突然の宝探し
夏季休暇も終わりへと近づき、私──アリアは悩んでいた。
もしかしたら、カウイが私に好意を持っているかもしれない、と。
セレス風に言うなら……。
『貴方、オーンに告白されたからといって、自惚れすぎじゃありませんこと?』
おっしゃる通りです。
あの後、カウイは何も言ってこなかったし。
だからといって、私から『カウイって私の事が好きなのー?』とも聞けない。
変な沈黙なんて作らずに、すぐ返答すれば良かったなぁ。
聞くタイミングを逃しちゃった。
とはいえ、結論としては……今まで通り! これしかない!!
あれから、スレイさん達の方にも動きがあったらしい。
夏季休暇中にナツラさんのご両親と会う約束を取りつけたそうだ。
まずは一歩前進!
進展があれば、また連絡するとも言ってくれた。
お似合いの2人だったから、上手くいってほしいなぁ。
部屋にこもってあれこれ考えていると、扉をコンコンとノックする音が聞こえてきた。
「どうぞー」と返事をしたけど、入ってこない。
……どうしたのかな?
私が扉を開けに行くと、そこにはマイヤが立っていた。
「アリアちゃんにお願いがあるんだけど」
マイヤが上目遣いで手を合わせ、お願いのポーズをしている。
どうして私に対して“表の顔”? 困るようなお願いなのかな??
少し警戒しながら、マイヤに尋ねる。
「……お願いって何?」
「今日ね、お父様の仕事を手伝いに行くの。ほら、私はアリアちゃんと違って魔法が使えるから」
うん。大丈夫。いつも通りのマイヤだった。
「それでね、この本をエウロくんに渡す約束をしてたんだけど、行けなくなっちゃって」
そう言ってマイヤが1冊の本を差し出してきた。
「代わりにアリアちゃんが渡しに行ってくれないかなぁ?」
なんだ。とてつもなく難しいお願いかと思った。
「うん、いいよ」
軽い気持ちで返事をすると、マイヤが安堵の表情を見せた。
「ありがとう。良かった」
良かった?
「少しでも罪滅しをしたかったから」
ん? 小さい声でボソッと何かを呟いたような気がするけど?
「ごめん、聞こえなかった」
「なんでもないの。待ち合わせ場所は高等部の図書館だから」
マイヤが私に本を渡した後、少し気まずそうに言った。
「前に『アリアちゃんは何も努力していない』って言っちゃったけど、訂正する。夏季休暇の間、一緒に過ごして分かったから。……じゃあ、よろしくね」
言うだけ言って足早に去って行こうとするので、少し大きめに声を掛ける。
「マイヤ、ありがとねー!」
マイヤが歩みを止め、こちらを振り向かずにこくんと頷いた。
そして、そのまま部屋へと戻って行った。
……今頃、きっと照れてるな。
よし! じゃあ、出掛けますか!!
警護の人にも出掛ける事を伝え、一緒に高等部の図書館へと向かった。
久しぶりの学校。
図書館へ入り、さっそくエウロを探し始める。
キョロキョロと周りを見渡していると、否が応でも目に入ってくる幼なじみが立っていた。
遠くからでもすぐに分かる。あの赤髪は──エウロだ!
後ろからポンと背中を叩き、声を掛ける。
「お待たせ」
「ア、リア!!?」
驚いてる? 急に声を掛けたからかな?
「久しぶりだね」
エウロとは夏季休暇中も会う機会がなく、1ヶ月弱くらい? 振りだな。
……というか、いつからだろう?
夏季休暇前もあまり会話をしてないんだよな。たまにエウロに会っても忙しいのか挨拶で終わってたし。
「ああ……久しぶりだな。今日はどうしたんだ?」
あれ? 私が代わりに来た事をエウロに伝えてないのかな?
「マイヤの代わりにエウロに渡す本を持ってきたんだけど?」
「ほ、本?」
んん? なぜ、不思議そうな表情を?
まぁ、いっか。
「それと……今日行けないからっていう事で手紙も預かってきたよ」
言いながら、本と預かっていた手紙をエウロに差し出す。
困惑した表情のエウロが、黙って本と手紙を受け取った。
封筒から手紙を取り出し、私の前で静かに読み始める。
文面が短かったのかな? すぐに読み終えると、エウロは手紙を封筒へとしまった。
気になる事でもあったのか、天井に向かって視線をさまよわせつつ、顎をポリポリとかいている。
「……ああ~、えーと」
「どうしたの? エウロ??」
なにか言いづらそう??
「婚約解消の件、自分も解消しようと思っていたから気にしないでほしいって」
「そうだったんだ」
そもそも婚約解消のキッカケはなんだったのか知らないけど、エウロの性格からして気にしそう。
「それと……」
それと?
エウロがチラッと私を見た。
「いや、なんでもない」
「うん?」
いつも元気なエウロの表情が、少しだけ重いような気がする。
「届けてくれて、ありがとうな」
「ううん。それは全然いいんだけど……この後、良かったら一緒にランチでも食べない?」
「えっ……と。ああ」
歯切れも悪い。
気のせいじゃない。エウロの様子が明らかにおかしい!!
ランチを食べながら、さりげな~く聞き出せないかな??
夏季休暇中という事もあって、高等部にあるお店はほとんど閉まっている。
唯一開いていた高等部のレストランに入り、円形のテーブルにつく。
そっとエウロの様子をうかがうと……やっぱりいつもと違う。
「何か悩み事でもあるの?」
あっ! さりげなくどころか、直球で聞いちゃった。
「えっ?」
「元気がないというか、いつものエウロと違って見えるというか」
さっきから気まずそうに、視線も合わせようとしないし。
言いたくない? 聞かれたくない話なのかな?
「あの……」
「アリアじゃないですかー!」
エウロが話し始めたと同時に、後ろから明るい声が聞こえてくる。
振り返ると、そこにはメロウさんがいた。こちらに向かって笑顔で手を振っている。
「えっ!? メロウさん!?」
驚きながらも席を立ち、メロウさんに挨拶する。
「入学式以来ですね。あの時はありがとうございました。夏季休暇中ですよね? 今日はどうしたんですか?」
私の質問にメロウさんがケラケラと笑い出した。
「あははは。それはアリアもじゃないですかー。面白い事を言いますねー」
確かに! それを言うなら私もだった!!
それにしても、相変わらずメロウさんは明るいなぁ。
「私は就職先の相談に来てたのです。お昼、ご一緒していいですかー?」
メロウさんが返事も聞かずに私とエウロの間の椅子に腰掛けた。
自然に3人で食事をする事になったけど、こういう事をされても一切不快に思わないんだよなぁ。
メロウさんって……すごい!!
「アリアとエウロさんでしたよね? お二人はどうしたんですかー?」
「(頼まれごとだけど)用事があってきたんです」
「そうなんですね」
エウロが私の方を見て「ええと」と少し困った顔をしている。
「ああ、テスタコーポ大会で実況をしてたメロウさんだよ」
「──あの時の! 」
エウロも思い出したようだ。
「そうです! あの時のです!」
ついでに、入学式の日に道に迷っていたのをメロウさんに助けてもらった話もした。
メロウさんはニコニコ笑いながら、私の話を聞いている。
一通り説明を終えたタイミングで、ふと気になった事をメロウさんに尋ねてみた。
「メロウさんは、将来どんな職に就きたいんですか?」
「実は、困った事に就きたいと思える職がなくてですね。それで夏季休暇を利用して、就職先の相談にきたのです!」
キャラ的にすぐにやりたい事を見つけそうな気がしてたから意外かも。
真剣なのか、ふざけてるのか、よく分からない眼差しでメロウさんが話しを続ける。
「さらに困った事があるのです!」
な、なんだろう!?
「卒業前に何か面白い事をしたいなぁ~という事ばかり考えてしまうのです!」
メロウさんがおどけて笑った。
「は、はぁ。面白い事……ですか?」
「そうなんです! イベント的ものをしたいのです!!」
んー、なるほど。
どんな事をしたいのかにもよるけど。
「宝探しとか? そんな感じですか?」
私の何気なく言った言葉に、メロウさんが勢いよく席を立ち上がった。
「いいですね! 宝探し! 今やってみましょう!!」
「い、今!?」
「今ですか?」
ほぼ同時に私とエウロが声を上げた。
「はい、今です。お二人は、この後お時間ありますか?」
メロウさんが私とエウロの顔を交互に見る。
「俺は……大丈夫ですけど」
「私も大丈夫です」
メロウさんが少し上を向き「んー」と考えている。
考える姿すら、なんだか楽しそうだ。
ふいに、メロウさんが何か思いついたような表情を見せた。
「まぁ、宝探しと言ってもいきなりなので、お宝はありません。その代わりと言ってはなんですが、このレストランにはメニューには載っていないデザートがあるのをご存知ですか?」
私とエウロが「いいえ」と首を横に振る。
「それなら良かったです! その裏メニューのデザートを食べれる権利券を校内のどこかに隠します! それをお二人で探してください!!」
えー!! いきなり!?
……だけど、楽しそう!!!
「やります!」
迷わず即答する。
それから、メロウさんと2人でエウロの方へと顔を向けた。
「あっ、えっと、やります」
私とメロウさんに押されたのか、戸惑いながらもエウロが承諾した。
「2時間以内にお宝を見つけて、このレストランに戻ってきてください! 今から1時間経ったら“お宝”を探してください!」
メロウさんが去ろうとしたので、急いで呼び止める。
「ヒ、ヒントは?」
「欲しがりますねー」
『欲しがりますね』ってこの広い校内でヒント無しはつらいですよ!
「んー、分かりました! お二人が必ず行ったことのある場所に隠します。それでは、スタートです!!」
『スタートです』と言って、メロウさんがバーっと風のようにいなくなった。
えーーー !! もうスタート!!?
「メロウさんの行動力って凄すぎる」
私が独り言のようにつぶやくと、エウロが笑った。
「アリアだってすぐに『やります』って答えてたぞ」
「そうか。そうだったね」
確かに……人のこと言えないか。
というか、今日初めてエウロの笑った顔を見た気がする。
いつも明るいエウロだから、さっきは元気がないように見えたんだよなぁ。
エウロが笑うと安心する。笑ってくれて良かった。
「……なんか大会の時を思い出すな」
「私も同じこと考えてた!」
やっぱりエウロとは気が合うな。2人で顔を見合わせ、ふっと笑い合う。
エウロがレストランに設置されている時計へと目をやった。
「スタートまで、後50分か。どの辺りから探す?」
「う~ん。私たちが行ったことある場所って言ってたよね。入学式の会場か、授業を受ける場所?」
エウロも口元に手を当て考えている。
「“必ず”って言ってたって事は、大会の時に行った場所じゃないか?」
そっか。
「“2人が必ず”って言ってた! メロウさんが私とエウロが行った場所を見てるのは大会の時しかないもんね!」
まだ問題はある。
大会の時に行った場所を全て回る上にそこから券を探すとなると、ゆうに2時間は超えてしまう。
困った……いや、待てよ?
「大会の時、さすがに全ステージをチェックできるはずないよね?」
「それはさすがに無理だろ。メインステージだけだろ……って、そうか!」
私がこくんと頷く。
「スタートした時の“第1グラウンド”か、ゴールした時の“第5グラウンド”だと思う」
この2つの場所なら、メロウさんは必ず私達2人がいた事を知っている!
問題はどちらを先に行くべきか……。
なんせ、なかなか離れた場所にあるもんなぁ。
「どっちにしようね? 二手に分かれるという方法もあるけど」
自分で言っておきながら、せっかくなら一緒に探した方が楽しいだろうなとも思う。
「一緒に行こう。第1グラウンドを50分間探して見当たらなかったら、第5グラウンドを探そう。多分、グラウンドなら難しい場所には隠せないはずだ」
「それはいいけど……移動時間を考えると厳しいんじゃ?」
多分、第1グラウンドから第5グラウンドまで30分は掛かるはず。
ニヤッとエウロが笑った。
「今回は大会じゃないからな。《風の魔法》を使う。空からなら、5分で移動可能だろう」
おぉー! スゴイ!!
最初は一緒に探して第1グラウンドで見つからなかったら、後はエウロに任せよう!
「1時間経ったな」
「うん。じゃあ、行こうか」
2人で顔を見合わせ頷く。
第1グラウンドはここから近いから、それこそ5分もあれば着くかな?
2人で走りながら目的地である第1グラウンドへ移動していると、エウロが話を切り出す。
「さっきアリアが『俺が元気ない』って言ってたけど」
エウロ覚えてたんだ!
「少し悩んでたんだ。だけど、もう大丈夫だ。やっぱりアリアと一緒にいるのは楽しい」
そう言ってくれるのは嬉しい! けど、“エウロの悩み”と“私といると楽しい”が結びつかないんだけど?
今が楽しいから、悩みもふき飛んだということかな??
「なら、良かった。元気がないエウロの姿を見るのは心配だけど、無理して元気に振る舞わなくてもいいんだからね?」
エウロがきょとんとした顔をしている。
「みんなの気持ちを明るくしてくれるエウロだからこそ、無理したり、我慢する時があるんじゃないかなーと思って。ちょっとくらい心配掛けたっていいんだからね?」
エウロが走りながら、ニコッと笑った。
「ありがとう。自分がどうすべきか悩んでいたけど……今のが後押しになった。はっきり気持ちが決まったよ」
エウロが今日一番の清々しい表情をしている。
「よし、着いたな! アリア探すぞ!! 俺は奥から探す」
「わ、分かった」
途中で会話が終わっちゃったけど、まずは探さないとね!
エウロが《風の魔法》を使い、グラウンドの奥へと移動した。
早い!! もう見えるか見えないか微妙な位置まで移動している。
私も急いで探さなきゃ!!
……と、ずーっと探してるけど見つからない!!
時間も50分経ったな。
エウロも見つからなかったのか、私の元へ来て、すぐに声を掛けた。
「第5グラウンドに移ろう」
「分かったよ。私は後で合流するね!」
私の返答に、エウロが不思議そうな表情を浮かべている。
「ん? アリアも一緒に行くんだぞ?」
──えっ!!
悩む間もなく、エウロがひょいと私を持ち上げ、俗にいう‟お姫様抱っこ”をした。
そのまま《風の魔法》を使うと、宙に向かってふわっと浮かび上がる。
えっ! えーーーー!!!!
す、すごーーい! 飛んでる! 浮いてる!!
でも、さすがに高くなると……少し怖いかも。
落ちないようエウロの肩に手を回し、しっかりとしがみついた。
「アリア行くぞ!」
「うん!」
風が気持ちいいー! そして早い!!
エウロが言っていた通り、あっという間に第5グラウンドに着いた。
「よし、着いたな」
エウロがゆっくりと地上に足をつけ、私の顔を見た。
「あっ! 悪い! 勝手に……その」
途端にエウロが動揺し始める。さらに顔も赤いな。
慌てながらも、ゆっくりと私を地面に降ろした。
私が相手だから気にしてないと思ってたんだけど、もしかして照れてるのかな?
「ありがとう。初めての経験だったから楽しかったよ」
「あ、ああ。さ、探すか。俺はまた奥から、さ、探すな」
まだ動揺してるみたい。
動揺されると、私まで照れてしまう。
……って、違う! 照れてる暇はなかった!!
急いで探さなきゃー!!!
エウロと2人、グラウンド中を必死に探し回る。
ちょうど50分が経過しようとした頃、エウロの声が響き渡った。
「見つかったぞー!」
やったー!!
エウロが急いで私の元へ駆け寄り、2人で手を合わせ、ハイタッチをする。
……って、のんびり喜んでる場合じゃない!!
「急いでレストランまで戻らなきゃ! 間に合うかな?」
私が言うと、エウロが再び私を抱き抱えた。
「急ごう」
魔法を唱え、ふわっと宙に浮く。2回目はそんなに怖くないかも。
抱きかかえられたままレストランへ向かう途中、エウロがふと口を開いた。
「……しばらく会わなければ、気持ちの整理もつくかと思ってたけど無理だった」
ん? 誰との話だろう?
「やっぱり諦めきれないみたいだ」
全然なんの事を言ってるのか分からない。
だけど──
「諦めきれないなら、自分が納得するまで頑張るしかないんじゃないかな?」
そもそも諦めなきゃいけない事なのかも分かってないけど。
「そうだな。その通りだ。諦めきれないというか、俺が諦めたくないんだ。なら、頑張るしかないよな」
レストラン付近にたどり着き、エウロが地上へと降り立つ。
私も降りると、急いでレストランへと向かった。
ゴール直前、私の前を走っていたエウロが振り向き、手を差し伸べてくる。
本当に大会の時みたい!
手を握り返し、2人一緒にレストランへと駆け込んだ。
メロウさん……いた!!
「お二人ともお疲れ様です。見事に見つけたようですねー!」
メロウさんが席を立ち、『どうぞどうぞ』と言わんばかりに椅子を引いた。
「さぁ~、座って、座って。動いたからお腹が空いたでしょう。賞品のデザートを食べましょー!」
エウロと横並びで席に座る。
もう用意してたんだ!
「お二人なら見つけ出すと思ってましたよ。いいコンビですねー」
メロウさんの言葉に笑顔で応えながら、賞品のデザートにフォークを伸ばす。
見た目はショートケーキっぽいけど、スポンジがマシュマロみたいに柔らかい。これは新触感!
私が賞品に感激していると、隣にいるエウロがメロウさんに声を掛けた。
「今日はありがとうございました」
「いえいえ、こちらこそ。楽しめましたよー。エウロさん、先ほどより“いい顔”してますね。別人のようです」
メロウさんがまたしてもケラケラと笑いながら席を立った。
「では、帰ります! またお会いしましょうー」
そう言うと、あっという間にいなくなってしまった。
表現が難しいけど、メロウさんってふわふわした人だな。
メロウさんが去った後、エウロが私の頭にポンと手を置いた。
どこか優しい眼差しで私を見ている。
「どうしたの? エウロ??」
「アリアが可愛……いや、なんでもない」
はぁっ……と、エウロが深くため息をつく。
「ダメだ。言えない」
……また元気がない? と思っていたら、エウロがブンブンと思いきり首を横に振った。
「いや、いずれ! 必ず言うからな!!」
「うん? 分かった……??」
正直、よく分かってないけど。
力強いエウロの言葉に圧倒され、思わず答えてしまった。
──こうして、私の夏季休暇は無事に終わりを告げた。
お読みいただき、ありがとうございます。
次話、12/26(土)更新になります。




