身分違いの恋の話
近々、様子でも見に行こうかな!?
……と思ってから、1週間も経たない内に自分が創設に関わった学校、“エンタ・ヴァッレ”に来ている。
そう! 学校名がついたのはもちろんのこと、私の通ってる学校“エンタ・ヴェリーノ”と姉妹校になったのだ。
その為、“エンタ”の名前も取り入れられている。
「夏季休暇中だからかな? ほとんど人がいないね」
カウイにつられ、隣にいる私も周囲へと目を向ける。
確かにチラホラ人はいるけど、数えるくらいしかいない。
「そうだね。事前に見学のお願いをした時には、快く了承してくださったんだけど……。本当に来て良かったのかなぁ?」
夏季休暇中、カウイと一緒に出掛ける約束をしていた。
会う日を決めた際、私が何気なく“エンタ・ヴァッレ”に行くつもりだと話したところ、カウイも『一緒に行きたい』と言ってくれた。
そこで急遽、カウイと一緒に来る事になったのだ。
学校を眺めながら、カウイが優しい眼差しで話す。
「留学中、アリアの手紙で学校の事を聞いてたから気になっていたんだ」
相変わらずの優しさと色気ですね、はい。
学校に入ると、正面玄関に一人の男性が立っている。
「久しぶりだな~、アリア~」
「ご無沙汰してます! サハ先生!!」
サハ先生は、私が中等部の時に魔法を教えてくれたユニークな先生だ。
魔法に関する知識や基礎などはサハ先生から習った。まぁ、いまだに魔法は使えないけど。
姉妹校となった“エンタ・ヴァッレ”の創立が決まった時、この学校への転勤を自ら希望したらしい。
「初心にかえりたくなったんだよ~」
異動前、サハ先生はいつも通りの穏やかなトーンで言っていた。
「カウイも久しぶりだな~」
「お久しぶりです」
カウイがサハ先生に一礼する。
「カウイは背も伸びて変わったな~。アリアから前もってカウイが来る話を聞いてなかったら、カウイとは気がつかなかったな~」
……そっか。カウイの留学中に異動しちゃったんだった。
「アリアは……うん、変わらないな~」
……喜ぶべきところなんだろうか。
若干スッキリしない気持ちのまま、校内を案内してもらう事になった。
教室や職員室、練習場など色々な場所を見て回る。
次に図書館の中を見学させてもらっていると、サハ先生が椅子に座って本を読んでいる男女へと近づいて行った。
「夏季休暇中だけど、勉強しにきたのか~?」
サハ先生に声を掛けられ、男性の方がビクッと顔を上げた。
「あっ、はい。そ、そうなんです」
男性はあきらかに動揺している。
「隣の子は、ここの生徒じゃないよね~? きちんと許可はもらった~?」
サハ先生がいつも通りの口調で男性に指摘する。
男性が気まずそうに斜め下を向いた。
あっ、私でも分かった!
許可もらってないね、これは!!
「すいません……」
「やはり、そうか~」
女性の方も頭を下げ、謝っている。
この2人、どこかで見た事ある気がするんだよなぁ?
どこで会ったんだっけ??
サハ先生が「んー」と考えながら、2人に向かって言った。
「今ね、学校を案内している途中だからね~。案内が終わるまではいていいよ~。大体、1時間くらいかな~? ただ今後はきちんと許可をもらってね~」
パッと顔を上げた2人が、サハ先生にお礼を言っている。
「戻るまでだからね~。では、次に行きましょう~」
サハ先生が私たちを誘導し、何事もなかったかのように図書館を出た。
見た感じ悪い事はしなさそうな2人に見えるけど、許可ないままでいいのかな?
「サハ先生、大丈夫ですか?」
カウイも同じ事を心配していたようで、サハ先生に尋ねている。
「いいの、いいの~。隣にいた女の子は、アリア達が通ってる“エンタ・ヴェリーノ”の生徒だから~」
えっ! そうなの!?
でも、そっか。だからサハ先生は、ここの生徒じゃないって気がついたのか。
サハ先生に一通り学校を案内してもらい、前よりも“エンタ・ヴァッレ”の事を知る事ができた。
いつの間にか、こんなに立派な学校になってたんだなぁ。
創立までの道のりを思い出すと、なんだか感慨深い気持ちになってしまう。
帰り際、サハ先生に別れの挨拶をする。
「サハ先生! 今日はお忙しい中、ありがとうございました」
「いや~、私も久しぶりに2人の元気な姿を見れてよかったよ~」
サハ先生にお礼を伝え、カウイと一緒に学校の門をくぐる。
すると、先ほど図書館にいた2人が立っていた。
「あっ! さっきの……」
思わず、声を掛けてしまった。
2人が軽く会釈をした後、女性が神妙な面持ちで口を開いた。
「あの、実はお二人を待ってました」
「私たち?」
私の問いに2人はゆっくりと頷いている。
「偶然とはいえ、お会いできたのも何かの縁だろうと思いまして……」
友人になりたいとかかな? OKです!!
って、あっ、あーー! やっと思い出した!!
学校建設の時に手伝いに来てくれた2人だ。会話こそなかったものの、何度か来てくれてた!
だから、見覚えあったんだ。
「学校建設の時、手伝いに来てくれてましたよね?」
私が聞くと、さっきまで硬かった女性の表情が少しだけ緩んだ。
「は、はい。そうです」
「当たった! で、話したい事とは?」
……ん? どうしたんだろう? 言うのを躊躇ってる?
女性の姿を見て、カウイが提案をした。
「場所を変えましょうか? ちょうど、この辺りでお茶でもしようかと思ってたんです」
2人が「それなら」と了承し、学校付近にあったカフェへ入る。へぇ、可愛い内装のカフェだな。
私がカウイの隣に座り、2人が向かいの席へと座った。
「お時間を取らせてしまい、すいません」
男性が深々と頭を下げた。
「気にしなくて大丈夫ですよ。遅れましたが、私はアリアと申します」
「カウイです」
まずは自己紹介からだよね。
「俺はスレイといいます」
先に男性が挨拶をした。見た感じ優しそうな男性だな。
女性の方は、おしとやかなイメージ。
「私はアリアさん達と同じ学校に通っている高等部2年のナツラです」
サハ先生の言っていた通り、同じ学校だったんだ。
スレイさんが「実は……」と話を切り出した。
「俺とナツラは学校建設の時に知り合い、意気投合しまして……」
2人がチラチラとお互いを見合っている。漂う雰囲気からして……まさか!
「お付き合いをしています」
きゃー! きたーーー!!!
「そうだったんですね。おめでとうございます!」
私がお祝いの言葉を伝えると、2人が冴えない表情をしている。
空気を察したカウイが2人に鋭い指摘をした。
「反対、されてるんですね?」
反対? なんで??
ナツラさんが暗い表情をしている。
「はい、おっしゃる通りです」
……って、そうか! すっかり忘れてた。
“エンタ・ヴァッレ”は姉妹校とはいっても、主に一般の人が通う学校。
スレイさんとナツラさんでは身分が違うのか。
「実はこの前、思い切って親に打ち明けたんです」
うん、うん。偉いね! それで? とばかりに頷く。
「……後日、親からは別な方との婚約の話が出てきました」
えー! 反対だけかと思いきや、別な婚約者を用意するなんて。
ナツラさんが顔を覆い、泣き出した。
スレイさんがナツラさんの背中を擦っている。
「今までナツラと付き合ってる事は誰にも話した事がありません。なので、相談をした事もありません。今日、偶然にも俺達を引き合わせるきっかけをくれたアリアさんとお会いし、話だけでも聞いて頂きたいと思いまして」
少し落ち着きを取り戻したナツラさんが顔を上げる。
「すいません。こんな理由で引き留めてしまって……」
ナツラさんが申し訳なさそうに頭を下げた。
「全然です! ほどよい距離間というか、他人の方が話しやすい事もあると思いますから。さらに“こんな理由”ではないです。とても大切なお話です」
“気にしないで”と伝える代わりににっこりと笑う。
とはいえ、私がアドバイスできる事はあるかなぁ? う~ん。
チラッとカウイを見ると、無表情のままだ。
いつも穏やかに笑ってるカウイにしては珍しいな?
表情を変えないまま、カウイが2人に質問する。
「お二人に結婚の意思はお有りですか?」
スレイさんがまっすぐな目で答える。
「俺は、ゆくゆくは結婚したいと思ってます。その為の努力は惜しまないつもりです」
ナツラさんの目から、再び涙が溢れる。
さっきとは違う。嬉し涙かな。
「本当はナツラから『親に打ち明けた』と聞いた時に婚約を認めてもらうよう挨拶に行く予定でした」
その前に親が先手を打ってきたというわけか。
くー! まだスレイさんの人となりも知らないのに!!
……まぁ、私も今日会ったばかりだけど。
協力できるならしたい! 出しゃばりたい!!
けど、その前にナツラさんに確認しなきゃいけない事がある。
「ナツラさんも結婚の意思が有ると考えていいですか?」
ナツラさんが私に向かって、こくんと頷いた。
「勇気を出してお話してくださったと思いますので、できる限りのアドバイスや協力はしたいという気持ちです」
んー、だけど……言いづらくても、言わなきゃな。
「ナツラさん。今まで当たり前のように与えられていた物、してもらっていた事を“与えてもらえない”、“自分の力で行わなければならない”という覚悟はありますか?」
私もナツラさんの立場になった場合、きっと同じ事がいえる。
きっとスレイさんの家にメイドさんはいない。お抱えのシェフだって、運転手だっていない。
人間、一度味わった生活水準を下げるのは、なかなか難しい。
それが産まれた時から当たり前に与えられているものなら、なおさらだ。
『大丈夫です』と言っても実際に体験してみたら、つらいという事はあるかもしれない。
でもやってもいない段階で戸惑い、迷いがあるなら……きっと難しいだろう。
「えっと……」
ナツラさんが返答に困っている。
「必ずしもそうとは限りません。でも親に認めてもらえなくても一緒になると覚悟を決めている場合、その可能性もあると考えるべきです」
ああ。2人の間に水を差すような事を言ってるなぁ、私。
ずっと暗い表情だったナツラさんが、私を見て静かに微笑んだ。
「言いづらい事を言わせてしまい、申し訳ございません。スレイが私の為に『努力は惜しまない』と言ってくれました。私もスレイと一緒になれるなら、同じ気持ちです」
スレイさんが嬉しそうな表情をしている。
自分で聞いた事だけど、さ。不安だったから、本当に良かったぁ。
感動のシーン過ぎて、私も泣きそう。
「じゃあ、2人とご両親も幸せになれる方法を一緒に考えましょう。2人で考えるよりも4人で考えた方がきっと良い方法が見つかります!」
2人の顔がぱぁっと明るくなった。
あっ、許可なくカウイも巻き込んじゃった。
チラッとカウイの様子をうかがう。私の方を見て、柔らかな表情をしている。
うっ。色気が溢れ出てるな。でも良かった、大丈夫そう。
「私たちの関係を認めてくれる人がいるとは思わなくて」
ナツラさんが泣きながら、お礼を言っている。
今度は感動の涙かな? それくらい切羽詰まってたって事だよね。
カウイが穏やかな口調で2人に助言をする。
「スレイさんがナツラさんの家に挨拶に行ってから、対策を練った方がいいかもしれません。まだご両親にお会いしていないようですし」
そっか。まずは会ってからだよね!
会ってみたら『いい青年じゃないかー!』って、なるかもしれないしね。
カウイの提案通り、まずはスレイさんがナツラさんのご両親に挨拶をしてから、今後、どのようにしていくか決める事になった。
カフェを出て、カウイとスレイさんが前を歩き、私とナツラさんが後ろを歩く。
ナツラさんが歩きながら、私に話し掛けた。
「さっきは『私たちの関係を認めてくれる人がいるとは思わなくて』って言いましたけど、もしかしたらアリアさんなら認めてくれるんじゃないかと思ってました」
えっ! そうなの?
「……理由を聞いても?」
「ええ」とナツラさんが頷く。
「一般の方も通える学校──“エンタ・ヴァッレ”の提案者はアリアさんだって聞いてたからです。実際、建設の手伝いをしていた時、住民の方と楽しそうにお話しているアリアさんの姿を何度も見かけました」
ヤン爺ちゃんのお陰って言うのもあるけど、学校の建設をきっかけに知り合いがものすごく増えたもんな。
「実は……あまりにも楽しそうな姿を見て、隔たりととか関係なく、私も色々な方とお話をしてみたくなったんです」
私、そんなに楽しそうだったんだ。自分では気がつかないものだね。
「そんな矢先、スレイが建築に使う工具を探しているのを見かけたんです。私の近くに工具があり、思い切って話し掛けたんです。今思えば、一生分の勇気を使った気がします」
ほぅ~。それが2人の出会いというわけですね。
「あまりにも輝いた笑顔でお礼を言われて、きっとあの時から私は好きになってたのだと思います」
ナツラさん……照れているようで、惚気てますね。
誰にも話した事がないって言ってたから、今まで惚気る事もできなかったのかな。
……って、普通に聞いてたけど、私の影響で2人の運命を変えてない!? 大丈夫??
一人焦っている私の両手を、ナツラさんが満面の笑みでぎゅっと握った。
「出会えるきっかけを作って下さり、ありがとうございます。いつか伝えたいと思ってました」
そう思ってくれてるなら、良かった。この2人には絶対幸せになってほしい。
別れ際、ナツラさんが私に尋ねた。
「アリアさんが私の立場ならどうしますか?」
私なら……かぁ。
反対されたらって事だよね。
「親が『分かった、分かったから』と仕方なくても了承するまで、しつこく説得します。やっぱり親を無視して、家を出たり、反対を押し切って結ばれる事は最終手段にしたいです。後々『あの時、もっと彼の良さを伝えられていたら』とか後悔したくないので」
あとは……。
「タイプにもよりますが、母親を味方につけます」
ケイアさん(マイヤの母)みたいなタイプだと難しいけど。
「(上流階級の方は)出会いの場面など、ドラマチックで運命的な話に弱い人が多いと思うので、そこを攻めます!」
んー、後は……。
「スレイさん、特技は?」
「と、特技ですか? ええと、あっ! 俺の家系、あまりいない《光の魔法》が使えるんです。俺も使えるようになりました」
……へぇ~、魔法使えるんだぁ……って、へこんでいる場合じゃなかった!
「アピールポイントとしては、いいかもしれません」
アドバイスになったか分からないけど。
「ナツラさん! 一生分の勇気、後悔しない為にも、もう一度使ってくださいね!」
ナツラさんが、ふふっと口元を緩めた。
「はい!」
健闘を祈ります!!!
2人と別れた後、 カウイがそっと手を差し出した。
「アリア、手を繋がない?」
えっと……どうしたのかな?
「急にどうしたの?」
いつもエレと繋いでいる所為か、特に抵抗もなく、言われるがままに手を繋ぐ。
繋いでは見たものの……恥ずかしいかも。
「今日はデートのつもりだったから、最後くらいデートらしく手を繋ぎたいと思ってね」
へっ!!
今日って、デートだったの!?
「学校見学とか、普通のお出掛けとかじゃなく?」
「うん。俺はそのつもりだったよ」
そ、そうだったの!? デートってそういうものだったっけ??
デートと意識した途端、手汗が……。
どうしよう。手を繋いでしまった手前『やっぱり手を離しましょうか』とも言いづらい。
「そ、そうだ。今日カウイがいつもと違ったけど、何かあった?」
カウイがきょとんとした顔をしている。
あれ? 違った??
「いつ?」
「ナツラさん達と話してる時かな? いつもの穏やかな表情ではなかったというか……」
無表情だったから、どうしたのかな? って思ったんだよね。
「覚えてないけど、きっといつも通りじゃないかな?」
「えっ! そうだったの? いつもは優しい表情というか、和やかというか」
カウイが斜め上を見て考えている。
「ああ、それはきっとアリアだからだよ」
私だから?
「アリアの前だと自然と笑顔になるみたい」
面と向かって言われると、嬉しい反面、恥ずかしいかも。
「カウイって、人の喜ぶことをさらっと言える人だよね。人に気づかせない気遣いのできる人でもあるし」
あまりピンとこなかったのか、カウイが首を傾げている。自分では気がついてないのかな?
「ナツラさん達が話しづらそうにしている時、『この辺りでお茶でもしようかと思ってた』って言ったでしょ? 2人が気にしないよう、さりげなく話しやすい場所へ誘導してたから」
私の言葉に、カウイが嬉しそうに顔をほころばせた。
「アリアは人のいい所を探すのが上手だね。俺を優しいと思うのは、アリアが優しいからだよ。アリアが優しいから、同じように自分も優しくしたいって思うんだ」
私が優しい? カウイには全然負けるけど。
「ああ、それと。アリアの前だと自然と笑顔になるのは、アリアの事が好きだからだよ」
…………カウイと私との間に沈黙が流れる。
気のせいじゃなければ、今──好きって言った?
好きって? カウイの方を見ると、照れてる様子もなく、至って普通だ。
さらっと言ったよね? って事は、幼なじみ的な好きって事??
どっち? カウイの表情を見ても、全然分からなーーーい!!
視線に気がついたカウイが私の方をジッと見つめ返す。
そして、くらっとするような笑顔を浮かべてみせた。
「そういう気持ちにさせてくれて、いつもありがとう」
お読みいただき、ありがとうございます。
次話、12/22(火)更新になります。




