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【短編】ブラック魔道具師ギルドを追放された私、王宮魔術師として拾われる ~実は王国最高レベルの魔法使いだったと気づいてももう遅い。ホワイトな宮廷で評価してくれる人たちと幸せな新生活を始めます~

作者: 葉月秋水


「ノエル・スプリングフィールド。役立たずのお前はうちの工房にはいらない。クビだ」


 ギルド長の言葉に、私は言葉を失うことになった。


 明らかな人員不足の中、仕事を回すべく身を粉にして働いてきた。

 今何連勤してるのか、三桁を超えてからはもう数えていない。

 気が遠くなる量の残業と、まったく払われない残業代。


 最低水準の給与。

 次々と身体を壊し辞めていく死んだ目の同僚たち。


 田舎の悪いところを凝縮したような、厳しい労働環境。


 それでも耐えていたのは、魔法を使える仕事が地方にはほとんどないからだ。


 小さい頃から魔法が大好きで、魔法を使える仕事に就くのが夢だった。

 私にとって、この魔道具師ギルドは絶対に失いたくない大切な職場で。


 だから、他の人の二倍、三倍と働いて認めてもらえるようがんばっていたはずなのに……。


「まったく。三年務めてまだ誰にでも作れる水晶玉しか作れないとは。君のような出来損ないを雇っていたこちらの身にもなってほしいよ」

「難しいものも作れます。やらせてください。私、できますから」

「お前にできるわけないだろう。そもそも、女にまともな魔道具が作れるわけがないんだから」


 吐き捨てるように言うギルド長。

 王都では女性が魔法を使って働くのも一般的なことになってきているけど、現実として地方は違う。


 特に私が暮らす西部地域は、そういった昔ながらの考えが強く根付いた地域だった。


「王都の名門魔術学院を卒業したなんて大嘘までついて。恥ずかしい」

「嘘じゃないです。本当に――」

「まだ言うか。無能のくせに口だけは一人前だな」


 嗜虐的な笑みを浮かべてギルド長は言った。


「お前、才能ないよ。魔法はあきらめて、他の仕事を探せ」






「生きるって大変だなぁ……」


 工房を追いだされた数日後、職業斡旋所で私は求人票とにらめっこしてため息をついた。


 どんなに悪い条件でも構わない。魔法を使える仕事がしたい。


 そう思い、就職活動を始めた私が直面したのは厳しい現実だった。


 辺境の田舎町で、魔法が使える仕事はほんのわずか。

 一縷の望みをかけて受けさせてくださいと頼み込んだ魔法薬師ギルドのおじいさんは申し訳なさそうな顔で言った。


「すまないね。君を雇ったらこの町で働けなくしてやるって町長の息子さんに言われてるから」


 町長の息子というのは私をクビにした魔道具師ギルド長のことだ。

 鈍感な私はまったく気づいてなかったのだけど、昔地方の魔術学院に合格できなかったギルド長は、女の身で名門魔術学院を卒業したと言う私のことが最初からとにかく気に入らなかったらしい。


 どうりで雑用や簡単な仕事以外させてもらえなかったわけだ、と納得する。


 今も私がこの町で魔法関係の仕事に就けないよう、立場を使って圧力をかけてるのだとか。


 なんでわざわざそんなことを……。

 世知辛い……世知辛いよ世の中……!


 行き場のない嘆きを、私は食べることにぶつけることにした。

 町の冒険者ギルドに併設した『満腹食堂』


 幾多の大食いたちが集うこの戦場ののれんをくぐる。


「よく来たな、嬢ちゃん。何にする?」

「満腹定食でお願いします」

「おう、了解」


 手際よく調理する店主さん。

 周囲のテーブルにいたお客さんが私を見て言う。


「おいおい、死んだだろあの嬢ちゃん」

「あんな子供みたいな身体で満腹定食頼むとか」


 誰が子供だ。

 私は魔術学院卒業済みの立派な社会人三年生である。


 たしかに身長は低めだけど。

 子供に見られたくなくて胸はパット四枚重ねで盛ってるけど。


 ちくしょう、好き勝手言いやがって。

 目に物見せてやる……!


 二十分後、塵ひとつ残さず完食した私をお客さんたちは呆然と見つめていた。


「嘘、だろ……」

「どんな胃袋してんだよあの嬢ちゃん……」


 ふふん、見たか!

 学院生時代、運動部で主将を務める男の先輩を倒し、学食大食いバトル最強の座についていた私なのだ。


 大食い力に関して言えば、誰にも負けない自信がある。


 驚く周囲の反応に、少し気持ちが軽くなったそのときだった。

 後ろから聞こえてきたのはくすくすという笑い声。


 そのやわらかい響きを私は知っていた。


「相変わらずだね、君」


 なつかしいその声。

 振り向く。

 頬がゆるむのを抑えきれなかった。


「ルーク……!」

「久しぶり、ノエル」


 ルーク・ヴァルトシュタイン。

 学院生時代、いつも一緒にいた親友がそこにいた。






 ルークと出会ったのは九年前。

 私が六年制の魔術学院に入学した、その入学式でのことだった。


「僕たちは歴史と伝統あるこの学院に入学を許された者として――」


 首席合格者。そして入学生代表として、壇上に立ったルークはしっかりしていて大人みたいに見えた。


 ヴァルトシュタイン公爵家の長男で、非の打ち所のない完璧な優等生。


 平民出身の私とはまず交わることがない人だろう。


 だけど、入学して最初の定期試験後、そんな私の予想は意外な形で裏切られることになる。


「とんでもないことをしてくれたな、お前。平民風情が、この僕に勝つなんて……!」


 私を校舎裏に呼びだした彼は、いつもとはまったくの別人だった。


 負けず嫌いで性格最悪。

 プライドの高い仮面優等生。


 それが本当の彼だったのだ。


 対して、当時の私は致命的なまでに世間知らずだった。


「誰が平民風情よ! 私はお母さんが女手一つで一生懸命働いてくれてこの学校に通えているの! そのことに誇りを持っているし、公爵家だろうがなんだろうが知ったことじゃない! あんたなんか百回でも千回でもボコボコにしてやるわ!」


 私は彼をボコボコにするために全力で勉強に励んだ。

 元々魔法は大好きで、そうでなくても一日中勉強ばかりしていたのだけど、もっと気合いを入れて勉強するようになった。


 ルーク・ヴァルトシュタインは強敵だった。

 テストのたびに続く一進一退の攻防。


 ほんと、えらぶった貴族の大嫌いな男子……!


 そんな私たちの関係が変わり始めたのは、三年生になった辺りの頃だ。


「ごめん、あんたにだけは絶対に聞きたくないと思ってたけどどうしてもわからないところがあって」


 私の質問にルークは面倒そうにしながらも丁寧に教えてくれた。


「一度で理解しろって言っただろ。これで五回目だぞ」


 そのとき、気づいたのは彼も魔法が大好きであること。


 そして、頼られると断れない世話焼きでお人好しな部分があること。


 なんだ、意外と悪いやつじゃないじゃん。


 魔法という共通の好きなものがあったこともあって、私たちはそれからあっという間に仲良くなった。


 図書館で一緒に毎日勉強して、テストのたびに本気で全力をぶつけ合って。


 今思えばきっと、あれが青春だったのだろう。


 卒業して、私は体調を崩したお母さんの看病をするため地元に帰って。


 彼は難しい試験を首席で突破して、王宮魔術師になったと聞いている。


 約三年ぶりに会う彼は、なんだか随分と立派になったように見えた。


「大人になったねえ、ルーク。昔はあんな性格悪いクソガキだったのに」

「何目線だよ」


 あきれたみたいな目で言うその仕草がなつかしい。


「まあ、僕もたくさん負けて大人になったってことかな」

「そっかぁ。ルークも苦労してるんだね。そりゃそうだよね、王宮魔術師なんてすごい人ばかりだし」

「いや、卒業してからは一度も負けてないけど」

「負けず嫌いは相変わらず?」

「嘘じゃない。事実」


 不服そうに言うルーク。

 そういうとこ変わんないなぁ、とうれしくなる私に、ルークは真剣な顔で言った。


「それで、お母さんの具合は?」

「あー、お母さんは……」


 私は目を伏せる。


「まさか」


 ルークの言葉に、私は「いや、そうじゃなくて」と首を振ってから言った。


「逆に、ひくくらい元気だよ。一度死にかけたことでスーパー孫見たいモードになってて毎日のようにお見合い話を持ってきて困ってるけど」


 結婚とか恋愛よりも今は魔法をがんばりたい私だけど、お母さんの望みはそれとは違う様子。


「仕事うまくいってないんでしょ。結婚しなさい、結婚」って毎日のように言ってきて、家の中でも気が休まらない私だった。


 田舎ではみんな十五歳とかで結婚してるから、完全に行き遅れの部類なんだよね、私……。


 もっとも、魔法に触れてられるだけでしあわせなので、そのことに不満があるわけでもないのだけど。


「……実現可能な最速のタイミングで来て本当によかった」

「ん? なんか言った?」

「なんでもない」


 首を振ってから言うルーク。


「ところで、歴代最年少で聖金アダマンタイト級魔術師まで昇格した天才がいるって話知ってる?」

「あー、うっすらとだけど。すごい人がいるって王都で話題になってるっていう噂は」

「よかった。それなら話は早い」


 ルークはうなずいてから続ける。


「その天才、僕なんだけどさ」

「ルーク。見栄を張りたい気持ちはわかるけど後々苦しくなるからやめた方が良いと思うよ」

「…………」


 ルークは冷たい目で私を見た。

 懐から小さな懐中時計を取り出してテーブルに置く。


「なにこれ?」

「王宮魔術師に身分証として渡される金時計。聖金アダマンタイトがあしらわれてるでしょ。裏に彫られた名前読んで」

「ルーク・ヴァルトシュタイン――ってまさか」

「そんなくだらない嘘、つかないから」


 簡単に言うルークに、私は言葉を失う。


「……そっか。そうなんだ」


 王都で話題の王宮魔術師が、かつての親友だった。

 多分おめでとうってお祝いしないといけない状況で。


 だけど、うまく笑えない私がいる。


「すごいね。おめでとう」

「何かあった?」

「え?」

「そういう顔してる。ノエルはわかりやすいから」


 ルークは真剣な目で私を見て言った。


「聞かせて」


 そんなことないよって取り繕おうとして。

 だけど、付き合いの長いルークに私の下手な嘘が通じないのが先にわかってしまって。


 観念して、私は全部話すことにした。


「実は仕事がうまくいってなくて」


 雑用や誰にでもできる仕事ばかり毎日休みなくさせられていたこと。


 役立たず扱いされてその仕事もクビになってしまったこと。


 魔法を扱える仕事がしたくて、だけど町で働かせてもらえるところはどこにもないこと。


「つい比べちゃって、心からお祝いできなくて。ごめんね、私ダメなやつだ」

「いいよ。その状況ならそれが普通だって。ていうか、ノエル相手にその扱いってあまりの見る目のなさに驚きを通り越して殺意すらわくんだけど」

「ありがと。かばってくれて」

「かばってない。心から思った本音を言ってる」


 ルークは言う。


「ただ、今回ばかりはその見る目のなさに感謝かな」

「感謝?」

聖金アダマンタイト級になると、部下を一人相棒バディとして指名できるんだ。だけど、選びたいと思える相手がいなくてさ。みんな背中を預けるにはどうも頼りない。僕は最速でこの国一番の魔法使いになろうと思ってるから」

「相変わらず自信家だね、ほんと」


 すごい相手と競ってたんだな、と今さらながら気づかされる。


「それで、どうせならこれまでの人生で僕が唯一勝てなかった相手を相棒バディとして指名したいと思って」

「そんな人いるんだ。ルークが勝てないなんて」

「うん、君」

「え」


 驚く私に、ルークは言った。


「この国で一番の魔法使いになるために、僕が勝てなかった君の力を貸してほしいと思ってる」






 予想外すぎる誘いに呆然とする私に、ルークは細かい条件について説明してくれた。


「給与は大体これくらいになるかな」

「こ、こんなにもらえるの」

「完全週休二日制。有休は年間三十日で」

「え? 有休って都市伝説じゃ……」

「あと、王宮にある大図書館が自由に使える」

「使えるの!?」


 その言葉が私にもたらした衝撃は大きかった。

 限られた極一部の人しか入ることができない王宮の大図書館は、魔法を愛する者みんなの憧れ。


 古の大賢者が残した魔導書や、死海で発見された予言書など、一般に流通させられないすごい本がたくさん貯蔵されていると聞いている。


 私には一生入れないところだと思っていたのに!


「どうかな。悪い条件じゃないと思うけど」

「う、うん。良すぎて信じられないくらい」


 まるで夢みたいで全然実感が湧かない。


 だけど、何よりも私の心を強く動かしていたのは、必要とされるよろこびだった。


『お前なんていらねえんだよ。役立たず』

『申し訳ありませんが、今回貴方の採用は見送りたいと思っています』

『すまないね。君を採用すると町長の息子さんに怒られてしまうから』


 どこに行っても必要とされなくて。

 魔法使いとしての私には価値がないのかなって落ち込んで。


 売れ残りの犬みたいに、膝を抱えていた私を選んでくれた。


 それがどんなにうれしいことだったか。


 きっとルークは気づいてないと思う。


「誘ってくれて本当にありがとう。私にできることなら、何だってやるから。何でも言って」

「いつも通りやってくれたらそれでいいよ。安心して背中を預けられるのは君くらいだから」


 とはいえ、王宮魔術師として働くなら、必然的に王都に移り住むことになる。


 引っ越したいと伝えた私に、母は当初反対したけれど、挨拶に来たルークを見るなりすぐ態度を変えた。


「本当に王宮魔術師の方……? え、最年少で昇格したって話題の」


 しばし呆然とルークを見てから、


「ちょっと、ノエル」


 と私を呼ぶ。


「なに? お母さん」

「あなた、あの方とどういう関係なの」

「別に。学院生時代の友達だけど」

「よくやったわ! 大チャンスじゃない!」


 お母さんは、ルークに聞こえないよう小声で語気を強める。


「あの方と結婚すれば玉の輿! 将来安泰! 人生ハッピーエンドよ!」

「いや、無理だって。公爵家の人だよ。平民の私と結婚できる立場じゃないし」

「愛の力の前にはそんなの些細なことよ」

「いや、そもそもただの友達だから」


 ずっと一緒にいたけど、思えばそういうのはまったく考えたことがなかった。


 外面は王子様みたいな爽やか優等生だったこともあって、昔からルークは女子たちからきゃーきゃー言われてたっけ。


 でも、その割には誰とも付き合ったりしなかったんだよな。


 誰か好きな人でもいたんだろうか?


「いいわね……! 絶対ものにしなさいよ……!」


 面倒なので適当に返事しておいた。

 ルークとそういう関係になるなんて、絶対にありえない話だと思うけど。


 何より、今は好きなことで食べていけるよう魔法をがんばりたいし。


 とはいえ、母は王都への引っ越しを認めてくれたからその意味では好都合だった。


 ルークが手配してくれた馬車で、母と一緒に王都に引っ越して。

 公爵家所有の豪奢な馬車に、町の人たちは呆然としていて。


「娘が公爵家のご子息と友達で。声をかけられて王宮魔術師になるんです。うふふ、全然大したことじゃないんですけど」


 自慢しまくるお母さんをあきれ顔で見つめる。


 町の人たちのびっくりした顔はなかなか気持ちよかったけどね。


 魔道具師ギルド長さんなんて、口をぽかんと開けて立ち尽くしてたし。


 それから、ルークが紹介してくれた王都の貸家に移り住んで数日。


 遂に、王宮魔術師として初出勤の日がやってくる。


「良い? 彼を絶対ものにしてきなさい。押してダメなら押し倒せ! 恋は戦争よ!」

「いや、だからそういうのじゃないから」


 聞き流しつつ家を出る。


 二十分ほど歩いて到着した王宮は、庶民の私には信じられないほど豪壮できらびやかなところだった。


 と、とんでもないところに来てしまったかもしれない……。


 本当に私、ここで働いていいんだろうか。


「あの、信じられないと思うんですけど、一応ここで働くことになってるみたいで。あ、間違いだったなら全然大丈夫なんですけど」


 予防線を張りながら、警備の騎士さんに声をかける。


「何か証明できるものはお持ちですか?」

「この手紙を見せるように言われたんですけど」

「……なるほど。あなたが噂の」


 騎士さんは瞳を揺らして言う。


「入って右手に魔法演習場があります。そこでマリウス様とルーク様がお待ちです」

「ありがとうございます」


 入れてしまった。

 落ち着かないふわふわした気持ちで、教えられた場所へ向かう。


 広い演習場で、待っていたのはルークと白髪の男性だった。


「ほう。この者が」


 年齢は五十歳くらいだろうか。

 ローブを着た白髪の男性は、私を値踏みするような目で見つめる。


「おはようございます! よろしくお願いします!」


 職場の先輩と良い関係を築くには、元気な挨拶から。

 そう思って頭を下げたのだけど。


「…………」


 白髪の男性は冷たい目で私を見つめるだけ。


 あれ? なんかすべったっぽい?


 戸惑う私に、くすくすと笑ってからルークは言う。


「おはよう。この人は人事部の長を務めるマリウスさん。いろいろ口うるさい人なんだけど、君を呼んだことが気に入らないみたいで」

「当然でしょう。聖金アダマンタイト級魔術師の権限として認められていることとは言え、何の実績もない部外者を連れてくるなんて前代未聞。まして、いきなり相棒バディに選ぶなんて考えられない話です」


 マリウスさんは落ち着いた口調で言う。


「納得できるだけの実力を示してもらわなければ。貴方を迎え入れるわけにはいきません」


 私は少しの間黙り込んでから、ルークに言う。


「もしかして、ここで結果を出さないと私、王宮魔術師になれない?」

「そういう話みたい。まあ、君なら大丈夫でしょ?」

「大丈夫じゃないよ!? 先に言っといてよ!」


 試験とかなく入れるって話だったじゃん!

 完全に油断してたってば!


 焦る私に、ルークは口元をおさえて笑ってから言う。


「試験内容は、『魔法技能測定』。そこに大きな壁があるでしょ。あれは測定球と同じ素材で作られていて、術者の魔法使いとしての実力を計ることができる。あの壁に穴を開けられたら合格。簡単でしょ?」

「いやいや、ものすごく大変だと思うけど」


 遠目で見ただけでも、壁が相当の強度を持っているのはわかった。

 あれに穴を開けるなんて、よっぽど優秀な魔法使いじゃないと……。


「王宮魔術師になるなら、それくらいできないとダメじゃない?」

「……そうだね」


 納得する。

 王宮魔術師になれるのは、王国の魔法使いでもほんの一握り。


 天才と呼ばれるような人たちが目一杯努力して、それでようやくたどり着けるところなんだ。


 壁は高くて当然。

 辺境の町でも誰にも必要とされなかった私が突破するのは本当に難しいことかもしれない。


『役立たずのお前にできるわけが――』


 だけど、私は不安を振り払う。


多重詠唱マルチキャスト》を使い、《魔力増幅エンハンス》、《魔力強化ブースト》で自身の魔力を最大化。

固有時間加速アクセラレーション》、《魔力自動回復マナチャージ》を二重にかけてから、心を研ぎ澄ませ、魔術式を組み上げる。


 できないという人もいるかもしれない。

 ううん、きっとそう思う人の方が多いだろう。


 でも、それでも私は信じたい。

 自分にはできる可能性があるって。


 休みもなくて、自分の時間も全然なくて。

 それでも、寝る時間を削って魔法の勉強は続けてた。


 私は魔法が大好きで。

 その好きの力は誰にも奪えなかったんだ。


 たくさんたくさん積み上げた。


 その時間を私は信じたい。


 無駄じゃなかったって。

 そこにはちゃんと意味があったんだ、って。


 きっと――きっと、できる。


 迷いはなかった。

 心は澄み切っている。


 ――行け。私の大好き。



烈風砲ウィンドブラスト



 瞬間、強烈な暴風が壁に殺到する。


 振動する大地。

 地鳴りのような轟音。

 髪をさらう突風。


 思わず目を閉じて、それから怖くなる。


 ミスはなかったと思う。

 自分の力は間違いなく出せたはずだ。


 でも、だからこそ、怖い。


 もし届いてなかったら、って。


 恐る恐る目を開けると、そこにあったのは濃い砂煙。


 風で少しずつ薄くなって、そして――


 壁には穴が開いていて、その先にある演習場の設備が覗いていた。


「やった……!」


 私、やったんだ……!


 全身でよろこびを噛みしめる私の耳に届いたのは、くすくすという聞き慣れた笑い声。


「まさか本当に壊しちゃうなんて」


 む。

 ルークのやつ、信じてなかったんだろうか。


『君ならできるでしょ?』とか言っときながらそれってひどくないかな、ねえ。


 信頼されてるって実はちょっとうれしかったのに。


「ふーん。ほんとはできないと思ってたんだ」

「ごめんごめん。でも、王宮魔術師でも極一部の人にしか壊せない壁に穴を開けるとは思わなかったからさ」

「え」


 まさか、と思いつつマリウスさんに視線をやる。


 呆然と壁を見つめるその姿に、私はいろいろと察することになった。


「もしかして、壊さなくても合格できた?」

「うん。能力を数値として測るための施設だし。ちゃんと合格ラインとかあったんだよ。君は壊しちゃったけど」

「そ、それって結構大変なことをしてしまったのでは」

「少なくとも一週間はこの話題で持ちきりだろうね。王子殿下にも名前を覚えられるんじゃないかな。おめでとう、今日から君も有名人だ」


 にっこり微笑むルークに私は頭を抱える。

 お、王子殿下に名前を覚えられるって……。


 本当に、とんでもないことをしてしまったのかもしれない。


「私、ルークのそういうとこ本当に嫌い」

「僕は君のそういうとこ面白くて好きだけど」


 ルークはいたずらっぽく笑って言う。


「まあ、この僕が唯一勝てなかった君なんだから、これくらいのことはしてもらわないと。相棒バディとしてこれからよろしくね、ノエル」


 集まってきた王宮魔術師さんたちのざわめきを聞きながら、私は頭を抱えたのだった。



見つけてくれてありがとうございます。


すごく反応をいただけてうれしくて、連載版も始めてみました!→https://ncode.syosetu.com/n8120gp/


がんばって書いていきますので、よかったらお付き合いいただけるとうれしいです。

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