ドキッとした宣戦布告
「あーちゃん!」
ウィズちゃんが私に駆け寄り、抱きついてくる。
愛くるしいウィズちゃんから、こんなに嬉しい歓迎がっ!!
出だしから、もう幸せっ!!!
ミネルから『ウィズが会いたがってる』と聞いていた事もあり、2人とは夏季休暇中に会う約束になっていた。
だけど、今の私が小さい子を連れてお出掛けするのは、さすがにリスクが高い。
色々と話し合った結果、外よりは安全なミネルの家で遊ぶ事になったのだ。
「あーちゃん、みてー」
ん? ウィズちゃんを見ると、手から“ナレッジ”が現れた。
──!!!
……ウィズちゃん。魔法が使えるようになったのね。
さらにミネルと同じ《知恵の魔法》。
「ウィズちゃん、すごいね! もう魔法が使えるんだ!!」
褒められた事が嬉しいのか、ウィズちゃんが屈託のない顔で笑っている。
すごいと思う反面、ちょっとだけ複雑な気持ち。ちょっとだけだよ?
後ろから、くくっと笑い声が聞こえてくる。
この笑い方は──ミネルだ。
「予想通りの展開になったな」
「くっ!」
悔しい!! けど本当の事なので、何も言い返せない。
「あーちゃん、あそぼう!」
そ、そうだ! 今日は愛しのウィズちゃんと思いっきり遊ぶんだった!
「何して遊ぶ?」
「うんとね、兄さまのお部屋で“取り調べごっこ”」
「“取り調べごっこ”?」
……とはなんぞや? 子供の遊びとは思えない不穏な名前だな。
訳が分からないまま了承し、ミネルの部屋へと移動した。
早速ウィズちゃんが、子供とは思えぬ仕切りをする。
「あーちゃんは私の前に座ってね。兄さまは~このテーブルから、ちょっとだけ離れた所に座っててね」
ミネルが部屋に置いてあるウィズちゃん用の椅子を持ってきている。
メイドさんとかに頼まず、自然に持ってくる所を見ると……いいお兄ちゃんなんだろうなぁ。
その光景を眺めていると、ついつい顔がにやけてしまう。
「なんだ?」
「いや~、なんでもない」
危ない、危ない。早々にミネルの機嫌を損ねるとこだった。
ウィズちゃんが椅子に座り、テーブルの上で手を組んだ。
……6歳児だよね??
「さっそく始めまーす。あーちゃんはウィズの質問に答えてください」
「は、はい?」
一体、何が始まるの?
「アリアさんは……」
突然、ウィズちゃんの口調が変わった。
ア、アリアさん!!?
「ウィズが好きですか?」
「もちろん! 大好きです」
急な質問に驚きつつも、反射的に答える。
もしや“取り調べごっこ”って、ウィズちゃんからの質問に私が答える遊びなのかな? 最近はこういう遊びが流行ってるの??
「兄さまは、好きですか?」
少し離れたソファに座っているミネルをチラッと見る。こちらのやり取りを気にする素振りのないまま本を読んでいる。
「うん! もちろん好きだよ」
嘘はいけないもんね。
正直に答えると、バサッと物が落ちる音がした。
「……すまない。手を滑らせた」
ミネルが下を向きながら、落とした本を拾っている。
何の音かと、ビックリした。その間にもウィズちゃんの質問は続く。
「結婚したい人はいますか?」
「け、結婚!?」
「はい。答えてください」
なんて冷静な6歳児!
「今はいないです……って、ウィズちゃんどうしたの? 婚約者でも出来るの?」
「“取り調べごっこ”中なので、アリアさんからの質問は受け付けません」
なんてドライな6歳児……。
その後も私の好みのタイプや頭のいい人は好きかなど、絶え間なく質問が続いた。
子供とは思えない語彙力。そして、この質問は何なんだろう??
……さすがに少し疲れてきたかも。
「ウィズ、そろそろ休憩だ。お昼にしよう」
気を利かせてくれたのかな? ミネルがウィズちゃんに声を掛けた。
「はぁい。あーちゃん、まだいてね?」
良かった! いつもの可愛いウィズちゃんに戻った!!
ミネルのお母さんであるメーテさんも交えて、私も一緒にお昼を食べさせてもらう事になった。
メーテさんがにこにこと笑っている。
「久しぶりにアリアちゃんと一緒にお昼が食べれて嬉しいわ」
相変わらず、メーテさんは嬉しい言葉を掛けてくれる人だなぁ。
本当にステキな人。
「いずれ、この光景が当たり前になれば嬉しいわね」
……ど、どういう意味??
不思議に思っていると、間髪入れずにミネルが声を上げた。
「お母様!」
「ふふ。ごめんなさいね」
??? ……さっぱり分からない。
謎の会話があったものの、その後は和やかな時間を過ごした。
お昼を食べ終えると、いきなりウィズちゃんが目をこすり出した。
「ウィズ、なんだか眠くなってきちゃったなぁ」
「あらあら、せっかくアリアちゃんが来てくれたのに。……そうだわ、アリアちゃん! ウィズが寝ている間、ミネルのお部屋でお話でもしてたらどうかしら?」
今のやり取り……違和感があるのは気のせいかな?
メーテさんの提案にミネルが少し呆れた表情でつぶやいた。
「なんだ、その三文芝居は……」
んっ? なになに!?
「あーちゃん、ウィズが目を覚ましたら遊ぼうね!」
ウィズちゃんが元気な声で言った。
「う、うん。分かったよ」
なんか眠くなさそうに見えるけど? 気のせい??
「はぁ……」
ミネルが大きなため息をついた。なんか疲れてる?
メーテさんが「そうそう」と思い出したようにミネルに声を掛ける。
「ミネル、いいわね? くれぐれも押し倒したりしたらダメよ?」
ミネルが飲んでいた紅茶を噴き出した。
「でも合意なら……いいわよ」
今度は私が飲んでいた紅茶を噴き出した。
メーテさんが口に手を当て「あらあら」と微笑んでる。
な、何を言い出すの!? 今日のメーテさんおかしくない!!?
「アリア! 行くぞ!!」
ミネルがこの場に居たくなかったのか、足早に自分の部屋へと歩き出した。
私も後を追い、ミネルの部屋へ入る。
「メーテさんどうしたのかな? なんかいつもと違ったよね?」
「……ああ、気にしなくていいぞ。面白がってるだけだから」
面白がってる? 何を??
「それより……」
ミネルが突如、真面目な表情に変わった。
「カウイの従兄弟──オリュンについて、少しだけ進展があったぞ」
「えっ! 本当!?」
「ああ」
ミネルが椅子に腰を掛けた。
「今までの調査で分かった事を伝える」
私も椅子に座り、話を聞く体勢をとる。
「オリュンを含め“魔法更生院”を脱走した人数は──38名。で、手引きした人物だが……1年以上前から多発している行方不明者の事件を覚えているか?」
──ああ!
「魔法を使える人が行方不明になってる事件だよね? 最近、聞かなくなったけど」
「そうだ。その事件の首謀者が手引きした可能性が高い」
──!!!
「脱走を手引きしたメンバーの中に、その行方不明者がいたとの話だ。ここからは推測になるが……行方不明者は操られていて、脱走の手引きをしたと考えるのが妥当だろう」
確かにそうかも。
行方不明者が自分の意思で脱走の手引きをするとは思えない。
“魔法更生院”を狙った理由も納得がいくな。“魔法更生院”は魔法を使える人しか収監されていない。
それに操らなくても“魔法更生院”を出る事ができるなら、従う人たちもいそう。
魔法を使えて、仲間になってくれる人たちを一度に集めるには、適している場所ではあるよね。
「なんで仲間を集めてるんだろうね?」
「さあな。この国、もしくは他国の人間が、この国を支配したいのか……想像だけならいくらでもできるが、まだ目的は見えてないな」
ミネルが「それと……」と話を続ける。
「脱走したメンバー全員、すでにこの国を出ている可能性が高い」
「えっ! それってどういう……」
他国にいるかもしれないってこと?
「これは裏ルートで調べてもらった話だ。数週間前、大金を貰って数十名ほど、出国の手伝いをしたと言っていた人物がいる。こちらもそれなりのお金を払ったら口を割った」
裏ルートって。ミネルは淡々と話しているけど……。
「本当かは分からないが、どの国に行ったかまでは知らないと言っているらしい」
「ミネル! そんな事よりも裏ルートって大丈夫なの? ミネルに危険はないの!?」
話の途中だと分かっていても、我慢しきれずミネルに尋ねる。
「ん? ああ、自分自身で聞きに言ったわけではないからな。それに足はつかないようにしている」
はぁ~、良かったぁ。
「なんだ? 心配したのか?」
「当たり前だよ! これでミネルにまで危険が及んだら本末転倒だよ!!」
なんか急に心配になってきた。もしかして、心配掛けないよう嘘ついたりしてないかな?
いまいち信用できずにジーっと見つめていると、ミネルがニヤニヤと笑いだした。
「心配されるのも悪くないな」
「えっ?」
「まぁ、今回に関しては大丈夫だ。それに、この国を出たとなれば、今後の調査自体が厳しくなる。ただ、本当に出国したかどうかまでは分かっていないし、全員が移動したのかも分かっていない」
話すうちに、ミネルがいつものポーカーフェイスへと戻っていく。
「他国と繋がってる可能性も考慮した方がいいかもな。とりあえず、アリアに心配掛けない程度に調査は続ける予定だ」
「……本当の本当に大丈夫?」
念を押すように確認する。
「大丈夫だ」
ミネルって心配させるような事は言わなそうだからなぁ。
「嘘ついてたら……」
咄嗟に出てきた言葉がなぜかこれだった。
「ミネルとは口をききません!」
……私の語彙力。
ウィズちゃんに分けてもらいたい。
いや、待てよ。もし嘘をついていたとしたら、ミネルに危険が及ぶって事だ!
それなのに口をきかないとか言ってる場合じゃなかった!!
何より、口を聞かなくなったとしてもミネルにはノーダメージだろうし。
「それは困るな」
バカにされるかと思いきや、優しい表情でミネルが笑う。
……前より表情が柔らかくなる時が多くなったなぁ。なんか普段のミネルと違うから、返事に困ってしまう。
「──ああ、そうだ。もし本当に大丈夫だった場合、アリアに言う事でも聞いてもらうか」
途端にミネルが意地悪な表情を浮かべる。
前言てっかーーーい!! いつものミネルだった。
しばらく話をしていると、トントンと扉をノックする音が聞こえてきた。
ミネルが声を掛け、メイドさんが扉を開ける。ウィズちゃんが笑顔で部屋に入ってきた。
「あーちゃーん、あそぼう」
ウィズちゃん! 目が覚めたんだ!!
「いいよ! 何して遊ぶの?」
聞いてはみたものの“取り調べごっこ”以外がいいなぁ。
「あーちゃんに教えてもらった“かくれんぼ”!」
断然そっちの方がいい!! 速攻で「やろう!」と了承する。
「兄さまもね?」
ウィズちゃんの誘いに、ミネルが分かりやすいくらい嫌そうな顔をしている。
「……1回だけだぞ」
『やらない』とは言わないんだ(笑)
ウィズちゃんのお願いだからかな? まさかミネルと“かくれんぼ”をする日が来るとは……ウィズちゃんって最強かも!!
お屋敷だと広すぎるので、ミネルの部屋で隠れるというルールを決め、私が鬼になった。
ウィズちゃんから「100まで数えたら、何も言わずに部屋に入ってきてね」と言われ、一旦部屋を出る。
ミネルはともかく、相手はウィズちゃんだし、ゆっくり数えた方がいいよね。
聞こえるように声を出しながら、1から順番に数え始める。
「……、99、100」
よし! ──本気で探すぞっ!!
気合いを入れ、部屋の中に入る。
ミネルの部屋は、全部で3部屋。
まずは一番手前の本がたくさんある部屋から探そう。
んー、ミネルは本気で隠れそうもないからなぁ。すぐに見つかると思うけど。
テーブルの下やソファの裏側を確認する。
……いない。隣の部屋かな?
よーく見ると、窓際にある左側のカーテン。
少しだけ膨らんでない??
膨らみ方から見て……きっとミネルだ!
そーっとカーテンに近づく。
「みーつけた」
タッチしようとした瞬間、勢い余ってバランスを崩してしまい、ミネルの上へと覆いかぶさるように倒れ込んでしまった。
「うわぁっ」
「おいっ! アリア」
……やってしまった。
「ごめん、ミネル」
あれ? この体勢って……私がミネルを押し倒してない!?
「まさかアリアに押し倒されるとはな」
怒られると思ってたけど、ミネルの声が楽しそう??
……とか考えている場合じゃない! 否定しないと!!
「これは違うの! 不可抗力というか……」
必死に言い訳していると、ミネルが突然、くるりと体勢を入れ替えた。
気がつけば、今度は私がミネルを見上げる状況になっている。
「合意とみなすぞ?」
…………えっ? これって、いつもの意地悪な冗談だよね!?
少しの間、無言で見つめ合う。
反応に戸惑っていると、ミネルがそっと口を開いた。
「なぜこんな事をするか、分かるか?」
なぜ? ……なぜ??
いつもの意地悪かなと思ってたけど、違うのかな?
んー、やり返したかった? いや、それも違うような。
はっ! 今日、ミネルの家族がいつもと違っておかしかった。
エイプリルフール的な? いや、“こっちの世界”にそんな概念はないか。
「…………本当に少しも分からないんだな」
少しだけ呆れたような声で、ミネルがゆっくりと身体を起こした。
「お前に少しでも期待した僕がバカだった」
「???」
同じように身体を起こし、その場に座り込んでいると、ミネルが再び近づいてくる。
何か怒ってる!? と思っていたら、ふっと笑う声がした。
「こんな事、誰にでもするわけじゃないんだぞ?」
これは……ま、まずい。怒ってるというよりも、意地悪モードに入っている。
「今までどういう方法でいこうか考えていたが──やめだ」
何? 何の話?? そんな事より、距離が……ち、近いって!!
焦る私の姿など気にするそぶりも見せず、ミネルが耳元へとさらに顔を近づけてきた。
「今ので分かった。アリアには正攻法でいく。覚悟しろよ」
宣戦布告とも取れる言葉だったけど、ドキドキしたのはなんで??
お読みいただき、ありがとうございます。
次話、12/10(木)更新になります。




