マイヤの作る“マイヤ”(前編)
マイヤ視点の話です。
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……どこで間違えたのかな?
幼なじみたちと出会うまで、私より可愛い子供はいなかった。
「マイヤちゃんは本当に可愛いね」
会う人、会う人、全員が私を好き。
私だけが特別。それが当たり前だと思ってたの。
──幼なじみとの出会いは5歳。
当たり前だと思っていた日常は早くも崩れ去った。
私の前に現れたセレスちゃんとルナちゃん。
2人は私に引けを取らない可愛さを持っていた。
さらに才能の開花が早かったセレスちゃんは、みんなの前で「私はもう魔法が使えるのよ!」と鼻高々に笑ってみせた。
この頃、すでにオーンくんとミネルくん、セレスちゃんの3人が魔法を使えていた。
私より何でも出来て……可愛い子達がいる。
衝撃的だった。
何より、この日を境にお母様がガラリと変わった。
「マイヤ、女の子はね。“優秀な男性”と結婚するのが1番の幸せなの。そうなる為にはマイヤ自身も努力が必要なのよ? マイヤなら分かるわよね?」
「……はい、お母様」
大好きなお母様が言っている事なら、きっと間違いない。
お母様は『私に幸せになってほしい』と思って言ってくれてる。
勉強、マナー、お稽古……全ての事に力を入れ始めた。
上手にできなかった時、失敗した時は激しく叱られる事も多々あった。
「私はね、マイヤの為を思って言ってるのよ? マイヤなら分かるわよね?」
「はい、お母様」
お母様は私の事を思って言ってくれてる。
それなのに私がきちんと出来ないから叱られてしまう。
早く、お母様の期待に応えれるようにならないと。
──7歳の時、転機が訪れた。
ある日、お父様の知人の子供の誕生日に招待されたのだ。
自然と歳の近い子供たちが集まり、会話や食事を楽しんでいた。
その場でも私は人気者で、周囲からは注目の的だった。
けれど、本日の主役である女の子は、私に注目が集まるのを良しとはしなかった。
「あそこ! 一番端で食事をするのよ。私の家なんだから言うこと聞いてよね!」
みんなの輪から外れた場所を指で差される。
子供ながらに『この子は、なんでこんなヒドイ事を言うの?』とは思ったけど、私の家ではないし……。言う事を聞いた方がいいのかな?
言われるがまま、そっと端の方へと移動した。
……楽しくない。お父様の所に行こうかな?
そう思っていた矢先、目の前に一人の男の子が現れた。
「マイヤちゃん。僕も一緒にここで食べるよ!」
「ありがとう!」
気に掛けてくれた嬉しさからニコリと笑えば、男の子は照れたように頬を赤く染めた。
「みんなとも一緒に、ここで食べられたら嬉しいな」
特に意識せず、自分の思った事をそのまま男の子に伝えた。
男の子は「ま、任せてよ!」と自分の胸を叩くと、他の子達にも声を掛け始めた。
「僕もマイヤちゃんと食べたい」
「私もマイヤちゃんと話したい」
次々と私の元に人が集まってくる。
最後には、その日集まった子供たちがみんな私の所へとやって来た。
主役の女の子は、悔しさのあまり泣きながら「お母様~」と母親の元へ走っていった。
結果的に、私ではなく、私を端に追いやった女の子自身が怒られる事となった。
女の子の立場からすると、最悪な誕生日会になったに違いない。
私はといえば、その日起こった出来事に一人、気分を高揚させていた。
私の何気ない一言で人が動いた!
ただ自分の思った事を言っただけだったのに。
私自身は何も行動を起こしていないのに……『みんなと一緒に食べたい』という私の願いが叶った!!
私は嘘はついていないもの。
あの子は泣いていたけど、私は何もしていないもの。ただあの男の子が勝手に動いてくれただけ。
言葉ってすごい!!
これなら、セレスちゃんやルナちゃんにだって負けない。
私はきっとお母様の言った“優秀な男性”と結婚できる!!
──幼なじみと会うお茶会の日。
そうだ。セレスちゃんとルナちゃんに差をつける為にもお菓子を作ってくのはどうかな?
きっと男の子たちは喜んでくれる。
手作りのお菓子を持ってお茶会へ行くと、思っていた通り大好評だった。
セレスちゃんは悔しがってる。こちらも狙い通り。セレスちゃんが悔しがれば悔しがるほど、私は“いい子”に映る。
ルナちゃんは、相変わらず全然話さない。美人でもこんなに話さないなら、気にする必要はなさそう。
アリアちゃんは“記憶喪失”になったみたいで不参加。……そもそもアリアちゃんなんて対象にすらならないし、気にしなくてもいいよね。
これでオーンくんやミネルくん達は私の事を好きになるはず。
うふふ。“優秀な男性”との結婚は保証されたようなものね!!
──9歳、アリアちゃんが“記憶喪失”後に初めて参加したお茶会。
いつも通り、手作りのお菓子として“マドレーヌ”を持って行った。
すると、セレスちゃんが私に対抗してクッキーを作って来た。
うふふ。私を意識したんだろうな。そんなの作っても、私が勝つに決まってるのに。
みんなにマドレーヌを渡すのは、クッキーを用意したセレスちゃんに対して失礼だと思われるかな?
ここはセレスちゃんにだけマドレーヌを渡して、“気が利くマイヤ”と思われた方が私の評価は上がるかもしれない。
「セレスちゃんのお家にお邪魔するから、マドレーヌを作ってきたの。良かったらセレスちゃん食べてね」
これでセレスちゃんは不機嫌になるか怒るはず……。
『マイヤが可哀想だ』ってなって、男の子たちが庇ってくれる。
うふふ。面白いくらい計画通り!!
──そう思ってたのに……。
セレスちゃんが口にしたのは、想像とは違う言葉だった。
「……あら、ありがとう。折角なら、皆さんでいただきましょう」
えっ!! なんで怒らないの!?
いつもなら怒ってるじゃない!!
そして決定打となったのはアリアちゃんの言葉。
「マイヤありがとう。ビュッフェが食べれなくなるかもしれないから、お家に帰ってじっくり味わって食べさせてもらうね」
アリアちゃんの発言にルナちゃんやカウイくんも同意し、マドレーヌをその場では食べなかった。
途端に私の作って来たお菓子の存在が薄れてしまう。
……でも、オーンくんとエウロくんは食べてくれた。たまたま、ちょっとだけ計画が狂っただけ。気にする必要はないよね。
──10歳、婚約者を決めた日。
私たち女性陣が婚約者を決める事になった。
オーンくんとミネルくん、エウロくん、カウイくん。
……カウイくんは見た目も頼りないし、私に相応しくないかな?
カウイくん以外の3人なら、誰が婚約者になってもお母様が満足できる人のはず!
私は最初、傍観する事に決めた。
セレスちゃんがオーンくんを指名する。
まだミネルくんとエウロくんがいるし……まぁ、いいか。
それにセレスちゃんがオーンくんを指名する事は何となく気がついていた。オーンくんには人一倍、話し掛けてたから。
ミネルくんとエウロくん、どちらにしようかな?
選びかねていると、ルナちゃんが口を開いた。
「私はお母さまと兄さまが《知恵の魔法》を使うからミネルにする」
──えっ!?
ルナちゃんは意見を言わないと思ってた。
でも否定するのもおかしいし、それにまだエウロくんがいる。
……もしアリアちゃんがエウロくんを選んだら!?
私が否定するのもおかしいよね? どうしよう……。
そうだ!
「アリアちゃんはカウイくんと仲がいいって聞いたよ? 仲のいいカウイくんは?」
これでカウイくんを勧めつつもアリアちゃんを気遣ってるように見える!
私って、天才!!
実際、単純なアリアちゃんはカウイくんを選んだ。
うふふ。“控えめなマイヤ”は誰も指名せずにエウロくんが婚約者に決まったって事になる。
ちょっと計算が狂ったけど、エウロくんになったから問題はないはず。
……と思っていたのに、その日、お母様から信じられないほど叱られる事になった。
「なんでオーンくんを選ばなかったの? どう考えても貴方が幸せになる為には、この国で1番の人──オーンくんを選ぶのが当然でしょう!?」
えっ! 優秀なだけではダメなの?
「マイヤはね、1番になれる子なの。1番幸せにならなきゃダメなのよ?」
それからお母様は「今まで教えていなかったけど……」と、お父様がいない所でこっそり口を開いた。
「元々、私はサール国王(オーンの父)の婚約者だったの。それが学校に通い始めてから……すれ違いが続いてしまったせいね。私がサール国王の事をきちんと気にかけてあげなかったから……。彼は学校で出会い、親しくなった──今の王妃と結婚してしまったの」
…………!
「その後、私はお父様と出会えたから良かったけれど、マイヤには私の代わりに女性の中で1番の存在──王妃になってほしいって思ってるのよ」
お母様の代わりに……王妃!?
どうしよう。王妃になるなんて考えた事もなかった。
「あなたならなれるわ。私の自慢の娘だもの」
自慢の娘……。
お母様がそう言ってくれるなら、期待に応えたい!!
私は将来、オーンくんと結婚する事を決めた。
今はセレスちゃんと婚約者という形になっているけど、心配はしてない。
オーンくんはセレスちゃんの怒ったところばかり見てる。好きになるはずがない。
万が一、オーンくんと結婚できなくてもエウロくんがいる。
大丈夫。私は幸せになれる。
それにセレスちゃんとルナちゃんが敵ではない今、幼なじみの男の子達は私の事を好きなるはず。きっと大丈夫。
──10歳、学校に通い始めた日。
すごい! オーンくんと同じクラス!!
早くもオーンくんは私の事を好きになるかもしれない。
うふふ。運すら私の味方なのね。
入学から1週間。オーンくんとミネルくん、エウロくんが一緒にお昼を食べに行こうとしている。
私も一緒にお昼を食べて、“マイヤだけは特別”ってみんなに知ってもらわないと。
「これから3人でお昼? 仲がいいんだね」
私が話し掛けると、エウロくんが答えた。
「ああ、俺が誘ったんだ。マイヤは?」
さすがエウロくん。予想した通り、聞いてくれた。
「それが……まだみんなのように親しくなった人がいないから、一人で食べに行こうかな? って思ってたの」
「そうなのか」
すかさず、オーンくんが声を掛けてくれた。
「……良かったら、僕たちと一緒に食べに行く?」
「えっ、いいの? 嬉しいな。ありがとう」
思惑通り! にっこりと微笑んだ。
昼食後、偶然セレスちゃん達と会った。
セレスちゃんは、私とオーンくんが一緒にお昼を食べたことが気に入らなかったらしい。
感情のままに私を責め立てた。
うふふ。セレスちゃんって、おバカさん。
オーンくんの評価は下るばかりだよ~。
と、思っていたのに……突然、予定外の出来事が起こった。
セレスちゃんがオーンくんをお昼に誘ったのだ。
「私たちは明日からお弁当を持ってきて、外で食べようと思ってます。それでもよろしいかしら?」
セレスちゃんの誘いにみんなが賛同し、幼なじみ達と一緒にお昼を食べる事になってしまった。
このままいけば、私とオーンくん、ミネルくん、エウロくんの4人でお昼を食べる日が続いたはずだったのに。
でも、結果的に一緒にお昼は食べる事にはなったから……大丈夫。
教室で話をしていた時、オーンくんの口からからアリアちゃんの名前が出てきた事があった。
「アリアって面白いよね」
名前が出てきたのは一度きりだったけど、その時のオーンくん、普段は見せないような顔で笑っていたな。
──11歳、ルナちゃんと同じクラスになった。
なんの利益もないクラスになっちゃった。
幼なじみと比べると、やっぱり他の男の子たちは劣って見えてしまう。
でも味方は多いに越したことはないし、何より“みんなに愛される可愛いマイヤ”にならないと。
相変わらず、ルナちゃんはいつも一人でいるなぁ。幼なじみとして、たまに話し掛けよう。
きっとみんなが“優しいマイヤ”として見てくれる。
──12歳、カウイくんと同じクラスになった。
カウイくんかぁ。
最近ちょっと変わったけど、まだまだ幼なじみの他の3人と比べると……頼りないよね。
それにルナちゃん同様、カウイくんってあまり話さないし。
“優しいマイヤ”だから、たまに話し掛けるくらいにしようかな?
ある日、いつものように幼なじみ達と一緒にお昼を食べていて、ふと気がついた。
あれ? アリアちゃんとルナちゃんが仲良くなってる。
ルナちゃんとアリアちゃんだから、私の計画に影響はないけど……。
なんで?
ルナちゃんは、去年同じクラスになって話し掛けても全然話してくれなかったのに。
アリアちゃんとだけは話してる。
そういえば、同じクラスのカウイくんもアリアちゃんとだけはよく話す。セレスちゃんもアリアちゃんをよく気に掛けてる。
なんでかな? モヤッとする。
……きっと気のせい。気にする必要のない3人がアリアちゃんと仲良くなっても大丈夫。
私には関係ないもの。
そんな矢先、交換留学の話がきた。
誰も私を知らない国に行く。怖いし、行きたくないな。
両親に留学の話をするとお父様は「女の子だし、万が一の事があったら……」と乗り気ではなさそう。よかった。
……お母様は!?
「マイヤ、申し込みなさい。他国を知る事は将来──王妃になった時の強みになるわ!」
『怖いから行きたくない!』と思ったけど……言えない。
お母様の言ってる事はいつも正しいから。それにお母様は私の事を考えて言ってくれてるから。
──13歳目前、私は留学した。
留学先でも人気者でモテる私。他の女性達からは嫉妬の目で見られた。
そんな中、留学先で初めて同性で仲良くなった子がいた。
男の子に好かれていればいいやって思ってたけど、嬉しいな。
今までの私の考えは間違ってたのかな?
……すぐに、その考え自体が間違いだと分かったけれど。
仲の良かった子の好きな人が私を好きになった。
もちろん私は、告白されても断った。
きちんと正直に話せば分かってもらえるよね? ──そう思っていた。
仲の良かった子が、一瞬で私をイジメるリーダーになった。
えっ……? だって私はきちんと断ったよ? なんで? どうして??
イジメを受けた日──カウイくんが私の捨てられた勉強道具を持ってきてくれた。
汚れをパンパンと手で払い、拭いてくれた。
「はい」
「……ありがとう」
カウイくんはそれ以上何も言わなかった。カウイくんの優しさに涙が出そうだった。
……仲がいいと思ってたのに。もう、女の子なんて信用しない!
「私たちは何があっても親友だよね」って言ったって……こうやってすぐに裏切るんだ。
留学中は、男の子たちに守られながら過ごすと決めた。
「私の勉強道具が捨てられてたの。誰がやったか分からないけど……怖いな」って言えば、すぐに守ってくれた。
オーンくんと婚約者であるエウロくんには、定期的に手紙を送った。
2人は手紙を送る度、きちんと返事をくれた。
アリアちゃんから、たまに手紙が来る。……返信しないのは“私じゃない”し、短い文でも返せばいっか。
そういえば、エウロくんからの手紙にアリアちゃんが登場する事が多くなったな。
アリアちゃんと同じクラスになったからかな?
……またモヤッとする。でもアリアちゃんだから、恋愛には発展するとは思えない。
だから大丈夫。
この頃、カウイくんが急激な成長を遂げる。
こんなにも強く、かっこよく成長するなんて……予定外だな。こんな事なら、婚約者はカウイくんでも良かったかも。
そうしたら、ひ弱なカウイくんが相手でも婚約者になってくれた“優しいマイヤ”って思われたかもしれないな。
──14歳、留学生活も最後の年を迎えた。
留学して良かった事は、私の一人勝ちの学校生活だったということ。
うふふ。でもさすがに2~3日置きに告白されると疲れちゃうな。
でも、モヤッとする事も増えた。
エウロくん同様、オーンくんの手紙にもアリアちゃんが登場してくることが多くなった。
なんで、みんなアリアちゃんの話をするのかな?
アリアちゃんなんて、見た目も普通だし、いまだに魔法も使えない。勉強やその他の事だって私と比べたら劣ってるのに、な。
私と違って何も努力していないのに……なんでかな?
しばらくして、オーンくんとセレスちゃんが婚約を解消したとお母様から連絡があった。
やった! 思ってたより早かったけど、こちらが何もしなくても婚約を解消した!
やっぱり私の思った通りに事が進んでいる。
だから心配に思う必要はない。きっと大丈夫。
──2年間の留学生活を終え、中等部の卒業式。
久しぶりに行った学校は、私の知ってる学校と少し雰囲気が違っていた。
あっ、カウイくんがいる。近づいて声を掛ける。
挨拶を交わした後、カウイくんは誰かを探すようにキョロキョロと視線を動かした。
「……いた」
カウイくんが独り言みたいに呟く。
「えっ?」
私に見向きもせず、カウイくんが真っ直ぐに歩き出した。
進む先には、セレスちゃんとアリアちゃんがいた。急いでカウイくんの後を追い掛ける。
2人の近くまで行くと、アリアちゃんの言葉が耳に入った。
「ちょっとマイヤの事を考えてて……。元気かなぁ? って」
えっ? なんで私??
疑問に思いつつ様子をうかがっていると、すぐにカウイくんがアリアちゃんへ声を掛けた。
「マイヤかぁ……俺の事も少しは考えてくれた?」
口調が嬉しそう……?
「久しぶり、アリア。会いたかったよ」
──!!
カウイくんて……もしかして……。
あっ。私も声を掛けなきゃ! 変に思われる。
「久しぶりだね。セレスちゃん、アリアちゃん」
2人に話し掛けながら、カウイくんの表情を見た。留学中の2年間、私には一度も見せなかった笑顔。
まさか、アリアちゃんが好きなの? なんで??
その後、エウロくんとミネルくん、オーンくんとも久しぶりに話をした。
あれ? みんな……なんか変わった?
雰囲気? 表情?? なんだろう。なぜか不安で胸がドキドキする。
それにアリアちゃんと話す時はみんな、私の時とは違った表情を見せている気がする。
そういえば、アリアちゃんがいる所にみんなが自然に集まったような……?
私が求めていた場所に“マイヤ”ではなく、“アリアちゃん”がいる。
……私、留学中も頑張ったよ? それなのになんでかな? どうしてかな??
その日の卒業式はそれから──まったく記憶がない。
お読みいただき、ありがとうございます。
次話、11/19(木)更新になります。




