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女神の追憶片  作者: 楸むく
雨の国と銀灰の治癒士
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前章 二 「無いはずの」



 結局、初日の講義はアルビスとファヴラー、途中からはサフィラも加わって、二種類の魔術の実演講座という形になった。どちらの術をどの媒介で使用したかを、簡単なクイズ形式にして生徒達に見せていった。初日ということもあってか、好奇心旺盛な子供達にせがまれるまま様々な術式を行使したアルビスは、魔力が凄い速さで減っていくのを感じ、ピンチヒッターとして弟にバトンタッチしたのだった。ほとんどの術士が一度で魔力を枯らしてしまうような術でも、サフィラならば問題ないという確信があったからだ。両親や、その同僚だという他の魔術士を何人も見てきたが、サフィラより多くの魔力を持った人間を、アルビスは知らない。その上、失った魔力が回復する速度も桁違いに速かった。少しばかり異質とも取れるほど圧倒的な力を、アルビスの三つ歳下の弟は秘めている。


 だが、神は二物を与えないとはよく言ったもので、彼には魔術士として致命的な欠点があった。代々メンシズ家の者に受け継がれてきた高精度の天眼を、どういうわけか彼は継承していなかったのだ。軽度な遠視(とおみ)であれば使用できるようだったが、生命術の要となる流査(りゅうさ)に関しては全く機能していなかった。このことは、魔術士としても、メンシズとしても、いずれ必ず大きな障害になるはずだと、アルビスは危惧している。だが今は、同期生達に囲まれ、心なしか誇らしげに属性術を披露する弟が、ただただ微笑ましく映るだけだった。








 昼過ぎ、二人がメンシズの居住棟へ戻ると、父母は揃って留守だった。そういえば、今日は午後から何か大事な会合があると言っていた。ファヴラーも出席するのだろうか。できれば両親と顔を合わせることがないと良いのだが。そのまま真っ直ぐ自室へ戻り、ベッドの上に鞄を放ると、ドサリとその横に腰掛ける。朝起きた時のまま、布団は足元の方へ捲られ、シーツもよれている。部屋の反対側にあるサフィラのベッドを眺めると、いつもいつの間に直すのか、綺麗にベッドメイクが施されている。少し遅れて部屋に入ってきた当人も、所定位置なのだろう机の横のサイドチェストに鞄をかけ、きちんとローブを正しながら椅子に座った。


「……几帳面」

「はい?」

「なんでもない。今日も温室に行くのか」


 温室というのは、国内で消費される穀物や野菜、果物等の栽培を行う二つのドーム型の建物で、魔術士達が生命術を用いて管理している。そして、広い敷地内の一角で魔石の生産も行っている。グリモア専用のインクに使われる魔石は、天然物として採掘された物以外にも、あらゆる鉱物に大量の魔力を流し込むことで人工的に作ることが出来る。サフィラはここ最近、その魔石作りの作業場に足繁く通っている。植物に囲まれた温室内の環境は遠視の訓練にもなるからと本人は張り切っていたが、天眼が鍛えてどうこうなる物なのかという疑問は言わないでおいた。


「その予定です。僕が手伝いに行くとあっという間に作業が終わると、喜んでもらえるので。兄様もいかがですか?」

「俺はいい」

「書庫へ行かれるのですか?」

「いや……今日はここで読む」


 そもそも読めるのかわからないのだが、と、心の中で付け足す。枕の下に押し込んである例の本は、昨日ざっと見た感じ、すぐに理解できそうな言語かどうかも判断できなかった。もし仮に世界分断以前に書かれた物だとしたら、読み解くのは骨が折れるかもしれない。さっそく取り掛かろうとベッドに乗り上げ、枕の下から本を取り出した。アルビスが壁に背中を預け表紙を開いたのを確認すると、サフィラはローブのポケットにメモ帳替わりの羊皮紙と万年筆を入れ、雨衣を羽織ると静かに部屋を出た。「では、行って来ます」と控えめに声をかけたが、返事は返って来なかった。一度何かに没頭してしまったアルビスは、自分と外界との間に壁でも出来ているのかと思うほど、周りが見えなくなる。


(あの感じだと、帰っても気づかないかも。また夕飯食べないのかな。それどころかまた徹夜とかもあるかも……)


 知らない言語だと言っていた。帰っても読むのに難航しているようなら、力になれるかは分からないが自分も見せてもらおう。敬愛する兄の横顔を想像し、フードを被ると足取り軽く雨の中へ踏み出した。








「ただいま戻りました」


 夕方、サフィラが魔石の量産を終え自室へ帰ると、ベッドから机に移動したアルビスが頬杖をつき本のページをめくっていた。机の上にも足下にも、大量のメモ書きが散らばっている。よほどお手上げ状態だったのか、珍しく弟の帰宅に気付いたアルビスが「おかえり」と振り返ると、入口の扉を開けたままサフィラが固まっている。アルビスの方を凝視したまま、室内へ入って来ない。見開かれた大きな瞳は瞬きすらしていない。何か、様子がおかしい。


「サフィラ?」

「……兄様」

「どうした?あ、散らかしたのは悪かった。あとでちゃんと——」

「違います。僕はあまり眼が良くないから、だから気のせいかもしれないと最初は思ったんです。温室で天眼を開いて、どうせぼんやりしか視えないからとそのまま出て来てしまって、でも、近付いて視てもやっぱり変わらなくて、その、それは一体……」

「それ……?」


 本のことだろうか。

 かなり古い本だから、開いたままだったと言う天眼で、虫が沸いているのでも見つけたのだろうか。いまいち要領を得ないサフィラに首を傾げる。通常、どんな言語にもある程度の規則性がある。何度も出てくる単語や活用の仕方から探ってみようとしたのだが、この本にはそれが全くなかった。使用されている文字のような物も、絵なのか字なのか、まるで子供が描いたぐちゃぐちゃの線の塊のようで、誰が、何のために、何を伝えようと書かれた本なのか、意図が全くわからなかった。

 それはまるで、読まれることを恐れているかのように。


 脳内に、衝撃が走った。


 もしこの本に書かれていること自体、意味などなかったら?

 もしこの謎の文字の羅列が、開いた者の目を欺くための偽造カモフラージュだとしたら?

 そして今、サフィラは「天眼」と言わなかったか?


 はっとしてその眼を見ると、やはり天眼の使用中のみ現れる碧色の光輪が、淡く瞳の縁を彩っていた。


「アニマは物体には宿らない、そうですよね?なら……その本は一体なんなのですか?その、緑色の本は……」


 困惑した声。慌てて振り返ると、古ぼけた茶色の皮表紙が変わらず机の上にある。まさか、まさかそんなはずはないと思いつつ、サフィラも視ているであろう遠視の眼を開く。


「嘘だろ」


 弟の言った通り、本からは緑色の光が溢れ、まるでそこに命あるものが鎮座しているかのように、存在を主張していた。







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