カウイの成長と強い想い
カウイ視点の話です
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「カウイー! ぶっ倒しちゃえーー!!!」
突然、耳に飛び込んできた声。
この声は──アリア!?
急いで声が聞こえた方へと振り向く。
出場者用に設けられている待機エリア。そこに片手を上にあげ、元気な姿で思いきり叫んでいるアリアの姿が見えた。
間違いない! アリアだ! !!
…………無事だったんだ。
……良かった。本当に良かった。
アリアの無事が確認できた安堵感からか、涙が出そうになる。
強くなるって決意した日から、泣きそうになった事なんて1度もなかったんだけどな。
それにしても、『ぶっ倒しちゃえ』って。
そんな事を言うお嬢様なんて、なかなかいないんじゃないかな。
思わず、笑顔が溢れる。
試合が始まってからアリアが現れるまで、一分一秒がとても長く感じられた。
でも、無事が確認できたからには、もう大丈夫だ。
これで通常通りの試合が行える。
……何より、アリアが俺を見ている。
好きな人が見ている前だからね。なおさら負けられないよ。
今回の試合における共通のルールとして、剣術、武術、魔法など何を使用してもいい。
ただし、《癒しの魔法》を使った際に『1日で治せる怪我の範囲までの攻撃』というルールが定められている。
最初に説明を聞いた時は、曖昧なルールだなと思った。
試合中は常に動いているから、パッと見ただけで1日で治せるかどうかの判断なんてできるわけがない。
だけど、《癒しの魔法》を使い、直接魔力を注いだ上着を身につけて試合すると聞いた時に納得した。
《癒しの魔法》は怪我を治すのはもちろんのこと、使い方次第では怪我の状態を調べる事もできる。
この特殊な上着は、受けた怪我の状態を見て、色が変わる仕組みになっているらしい。
薄い青からスタートし、怪我を負うたびに色が濃くなっていく。
変化していく色を、各所に配置されている審判員、監視員が常に確認する。
一定の色まで到達すると、1日で治せる怪我の範囲を超えるほどに攻撃を受けたと判断され、“負け”が決まってしまう。
また、攻撃した際に上着の色が青ではなく、赤へと変化する場合もある。
赤は1日で治せないような深刻なダメージを相手に与えたとみなされ、その場合は攻撃した側が失格(負け)となるらしい。
それ以外にも降参は可能だし、審判員、監視員が危険と判断した場合には試合を中断する……といった細かいルールも設けられている。
とはいえ、試合する側としては『自分の攻撃がどこまでのダメージを相手に与えるのか』を瞬時に見極める事は難しい。
そこで今回は、ある程度まで威力を抑える為、魔法毎に使用できる魔法が限定されている。
例えば《火の魔法》であれば、小さい火炎弾を放つ、炎の壁を作るなど、軽度の攻撃魔法、身を守る攻撃魔法以外は禁止になった。
※審判員、監視員が視認できなくなるほどの防御魔法(舞台全体を炎で取り囲む等)は禁止
この試合中、対戦相手であるヌワさんから何度も放たれた火炎弾。
ジュリアさんとの一件があったから、わざと受けているけど、本来、かわせないスピード、防げない魔力ではなかった。
ヌワさんに強さを感じないのは、彼の攻撃が試合ルールに則っているからだろうか……?
「だいぶ、そちらの色が濃くなってきたな!」
ヌワさんが余裕に満ちた表情で笑った。
確かにいくつか攻撃は受けているから、上着の色が少し濃くなっている。
それに比べてヌワさんは……当たり前だけど、ほとんど色が変わっていない。
試合開始直後から、急にヌワさんの口調が変わった。
資料の通り、試合になると人格がガラリと──荒々しい感じへと変わるタイプのようだ。
ミネルが言っていた『試合になると手加減をしない性格』というのも分かる気がする。
攻撃、人を傷つける事に何の躊躇もない。
だからこそ、この躊躇いのない戦い方で怪我人が出た事もあるのだろう。
「さて、そろそろ終わりにするか!」
ヌワさんの表情は、まるでもう俺を倒したかのように勝ち誇っている。
……ジュリアさんが起こした事を本当に知らないんだな。
ヌワさんのようなタイプは、事実を知った時に怒りそうだけど……。
「それにしても、本館の奴らは全く手応えがないな!!」
笑ってはいるけれど、 傲慢で威圧的な態度。
話し方も乱暴で、他の人達からすれば恐怖を感じてもおかしくはない。
それなのに俺は──不安も、恐怖も感じない。
むしろ、ヌワさんのように自分に自信がある人は、俺に持っていないものを持っているようで嫌いじゃない。
……でも、ヌワさんの持つ自信は、俺が憧れているものとは違う。
「ヌワさんの試合は調べさせてもらいました」
「あっ?」
ヌワさんが火炎弾を放とうとした手を止めた。
「明らかに自分より弱い方にも手加減なく、怪我を負わせていました」
「あっ? ああ、手加減は相手に失礼だからな!!」
手加減をして試合をする事は、相手に対して失礼だという言い分も分かる。
「それでも『参った』と降参した人にまで、怪我を負わすのは違うと思います」
「……そんな事あったか? 覚えてないな!」
それで何度か“失格”になった事があるのに……気にもしていないのか。
試合になると人格が変わる……だから気にしていないのかもしれない。
どちらにせよ──
「俺は……平気で人を傷つけるヌワさんのような人を知っています」
ヌワさんが不可解そうにこちらを見た。
「俺は人を傷つけるのは、本当は好きではありません。だからこそ、貴方が言い訳できないくらいの勝ち方をしようと思います。そうしないと傷ついた人の気持ちが分からないままだと思いますので……」
「はっ! 負けているのにやけに強気だな!!」
ヌワさんが威勢よく火炎弾を放った。
即座に炎の壁を作り出し、攻撃を防ぐ。
仮に、俺の攻撃がヌワさんの上着の色を変えたとしても、彼の性格上、『たまたま当たって負けた』と思うかもしれない。
それだと意味がない。ヌワさんに『参った』と自分自身で負けを認めさせよう。
チラッとアリアの方に目を向けると、必死に応援している姿が見える。
うん、元気が出た。
攻撃以外の魔法なら──審判員にさえ見えれば、使用制限はない。
……とはいえ《火の魔法》は、ほぼ攻撃魔法だ。
ヌワさんはきっとこの炎の壁は、すぐに消えると思っている。
炎の壁を出し続けるという事は魔力をずっと保っていなければいけないからだ。
魔力の差を見せるためには、これだけでは足りない。
さらに魔法を唱えると、今ある炎の壁を徐々に大きくしていく。
「……お、大きくなった?」
炎の向こうから、驚いているヌワさんの声が聞こえる。
まだだ……もっと、もっとだ。
ヌワさんと俺との間を分断するように、舞台の端から端まで広がる大きな炎の壁を作る。
「こ、こ、こんなにも大きく!?」
ヌワさんの声は先ほどよりも驚いていて、明らかに動揺している。
「おおーーっと! 今まで見たことがないほどに大きな炎の壁ーー!! これはヌワ選手、攻撃ができません!!」
興奮気味に語るメロウさんの実況が会場内に響く。
「はっ! こんな魔法ずっと続くはずないだろ! それに攻撃できないのは、お前も一緒だ!!」
「そんな事はないですよ」
ヌワさんに一言返すと同時に、ぐっと気を引き締める。
──ここからは一切、気を抜けない。
勝負は一瞬だ。失敗はできない。
炎の壁の大きさを保ちながら、瞬時に炎の形を変えた。
中央に自分だけが通れるだけのスペースを開けると、そこに向かって全力で走り出す。
壁を通り抜けた瞬間、呆然と立っているヌワさんの姿が目に入った。
俺が炎の壁を通って攻撃してくるとは思っていなかったようだ。
「……油断しすぎです」
反応の遅れたヌワさんの足を、後ろから払うように蹴り上げる。
予想通り、転んだヌワさんは地面に尻を打ちつけた。
──今だ!
すぐさま腰に差していた剣を抜き、ヌワさんの眼前に突きつけた。
状況が理解できていないのか、ヌワさんは何とも言えないような顔をしている。
「おおっーと! カウイ選手の剣先がヌワ選手の目の前にー!! ヌワ選手、絶体絶命かー!? このピンチを切り抜ける事ができるのかー!?」
観客以上に熱狂的なメロウさんの実況が続く中、そっと背後を振り返る。
この間もあえて消さずに残していた炎の壁へと視線を動かすと、ヌワさんに見せつけるように消した。
放心状態だったヌワさんが、ゆっくりと口を開く。
「はっ……はは。全然魔力が違う……」
「……まだ試合を続行しますか?」
俺の問いにヌワさんの表情が少し変わった。
戦意が喪失したから? 試合開始前の表情に戻った気がする。
「いや……参った」
ヌワさんの言葉を聞き、メロウさんが大声で叫んだ。
「ヌワ選手の降参により、カウイ選手の勝利でーーーす!!」
はぁ……さすがに疲れた。
……いや、今はそれよりも。
ヌワさんに一礼すると、急いで試合の舞台を下りる。
そして、一目散にアリアの元へと走った。
アリアがこちらに向かって手を振るように喜んでいる。
「カウイー! おめで──」
アリアが言い終える前に思い切り抱きしめた。
「無事で……よかった」
「……心配掛けてごめんね」
アリアが静かにつぶやいた。
抱きしめた途端、また涙が出そうな自分に気がつく。
……全然、強くなれていないな。
無事に戻ってきた事を改めて実感していると、突如、「どーん」という言葉と共に両手で体を押された。
その勢いに体が横によろけ、アリアから手が離れる。
誰が……?
不思議に思い、押された方を見ると無表情のルナちゃんが立っていた。
「アリアに抱きついていいのは、私と兄さまだけだから」
「ルナ、よくやった」
ルナちゃんの行動をミネルが褒めている。
「ケ、ケガをしているのに何を!?」
アリアの焦った声が聞こえ、反射的に顔を向ける。
声は焦っているけど、顔は……赤い。
今までとは違うアリアの表情の変化を見て、とっさに気づく。
もしかして……想いが伝わった?
以前『アリアの事が好きだからだよ』と伝えたことがあった。
その時、アリアの中で“俺の好きがどういう好きなのか”迷っているように見えた。
もちろん、アリアから聞かれたらすぐに『恋愛感情として、アリアを想ってる』事を伝えるつもりではあった。
だけど何も言われなかったので、俺からもそれ以上の事は言わなかった。
その想いが今、この瞬間にアリアに伝わったんだ。
想いが伝わっただけ。たったそれだけの事が、こんなにも嬉しい。
今まで味わった事のない喜びに自然と表情が緩む。
「ルナに押されて転びそうになったのに笑ってるっておかしいわよ、カウイ」
赤い目をしたセレスちゃんが少し呆れたようにこちらを見ている。
……セレスちゃん、泣いていたのかな?
よくよく見ると、ルナちゃんとマイヤちゃんも目が赤い。
「……さて、ルナ! もうすぐ私たちの出番よ」
「うん。(アリアに格好いい所を見せる。そして褒めてもらうから)足を引っ張らないでね」
「こっちのセリフよ!!」
ルナちゃんとセレスちゃんが言い合いながら、試合前の準備運動を始めた。
オーンとエウロ、ミネルの3人は試合の関係者かな? と真剣な表情で話している。
アリアが無事に帰ってきたから、今まで起きた事を伝えてるのかもしれない。
……そういえば、ジュリアさんは?
さすがにアリアが戻ってきた事に気がついているはずだ。
別館の人たちの出場エリアに目を向ける。
遠目からでも分かるほどにジュリアさんが怒っていて、ユーテルさん達が懸命になだめている。
そうはいっても、向こうはすでに3勝している。
ジュリアさんの性格上、怒ってはいるものの、残り1勝すればいいだけだから勝てるとでも思っているだろう。
そんな事を考えていると、マイヤちゃんが俺の隣へとやって来た。
「カウイくん、本当に強くなったんだね」
「…………」
《癒しの魔法》で、マイヤちゃんが治療を開始する。
どうかな? アリアの隣にいてもいいと思えるくらい変われたかな?
「相手は怪我をしていないのに降参させるなんて……カウイくんらしいなぁって思ったよ」
「…………」
オリュンくんとのシミュレートと言いつつ、このような試合の仕方でよかったのかと、今更ながらに思ってしまう。
「……って、カウイくん、ルナちゃんの次くらいに全っ然話さないね」
……マイヤちゃんの口調が少し変わった。
なんとなく気になって、マイヤちゃんの顔をジッと見つめる。
「なに?」
「ううん。ごめん、話すのが得意じゃなくて」
マイヤちゃんが「ふぅ~ん」と言いながら、俺の顔をのぞき込んでくる。
「得意じゃないね~。まぁ、分かりやすくていいんじゃない? ようやくアリアちゃんもカウイくんの気持ちに気がついたみたいだし」
「……マイヤちゃん、気がついてたんだ」
「オーンくんとミネルくんも気づいてたんじゃないかな? 面白くなさそうな顔をしてたし(それが面白かったし)」
アリアが困る状況にさえならなければ、俺自身は気がつかれて困る事はないけど……。
治療を受けている間に警護の人達が駆けつけ、アリアに対し何度も何度も頭を下げていた。
さっきまで照れて赤い表情をしていたアリアの顔も真剣なものへと変り、今は警護の人達と何か話し込んでいる。
アリアの方もオーンと同様、今回の事を説明しているのかもしれない。
それからすぐ、話を終えたアリアが俺の元へやって来た。
またしても少しだけ照れた表情をしている。
「ケガ……大丈夫?」
「うん。マイヤちゃんに治してもらったから大丈夫だよ」
アリアが安心した表情を見せる。
「カウイの試合中、みんなにも話したんだけど、試合を中止せずに最後まで続けてもいいかな?」
「えっ?」
「もちろん、今回ジュリアのやった事は報告するつもりだよ」
……それなのに試合は続ける?
「私のね、気がすまないの!」
力強い声でアリアが言う。
「このまま試合をしなかったら、私自身の手でジュリアを殴れず、人の手で裁いてもらう事になっちゃう。それじゃあ、悔しいから!!」
……殴るって。思わず笑ってしまった。
多分、みんなもこの話を聞いた時、笑ったんじゃないかな。
「……アリアがそれを望んでいるなら、俺は止めるつもりはないよ」
「ありがとう。心配掛けた上に我がまま言ってごめんね」
こういうところが本当にアリアらしい。
……ただ、もしもジュリアさんが試合中にルールを破るような事があれば、必ず止めて、“今度こそ”守るけどね。
お読みいただき、ありがとうございます。
次話、2/2(火)更新になります。




