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女神の追憶片  作者: 楸むく
雨の国と銀灰の治癒士
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三章 七 「欺騙前座」

 

「ああ、くそ。腐った化け物どもめ、アイツらの匂いが鼻の奥にこびりついてやがる」

「緊急事態とは言え、さすがに腰抜かしたよなあ。まさか、自陣に魔物まで取り込んでたとは」

「取り込んでる、なんて言えた状態か?奴ら、あの方の命令にしか従わないじゃねえか。いざって時、敵味方の区別もつかないようじゃあ……」

「いや、そうでもないみたいだぞ。暫く前だが、ドゥーク様が連中を従えて、街へ降りたらしい」

「なんだ?じゃあそのうち俺達も、化け物どものお守りやらされるってことか?話が違い過ぎるぜ、まったく」

 

 二人の近衛が、ランタンの灯りを頼りに歩を進めている。周囲を憚ることなく興奮気味に吐き出される不平は、彼等が次席派、ドゥークの支持者であることの証明だった。謁見宮を囲う回廊を哨戒していた二人は、番兵と持ち場を代わるべく、正門を目指していた。

 

「にしても、こんな大事になるなんてなあ。俺達はまたドゥーク様の時代に戻るならそれで良かったってのに。これからどうなっちまうんだか」

「それに見ただろう?得体の知れない魔物の軍勢に、得体の知れない『あの術』だ。俺らいったい、何と手組んじまったんだろうな」

「あれは驚いたよなあ。魔術の一種なのかと思ったが、術士どもも知見なしときた。全くの新手なのか、それとも——」

 

 不意に言葉を切り、一人が足を止めた。つられて、もう一人も立ち止まる。

 

「どうした?」

「なんだ……目眩が……」

「は?」

 

 眠い、と呟いた近衛が、顳顬こめかみを押さえふらふらとその場に蹲る。もう一人が隣に膝をつき様相を伺おうとする間に、蹲った近衛はずるずると完全に地に伏した。

 

「おいおい、勘弁してくれよこんな時に!持病でもあったのか?術士を呼んでくるから、暫くここで大人しく——」

 

 そこまで口にして、ふと思い至る。

 

 世にはある日ある瞬間突然に、意識を失い死に至る病が存在すると聞く。彼もその類であるのならば、生命術を扱える者の助力が不可欠だ。術を用い、治療を施す必要がある。

 だが、もしも——

 

(いや、まさか……「逆」?)

 

 周囲を警戒すべく立ち上がったその瞬間、すぐにまた地に膝をつくことになった。遅かった、と武器を抜く間もなく、立っていられない程の痛烈な眠気が全身に回る。渾身の力で立ち上がろうとするが、既に制御を失った身体は言うことを聞かない。背中に壁が当たる硬い感触の後、ずるずるとその場に座り込む。視界の端に何者かの姿を認めながら、ぷつりと意識を手放した。

 

 

 

 

 

「さすがです、ロイド」

 

 気絶した近衛が背を預けている壁の横、整えられた低木の後ろから、二つの人影が現れた。雨衣の上、頭と肩に薄く乗った雪を払いながら、王女レジーナが隣を見上げる。天眼の光輪で敵に位置がバレないよう手を翳していたロイドが、肉眼に切り替えながら一つ息をついた。

 

「いえ、少し……危なかったです。『自分達が何らかの術中にあるのではないか』と、察されたようでした」

「そう……なのですか?気付かれたということ?」

「ええ。あの術は、一度に一人にしかかけられません。大勢を一気に眠らせられたら楽なんですが、できません。それと、戦闘時などで興奮状態になっている相手には効きません。さっきの二人目の方は、かなりギリギリでした。そういう難点——短所もあるので、敵が二人以上の場合、素早く、かつ怪しまれないように使わないといけないんです」

「……あなたも、サフィラも、難しいことなんてないみたい」

「そんなことないですよ。魔術も、戦闘術も、まだまだ極めるには程遠い。さっきの術も、成功させられるのは今のところ三人が限界です。四人以上なら……殴った方が早いかも」

 

 レジーナの様子を気遣い戯けたロイドに、意外にも王女は同じような顔で微笑んだ。

 

「……それなら、私にも出来るかも」

 

 意表を突かれたロイドだったが、すぐに目を細めた。

 

「お手を煩わせないよう、気をつけます」

 

 言いながら、物陰へ移るようレジーナを促す。自身も隣へしゃがみこみ、周囲を警戒しながら、再び天眼に切り替える。

 城壁が近付いた時点で、ロイドは一度馬上から中の様子を探っていた。そうして知った城内の異変は、間近で視ると余計に、事の重大さが際立つようだった。静かに、息を吸う。

 

「陛下は、ご無事でいらっしゃいます。妃殿下や兄君もご一緒です」

「本当ですか⁈」

「ええ。場所は謁見宮、マリナ妃もご一緒です、それと……うちの母も」

 

 そこまで言って、ロイドの表情が曇る。さっきとは違う、険しく細められた瞳が揺れる。

 

「壁の外で視た時にはいませんでしたが——今はマグナスとサフィラもいます。というより、今連れてこられたのか。捕縛されています。もう一人側に……このアニマは見覚えがないな。敵ではなさそうですが」

「敵というのは?他に誰がそこにいるのですか?」

 

 じっと同じ方向を見据えながら、ロイドが二度瞬きをする。少しだけ低くなった声で、淡々と言葉が発せられる。

 

「魔物がいます。謁見宮の中に、壁に沿うように綺麗に並んで」

「どういうことですか?どうして城に……海鳴りもなかったのに……」

 

 雨具屋でロイドや双子が海鳴りの警報を聞いたとき、レジーナは気を失っていた。信じられないという顔で、ロイドの雨衣の袖口をそっと握る。しかし、警報を聞いたロイドにとっても、眼に映る状況は酷く不可解だった。

 

「殿下がお目覚めになる前、一度警報が鳴ったんです。ただ、海鳴りの音や振動自体は確認できませんでした。不自然に、突然警報だけが響いたんです」

「それは……いま城にいる魔物とは無関係ということですか?」

「わかりません。不可解な点が多い……謁見宮にいる魔物は、壁際に整列している者だけじゃありません。外にもいます。扉の外側から回廊全体にまで隊列が続いています。それと、円卓に着席している妃殿下方の背後にも、一体ずつ控えている……人質の監視役と言ったところでしょうか」

「そんな——いつ襲われてもおかしくないのでは」

「普通は、そうです。考えられるのは、彼らが他の魔物達とは一線を画した個体であるか、もしくは……何者かの命令に従っているか。こちらの方が可能性として有力です」

「何者か、とは」

 

 少しだけ考えるようなそぶりを見せたロイドが、「これがどういった状況なのかはまだ分かりませんが」と前置きした上で、言葉を続ける。

 

「陛下は円卓ではなく、玉座におられます。陛下のお側には、執政殿——テネブレ卿が。マグナス達を連行してきたのは、ザインです。それから、見張りらしき近衛が数人。俺にも見覚えのあるアニマが多いので、恐らくは古くから在籍している者達かと。彼らの背後には、魔物がいません」

 

 レジーナが、思案するように俯く。「敵は執政家……?何のために……」と小さく呟いた王女が、何かに気付いたように、ロイドが眠らせた二人の方へ顔を向ける。

 

「まさか、さっきの二人も?」

「ええ、恐らく」

「彼らの会話、少しだけ聞こえたけれど——私達の『敵』は、魔物を仲間にしている?」

「ほぼ間違いないかと。それと——そう考えると、謁見宮の中の状況はだいぶ切迫しています。今、マグナスとサフィラともう一人が、円卓の前に転がされました。執政とザインが合流して、少し離れた場所へ移動してます。たぶん、会話を聞かれないために。今後の方針が決まり次第、すぐにでも彼らは動くと思います」

「——!いますぐ、助けには行けないのですか⁉︎」

「魔物の数が多い、一度に制圧するのは無理です」

「味方を増やすことはできませんか⁉︎他の近衛や、術士達は⁉︎」

「近衛の多くは地下牢に幽閉されています。同じように、その上階の守衛室には術士達が。そちらの警備は謁見宮より手薄で、俺一人で何とかできると思います。ですが、謁見宮には出入りできる扉が一つしかありません。大勢で詰め掛けたとして、突入に時間がかかります。人質をとられている以上、成功する確率は限りなく低い」

「そんな——では、このまま待つしかないと?何も方法はないと言うのですか?」

 

 悲痛な王女の声を耳に受けながら、ロイドは視線を巡らす。今一度、謁見宮内外のアニマの配置を確かめる。少し範囲を広げ、周囲の状態もくまなく確認した後、ロイドは表情を緩めた。天眼を閉じ、見上げてくる王女と視線の高さを合わせると、静かに語りかける。

 

「方法は、あります」

「——!本当ですか⁉︎」

「はい。ですが、この作戦を成功させるには、殿下のご協力が必要です。少しだけ、怖い思いをさせてしまうかもしれません」

「構いません。教えてください」

 

 間髪入れず答えたレジーナに微笑み、天眼に切り替えたロイドが、さっきとは別の方向を見据えた。レジーナもつられて顔を向ける。それは、味方になりそうな者達が閉じ込められているという、地下牢の方角だった。

 

「作戦そのものは、いますぐに謁見宮へ向かっても始められます。ただ、一つ大きな不安要素がある。殿下には、その要素を無くすために動いていただきたい」

「不安要素、とは?」

「暫く眺めた所感だと、魔物達は恐らく、ごく簡単な命令にしか従えないようです。複雑な指示が出せるなら、個々にもっと別の任を与えているはず。数の上では脅威ですが、より警戒すべきはセクトールと、彼らと手を組んでいるであろう近衛達です」

「なるほど……」

「それを踏まえた上で——敵側についていることが明白で、我々の脅威になり得る人物がひとり、謁見宮にいません。彼の実力的にも、作戦遂行中に外から合流されると非常に厄介です。彼は今、地下牢守衛室にいます。そろそろ城へ戻る頃かと思ってはいたのですが——随分と早いご到着だったようで。あ、ちょうど今、術士の一人に眼を使わせて、こちらに気付いたようです。丁度いい、出向く手間が省けました」

 

 素早く天眼を閉じたロイドが、レジーナへ向き直る。その真剣な眼差しに、王女の身体に緊張が走った。

 

「殿下、これから彼はこちらへ向かうはずです。どうか俺を信じて、お伝えする通りにご協力を願います」

「……勿論です。ロイド、その人物とは?」

 

 ロイドの口角が、不敵に上がる。

 

「——先代アストルム、ドゥーク卿です」

 

 

 

 

 

 

 

 

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