ミネルのやり残したこと
ミネル視点の話です。(続きです)
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“本物のシジクさん”には、無事に作業を引き受けてもらえる事になった。
頭の回転が早い上に仕事もできそうだ。
きっとこのまま任せても大丈夫だな。
「明日からという事でしたら、今日の内に作業場所を見ておきたいのですが……」
シジクさんからの提案で、一緒に学校の建設予定地へと向かう事になった。
用意してもらった“ヴェント”に乗って移動しながら、打合せも兼ねてシジクさんと言葉を交わす。
その際、今回の件について、実は僕のお父様からも事前に頼まれていたのだと聞かされた。
……僕もまだまだだな。
まあ、これで平日も滞りなく、作業が進められる。
人の集まり次第ではあるものの、僕たちの学校を巻き込む事さえできれば……魔法を使える人間をもっと増やせる。
状況によっては、中等部を卒業する前に学校を建てられるかもしれない。
学校に着き、アリア達と一緒に“ヴェント”から降りた。
……このまま僕も作業をしたいところだが、やらなければならない事がある。
「アリア」
「どうしたの? ミネル」
「すまないが、僕はこのまま家に戻って、犯人を探す。作業に影響が出る前に……叩きのめす!」
「……なぜか一瞬、犯人に同情しちゃったけど、それ相応の事をやったもんね。分かったけど、気をつけてね!」
なぜ犯人に同情する必要があるんだ!?
……まあ、いい。
シジクさんへの説明など、細かい事はアリアに任せ、そのまま別れる事にした。
それからすぐに家へ戻る。
自分の部屋へと向かいながら、メイドに「急いで僕の部屋にヤハラを呼んでくれ」と伝える。
ヤハラは、この屋敷に長年仕えている老齢の執事だ。
部屋にやって来たヤハラに今回の一連の騒動について説明し、運転手を探すよう指示を出す。
僕の心配をしつつも、すぐに「畏まりました」と返事をした。
今回の運転手は業者を利用したからな。
情報が少ない分、見つけるのは困難かもしれない。
……そう考えていた数日後、思いの外、簡単に運転手を捕まえる事ができた。
「真昼間から酒場で豪遊していました。
周囲に『まとまった金が入った』と触れ回っていたようです」
ツメが甘すぎるし、あまりにも安易だ。
……予想通りのバカだったな。
「誰に頼まれたか、あと“シジクの偽物”の居場所についても聞き出してくれ」
「そちらについては、もう聞き出しております」
「いつも通り、仕事が早いな」
「恐縮です。運転手から聞き出した情報がこちらになります」
ヤハラが僕に書類を手渡す。
内容に目を通すと、予想に反し、依頼主は生徒の親だった。
黒幕は親だったか……。
「運転手と“シジクの偽物”たちについての処罰は、ヤハラに任せる」
「畏まりました」
「やった事を後悔するくらい追いつめてやれ。それと二度とこんな真似をしようとは思わないよう弱みも握っておけ」
「畏まりました。お任せください」
ヤハラは優秀な男だ。
任せておいて大丈夫だろう。
「黒幕については……主犯である親だけ連れてきてくれ。抵抗したら子供にバラすぞ、とでも言えば来るだろう」
「畏まりました」
書類に書かれていた生徒の名前には見覚えがある。去年、同じクラスだった。
話した記憶はほぼないが、内気で控えめな女性だったはずだ。
こんな事をする度胸あるとは思えない。
おそらくは親の独断。子供は何も知らないだろう。
その後、今回の黒幕である生徒の親がやって来た。
顔は青ざめ、微かにだが体が震えている。
言い逃れできない証拠を突き出すと、いとも簡単に白状した。
聞けば、心底くだらない理由だった。
子どもの署名用紙を見て、一般階級の人間にも学びの場を提供するという考えに憤慨したらしい。
ちょっと脅せば中止になるだろうという“安易”な考えで、今回の“安易”な計画を思いついたのだという。
本来であれば退学せざるを得ないような状況に生徒を追い込み、親にも職を失うくらいの制裁を与えようと思っていた。
だが、生徒自身は非常に協力的だったし、何より、自分の親がこんなバカな真似を仕出かした事など知る由もない。
……しょうがない。
弱みを握った訳だし、誓約書でも書かせて、二度と僕に逆おうなんて思えないようにしてやる。
単細胞だからな。
この先、使いようがあるかは分からないが……自分のしでかした事を一生後悔するくらいには精神的に追いつめてやろう。
とりあえず、この件については解決としておくか……。
事件後、タイミング良く学校側の承認も得る事ができたし、今回のような事件はもう起きないだろう。
それにしても、学校側──“エンタ・ヴェリーノ”を巻き込む事ができて良かった。
しかも課外活動などではなく、魔法の授業の一環として、日常的に作業を手伝ってもらえる事になったのは大きいな。
お陰で、進捗の方も順調すぎるくらい順調だ。
それともう一つ。
魔法を間近で体験できる貴重な場として、見学者が後を絶たないというのも功を奏した。
町の子供たちが毎日のように訪れる事で話が親へと伝わり、気づけば町中で噂になっていたからだ。
その結果、今では町の人たちがとっかえひっかえ手伝いに来たり、差し入れを持って来てくれたりしている。
まあ、僕は信用した物しか口にしないので食べないが……。
署名も予想以上の数が集まってきている。
一番の要因は、知り合いの多いエウロの両親が署名を集めてくれた事だろう。
“上院”が認めるのも、きっと時間の問題に違いない。
信頼できる経営者も無事に決まった。
エウロの遠い親戚で、過去には学校経営にも携わっていた事があるらしい。
公平に物事を判断できる人物で、今回の経緯を聞き、自ら立候補してくれたそうだ。
同時進行で働いてくれる先生たちもエウロに頼んで探していたが、そちらもある程度の候補者は出揃った。
経営者へ紹介し、引き継ぎもできたから、あとは任せてしまって良いだろう。
資金に集めについても、完全ではないにしろ目処が立っている。
契約の締結も順次進めているし、経理関連については専門家の雇い入れも決まった。
今後の事を考えると、そろそろ経営者や専門家に委ねた方がいいな。
もちろん、経過は見守らせてもらうけどな。
──これでやり残した事は一つだけか。
ある日、学校の休み時間を利用して、僕はルナの教室へと向かった。
入り口近くの席に座っているルナに声を掛ける。
「ルナ、ちょっといいか?」
「なに?」
「ちょっとここでは……場所を変えて話したい」
ルナが席を立ち、2人でひとけのない場所まで移動した。
「で、なに?」
「単刀直入に言う。婚約を解消してほしい」
「……なんで?」
意外だ。『分かった』で終わると思ってたんだが……。
まあ、ルナには理由を聞く権利はある。
「アリアを好きになった。だから婚約を解消したい」
「…………」
自分で聞いといて、なぜ黙ってるんだ?
本当にコイツは何を考えてるか分からない。
よくアリアは普通に会話ができるな。
「初めて……」
やっと口を開いたか。
「ミネルに好感を持ったよ。女性の好みは良かったんだね」
「女性の好み“は”ってなんだ!?」
僕がツッコむとルナが少しだけ笑った。
「好感は持ったけど、協力はしない。むしろ邪魔する」
はっ!?
「な、なんでだ?」
「アリアは将来、兄様と結婚して、私と3人で暮らすから。これは決まってる事だから」
に、兄様!?
急に予想だにしていない人物が出てきたな。
それに“決まってる事”!? いや、決まってないだろう。
「リーセさんは……アリアが好きなのか?」
僕の問いに対し、ルナが僅かに首をかしげる。
「……分からない」
「分からないのに言ったのか?」
僕にはコイツの方が分からない。
「分からないけど……私が前に『アリアと結婚してほしい』って言った時は、はぐらかされて終わった。でも、今は『それもいいかもね』って答えるようになった」
ルナが無表情のまま、淡々と話を続ける。
「兄様はきっとアリアを好きになる。アリアにも兄様を好きになってもらう。だから、邪魔する」
「──おいっ!」
それから、しばらくの間、ルナと言い合いになった。
……思えば、ルナとの言い合いも“テスタコーポ”大会以来だな。
ただ、あの時と違って、ルナとちゃんと“会話”ができたような気がする。
「……とりあえず、僕の言いたかった事は以上だ」
伝えて終わりだと思っていただけに……結構、疲れたな。
「婚約解消の件は分かったよ」
「ああ、ありがとう」
お互いの両親には、週末に報告する約束した。
別れ際、ルナが僕に聞いた。
「アリアに気持ちを伝えるの?」
「ああ、伝えるつもりだ。じゃないと、あいつは永遠に気づかない」
「……そうかも」
「ただ、今伝えても速攻で断られるのも分かっているつもりだ。だから、まずは断らせないように策を練るさ」
考えて、計画して、成功させるのは得意分野だ。
僕の言葉に、ルナがぼそりとつぶやく。
「卑怯な」
「不思議とお前には言われたくなかったセリフだ。それに、卑怯にもなるさ。絶対に手に入れたいからな」
──迎えた週末。
まずはルナの家から、婚約解消の報告をしに行った。
ルナの両親は黙って話を聞き、すぐに承諾してくれた。
……早かったな。理由すら聞かれなかった。
婚約解消を言い出した僕がいうのも変だが、この両親は大丈夫なのか?
僕の家はというと……今まさに、お母様がルナに謝っている。
「ミネルから婚約解消を言い出したと聞いたわ。女性のルナちゃんに対して失礼な話よね。本当にごめんなさいね」
ルナが首を横に振る。
「ミネルの事は1ミリも好きにならなかったので、気にしないでください」
……コイツは人をイラッとさせるのがうまいらしい。
そういえば、セレスもよくルナに怒ってるな。
まさか、セレスの気持ちが分かる日が来るとはな。世も末だ。
「それどころか、ミネルがアリアを選んだ趣味の良さに、初めて好感を持ちました」
……コイツ!! 普通、親に言うか!?
普段は全くと言っていいほど話さないくせに、余計な事を言うな!!
今までセレスの事をめんどくさい奴だと思っていたが、コイツの方が上かもしれない。
親にバラされた事で、場の空気が……気まずいな。
仕方なく、そーっと両親の方を見る。
お父様は思いもよらない名前が出てきた事に驚き、「えっ!」と叫んでいる。
お母様は……ルナの前だから気を遣っているように見えるが、明らかに喜びが隠しきれていない。
はぁ~、なんでお母様は昔からアリアがお気に入りなんだ!?
これは間違いなく、ルナが帰った後、しつこいくらいに聞かれるな。
憂鬱だ……。
軽い頭痛に眉をしかめていると、ウィズが僕のところまでトコトコと歩いてきた。
……ん? ウィズ!?
「あーちゃんはウィズのことが大好きだから、ウィズを使ってアプローチすればいいよ」
5歳児とは思えぬ提案に、たまらず笑ってしまった。
「さすが僕の妹だ」




