“前の世界”ではそれをストーカーと呼びます
「アリア、ちょっとごめんね」
リーセさんがそっと私を抱き寄せた。
えーーー!! な、なんで!?
こんな展開になったのーーー!!?
──遡ること4時間前
夏季休暇中、ルナとリーセさんと出掛ける約束をした。
それからトントン拍子に会う日が決まり、今──ルナの家まで来ている。
2人を待っていると、先にリーセさんが私の前に現れた。
「アリア、待たせてごめんね」
「いえ、大丈夫ですが……ルナは?」
いつもはリーセさんの横にいるルナの姿がない。
「それが……家庭教師が来る事を忘れてたから、先に2人で出掛けててと。終わり次第、合流するからって」
リーセさんが顔をポリポリかきながら、苦笑している。
「えっ! そうなんですか? ルナ、出掛けるのを楽しみにしてたのに。んー、終わるまで待ちましょうか?」
リーセさんに提案すると、少し離れた場所から声が聞こえてきた。
「だめ」
ん? 今、ルナの声がしたような??
周りをきょろきょろと見渡しても数名のメイドさんが立っているだけ。
……気のせいかな?
「あー、うーん……買ってきて欲しい物があるみたいなんだ」
今日のリーセさん、歯切れが悪いな。
「はぁ、そうなんですか」
「売り切れる可能性があるから、先に買いに行ってくれないかって……」
リーセさんも戸惑ってるような? なんか違和感があるけど……ルナのお願いだもんね!
「分かりました! では先に行きましょうか!」
「ごめんね、アリア」
ごめんね? ああ、なるほど!
「気にしないでください。ルナからこういったお願いをされるのは初めてなので、嬉しいです!!」
「うん。違うんだけど……ありがとう」
何気なく出掛ける準備をするリーセさんを眺めていると、腰に剣を差す姿が目についた。
「えっ、あの剣……」
「ルナから話は聞いてるから。私にもアリアを守らせてほしいんだ」
リーセさんが優しく微笑んだ。
おっと。ルナのお兄さんなのにドキッとしてしまった。
……こういう事をスマートに言えるリーセさんはモテるだろうなぁ。
その上、イケメンだし。
2人で“ヴェント”に乗り込み、“エルスターレ”という街へ向かう。
“エルスターレ”は商人の街と言われていて、人の出入りが多く、街全体が市場になっている。
実は“エルスターレ”へ行くのは初めてで、少し……いや、かなりワクワクしてる。
普段は用意してもらった物を食べ、服を買う時は仕立て屋さんが来てくれるという、至れり尽くせりな日々を送っている為、今まで行く機会がなかった。というか、行く必要がなかった。
だけど、ずっと行ってみたいと思ってたんだよね。
事前に警護のリーダーであるララさんに相談したところ『ひとけのない場所を避けてくれればいい』と言ってくれた。
それにしても……リーセさんとゆっくり会うのは久しぶりかも。
さすがに高等部を卒業して、働き始めてからは気軽に会えなくなったもんなぁ。
「そういえば、お仕事はどうですか?」
「1年以上経ったからね。さすがに慣れてきたよ」
リーセさんは《知恵の魔法》でこの国の住民や、他国の情報などを管理する仕事に就いている。
「リーセさんなら、すぐに馴染みそうですね」
優秀だろうし、コミュニケーション能力高そうだし。
「はは、ありがとう。……でも、そうでもないよ?」
リーセさんが少しだけ眉尻を下げた。
何かあったのかな? いつもの謙遜とは違う気がする。
あまり触れられたくない話だったのかな?
「そういえば、ルナは何を買ってきて欲しいんですか?」
意識的に話題を変えてみる。
「……ああ。ルナがね、好きなクッキーがあるんだ。“エルスターレ”でしか買えないみたいで、人気のクッキーだからすぐに売り切れてしまうらしい」
へぇ~、そんなに人気のクッキーなら私も食べてみたいかも。
……って、あれ?
「そのクッキーって、いつもルナが買ってるんですか?」
「……いや。家のメイド達が買ってきてくれるよ」
やっぱり! そうだよね!! ルナがそんな頻繁に外出するとは思えない。
今回はどうしたのかな?
「すぐにでも食べたくなったんですかね?」
私の素朴な質問にリーセさんの表情が緩んだ。
「そこまでルナの事を分かっていて、肝心な部分に気がつかないのがアリアらしいね」
んん???
「ごめんね。私の口からは言えないから、アリアからルナに聞いてみて?」
「はい? 分かりました」
“ヴェント”で走ること1時間──“エルスターレ”に着いた。
リーセさんと2人、まずはルナが食べたいと言っていたクッキーを売っているお店へと向かう。
少し離れた場所には警護の人もいる。
うわぁ、すごい賑わい! いろんなお店がいっぱいある!!
知らず知らずのうちにテンションも上がってくる。
はしゃぐ私の姿を見ながら、リーセさんはにこにこと笑っている。
「どうしたんですか? リーセさん」
「こんなにも喜んでいるアリアが見れるなら、一緒に来て良かったと思ってね」
……そうだ。よくお母様から『落ち着いてね』って言われてるんだった。
「すいません、はしゃぎすぎですよね」
「なんで? はしゃいでるアリアも可愛らしいよ」
うっ! 少しも照れる事なく、普通に言えるリーセさんて……すごい。
「は、早くルナの言ってたクッキーを買わなきゃ! 売り切れてしまうかもしれませんね」
恥ずかしさから慌てて話しをそらす。
「そうだね。クッキーを買った後は、2人でいろいろと見て回ろうか」
「はい!」
案内されたお店はクッキー以外にもたくさんのお菓子を扱っていて、買い物客も多く、まさに大盛況だった。
何とか目当てのクッキーを買い終え、お店の外に出る。
すると、満面の笑みを浮かべた1人の女性が、私たちの目の前に現れた。
「リーセさん! 偶然ですね!!」
リーセさんの知り合いかな?
横にいるリーセさんの顔をそっと見上げる。少しだけ表情が硬い?
「あ、ああ。本当だね……」
「リーセさんの知り合いですか?」と尋ねると、リーセさんが我に返ったように私を見た。
「ああ、ごめん。同じ仕事場の方なんだ」
へぇ~、そうなんだ。
なんか……リーセさんに会えた事をものすごく喜んでるな。
「前にも偶然会いましたよね! これって運命かもしれませんね!!」
……ああ、なるほど。少しも隠す事なく、リーセさんが大好きなのね。
だからリーセさんも困った表情をしているのかな?
「はは、運命とは……違うんじゃないかな?」
誰に対しても愛想のいいリーセさんが、から笑いをしている。何かあったのかな?
否定するリーセさんを無視して、女性はずっと興奮気味に話している。
多分だけど……この女性、全くと言っていいほど私が見えてないらしい。
「そういえば、私の渡したハンカチは使ってくれてますか?」
「……あれって、タユモさんが置いた物だったんだ」
置いた物!? なんか怪しい雰囲気になってきたな。
「はい! 前に『ハンカチを汚した』というお話をされていたので、プレゼントさせて頂きました」
むむっ? 気の利く女性……なのかな?
「……誰かが間違えて私の机の上に置いたと思っていたので、ハンカチは総務の女性に渡しました」
むむむっ? リーセさんと“タユモ”さん? との間にかなりの温度差を感じる。
「そうだったんですね。『リーセさんへ』という手紙を添えれば良かったですね。総務の女性って“レア”さんですよね? あの方、私とリーセさんの仲がいいのを妬んでるので怖いんですよね。私への当たりが強いというか……」
タユモさんが“レア”さんについて、ぶつぶつ文句を言っている。
さっき、リーセさんが困った表情をしていると思ってたけど……違う!
こ、これは困ってるというレベルじゃない!!
「あ、あのリーセさん」
私が再び声を掛けると、タユモさんがようやく私の存在に気がついた。
「あれ? この人は……まさか! リーセさんの妹さんですか!? ……似てませんね」
『似てませんね』の後に『もう少し可愛い妹だと思いました』という言葉が続く気がしたのは、私の性格が捻くれてしまったからだろうか。
「……ああ、妹ではないんです」
タユモさんの眉がピクッと動く。
「では……どなたですか?」
若干、ホラーを感じる。
「この子は妹の……」
「リ、リーセさんとは婚約を前提に考えて? お付き合いしております。アリアと申します!」
リーセさんの言葉を遮り、早口で自己紹介する。
間違いだったら、ごめんなさい!
この方はちょっと、いや、かなりヤバイ感じがしたので嘘をついちゃいました。
もしリーセさんもタユモさんに好意を持っているなら、後で平謝りします!!!
「う、嘘ですよね? こんな子と!?」
タユモさんの声が明らかに動揺している。
言ってしまった手前、どうしようかと隣に目を向けると、突然、リーセさんが私の肩を軽く引き寄せた。
「本当です。こちらの可愛らしい人は、私が好意を持っている方です」
タユモさんがこの世の終わりみたいな顔へと変わっていく。
「私からアプローチしている所なので、まだ婚約はしていません。皆さんには恥ずかしいので、内緒にしておいてくださいね。……それでは失礼します。行こうか、アリア」
リーセさんが私の肩を抱いたまま歩き始めた。
しばらくして、タユモさんの姿が完全に見えなくなる。
それを確認してから、リーセさんが吐息交じりに口を開いた。
「ごめんね、アリア。助かったよ。あの方──タユモさんといって、さっき紹介したように仕事場が一緒の人なんだ。『偶然会った』って言ってたけど、きっと偶然じゃないんだ」
えっ! そうなの!? それは予想していませんでした。
「いつもどこかに出掛けると『偶然ですね』と言って現れるんだ。初めて偶然会った時──今となっては本当に偶然だったのか分からないんだけど、せっかく会ったならと一緒にお昼を食べてね。そこから勘違いしてしまったのか……」
リーセさんが悩ましげに話し続ける。
「それにハンカチが汚れたと言っていた話だけど、別な人としていた会話なんだ」
リーセさんの表情を見る限り、たまたまタユモさんの耳に会話が入ってきた……とかじゃなさそうだ。
今までに何回も同じような事があったんだろうなぁ。
「その他にも身に覚えのない物が置いてあったり、仕事帰りに待ち伏せされたりしてね。職場の人にも仲がいいと誤解されてしまって……正直困ってるんだ」
これは……! 間違いない!! ストーカーだ!!!
そうか、モテる人はちょっとした行動でも誤解されてしまうのね。
「巻き込んでしまってごめんね」
「いえ、“自分から巻き込まれにいった”が正しいので気にしないでください」
私が答えると、リーセさんが「はは」と笑った。
今度は、から笑いじゃない。
「巻き込まれにいったって……面白いね、アリアは」
面白い、と言われてしまった。でも、リーセさんが元気になったようで良かった。
そういえば、いつもよりリーセさんとの距離が近いな~と思っていたら、ずっと肩を抱かれたままだった。
「あの~、肩はいつまで?」
「ごめん、アリア。……実はずっとつけられてる。多分、タユモさんだ。私とアリアの関係を疑ってるんだと思う」
──!!!
さすがストーカー! 一筋縄ではいかないか。
そちらがそう来るなら……!!
「リーセさん! 買い物したり、一緒に食事をして楽しみましょう!」
「えっ?」
「私では若干の力不足は否めないですが、仲がいい所を見せつけて諦めてもらいましょう!」
リーセさんがぽかんとした顔で私を見た。そして、ふっと頬を緩める。
「……いや、アリアで良かったよ。他の人だったら演技だってバレてたと思うから」
えっと、今のはどういう……?
私が聞く前にリーセさんが肩から手を離した。そして、少し茶目っ気のある笑顔で腕をくの字に曲げる。
「よろしければ、どうぞ?」
えっと、腕を組むでいいんだよね?
リーセさんの腕にそっと自分の腕を絡ませる。
「では、アリアの言う通り、楽しもうか!」
それからはリーセさんと会話しつつ、思いきり買い物を楽しんだ。
ひと段落した後は、休憩がてら、近くの広場まで行きベンチに荷物を置く。
私もさっき気がついたけど、まだついてきてるな。なかなか、しつこい。
当然、リーセさんも分かってるんだろうな。
「アリア、ちょっとごめんね」
リーセさんがそっと私の身体を抱き寄せる。
えー! えー!! 急にどうしたの!?
動揺していると、リーセさんがこっそり耳打ちしてくる。
「もうすぐルナも合流すると思う。その前に諦めさせたくて」
そうか! ルナが来たら、私とリーセさんの関係が嘘だったってバレるかもしれない。
それにルナには余計な心配を掛けたくないよね!
『これは人助け、人助け』と自分自身に暗示をかける。
背中に手を回し、私もリーセさんを抱きしめた。
「アリア、緊張してる?」
「……当たり前です」
リーセさんの声が愉しげだ。
エレともよくギュッと抱き合うけど、同じ男性でも違うもんだなぁ。
「エレとは違うなぁ」
ぼそっとつぶやくと、リーセさんが「エレ?」と聞き返した。
「あっ、ああ、よく弟とスキンシップでハグするんですけど、抱き心地が違うものだなぁと思って」
……今の発言って、変態っぽかったかな?
「う~ん。こんな時に弟とはいえ、他の男性のことを考えられるとは……私もまだまだだな。アリアに意識してもらえるよう頑張らないとね」
リーセさんが冗談まじりにとびきりの笑顔で言う。
…………今の笑顔は反則です!!
「いやぁぁーー! リーセさんから離れてーー!!」
突如、ストーカー女──タユモさんが悲鳴とともに走って来た。
息は乱れ、まるで悪魔のような表情でこちらを見ている。
こ、怖い。私、一人になった時に刺されるんじゃ……。
いやいや、今日で諦めてらもう為にも怯んだらダメだ。
リーセさんからぱっと離れると、つかつかと速足でタユモさんに歩み寄る。
「私! 負けませんからね!!」
ストーカー女に挑むつもりで、敢えて怖い顔をして睨みつけた。
「それに私、結構強いですよ!?」
腰に差し、護身用に持ち歩いている小さめの剣をチラッと見せる。
「ひっ!」
ストーカー女がたじろんだ。
これはイケるのでは!? もうひと押し!!
……と、その時、背後から「うわっ」とリーセさんの声がした。
ストーカー女とほぼ同時に振り向くと、ルナがリーセさんに横から抱きついている。
その姿を見たストーカー女が今日一番の叫び声をあげた。
「ひ、ひどい!! リーセさんが暴力女とそこの女、2人同時に付き合ってるなんてー!!!」
2人同時? 付き合い?? それを人は二股という。
……じゃなかった。私は暴力はしてないぞ。思い込みも激しいな。
でもこれは、チャンスなのでは!?
リーセさん的には不本意かもしれないけど、ここは否定しないよう必死に目で訴え掛ける。
「どちらも同じくらい私の大切な人なんだ」
私の訴えに気がついたのかな? リーセさんが悪びれもなく言った。
よほど衝撃的だったのか、ストーカー女がよろよろと後ずさる。
「こ、こんなの全然、理想の王子様じゃなーーい!!」
盛大な捨てゼリフを吐くと、ストーカー女は泣きながら去っていった。
……なんか撃退できたみたい!? 思い込みの激しい、想像力豊かな人で良かった。
そのままリーセさんとルナの元へ駆け寄り、声を掛ける。
「なんだかんだで解決? したみたいで良かったですね。リーセさんの機転は完璧でした」
リーセさんも安心したような表情を浮かべている。
「そうみたいだね。本当に助かったよ、ありがとう」
「いえ、ルナの来たタイミングも良かったよ!」
状況を理解していないルナを褒めるべく、頭を撫でる。あ、嬉しそう。
落ち着いたところで、今度は3人で買い物しようと歩き出す。
すると、私に近づいてきたリーセさんが内緒話でもするように囁いた。
「同じくらい私の大切な人、という言葉に嘘はないからね?」
「へっ!?」
リーセさんが愛嬌のある顔でくしゃっと笑う。
──あっ! ルナと同じ笑顔!
「やっぱり兄妹ですね。笑顔がそっくりでステキです」
驚いたように目を見開いたリーセさんが、斜め下へと顔を向ける。
「初めて言われたな」
口元を手で覆い、独り言のように呟く。
そんなに変な事を言ったかな? と首をかしげていると、リーセさんがゆっくりと顔を上げた。
いつもの大人っぽい表情とはまるで違う。
今まで見たことのないような、はにかんだ笑顔。
「まいったなぁ。……うん、私も負けないからね?」
お読みいただき、ありがとうございます。
次話、12/6(日)更新になります。




