ミネルとアリアの5年間
ミネル視点の話です。
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「ミネルー!!!」
僕の名を、必死に叫ぶ声が聞こえる。
こいつ(アリア)に関わると、本当にろくな事がない。
思い返せば、“記憶喪失”後のあいつの印象は最悪だった。
僕より100倍頭の悪いやつに「勉強し直せ」と言われ、グーで殴られる。
『こいつとは、永遠に分かり合える事はない』と思ったし、『二度と会いたくない』とも思った。
それなのに僕の神経を逆なでするかのように、すぐに手紙を送ってきた。
『お互いの事を知って仲良くなりたい』
『誰が仲良くするか!』と思った。
『お前のせいで、お母様にもこっぴどく怒られたんだぞ!』と怒りしか湧いてこなかった。
だから返事を書かない事で、“お前と仲良くする気はない”という事を遠回しに伝えたつもりだった。
それが……あのバカは何を思ったのか、2通目の手紙を送ってきた。
バカすぎて、迷惑だという事に気がついていないのか!?
もう手紙を送ってきてほしくないから、一言だけ『もう気にしなくていい』と書いて送った。
さすがにもう送ってこないだろうと安心していたら、またまた手紙を送ってきた。
3通目の手紙は読まずに捨ててやろうと思った。
けれど、どうせ捨てるなら……と、返事は書かないつもりで読むだけ読んだ。
肝心の内容はといえば、あいつとエレの日常が書かれていただけだった。
『はぁ~、読まなければよかった。くだらない手紙だった』と思ったが、“ある一文”に目がとまった。
『今日はエレとかくれんぼをしたよ』
……かくれんぼ? 何だ、それは?
僕の知らない事を知っているのがどうしても許せず、思わず返事を書いてしまった。
今考えると、何事もなかったかのように手紙を送り続けてくるあいつに、毒気を抜かれてしまったのかもしれない。
それからというもの、自然と手紙のやり取りが続いた。
手紙の返事を書きながら、ふと、お母様が怒った時の事を思い出した。
『もし私が《癒しの魔法》ではなく、《闇の魔法》が使えてたとしても同じ事を言っていた?』
実際、お母様は《闇の魔法》を使う人間じゃない。
もし《癒しの魔法》が使えなかったとしても、きっと《闇の魔法》を使う人間には選ばれない。
──と思い込んでいた事に気がついた。
それくらい手紙の中のエレは、性格に偏りはあるものの……ごくごく普通の少年だった。
もう一度だけ、ちゃんと魔法について勉強をしよう。
決めたと同時に、文献や資料など、集められる物は可能な限り集めた。
多くを学べば学ぶほど、自分は人の噂話だけを信じ、根拠もなく責め立てていた事に気づかされた。
その時に初めて、なぜお母様があれほど怒ったのかも理解した。
理解したからこそ、あいつが僕の家に行きたいと手紙に記した時、当然のように受け入れた。
『エレに謝罪をしよう』と、素直にそう思えた。
気づけば、『二度と会いたくない』という気持ちは、自然と消えてなくなっていた。
あいつとは半年もの間、手紙のやり取りが続いていた。
だから何となく、『僕に好意があるんだろう』くらいに思っていた。
ところが、婚約者を決めたあの日、あいつが選んだのはカウイだった。
相手が僕ではない事に驚いたし、正直イラっとした。
『僕を選ぶと思ったぞ』と言えば、『なんで?』と不思議そうな顔で即答された。
僕に好意があると思っていたのは自分の勘違いだった事に気がつき、恥ずかしくなった。
『やっぱりあいつは好きになれない』と、再認識した瞬間でもあった。
学校に入ってすぐ、あいつは“カウイと従兄弟との事件”に巻き込まれた。
さらにはカウイを庇い、死んでいたかもしれないくらいの大怪我をした。
心臓が止まるくらいの衝撃的な出来事だった。
無事だと分かった後は『どうして考えもなく、男3人いる中に割って入ったのか』と、疑問とともに苛立ちが湧いてきた。
少し考えれば、勝てない事くらい分かるだろう?
なぜ、ちゃんと考えてから行動しないんだ!?
本当に理解に苦しむ。
僕なら、ちゃんと考えてから行動をする。
考えた上で、難しい場合は時間の無駄だからやらない。
その方が効率的だ。
──そうだ、“テスタコーポ大会”の時だって。
『優勝を狙うつもりだけど』
ちゃんと考えていないから、そんな気軽な事が言えるんだ。
体格差もある5年生も参加するんだ。
普通に考えて、4年生が優勝するなんて夢のまた夢だ。
『優勝できる確率は極めて低い』と言っても、『無理かどうかは分からない』と僕に反論してくる。
それにイラつき、ついつい負けた方が勝った方の言う事を聞くという、僕らしくない賭けをしてしまった。
……本当に、僕の人生における最大級の汚点だ。
賭けに負けた結果、僕は“学校を作る計画”に巻き込まれた。
そして今──あいつを庇って倒れている。
あいつと関わってから、本当にろくな事がない……はずなんだ。
留学制度の件で集まった時、先生の勘違いで呼ばれたあいつを見て、腹を抱えて笑った。
あんなに笑った事なんて、一度もなかった。
カウイが留学する日、あいつを抱きしめてる姿を見て、胸がモヤっとした。
そんな気持ちになったのは初めてで、その理由を追求すらせず、避けるように見て見ぬふりをしたのも初めてだった。
無理やり巻き込まれた“学校を作る計画”。
不可能だと思いながらも、難関をどんどんクリアしていく事にやりがいを感じる毎日。
できないと決めつけていたのは、自分の方だったのかもしれない。
極めつけは“この僕”が何も考えずに、あいつを庇い、怪我をするという……。
今までの僕からは考えられない行動ばかりだ。
それなのに、あいつが無事だった事に安堵しているのだから……僕自身も手に負えない。
5年前の僕からすれば、なんてバカな奴になってしまったんだろう。
──だが、悪くない。
あいつと関わってから、思い通りにならない事にイラっとしたり、自分らしくない事を言ったり、行動したりする。
どんどんと新しい発見が……新しい気持ちが芽生えてくる。
これはもう、自分の気持ちを認めざるを得ないな。
「ミネルー!! ミネル……うぅっ」
僕の名を呼ぶ悲痛な声に、ゆっくりと目を開ける。
「……う、るさい。聞こえている。耳元で叫ぶな」
……ああ、頭がズキズキと痛む。
あの偽物! 思い切り殴りやがって!
「ミネル!? 私が分かる??……ぅぅっ」
「……? 泣いてる、のか?」
僕を見る瞳は赤く、涙で濡れている。
「“アリア”が僕の事で泣くのは悪くないな」
そう呟くと、手を伸ばし、アリアの頬をつたう涙を拭った。
意識を取り戻した事で我に返ったのか、途端にアリアが「止血しなきゃ」と焦っている。
自分のスカートの裾をビリビリと躊躇なく破ると、折りたたんで僕の頭に当てた。
……だから、こいつは……本当にお嬢様なのか!?
僕の前だからいいものの、他の奴の前ではやらないよう、後で叱ってやろう。
あと、ハンカチぐらい持ち歩け。
「人を呼んでくるから、待ってて!」
「待て。やみくもに行くな。あのシジクと名乗った奴が連れて行かなかった仕事場の方へ行け。そこに“本物の”シジクが僕を待ってるはずだ。会う約束をしていたからな」
「えっ? あっ、分かった!!」
今にも走り出しそうなアリアを引き留め、素早く指示を出す。
僕の意図が理解できたのか、こくりと頷くと、今度こそ駆け出して行った。
アリアは変なところで、頭が回るんだよな。
それにしても、まさか偽物が出てくるとはな……。
僕とした事が完全に気を緩めていたようだ。
状況確認もせず、殴っただけで『仕事は果たせた』とか言ってるようなバカだ。
きっとかなりの下っ端か、金で雇われただけの素人に毛が生えただけの人間か……。
犯人は、学校ができる事を面白くないと思っている人物の可能性が高いな。
……“上院”?
いや、それならもっと優秀な連中を雇うはずだ。
という事は──学校内部の可能性が高いな。
生徒か、先生か……学校関係者か。
仮に学校関係者だとしたら、セレスを狙うだろう。
学校側に協力を要請し、動かしたのはセレスなのだから。
そう考えると学校関係者の線も消える。
それとも、僕を狙えば“学校を作る計画”がなくなるとでも思ったのか?
まあ、狙いどころとしては悪くない。
とはいえ、計画が単純すぎる。
つまり犯人は──生徒か。
あれこれ考えている内に、息を切らしたアリアが複数の大人たちを連れて来た。
「ミネル、ごめんね。お待たせ!」
連れて来られた人間の内、リーダー格ぽい男が僕の頭を見る。
おそらく、この人が“シジク”さんだろう。
今にして思えば、こっちの方が棟梁として“しっくり”くる。
「うわぁ、こりゃひどい。《癒しの魔法》が使える奴を連れた来たので……おい! すぐに治療しろ」
「はい!」
“シジク”さんに指示された男は、僕のケガした頭をすぐに治療した。
次第に傷が消え、それと同時に痛みも引いていく。
一回で治った事から考えると、ケガの程度としては、そこまでひどいものでは無かったのだろう。
「すいません。助かりました」
立ち上がろうとする僕を、“シジク”さんがそっと制した。
「かなり出血していたんで、急に立ち上がらない方がいいですよ。……そう、ゆっくりと」
のろのろと立ち上がった僕に、“シジク”さんが改めて声を掛ける。
「はじめまして。シジクです。なかなか来ないから、どうしたのかな? と思っていました」
「すいません」
謝った後、事の経緯を説明しようとすると、アリアが僕の隣にやってきた。
「はじめまして。アリアと申します。お待たせしてすいません。私から何があったのか説明させて頂きます」
僕を気遣ったのか、今までの経緯について、アリアが代わりにシジクさんへと説明する。
「……なるほど。その小屋ってどの辺りか分かります?」
アリアが“偽物のシジク”に案内された小屋の場所を伝える。
「おい、お前ら! 多分、もぬけの殻だとは思うが、どうなってるか見てこい。犯人のヒントになるものがあれば持ってこい!」
「はい!」
「分かりました!」
きちんと統率の取れたチームらしいな。
……ただ、行かせた連中は本当に信用できるのか?
「シジクさん、待ってください」
「どうしました?」
「僕たちを襲った犯人は、今日、約束した時間にシジクさんと会う事を知っていました。それもシジクさんの名前までちゃんと調べています」
「……なるほど。うちの中にスパイ的な奴がいるかもって事ですね?」
シジクさんの言葉に黙って頷く。
……思っていたより、頭の回転が速いな。
「今行かせた奴らは問題ないです。俺の信頼している奴らなんで。それに今日……実は無断欠勤した奴がいるんですよ。状況的にも、そいつが怪しいですね。ただ──」
「分かってます。多分、僕の周囲に……今回の黒幕がいます」
僕がシジクさんと会う事を知っている人物は限られている。
しかも、シジクさんと会う事を決めたのは昨日だ。
両親を通して会う約束をしてもらったから、僕の両親はもちろん知っている。
アリアには今日向かっている途中で伝えた。
だから、両親やアリアには出来るはずないし、そもそもこんな事をするはずもない。
他に今日の事を話した人物は? 思い出せ、思い出せ……。
──運転手!?
運転手には昨日のうちに今日行く場所を伝えてあった!
そう考えると、今、ここにいないのも納得がいく。
普段、家族で出掛ける時はお抱えの運転手に頼むが、僕一人の場合は馴染みの業者を利用する事もある。
顔見知りとはいえ、油断したな……。
ただ、黒幕とは考えにくい。
いつからかは分からないが、“学校を作る計画”が本格的になってきたタイミングで金でも積まれたか?
“シジクの偽物”を追いかけても運転手に辿り着くだけで、黒幕まではいかないだろう。
……戻ったら、運転手を見つけ出すしかないな。
ただ“シジクの偽物”は、この僕にケガさせたんだ。その代償は大きい!!
必ず捕まえて、自分のやった事を死ぬほど後悔させてやる!!!
「ミネル―? 考え込んでるとこ悪いけど、貧血気味だと思うし、今日シジクさんと話すのはやめておく??」
「ああ、すまない。いや、大丈夫だ。すぐに話せる」
シジクさんが「それなら……」と、自分の肩を寄せてきた。
「歩くと少しふらつくはずです。肩につかまってください。仕事場で話しましょう」
「すいません」
シジクさんの肩を借りながら、仕事場までの道を歩く。
アリアが心配そうな表情で、こちらをチラチラと見てくる。
「ミネル、ありがとね」
「……ケガはないのか?」
「うん。ミネルが庇ってくれたから大丈夫だよ。ごめんね。巻き込んで……」
はぁ~、本当にこいつは。
「今更だな。悪いと思ってるなら……」
申し訳なさそうにうつむくアリアへ、言い聞かせるように話を続ける。
「今後もこういう事を思いついたら、真っ先に僕に話せ。そして、巻き込め」
「……へっ? それって……?」
止めたってどうせ聞きやしないんだ。
それなら、僕の見える範囲で行動してくれた方がまだマシだ。
「同じ事は言わない」
「う、うん! 分かったよ、ミネル」
アリアが満面の笑みを浮かべる。
僕の為に泣く顔も悪くないが、僕の言った事で笑う顔はもっと悪くないな。




