、この事件、複数犯と仮定して調査するべきだな。
「簡単な話ですよ。女性のお風呂の時に、脱衣所に忍び込めるのは同じ女性だと思ったからです」
「な、なるほど」
「それで、ここからの話は、そのペンダントを預かってから話そうと思うのですが、よろしいでしょうか?」
「………このペンダントをですか?」
「はい」
物的証拠、頂きました。
「朱莉っち、そんなにビクビクせずとも大丈夫ですよ。偽物ですから」
「そうですよね……」
う〜ん、朱莉っちが暗い………
ここは……話を変えてみよう。
「まあ、そういうことですから。現場に行きませんか?」
「でござるな。今、ミズキを起こすでござるよ」
飛鳥がミズキさんの肩をゆさゆさと揺らしながら呼びかけ始めた。
「ミズキ……起きるでござる」
zzzzzzz……、zzzzzz……
zzzzzzz……、zzzzzz……
zzzzzzz……、zzzzzz……
中々、起きないね。
「ミズキ、起きるでござるよ!!」
「う………うるさいなの、ふぁ〜。う〜んっと、……もう………お、はなし終わったなの?」
「ええ、一応は終わったわ」
「でござる」
「そう。では、車に乗るなの」
僕たちはミズキさんの誘導で車に乗り込んだ。
シートベルトはしっかり付けたよ。
これ、一般常識だからね。
「全員乗ったなの?」
「「「はい(でござる)」」」
そこでふと、自分の自転車のことを思い出して僕は叫んだ。
「あ、僕の自転車!!」
「自転車なの? 車に乗せるの〜」
ミズキさんは手慣れた手つきで僕の自転車を車内に積み込んだ。
「これで良いなの」
「では、出発なの〜」
ござる、良いですね。
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