本音の女子会
「ご迷惑をお掛けして申し訳ありませんが、本日からお世話になります」
マイヤがにっこりと微笑み、私の両親に向かって深々と頭を下げた。
そう! 学校が夏季休暇に入って、マイヤが私の家にやって来たのだ。
マイヤ専属のメイドである“コレスト”さんも一緒に。
お父様がさっそくマイヤの両親に連絡すると話している。
──ここからが勝負だ!!
きっとマイヤの両親は、すぐにマイヤを迎えに来るだろうと予想している。
話し合った結果、来たとしてもマイヤには会わせず、まずはお父様とお母様に任せる事になった。
本当は私もマイヤの両親に会って話がしたい。
だけど、お父様たちから話をした方が理解してもらえる可能性が高いのも確かだもんね。
よし! 気合十分!! やる気満々ー!!!
「アリア……話聞いてた?」
お母様が私の顔をそっと覗き込んでくる。
すいません、聞いてませんでした。
「はぁ~、最近はしっかりしてきたと思ってたんだけど。先ほどアリアがマイヤちゃんのお部屋を『案内したい』って話してたから『お願いね』って言ったのよ」
……ため息をつかれてしまった。
「アリアも、マイヤちゃんみたいな落ち着いた子になってほしいわねぇ」
お母様、マイヤは全然落ち着いてませんよ。ついこの前、ヒステリックで大変だったんですから。
私がマイヤの方をチラッと見ると「ふふ」と笑っている。
……さらに腹黒いですよ。
私が先頭に立って部屋へ案内している途中、マイヤが「きゃっ」と悲鳴を上げた。
「どうかした?」と後ろを振り向くと、よろめいているマイヤが目に入る。
「ごめんなさい、マイヤさん。僕の足にマイヤさんの足が引っかかってしまったようで……」
エレがマイヤに謝っている。
「……気にしないで」
マイヤが笑顔で答えた後、2人は黙ったまま数秒ほど見つめ合った。
どうしたのかな? 2人とも笑顔なんだけど、なんか話し掛けづらい雰囲気。
「僕も一緒に部屋を案内するよ」
「ありがとう、エレ」
「ううん。夏季休暇中、アリアと一緒に入れる時間が(誰かさんのせいで)減っちゃったから……。少しでも一緒にいたいんだ」
なんて、なんて! 可愛い弟なの!!
「へぇ〜(アリアちゃんが来ていいって言ったのよ!)、エレくんてお姉さんが大好きなんだね!」
「はい、そうなんです(だから邪魔なんだよね)」
あれ? にっこりと微笑みながら、2人がまた見つめ合っている。
似てると思っただけあって、すぐに打ち解けるかも。
マイヤの部屋に着き、簡単に室内を案内する。
すると、メイドのサラが足早に私の元へやって来た。
「お嬢様。セレス様とルナ様がいらっしゃいました」
「えっ?」
会う約束……してないよね?
「いかが致しますか?」
2人で一緒に来たのかな?
……そういえば、ドタバタしてたから、マイヤが家に来ること伝えてなかったなぁ。
「もちろん会うよ。室内テラスに案内をお願い!」
「かしこまりました」
テラスへ行く前、マイヤにも声を掛けてみる。
ん? 一瞬だけど、表情が硬くなった?
少しだけ重い雰囲気になりながらも、 マイヤが「行くわ」と一言返事をした。
マイヤの表情を気にしつつ、一緒に室内テラスへ向かう。
近づくにつれ、2人のほぼ言い合いのような会話が聞こえてきた。
「なんで剣なんて持ってきてるのよ?」
「アリアを守るため」
「貴方の前に警護の人が動いてくれるわよ! それに私もいるからルナの出番はないわ!!」
……ケンカになる前に声を掛けよう。
「お待たせー! 今日は2人揃ってどうしたの?」
2人が言い合い……じゃない、会話を止めると、勢いよく顔を向けてきた。
「ルナとは偶然アリアの家の前で会ったのよ……って、なんでマイヤがいるのよ!?」
セレスがマイヤを見て驚いている。
「休暇中、アリアちゃんのお家にお世話になる事になったの」
マイヤがニコニコと笑っている。
……基本、私以外には“表の顔”なのね。
「な、なんでなの!? 私は呼ばれてないわよ!! 説明しなさい、アリア!!」
んー、困った。
なんて説明しよう? 一旦、話題を変えようかな??
「そ、そういえば、今日はどうしたの?」
「アリアの良くない話が耳に入ってきたのよ。最近いつもより様子もおかしいし……」
ルナもセレスの横で頷いている。
“いつもより”っていうワードが気になるけど……。
私と仲がいい2人には、噂話は耳に入ってこないと思ってたんだけどなぁ。
心配掛けちゃったな。
私が答える前にマイヤが口を開いた。
「アリアちゃんの良くない話って……アリアちゃんのせいで、私とエウロくんが婚約解消したとかの話かな?」
「……ええ」
「それ……私のせいなの」
──えっ! なんで!?
それを言ったら、セレスとルナの反感を買っちゃうよ!?
「どういう事かしら?」
セレスの表情が一気に険しくなる。
まずい! セレスが戦闘モードに入ってしまった。
マイヤもさっきまでの可愛らしい表情ではなくなってる。
「私がアリアちゃんを陥れたくて噂を流したの」
なんで? 2人を怒らせるような言い方をするの!?
マイヤが謝ってくれた事で解決したのに。それに夏季休暇前はマイヤも噂を払拭しようと動いてくれたのに!
ルナがすくっと席を立ち、鞘に入った剣をマイヤの顔に向けた。
さすがのマイヤもビックリしている。
「な、何!? 切りつけるつもり?」
「……返答次第ではマイヤと戦うつもりではある」
──!!
いやいやいや、『ではある』じゃない! ダメダメ!!
「あのね!」
すかさず、3人の会話に割り込む。
「マイヤがキッカケではあったんだけど……解決したの! ちゃんと説明するから! ルナもね、落ち着いて。ねっ!」
「落ち着かなくていいわ。本当の事だもの。アリアちゃんに……嫉妬したの。それでアリアちゃんの評判を地に落とすような噂をわざと流したの!」
ああ〜、なんでそんなケンカを売るような事を〜 ……ってあれ?
真っ先に怒り出しそうなセレスが黙って座ってる!?
マイヤもその事に気がついたのか、セレスに詰め寄った。
「セレスちゃん、怒らないの?」
「マイヤを殴りたいほど怒りは込み上げてるわ。ただ怒ってほしくて言ったようにも感じたので……まずはアリアの話を聞くわ」
ふぅ〜、良かった。表情は険しいままだけど、聞く事に徹してくれたみたい。
ルナも剣を置き、黙って席に座った。
セレスに促されるまま、両親やエレに話した内容を全て説明する。
「……という事で、マイヤが家にいるの」
セレスがテーブルの上で軽く手を組んだ。
「事情は分かったわ。正直なところ、まだマイヤを信用することは出来ないわね。でも、アリア自身が許してるなら、私がとやかく言えないわ」
そう言って息を吐いた後、 セレスが「ただし……」とマイヤに厳しい目を向けた。
「次はないわよ! それだけは肝に命じておきなさい!!」
「……分かってるわ。別に罵倒してくれても良かったのに」
「罵倒される事で許されると思ったら大間違いよ。自分のした事をきちんと反省して後悔なさい!」
マイヤが黙って、首を縦に振った。
とりあえず、和解した……のかな?
険しい表情を解いたセレスが、今度は少しだけ呆れた表情を見せる。
「大体アリアは無鉄砲だし、この私にすぐ心配を掛けるし、10回に9回は失敗する子なのよ。嫉妬する貴方がおかしいのよ!」
んんっ? セレスさん? 私の事をそんな風に思ってたの??
思わぬ方向に話がいってません??
セレスの話を聞いたルナがそっと呟いた。
「アリアは失敗した事ないし」
「ルナ、目が泳いでるわよ。アリアに好かれようと嘘をつくのはおやめなさい」
セレスの指摘にルナが目線を逸らした。
「10回に7回かな」
「妥当なところね」
……妥当なんだ。それでも多いな。
「私とアリアは、お互いの悪い所も知ってる上で親友なのよ。まぁ、私においては悪い所がないのだけれど」
マイヤにそれを伝えたかったが為に私をディスったのね。
…………あるよ。セレスにもダメなとこあるよー。そういうとこだよーー!
セレスは少しも気にする事なく話を続ける。
「で、肝心のマイヤのお母様は?」
急にケイアさん(マイヤの母)の話題が出たからか、マイヤの表情が強張っている。
私が答えた方がいいかな?
「多分……これから来ると思う。今日は私もマイヤも顔を合わせないという話になってるんだ」
「そう」
私が答えている間にマイヤの表情が元に戻る。
2週間ほどケイアさんに会っていないとはいえ、まだまだ心の整理がついてないよね。
……親の事もそうだけど、マイヤってヒロインじゃないような気がしてきた。
ヒロインにしては性格が、ね。うん、なかなかね。
「どうしたの? アリアちゃん?」
無意識にマイヤをじっと見ていたらしい。
「いや、何かに飛びぬけてる人って性格は面倒くさいんだなって思って」
しみじみ言うと、一瞬にして場の空気が凍った。
あれ? どうしたのかな?? すかさず、セレスが反応する。
「アリア! それってまさか私も含まれてるんじゃないでしょうね!?」
あっ、しまった。正直に言いすぎた!
「ご、ごめん。含まれてる」
「私のどこが面倒くさいのよ!」
あっ、まずい。さらに怒ってしまった。
「ご、ごめん。いや、セレスだけじゃないよ? 幼なじみ全員だよ??」
「なんのフォローにもなってないわよ! どう考えてもマイヤより面倒じゃないわ!!」
「……ちょっと待ってよ」
マイヤが静かに反抗する。
「悪いけど、セレスちゃんよりは普通よ!」
「貴方、性格変わりすぎよ!! ルナだってそう思うでしょ?」
セレスがルナに同意を求めた。
「……マイヤ? どこか変わった?」
えっ! まさかの返し!!
ルナは今までマイヤをどう見てたの?
「ルナちゃん、私に興味がなさすぎよ! さっきの訂正するわ。ルナちゃんよりは普通よ!」
「マイヤよりは性格いい」
すぐにルナが切り返した。
や、やってしまった。私の余計な一言が発端となって、なぜか私以外の3人が言い合いになってしまった。
……でも(私が原因で)言い合いにはなってるけど、なんかいいな。
入学式の時に初めて4人で食事をした時より、仲良くなった気がする。
何よりマイヤが生き生きして見える。……まあ、生き生きし過ぎのような気もするけど。
しばらく眺めていると、突如何かを思い出したようにセレスが私の方を向いた。
「ところで……アリア、オーンの事はどうするの?」
…………へっ!?
思わず、飲んでいた紅茶を吹き出してしまった。
「ケホ、ケホ……ど、どうするって?」
「オーンから聞いたわよ。アリアに気持ちを伝えたって」
な、なにぃーー!! オーン言ったの!?
「元婚約者の私には伝えておきたかったって報告してくれたのよ」
「そ、そうだったんだ」
ずっとオーンに告白された事をセレスに言うべきかどうか迷ってた。
……知ってたんだ。
普通に話してるけど、オーンの告白をセレスはどう思ってるんだろう? なんか聞くのが怖いな。
「アリア! よく聞きなさい!!」
セレスがくいっと紅茶を一口飲んだ。
「私はオーンの事を本当になんっとも思っていないわ! だ、か、ら、私の事は気にせずに考えなさい!!」
もしかして、この事を伝える為に今日は来てくれたのかな?
お礼を伝えると、真面目な表情から一変、セレスが含み笑いをした。
「……で、どうするのよ?」
「あっ、私も聞きたい」
マイヤも興味津々だ。
あなた、この間まで『オーンくんが好きなの』って言ってなかった??
「正直……」
「正直?」
セレスとマイヤが声をハモらせ、前のめりになっている。
「ここ最近、色々ありすぎて考える暇がなかった」
ごめん! オーン!!
今日でセレスの事もスッキリしたから、ちゃんと考えるからね!
はっ!! セレスとマイヤの顔が“無”になっている。
ルナは……いつも通り“無”だ。
「はぁ~、なんでアリアちゃんに負けたんだろ」
マイヤがため息をついている。
……言われ放題だな。
「じゃ、じゃあ。3人は好きな人いるの?」
私の質問にさっきまで興味なさそうだったルナが答える。
「アリアと兄様」
そういう意味じゃなかったんだけど……ありがとう、ルナ。
セレスが腕を組み、眉間にしわを寄せている。
「私もアリアではあるけど、異性だとまだ私に見合う人がいないかもしれないわ。そういう意味だと、私はルナと違ってアリアの名前しか挙げてないから……勝ちね!」
セレスがドヤ顔をしている。
「そんな事ないし。セレスの100倍好きだし」
……子どものケンカだ。
「素晴らしく底辺な会話をしてるわね」
マイヤが呆れながら聞いてきた。
「アリアちゃんて、オーンくん以外の3人の男性についてはどう思う? 恋愛対象として見れる?」
……3人って。エウロとカウイ、ミネルの事だよね?
「恋愛対象かぁ。考えた事なかったな」
『振られる相手を好きになってもなぁ〜』って心のどこかにずっとあるんだよねぇ。だから考えた事もないんだよなぁ。
「……質問を変えるわ。高等部にいる間に4人は新たな婚約者ができる可能性があるのよ? オーンくんだって、いつまでもアリアちゃんの事が好きか分からないし(多分、好きだろうけど)。その時、誰に婚約者ができたらイヤ?」
う〜ん。婚約者が出来たら、今までみたく気軽に会えなくなるのかなぁ?
だとしたら──
「4人に限らず、(幼なじみ)みんなに婚約者が出来たら寂しいかも」
「はぁ〜、アリアちゃんて、ぜんぜっん恋愛脳になってないのね!」
なんだろう……マイヤに『まだまだお子様ね!』って言われた気分。
「……もし、もしもよ? アリアちゃんに好きな人が出来て、その人がセレスちゃんかルナちゃんを好きになったらどうする?」
確かに! 可能性としては大いにある!!
「えー! イヤな“もしも”だなぁ」
そうならない事を祈るしかないな。
「……友人をやめる?」
「んー、やめないんじゃない? 当分ショックで立ち直れないかもしれないけど、時が経てば別な人を好きになるかもしれないし。でも友人は時が経っても友人だから」
セレスが「まっ、当然ね」と満足げだ。ルナも(私から見ると)嬉しそうに笑っている。
あれ? なぜかマイヤも嬉しそう??
目が合うと、マイヤは“こほん”と咳払いし、立て続けに質問をしてきた。
……なんか尋問を受けてる気分。
「夏季休暇中は、幼なじみの誰とも会わないの?」
「ん? 今、会ってるよ」
「私たちじゃないわよ!」
怒られた。幼なじみって言ったじゃん。
マイヤ、短気になってない!?
「カウイには会うかな? 前に一緒に出掛ける約束をしてたんだ」
「へぇ〜、カウイくんて意外と積極的なんだ」
マイヤがぽつりと呟いた。
「ん?」
「いや、いいの。気にしないで」
「ああ。後、ミネルとウィズちゃんにも会うかな? ウィズちゃんが私に会いたいんだって! 可愛いよね〜」
マイヤが「ふ〜ん」とほくそ笑んだ。なになに? 今の笑い??
間髪入れずに、ルナがつぶやく。
「卑怯な」
「えっ? 卑怯??」
「ううん。アリア、私と兄様にも会ってよ」
ルナだけじゃなく、リーセさんも!?
「いいけど……リーセさん忙しいんじゃない?」
「大丈夫」
本当に大丈夫なのかな? リーセさん働いてるんだよ??
「じゃあ、また稽古でもつけてもらおうかな?」
私の提案にルナが首を横に振っている。
「お出掛けしよう」
お出掛け? ルナが!?
そんな事を言うなんて珍しいな。でも楽しそう!!
「いいね! セレスとマイヤも一緒に行く?」
私が誘うと、マイヤがちらっとルナを見た。
「いえ、やめておくわ。珍しくルナちゃんが(来ちゃダメって)感情むき出しだから」
「私も(ルナとリーセさんと会っても楽しくなさそうだし)遠慮しておくわ。私はアリアと2人で会うから」
セレスが「ふふん」と誇らしげにルナとマイヤを見た。
……うん、ケンカを売るのやめようね。そしてそういう所だからね、セレス。
「セレスちゃんもルナちゃんも想像以上に子供だったんだね。買いかぶり過ぎてたみたい。……なんか肩の力が抜けちゃったなぁ」
マイヤが気の緩んだ表情をしている。
ああ、それはなんか分かる。最初は年齢の割に大人っぽいなぁって私も思ってたもんな。
だけど、それって──
「それを言ったらマイヤもだけどね。前も良かったけど、今の方が付き合いやすいよ」
私が言うと、マイヤが「……そう」とそっぽを向いた。
耳が赤い。照れてるのかな? やっぱりマイヤにはツンデレの素質があるな。
……うん。それは、それでいい!!
その後も4人での話は大いに盛り上がり、あっという間に夕方になった。
セレスとルナは「また来るわ」と名残惜しそうに帰って行った。
お読みいただき、ありがとうございます。
次話、明日(11/28)更新になります。




