オーンの厳しい対決
オーン視点の話になります。
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僕にとっては、厳しい試合になるだろう。
なぜなら──なんとしてもカウイより格好いい勝ち方をしなければならないからだ。
……どういう勝ち方がいいだろうか?
試合に備え、準備運動を始める。
体を動かしながら試合のシミュレーションをしていると、アリアが僕の様子をうかがうようにやって来た。
「……大丈夫? 緊張してる?」
……緊張?
そうか、僕が試合で緊張していると勘違いしたのか。
「いや、緊張はしてないよ」
「そっか。考えすぎだったね。邪魔してごめんね」
立ち去ろうとするアリアに声を掛ける。
「アリアに好きになってもらえるような試合にするよ」
僕が少し意地悪な笑みを見せると、アリアの動きが明らかにぎこちなくなった。
……ついつい我慢できず、困らせるような事を言ってしまったな。
それでもアリアは「応援してる」と言ってくれた。
困ったような、照れたような、複雑な表情を浮かべてはいたけれど。
僕に向かってまっすぐに告げると、アリアはそのまま舞台から戻ってきたセレス達の元へと走って行った。
好きな女性が応援してくれる……うん、すごくいい。
やっぱり、アリアが見惚れるような勝利を収めたいな。
それはそうと……1つ、懸念している事がある。
今回のジュリアさんの処分についてだ。
彼女はアリアを監禁し、僕らを恐喝した。
何より、自分の私利私欲の為、父親を使って警護を緊急招集している。
ジュリアさんの父親は上院のトップ──“ジメス”上院議長だ。
娘の為に公私混同するような人物ではあるが、馬鹿ではない。
国家レベルに相当する緊急収集を自身の都合だけで掛けた場合、それが問題になる事はわかっていたはずだ。
それなのに実行したという事は、処分されない、又は、大した処分にはならないという自信があったのだろう。
上院の革新派と保守派。
圧倒的に保守派が多いのが今の現状だ。
保守派がジメス上院議長のいいなりだとすると、正しい処分が下されるかどうかについては不安が残る。
僕の父は、革新派と保守派、どちらの考えが自分に近いのかを話した事がない。
きっと僕に先入観を持たせない為だろう。
僕自身、父は革新派寄りの考えだと思っている。
なぜなら父は、今までに1度も“必定王令”を使用した事がないからだ。
昔に比べると少しづつ緩和されてはいるが、上院は保守派の規律、考えがまだまだ根強い。
その保守派が定めた制度の中に“必定王令”というものがある。
“必定王令”は、上院の審議、採決を無視して王だけが特例で出せる法的効力のある命令だ。
一見すると国王による独裁政治を招きかねない制度であり、上院主体の政治を望む保守派の考えとは相違しているように思える。
だが、実のところは議員が国王を利用し、自身の権力を拡大、保持する為に用意された仕組みだ。
長い歴史の中には、この“必定王令”を巧みに使い、上院における最高権力を手に入れた者もいたと聞く。
これに対し、革新派は“必定王令”の廃止を訴えている。
制度の濫用を防ぐと共に、上院内部における権力の偏りを是正する為だ。
父はきっと、独裁的な考えである“必定王令”を使ってしまっては、国は変わらないという思いがあるのではないだろうか。
だからこそ声には出さないが、 革新派としての政治の在り方を望んでいるように見える。
実際、学校を作る時も父は静観を通した。
できれば、上院内において公正な採決をしてほしいという気持ち故にだろう。
……そう考えると、学校を作った際、上院の承認を得られた事が今となっては不思議に思える。
多くの署名を集めたとはいえ、反対されてもおかしくない内容だった。
何か理由でもあるのだろうか?
それに今回の事件で確信した事もある。
ジメス上院議長がトップでいる限り、この国が今より良くなる事はない。
いや、もしかすると……今この瞬間にも国は衰退し続けているのかもしれない。
過去、幾度となく揉み消してきた事実が、他にもあるに違いない。
とはいえ、証拠が残っていれば、幼なじみの親達がすでに行動へと移しているはずだ。
つまりは何の痕跡も残らない形で揉み消しているのか……?
どちらにしても僕の考えとしては、“必定王令”を使ってジメス上院議長を離職──平等に裁くべきだと思っている。
ただ父、いや、国王が、今まであえて使用しなかった“必定王令”を使うかどうかは……正直難しい所だ。
ふと、試合関係者の女性が僕の近くまでやって来て一礼した。
「オーン殿下。第6試合が始まりますので、試合の舞台へ移動をお願いします」
「ありがとうございます」
みんなに「行ってくるよ」と声を掛け、歩き出す。
心配事は残ったままだが……一旦忘れて、今は試合に集中だ。
ユーテルさんより先に試合の舞台へ上がる。
別館側の待機エリアへと視線を動かせば、観客席に座る女性達からの声援にユーテルさんが笑顔で手を振っている。
……来るまで時間がかかりそうだな。
今回の試合に向けて、ユーテルさんの弟“チミョウ”さんが練習相手になってくれた。
チミョウさんは、ユーテルさんとは正反対。要は、真面目な方だった。
「すぐ女性に声を掛け、婚約者も作らずに複数の方と付き合う。本当に兄が理解ができない。兄と呼ぶのも不快なほどです」
分かりやすいくらいユーテルさんに嫌悪感を抱いていた。
多分、根本的な考え方が違い過ぎるのだろう。
それとも昔、好きだった女性がユーテルさんとお付き合いでもしてしまったのだろうか?
こちらとしては、そのお陰で練習相手になってもらえたので感謝しかないが。
今回《光の魔法》は、小さい光線での攻撃、閃光(主に目くらましに使用)、光壁などの防御魔法は認められた。
手数としては少ないけれど……安全を考慮した試合と考えると仕方がないのかもしれない。
それに手数が少ないのは、《雷の魔法》も一緒だ。
《雷の魔法》は、小さい雷撃、雷球での攻撃、雷壁などの防御魔法のみ使用を認められてる。
ようやくユーテルさんが試合の舞台へと上がってきた。
「お待たせしてすみません。オーン殿下への声援も聞こえますよ。応えなくていいのですか?」
「……中途半端に応える事はしないようにしていますので」
僕の返事に、ユーテルさんが顔を少し傾けた。
軽く肩をすくめると、“分からない”とでもいうように両手を上げる。
なんだろう? この何とも言えない不思議な気持ちは……。
そんな中、楽しそうなメロウさんの声が聞こえてくる。
「さあ、第6試合。今回の試合は……なーんと、異なる魔法を使う選手同士の対決です! どのような試合が見れるか楽しみですねー!」
審判員が「準備はいいですか?」と僕とユーテルさんに尋ねる。
「はい、大丈夫です」
「いつでも構いませんよ」
僕とユーテルさんがほぼ同時に答えると、審判員がメロウさんに合図を送った。
「それでは……“オーン”VS “ユーテル”の試合を開始します!!」
──始まった。
すると、ユーテルさんがいきなり剣を抜いた。
「前半は観客を楽しませる為に少し剣で戦いませんか?」
「…………」
返答に迷っていると、ユーテルさんがさらに話を続ける。
「少しお話もしたいと思いまして……」
「……いいでしょう」
応援している女性達がいる手前、卑怯な真似はしないだろう。
頷くと、腰に差していた剣を抜く。
「おおー! お互いに剣を抜いたー! 最初は剣術対決のようです!!」
快活なメロウさんの声が試合会場に響いた。
ユーテルさんがまるで小手調べとでもいうように攻撃を仕掛けてくる。
半歩下がり、右斜めから振り下ろしてきたユーテルさんの剣を受け止めると、今度はこちらから剣を振るう。
その後もお互い探り合うように剣を交えていく。
「弟がお世話になったようですね」
「いえ、お世話になったのはこちらの方です」
ふっとユーテルさんが微笑んだ。
「恥ずかしながら、弟から私との仲を聞きましたよね?」
「はい、聞きました」
当たり障りのない、必要最低限の言葉だけを返す。
「弟は分かっていない」
…………?
「なるべく多くの女性の好意に応える。それが、唯一無二の才色兼備な男性に生まれてしまった……私の使命だと思っています」
「……自分に自信がお有りなようですね」
もしや『少し話がしたい』と言ったのはこの為なんだろうか?
「ええ、私に見つめらえて惚れない女性はいないと思っています」
「そうですか。少なくとも当てはまらない女性が4人はいるようですが?」
剣を交えながら、ユーテルさんが『まさか』とでも言うような表情をした。
その後、4人という言葉に僕が何を言いたいか気がついたようだ。
「なるほど。オーン殿下の幼なじみの事ですね……まぁ、今はそうでしょう」
……会話が難しい人だな。
「考え方が合いませんね。私はたった1人の、大切な人にさえ想ってもらえれば……それだけで十分満たされます」
「オーン殿下ほどの人がそう思うなんて……もったいない」
もったいない……?
僕はアリアと出会うまで、人を本気で好きになる事はないだろうと思って生きてきた。
だからこそ、そんな事を考えた事すらなかったな。
「オーン殿下が望めば、手に入らないものなんてないじゃないですか」
そう思われる事は多いが……。
「そんな事はないですよ。……話したい事とはそれだけですか?」
「ああ、申し訳ない。では、本題へ。ジュリアについてです」
ジュリアさん?
「数日前から……私たちに対する態度が変わりまして。そちら側が何かジュリアを惑わすような話をしたのかと……」
態度が変わった……?
「そのような事は、言った覚えはありません」
むしろ、こちらがジュリアさんに“された側”だ。
「そうですか。それは失礼しました。なんとなくですが……私たちに対して冷めたような態度を取るようになったので、何かあったのかと勘ぐってしまいました」
冷めたような態度? 何かあったのか?
そもそもジュリアさんの行動は謎が多すぎる。
向こうから試合を申し込んできて、アリアを人質にとり、負けるよう脅す……もはや何をしたいのか分からない。
「では、そろそろ本気で試合をしましょうか」
そう言うとユーテルさんが僕から距離を取り、腰に剣をしまった。
僕も剣をしまい、魔法を唱え始める。
小さい雷球を大量に作り出たユーテルさんが、僕に向け、時間差で次々と射出してくる。
躱せそうな雷球は身をひねって躱す。
躱しきれない攻撃は、小さい光壁を作り出し防御する。
なるほど。僕に攻撃を出させない、休ませない作戦か。
ずっと攻撃を出し続けられるという事は……随分と魔力に自信があるようだ。
それにしても……ステップを踏みながらの攻撃。魔法を使う時も使わない時も、常に身振り手振りが大きい人だな。
ステップでの攻撃に合わせながら、雷球を払い除けていく。
舞台上を移動する内に、いつの間にかユーテルさんと僕の場所が入れ替わった。
その瞬間、ユーテルさんがニヤリとほくそ笑んだ。
「いけ!」
突如、足下から一斉に雷球の束が上がってくる。
──下にも攻撃を仕掛けていたのか!
まずい! 避けきれない!!
回避する暇もなく、複数の雷球を全身で受ける。
勝利を確信したのか、得意げに声を立てて笑うユーテルさんの姿が目に入った。
……そう、普通に考えれば彼が勝ったと思うのは当然の事だ。
けれど、この程度の攻撃は元々想定済みだ。事前に対策だって練ってある。
「……? 上着の色が、ほとんど変化していない……? 何かで防御したのか?」
ユーテルさんが不思議そうな表情を見せる。
良かった。何で防御をしたかまでは、気づいていないようだ。
ユーテルさんの考えは正しい。
彼が言っていた通り、僕は《光の魔法》で防御をした。
ただそれは光壁ではない。
本来、攻撃で使用される光線で防御したのだ。
これがミネルの提案していた『新しいスキル』。
通常は真っすぐにしか射出できない光線を、自由自在に変形させる魔法。
大変ではあったけれど、何とか身につける事に成功したのだ。
その魔法を使い、身体全体を光線で覆う事でユーテルさんの攻撃から身を守る事ができた。
いきなり大量の魔力を消費する羽目にはなったが……まだ大丈夫だ。
ユーテルさんが気づく前に、こちらから攻撃を仕掛け、勝たせてもらう。
僕が魔法を唱え始めると同時に、またしてもユーテルさんが雷撃を仕掛けてきた。
……楽には勝てそうにないな。
身を守るにしても、上着の色が多少は変わる事……要は攻撃を受ける覚悟はしないと勝てなさそうだ。
光線を全身にまとい、ユーテルさんの攻撃に怯む事なく向かっていく。
「な、なぜ当たっているのに色が変わらない?」
少し焦りの見えるユーテルさんに近づきつつ、光線で攻撃する。
ユーテルさんは動揺を見せながらも次々と避け、雷撃を続けている。
少しでも怯んだら負けだ。
ある一定の場所まで距離を縮めると、光線に見せ掛けて閃光を放った。
急な事に対処の遅れたユーテルさんが閃光のまぶしさに目を閉じる。
その隙を見逃さず、避けられないように光線を使い、両方向から攻撃を繰り出した。
目を開けたユーテルさんが、とっさに雷壁を作ろうと魔法を唱える。
「さすがに避けきれないですよ」
「……そ、そんな事はない!」
雷壁の隙間を見つけ、放った光線を屈折させる。
「なんと光線が曲がったー! 光線を曲げる事ができる事は聞いたことがありますが……これは上級魔法です! 学生で出来る人がいるとはー!!」
「えっ……曲がった?」
メロウさんの実況とユーテルさんの驚いた声が重なる。
両方向からの光線と、雷癖の隙間を縫った光線。
三方向からの攻撃を全て受けたユーテルさんは、その場へと倒れこんだ。
「ユーテルさん、ダウーーン!! 大丈夫か? 上着の色はー?」
審判員が倒れたユーテルさんの上着の色を確認する。
そして、メロウさんに目配せをした。
「第6試合、オーン選手の勝利でーす!」
メロウさんの声が会場全体に響き渡る。
ふぅ~、良かった。
思っていたよりユーテルさんの魔力は強かったけど、どうにか勝てた。
「これはこれは、面白くなってきました。お互いに3勝! 勝負は最終戦に持ち越されました!!」
止まる事のないメロウさんの実況を聞きながら、倒れているユーテルさんに手を差し伸べる。
ユーテルさんが僕の手を取り、ゆっくりと立ち上がった。
「後半……カウイさんの試合から、明らかに本館の方たちの動きがよくなりました。1~3試合目は手を抜いてたのですか?」
初めて見せるユーテルさんの真剣な表情。
……話を聞いたらプライドが引き裂かれるかもしれない。だけど、彼らは今回の事を把握しておくべきだろう。
「アリアとジュリアさんの試合が始まったら……ソフィーさんに話を聞いてください」
僕の口から意外な名前が出てきた事にユーテルさんが驚いている。
「ソ、ソフィーに? 何をですか?」
「全ての試合が終わるまでは……私の口からは何も言えません。私の大切な人が“今は望んでいない”ので」
挨拶としてユーテルさんに一礼し、舞台を後にする。
ジュリアさんは、何としても勝ちにいくだろう。
……もう今回のような胸が引き裂かれるような思いはたくさんだ。注意して試合を見届けなければいけないな。
待機エリアに向かって歩いていると、喜んでいるアリアの姿が一番に目に入る。
わき目もふらずにアリアへの元に行き、ギュッと抱きしめてみた。
「……へっ!?」
「カウイばかりずるいなって思って、ね」
硬直しているアリアを見て、にっこりと微笑む。うん、可愛い。
──その瞬間、横から思い切り体当たりされ、すぐさまアリアと引き離されてしまった。
「わっ」
「『わっ』じゃ、ありません!!」
そこには両手を腰に当て、ものすごい形相で立っているセレスがいた。
「大勢の観衆がいる前でそのような行動を起こした場合、周りからアリアがどういう目で見られるのか、きちんと、きちんと考えてください!!!」
……僕に対してこんなにも怒っているセレスを見るのは初めてだな。
新鮮な気持ちで眺めている間も、彼女の怒りは収まる事なく続いている。
「──ごめん。嬉しすぎて、そこまで考えてなかったよ」
苦笑しつつ答えると、セレスが再び僕を叱り始めた。
「そうでしょう、そうでしょうとも。何も考えていないからこそ、そのような行動をとったのでしょう!」
説教するセレスの横で、ルナが僕をジーっと見ている。
そして、珍しくもニヤッと笑ってみせた。……僕が怒られている事が嬉しいらしい。
少し離れたところでは、マイヤもニヤニヤと笑みを浮かべている。マイヤは……面白がっているな。
「王子だからって、何をしても許されると思うなよ」
ミネルが僕の頭を拳でぐりぐりと押してくる。
その行為を止めようともせず、カウイは黙ったまま僕を冷めた目で見ている。自分もしていたのに……。
エウロも少し困った表情をしてはいるが、止めに入らない事が全てを物語っている。
みんなから怒られているというのに、なぜか笑ってしまう僕がいた。
お読みいただき、ありがとうございます。
次話、2/10(水)更新になります。




