煩悩には勝てない
──突如、遠くからテンション高めの声が聞こえてきた。
「面白い事になってますねー!」
誰だろう? と顔を向けた先にいたのは、なんとメロウさん!
ニコニコと楽しそうに笑いながら、軽快な足取りで近づいてくる。
「メロウさん!」
「一部始終、見させてもらいましたよー」
メロウさんが手でメガネの形を作っている。
「卒業前に面白い事をしたいと思ってましたが、ありましたねー! 1年生の有名人達が対決するなんて……見応えたっぷり! 楽しいイベントじゃないですかー!」
さっきまでの緊迫した雰囲気が、メロウさんの登場で一気に和やかになった。
……いや、もしかすると“呆気に取られた”と言った方が正しいのかもしれない。
「せっかくなら、学校を巻き込んだイベントにしましょう!」
えーーっ! そんな大々的にやるの!!?
「こちらは構いませんよ」
セレスが腕を組み、受けて立つという姿勢を見せる。
さすが! 切り替えが早い!!
「こちらも構わないわ。まぁ、対戦相手としては物足りないけど、全校生徒の前で私たちが華麗に勝つ姿を見せてあげるわ!」
セレスに向かって、ジュリアが余裕の笑みを見せた。
互いに腕を組みながら、バチバチと睨み合っている。
…………対戦相手、私だよね?
なんかセレスとジュリアが対決するみたいになってない!?
セレスに続き、オーンがジュリアたちに向かって話し始める。
オーンにしては珍しく冷ややかな表情のままだ。
「ユーテルさん達の対決を受けるにあたり、条件を提示させていただきたい」
ユーテルさんが大きく手を広げ「何かな?」と笑った。
……この人は、じっとしていられない人なんだな。
「私たちが勝った場合の条件です。同じ学校ですので、一切関わるなとまでは言いません。ですが、今後は(特にアリアへの)無用な干渉は止めていただきたい」
強めの口調で、キッパリと突きつける。
「あり得ない話だとは思うけど、別に構わないわよ」
負けるなんて微塵も思っていないかのようにジュリアが承諾した。
周りのメンバーも頷いている。
その姿を見たメロウさんがパンッと大きく手を叩いた。
「では、決まりですね。ちょうど1ヶ月後、魔法祭があります。魔法祭のメインイベントにしましょー!」
メロウさんが生き生きとした表情で語っている。
「会場は後で考えるとして……ルールはどうしましょうねー?」
「魔法が使えない人もいるようですから、剣術、武術……なんでもありの対決でいかがです?」
ジュリアが私を見てニヤッと笑い、メロウさんに提案する。
……感じ悪いな。
「皆さんが納得できるルールなら構いませんが……アリアとジュリアさんは平等の対決じゃないのが気になりますねー」
メロウさんが「んー」と首を傾け悩んでいる。
「私とアリアさんだけは、魔法を使わないで対戦しますよ?」
ジュリアがもう一度私を見た。なんかもう、生理的に受け付けない笑い方をしている。
く、悔しい!! けど、魔法が使えないのも事実だし……。
──いや、ただ悔しがるだけじゃダメだ。
この対決をプラスに、ポジティブに考えよう!!
「いえ、私とジュリアさんの対決も皆さんと同じでいいです。魔法ありの対決で構いません!」
私の言葉に幼なじみはもちろんのこと、メロウさんや別館の人たちも驚いた表情を見せている。
「アリア! 何を考えてるの!?」
我慢できなかったのか、セレスが私の元へ駆け寄った。
「ごめん、セレス。今回、初めて魔法を使う人と対決ができるの。本当に何もできずに負けてしまうのか、それとも勝つ術があるのか……自分自身で試してみたい」
もし急にオリュンが襲ってきた時、警護の人やみんなに守られているだけじゃイヤだ。
オリュンの仲間といっていいのかは分からないけど、他にも行動を共にしている人たちがいると分かった今、1人で襲ってくるとも限らない。
その時、少なくとも足手まといにはなりたくない。
不本意から始まった対決だけど、こうなった以上は前向きに考えるしかない。
魔法が使えない私の戦い方を試せるチャンスだと思おう!!
みんなに自分の気持ちを正直に伝える。
すると、カウイがそっと口を開いた。
「……そうだね。(オリュンと同じ)《火の魔法》の人と真剣勝負ができる機会はなかなかない。俺も今回の事をいい機会だって思う事にするよ」
カウイが穏やかに微笑む。
難色を示していたセレスも、諦めたように「はぁ~」っと大きなため息をついた。
「……そんな事を言われたら、了承するしかないじゃない!!」
口調こそ怒っているようだけど、セレスが心の底から心配しているのが伝わってくる。
ありがとう、セレス。
「わっかりました! 公平に会場や細かいルールなどはこちらで考えます! それでいいですかー?」
メロウさんの問いにツインズが「はいっ!」と手を挙げた。
「お2人さん、どうしましたー?」
「私とリイはペア対決したい」
「僕とイリはいつでも一緒、一緒」
ツインズが「お願い、お願い」とメロウさんにリズムよく懇願している。
ペア対決という事は……セレスとルナがコンビを組むということ!?
チラッと2人の様子をうかがえば、揃いも揃って心底イヤそうな顔をしている。うん、予想通りの反応。
「い、や、よ! その要求は却下よ!!」
「無理」
2人が全力で否定する中、ソフィーさんが意味ありげに笑ってみせる。
「ふふっ。個人戦ではありますけど、団体戦と考えたら? 4対4だと引き分けという事もあり得ます。ペア対決を取り入れたら、必ず勝敗がつきますよ?」
鋭い所をつくなぁ、ソフィーさん。セレスとルナも悩んでいるようだ。
「……私が勝つのは目に見えてるけど、他の人もそうだとは限らないものね」
セレスの苦悩が手に取るように分かる。
「しょうがないわね。足を引っ張るんじゃないわよ、ルナ」
「それはこっちのセリフ」
セレスとルナが、しぶしぶペア対決を承諾した。
なんだかんだ言って、この2人息ぴったりだと思うんだけどなぁ。
「対決する方が了承したのなら、それで進めましょうー!」
メロウさんの言葉に他の人たちも頷いた。
「いやぁ、アリアのお陰で楽しいことが起こりそうですねー! 忙しくなります。のんびりなんてしていられません」
私のお陰!?
……ではないような気がするけど、言い返すタイミングをすっかり失ってるし。
最後に「ではー! 詳細が決まったら連絡します!」と元気に告げると、メロウさんはあっという間にいなくなった。
……相変わらず、慌ただしい人だなぁ。
メロウさんが去った後、時計を確認したソフィーさんがジュリアたちに話し掛けている。
「そろそろ授業が始まります。私達も別館に戻りましょう」
「そうね。では1ヶ月後の魔法祭で! アリアさん、魔法が使えない人でも参加出来るお祭りだから安心してね」
嫌味たっぷりのイラっとする笑い方だな。
ルナがボソッとつぶやいた。
「やっぱり、今すぐ倒す」
おおっと。急いでルナを止める。
「ルナ、ありがとう。気持ちだけもらっておくよ」
お礼を伝えると、別館へ戻っていくジュリアに向かって大声で叫んだ。
「そんなに嫌味ばかり言って魔法が使えない私に負けたら、たくさん残っている学校生活、恥ずかしいですからねー!!」
ジュリアがキッと私を睨んだ。
よし! 最後の最後で言い返してやったぞー!
やっぱり、言われっぱなしは性に合わないからね!!
「貴方だって、負けたら同じじゃない」
「私は魔法が使えないので」
凝視するジュリアをよそに『こちらは何とも思ってませんー』という意味も込めてニコッと笑う。
負ける気はないけど、負けたって、みんな不思議に思わないだろうし、別に恥ずかしくもない。
すっごい悔しいとは思うけど……。
こちらに向かってこようとするジュリアをユーテルさんが「キレイな顔が台無しだよ」となだめている。
なだめられたジュリアがふんと鼻を鳴らした。
「……まぁ、いいわ。どうせヒロインである私が勝つに決まってるんだから」
気になる捨て台詞を残し、ジュリアを含む別館の人たちはそのまま去って行った。
……えーっと、聞き間違いじゃなければ“ヒロインである私”って言った、よね!?
なぜジュリアは、ヒロインというセリフを言ったの?
ヒロインって……“乙女ゲーム”「childhood friends」のヒロイン??
……いや、まさかね。
そもそも主要キャラにジュリアというキャラなんていなかった。
自分がヒロインのようだ、主役だという事を言いたかっただけかもしれない。
うん、きっとそうだ。考えすぎだ。
それにしても……ようやく嵐が去った。
見ていた人たちが「楽しみだね」、「絶対に見に行こう」と言いながら、次々に教室へと歩いていく。
なんとなく幼なじみ達だけが残ったな。
教室へ行こうとみんなが動き始めた瞬間、ミネルがぽつりと言った。
「面倒な事になったが……しょうがない。アリアが絡んだら、大ごとにもなるか」
ん? えーーー! 私が原因なの!?
そりゃ、ないですよ! ミネルさん。今回ばかりは違くない!?
オーンが頷きながら話している。
「少々面倒な人たちだから、今後の事も考えると勝ちたいね」
いやいや『勝ちたいね』はそうだけど、今うなずいてたよね?
その頷きは、なんの頷き??
そんな中、マイヤとパチッと目が合った。
何かをひらめいたのか、マイヤが可愛らしく「うふ」っと笑った。
「せっかくだから、私たちの中でも競争するのはどうかな?」
「……競争?」
エウロがマイヤに聞き返す。
「うん。あの人たちと対決して、私たちが勝った場合の条件が『今後、無用に関わらない』『アリアちゃんに謝ってもらう』だけだと、少し物足りなく感じたの。対決することで、ケガをするかもしれないのに……、ね」
確かにね。魔法対決だとケガもあり得るからなぁ~……って、マイヤは《癒しの魔法》だからケガしない確率の方が高いじゃん!!
さらに謝ってもらう約束なんてしてたかな??
マイヤが私に近づき、両手を包み込むようにぎゅっと握った。
「アリアちゃん」
「……はい」
上目遣いで私を見つめている。本日、二度目の嫌な予感。
「今回の件だけど、アリアちゃんがきっかけで、対決っていう流れになったんだと思うの」
うっ! 痛いところを!! 否定はできない……か。
みんな、私の為に怒ってくれたんだもんね。
本当にありがとう! 感謝の気持ちでいっぱいです!!
「だから──“アリアちゃんを1日好きにしていい権利”を1人だけ獲得できる事にしましょう」
…………へっ?
悪びれる様子もなく、マイヤが小首を傾げながらにっこりと笑っている。
「あらっ。マイヤにしては面白そうな提案じゃない」
「そうだな。それくらいの事はしてもらおう」
セレスとミネルがマイヤの提案に同意している。
エウロやカウイは、マイヤの提案に少し戸惑っている様子。
嫌な予感的中ーーー!!!
こういう時の予感って当たるから嫌だよね。
何とかして決定する前に断らねば!!
一人あたふたしている私を気に掛ける事もなく、ミネルが真剣な表情を浮かべている。
「アリア、よく考えてみろ」
は、はい。
「みんながお前の為に動いてるんだぞ? きっとお前は後々『私の為に申し訳ない。みんなに悪い』という気持ちが芽生えるはずだ」
……はっ! そうかもしれない!!
「けれど、“アリアを1日好きにしていい権利”を行使する事で、その罪悪感は薄れるだろう……というマイヤ──いや、僕たちなりの気遣いなんだぞ?」
そ、そうだったんだ。
それなのに私ったら……自分の事しか考えてなかったよ!!
「ごめん、みんな。誤解してたよ。私でよければ、1日自由に使って! 掃除でも肩もみでも何でもするから!!」
「よし、言ったな? みんな、どうやって1人を選ぶか決めよう」
あれ? ミネル、切り替え早くない!?
そこはもうちょっとさ、なんていうかさ。『アリアの気持ちは受け取ったよ』とかいう感動的な場面じゃないの??
オーンたちも「どうしようね?」って言ってるし。
そんな中、困惑気味のエウロが「……なぁ、その権利はどうなんだ?」とみんなに聞いてくれている。
エウロー!! と感激する暇もなく、ミネルとマイヤが即座に答えた。
「そう思うなら、権利放棄でも構わないぞ」
「エウロくんが権利を獲得すればいいんだよ?」
2人の言葉にエウロが「そうか、そうだよな」と納得している。
私の事なんて完っ全に無視して話が進んでいる。
「アリアに決めてもらう」
ルナがボソッと呟いた。
みんなが一斉にルナの方へと視線を向ける。
「ルナにしては珍しく、いい案なんじゃないかしら?」
「……確かにそれなら誰も文句は言えないな」
セレスとミネルが驚きつつも理解を示している。
気のせいじゃなければ、さっきより盛り上がっているような……?
ルナの発言を受けて、オーンが話のまとめに入っている。
「魔法祭のイベントで一番活躍した人をアリアに決めてもらう。その選ばれた人物が、権利を獲得できるという事で、いいかな?」
言いながら、オーンが周りを見渡す。
それに応えるように、みんなが返事をしたり、頷いたりして承諾を示している。
思うところはあるけれど、『何でもする』と力強く断言してしまった手前、何も言えない。
多分、そんなに困るようなお願いはないだろう。
ミネルが言ってたように、私の罪悪感を消すために言ってくれたんだろうし……まぁ、いっか。
マイヤが愛らしく、両手でガッツポーズを作る。
「(うふっ。みんなには悪いけど、私が権利を獲得させてもらうね。アリアちゃんには何をしてもらおっかな?)楽しみになってきたね。足を引っ張らないように精一杯頑張るね!」
ミネルが不敵な笑みをこぼす。
「(この絶好の機会を逃すわけにはいかない。絶対に勝たせてもらう)そうだな。相手が女性だろうが関係ない。一切、負ける気はない!」
カウイが物腰柔らかに闘志を燃やしている。
「(権利よりも活躍してアリアの一番に選ばれたい)頑張るし、勝つよ」
セレスは「ふふふっ」と豪快に笑い出した。
「(アリアを好きにしていいのは私だけよ!)久しぶりに燃えるわね! 対戦相手に勝つのはもちろんのこと、権利も私がいただくわ!!」
ルナも(私から見たら)やる気満々の表情だ。
「(権利を手に入れて、アリアと兄さまをくっつける)必ず、倒す。(邪魔する)セレスも倒す!」
いやいや。セレスは倒したらダメ。2人は、“ペア対決”なんだよ?
ほら、セレスも「何ですってー!」って、怒ってるし。
やる気と戸惑いが入り混じったような表情のエウロは、ここにきてやっと口を開いた。
「(そうだ、俺が選ばれればいいだけの話だ。あわよくば2人で出掛けたいと思う煩悩は消えてくれー)魔法祭まで、特訓して勝とう!!」
鋭い眼差しをしたオーンが決意を述べる。
「(僕以外の人が権利を獲得するなんて……想像すらしたくない)やるからには全力で。最善を尽くすよ」
みんな、気合が入ってる! 私も負けてられない!!
(それぞれの思惑も知らず)テンション爆上がりの私が、最後にみんなへ声を掛ける。
「うん! みんなで力を合わせて頑張ろう!!」
──かくして、魔法祭での対決が決定した。
さらには対決後、一番活躍した人には“私を1日好きにしていい権利”までもが決定してしまった。
お読みいただきありがとうございます。
年内最後の更新になります。
お陰様でブックマーク登録数が500件を超えました。
本当にありがとうございます!!
来年は1/3(日)更新になります。
よいお年をお迎えくださいm(__)m




