高等部1年生終了、そして、集結
どうやら、私には決して来る事はないと思っていたモテ期がやって来たようです。
その相手がオーンとカウイって……。
私……明日、死ぬんじゃないかな?
ジュリアと出会い、私も先入観を持っていた事に気がついた。
もちろん、彼女ほどではないけど……。
オーンを恋愛対象として意識しようとしていた半面、心のどこかで『好きになった途端、大どんでん返し!!!』なんて事も想像していた。
仮に自分の気持ちが動いたとしても、結局は振られるかも……と思っていたのかもしれない。
相手の気持ちを疑うような、失礼な考え方をしてたと思うと自己嫌悪が半端ない。
──いつの間にか、魔法祭から1ヶ月ほど時間が経っている。
試合以降、何かと騒がしかった周囲が落ち着いてきたある日。
授業が終わったタイミングで先生が私に声を掛けた。
「アリアさんのお父様が来ています。この後、会議室へ行ってください」
そこはもしや……前にカウイの従兄弟であるオリュンの話を聞いた時の会議室かぁ。
んー、いい話ではなさそう。
でも、前と違って緊急ではないみたいだ。
なんだろう?
悩みつつ会議室へ入ると、お父様が椅子に座って待っていた。
私自身も椅子へと腰を下ろすや否や、すぐにお父様へ訪問の理由を尋ねた。
「お父様、今日はどうされたんですか?」
「アリア……」
お父様が真剣な表情で私を見る。
「ジュリア嬢が失踪したらしい」
……ん? し、失踪!?
「今日、ジメス上院議長が直々に……私に声を掛けてきてね」
お父様、少しご立腹な感じ?
「『娘の体調がやっと回復してきたので、今朝、本人から話を聞こうと部屋に行ったら……娘がいなくなっていたのです。私たち家族も必死に捜索をしているんですよ』と言われたよ」
原因不明の高熱からの失踪!?
いやいやいや、100歩譲ったとしても、そんな事はあり得ないよ!
そもそもジュリアって、失踪するタイプの人じゃないよね?
「『急な話で信じてもらえないと思います。私の家まで来て頂き、調べてくださっても構いません』と。とてもじゃないけど、失踪したジュリア嬢の心配をしているようには見えなかったよ」
お父様が大きなため息をついた。
「暗に証拠はないと言われたようなものだ」
必死に怒りを堪えているように見える。
こんなお父様の姿……初めて見たかも。
「私の予想では……」
冷静さを取り戻そうとしているのか、お父様が一つ深呼吸する。
「ジュリア嬢は証拠となりうる人間と判断され、ジメス上院議長の手によってどこかに身を隠しているのではないかと思っている」
「わ、私も失踪ではないと思います!」
思わず、食い気味に話してしまった。
私の言葉を聞いて、お父様が頷いている。
「これは私の予想に過ぎないが……ジュリア嬢を探すのが証拠を集める一番の近道になるのではないかと思っているよ」
お父様がテーブルの上で手を組み、こちらを見る。
「念の為、早めに伝えておいた方がいい内容だと思ってね。──それともう1つ」
ジメス上院議長の件から、話題が別な方へと切り替わる 。
もう1つ? 他にも何かあるのかな??
「……週末、サール国王の元に行ってくれるかい?」
サール……国王!?
お父様があえて“国王”と呼ぶという事は、プライベートではなさそうだ。
つまり私は“国王”に呼ばれた??
「お父様も一緒にですか?」
私からの質問に、お父様が黙って首を横に振る。
「アリアが呼ばれたんだ。私が同行してしまうと、“サール国王”が特別に私を呼んだという誤解をされてしまうかもしれないからね」
そっか。プライベートではないからこそ、お父様は気をつけてるのかな。
それよりも……なんで? 何かやってしまった??
「実は、アリアから聞いた“魔法を封じ込める”話を陛下に報告したんだ。すると、『アリアに伝えたい事がある』と仰られてね」
……良かった。
とりあえずは、何かやってしまったわけではないらしい。
「以前、アリアに『気になる事があるから、確証を得るまでは魔法は使わないでほしい』とお願いしたよね?」
私が「はい」と首を縦に振る。
「私自身、“魔法を封じ込める”話については何も知らないんだ。ただ……アリアから話を聞いた時、私が10歳の頃だろうか? 陛下と2人で話した時の事を思い出したんだ」
お父様が懐かしそうに小さく微笑んだ。
「陛下が『王家だけで保管している魔法があるらしい』と、こっそり私に教えてくれた事があってね。2人で一晩中何の魔法だろうって盛り上がった事があるんだ」
サール国王とお父様は、子どもの頃から仲のいい幼なじみ。
小さい頃は、そういう内緒話もしてたんだな。
「それと“魔法を封じ込める”が関係すると?」
「分からない。ただ陛下に報告した所、アリアが呼ばれた。陛下は何か知っているのかもしれない」
お父様がほんの少しだけ、困ったような表情を浮かべつつも口元を緩めた。
「アリアは《光の魔法》が弾かれたのに《水の魔法》が使えるようになった。そして、ジュリア嬢が話していた“魔法を封じ込める”……私にも理解できない不安な部分が多くてね。大丈夫だとは思っていても魔法を使わないでほしいとお願いしたんだ」
お父様が申し訳なさそうに肩をすくめる。
「私の事を心配してくれたんですよね。ありがとうございます」
それにしても、サール国王かぁ。最近、お茶会に行っていないから、お会いするのは久しぶりかも。
「あの……エレも一緒に行っていいですか?」
エレも一緒に聞いてもらった方が安心かも。
「了承してくれるかは分からないけど……掛け合ってみよう」
「ありがとうございます」
その日はそのままお父様と別れた。
『エレも一緒に行っていい』と連絡を受けたのは数日後の事だった。
──週末、サール国王が待つ王宮へエレと一緒に向かう。
王宮前に着くと、エレが私を見てにっこり笑った。
「アリアが僕も一緒にって言ってくれて嬉しかった」
「うん。1人で不安っていうのもあったし、前にエレと一緒に魔法を調べたからね」
王宮前にはたくさんの警護の人たち……。
事前に私たちの事を知っていたのか、身元を話せばすんなりと通してくれた。
初めて入る王宮の内部。天井にまで行き渡る細かい装飾もスゴいけど、回廊がとにかく広い!
……こういうのって、誰の趣味なんだろう?
王宮に仕える方の案内で、奥へ奥へと進んで行く。
……遠すぎる。すでにもう帰り道が分からない。
戸惑いながらも歩いていると、とある部屋の前で止まった。
「この部屋に国王陛下がいらっしゃいます。私はこちらで控えておりますので、どうぞお2人でお進みください」
「ありがとうございます」
案内をしてくれた方がゆっくりと扉を開ける。
エレと2人で一礼してから部屋へ入ると、サール国王が1冊の本を持って立っていた。
「わざわざ来てもらって、すまないね」
あっ。
“サール国王”として会うから、お茶会の時と違うのかな? って思ってたけど、私たちの知っているサール国王だ。
サール国王へ促されるまま、エレと隣合って椅子に座る。
「こちらから声を掛けたのに申し訳ない。時間がないんだ。さっそく、本題へ入らせてもらうよ」
「はい」
「事前にリオーンからの報告を受けた件について、アリアには話しておこうと思ってね」
サール国王が手に持っていた本を開く。
年代物の、随分と分厚い本だ。
「これは先々代の国王と王妃が残した書物──物語だ」
先々代の国王って確か……“格差をなくそう”という取り組みを始めた方だ!
「その中に“魔法を封じ込める魔法”──《聖の魔法》について記載されている」
《聖の魔法》? 初めて聞く魔法だ。
「実はこの魔法、今まで使う人間が現れた事がなくてね。その為、先々代の国王の書いた想像の物語だと思って公表していなかった」
サール国王が書物へと目を向ける。
「へたに公表して、混乱を招くのを避けたかった。何より……先々代の国王、王妃2人だけで作った物語だとしたら、外には出してほしくないだろうと思ってね」
話しながら、サール国王が私の方へと視線を動かす。
「だが、書物に書かれている内容は2人の作った物語ではなかったらしい。おそらく、アリアは《聖の魔法》に目覚めたのだろう」
……ど、どうしよう。急な話に頭がついていかなくなってきた。
予備知識がゼロすぎて、何から質問したらいいんだろう……?
そ、そうだ!
「《聖の魔法》には、他にどんな力があるのですか?」
「魔法を封じ込めるのはもちろん事、封じ込めた魔法を元に戻す事もできるようだ」
なるほど。
だとすると、私は現状、ジュリアの魔法を封じ込めたまま……なのかな?
「オーンに“人間の奥底で眠っている力を引き出す魔法”を試してもらったそうだね」
「は、はい」
……弾かれたけど。
「仮に、アリアが《水の魔法》だけを使えたとしたなら、弾かれる事なく、オーンが魔法を使った時点で《水の魔法》を使えるようになっていただろう」
そうなんだ。
「順番として《聖の魔法》が先に目覚めたと聞いている」
「はい、そうです」
そして、いつの間にか《水の魔法》が使えるようになってた。
「 アリアの《水の魔法》 は《聖の魔法》の中に隠れていた為、《光の魔法》を使った際、その手前にある《聖の魔法》によって弾かれたのだろう。本来、“魔法を封じ込める魔法”と“眠っている力を引き出す魔法”は相反するものだからね」
なるほど……って、そういえば……あれ? 私って、2つも魔法が使えるの??
ずっと黙っていたエレも気になったのか、そっと口を開いた。
「今の話からすると、アリアは2種類の魔法を使えるという事になります。《聖の魔法》の話も初めて聞きますが、2種類も魔法を使えるという話も初めて聞きました。アリアの身体に害はないのですか?」
エレの質問にサール国王が神妙な面持ちで答える。
「書物を読む限り、どちらの魔法も害はないと考えていいだろう。ただし、2種類の魔法を同時に使えた人物は今まで現れた事がない。そして、書物にも書かれていない」
サール国王が少し困ったように眉をしかめる。
「1つの魔法だけを使用する事は問題ないと思うが……魔法祭の時のように、同時に2つの魔法を使うのは身体への負担が大きいかもしれない」
そういえば、ジュリアと対決した後、だるさ、倦怠感は数日経たないと消えなかった。
初めて魔法を使ったからかな? と思ってたけど、もしかしたら違うのかもしれない。
今まで2つ魔法を使えた人がいないのなら、あくまで想像にはなってしまうけど。
「これから私が話す事は命令ではない。友人の子供を心配する、ただのオジさんからの話だと思ってくれ」
サール国王が優しい表情になった。
「アリアの《聖の魔法》は、危険がない限り使わない方がいい。それに家族──信頼できる人間以外には話さない方がいい。外部にバレると、アリアを利用しようとする人間が必ず現れるだろう」
エレが心配するような目つきになった。
「使える人が誰もいないからこそ、危険なんですね」
「その通りだ。アリアの魔法について、情報管理局には報告するが……トップの信頼できる人間以外には伝えないつもりだ」
何となくだけど……サール国王はジメス上院議長の耳には入らないようにする気がする。
その言葉にこくりと頷いていると、突然、扉をノックする音が聞こえてきた。
「……すまない。もう時間が来てしまったようだ。この本を外に出す事はできないが、気になる事があれば……私の都合のつく時であればいつでも見せよう」
そっか、時間か。国王ともなると、きっと忙しいんだろうなぁ。
サール国王にジメス上院議長をどう思ってるのか聞きたかったけど……話す時間はなさそう。
「どうしたんだい? アリア?」
「あっ、えっと。サール国王にお聞きしたい事があったのですが……」
サール国王が扉の方をちらりと見た。
「……こちらから扉を開けない限り、勝手に開けられる事はない」
少しなら時間がとれると言ってくれてるのかな?
ジメス上院議長の事を聞こうと思ったけど、時間もないし、別な機会にしようかな。
国王という立場上、一学生でしかない私に答えてくれるかどうかすらも分からないし。
「サール国王は、先々代の国王が始めた“格差をなくす”改革について、どう思われますか?」
私が聞きたかった事を予想していたのかもしれない。
驚いた顔一つせず、サール国王が話し始める。
「先々代の国王は、ある種の“独裁者”だった。むしろ、そう呼ばれる覚悟で、格差をなくす為の改革を進めた。だがしかし、急な改革は混乱を生み、時として暴動を生む。……結果的に先々代の国王は、反対派に属する人間によって殺害されてしまった。王妃は……夫の後を追うように、先々代が殺害された1年後に病で亡くなっている」
国の歴史を調べた際、先々代の国王が殺害されたという事までは学んでいたけど、王妃までは調べていなかったな。
「先代の国王は、自分の親が殺害された姿を見たからだろう。改革に対しては消極的で、先々代の意志を継ぐ事はできなかった。私自身は……上院の理解を得ながら、より良い方向に変えていきたいと思っている」
要するに、改革には賛成だけど、できるなら上院と一緒に変えていきたい……というのがサール国王の意向なのかな?
私がサール国王の真意について悩んでいる間にも、再度、扉をノックする音が聞こえる。
「オーンは少し……先々代の国王に似ている気がするよ」
サール国王が微笑みながら呟く。
一瞬だけ、子供を心配する父親の顔になったような気がした。
サール国王と別れた後、エレと一緒に“ヴェント”へ乗り、家へと向かう。
今後は《水の魔法》なら使っても問題ないって事だよね?
それは嬉しいな。
こっそり喜んでいると、エレが私の手をギュッと握った。
「もうすぐ僕も高等部に入るから、近くでアリアを守れるよ」
にこっとエレが笑う。
そっか。ついにエレも高等部&寮に入学かぁ。
あっという間の1年だったな。
「アリアに会いたくて……1番長く感じた1年だったよ。いつまでも“アリアの弟”でいたいとは思っているけど……ね?」
エレが少し大人びた表情を見せる。……なんか成長を感じてしまった。
……って、あれ?
弟でいたいとは思っているけど、って言った?
ええ!?
気になるけど……聞いちゃいけない雰囲気が漂っている。
そのまま家に帰り、お父様とお母様にだけは今日の事を報告をした。
幼なじみに伝えるかどうかは、私の判断に任された。
ただし、伝える時は学校ではない、例えば私の家など安全な場所で話す事になった。
いつとは決めてないけど、どこかのタイミングで、みんなには伝える事になるんだろうな。
──それから、高等部1年も終わりに近づいたある日。
同じクラスのユラちゃん、サイネちゃんと会話をしながら移動していると、1人の男性とすれ違った。
ユラちゃんが「あれ? 今の人って……」と興奮している。
今の人? 会話に夢中で見ていなかった。
「久しぶり。アリア」
通り過ぎたはずの後ろから、名前を呼ぶ声が聞こえる。
ん? アリアって言った?
振り向くとそこに立っていたのは──
「リ、リーセさん!? なんで? どうしたんですか??」
あ、もしかして学校に用事でもあったのかな?
驚く私の元へ、リーセさんが近づいてくる。
「これから3年間、この学校──“エンタ・ヴェリーノ”の記録を取るために異動になったんだ」
そう告げた後、リーセさんが少しだけ腰をかがめる。
私の耳元へと顔を寄せると、内緒話でもするかのように囁いた。
「それに……このままだと私は不利だからね。アリアにアプローチする為にも、自分から異動を申し出たんだ」
……へっ!?
焦りつつリーセさんへ顔を向けるも、本気なのか冗談なのか判断の難しい笑みを浮かべている。
「本当はもっとゆっくり話をしたいんだけど、これから学校関係者の方たちとの話があるから失礼するよ」
片手で軽く手を振りながら、リーセさんは爽やかに去って行った。
──これから迎える高等部2年生。
アリアに想いを寄せる男性陣が、一同に集結する事となった。
第ニ部完結になります。
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます。
第三部は、3/17(水)18:00から更新になります。




