14歳、ミネルと人探し
その日の作業は滞りなく、順調に進んだ。
途中から、モハズさんとローさん、そして警備についているヨセさんも顔を出してくれた。
モハズさんが得意げな表情で私を見る。
「調査チームの人たちにも声を掛けといたから! 今後、調査から帰ってきて、手が空いてる仲間は手伝いに来てくれるよ!」
「うわぁ! 助かります! モハズさんありがとうございます!!」
「いいって事よ! あと、ヨセも憲兵の方に声を掛けてくれたって!」
ヨセさんも!!
「ヨセさん、ありがとうございます」
「ああ。何名集まるか分からないが……少しでも集まればいいな」
「はい!」
私が2人の報告に喜んでいると、ヤン爺さんのところへ挨拶しに行っていたローさんが驚いた表情で戻ってきた。
「今ね、ヤン爺さんと話してきたんだけど……頑固で有名なヤン爺さんが、アリアさんに甘いただのお爺さんになってたねぇ。アリアさんは、どんな魔法を使ったの?」
「ま、魔法!? いえいえ、私は何もしてないです」
「何もしてないか……それがよかったんでしょうねぇ」
ローさんは一人、納得したように「うんうん」と頷きながら、微笑みを浮かべている。
その後、3人とも1時間ほど作業を手伝ってくれた。
忙しい中、顔を出してくれただけでもありがたいのに……お手伝いまで!
本当に感謝しかない!!
夕方になり、今日の分の作業は無事終了となった。
現場を片付けた後、来てくれたボランティアの方々にお礼を伝え、その場で解散する。
初日の作業としては上出来! 幼なじみ達も満足そうだった。
明日も学校はお休み。
幼なじみ達に「また明日」と別れを告げ、エレと一緒に“ヴェント”へと乗り込む。
すると、“ヴェント”の扉をコンコンとノックする音がした。
ん? 誰だろう??
疑問に思いながら扉を開けると、そこにはミネルが立っていた。
「帰る前に少しいいか?」
「ミネル?? どうしたの!?」
私とエレが“ヴェント”から降りて、ミネルと話をする。
「明日も多分、今日と同じくらいの人たちが集まる事が予想される」
「う、うん。そうだと嬉しいよね」
「それはいいんだが……問題は平日だ」
平日かぁ……。
私たちは学校があるから、終わってからじゃないと行く事ができない。
参加できたとしても、夕暮れまでの多分1~2時間くらい。
他の人たちにも学校や仕事があるだろうから、簡単には集まれないだろうし……。
集まってくれたとしても指示する人間がいないと、作業を進める事もできない。
ミネルは『平日に集まれる人たちの為にも、前もって指示を出しておかないとな』って言ってたけど。
予想より人が集まったから、指示にも限界があるよね……。
「平日に作業を進めるのは難しいね」
「その通りだ」
私とミネルの話を聞いていたエレも、そっと口を開く。
「とはいえ、平日に作業を進めない事には、学校の完成がどんどんと後ろ倒しになってしまうって事ですよね?」
「ああ。そこで、だ。平日でも滞りなく作業を進められるよう、現場を総合的に見てくれる人間を雇いたいと思っている」
確かに……それなら平日に人を集めても、無駄なく作業を進められる。
「さっそくだが明日、交渉に行こうと思ってる」
「あ、明日?」
「ああ。明日中に1人だけでも見つける事ができれば、明後日以降も問題なく作業を進められる」
……そっか。そうだよね!
「私も一緒に探すよ!」
「……邪魔するなよ」
「わ、分かってるよ!」
本当に、ミネルは……。
エレが「僕も行きたい」と“お願い”してくる。
私としてはエレが一緒でもいいけど……ミネルは?
「ダメだ。いや、正確にいえば、お前よりエレに来てもらった方が助かる。ただ、今日の作業を見ていて思ったが……お前よりエレが指示した方がいい。みんながやる気になっている」
「……へぇ~」
ミネル、そこはさ、もうちょっとオブラートに包んで言ってほしいところだよねー。
「エレ、ごめん。作業を進めたいから……今回は私とミネルで行ってくるよ」
「……残念だけど、分かったよ。アリア、元気出して。アリアがビックリするくらい作業を進めておくから」
「……ありがとう」
エレの励ましが、先ほどのミネルの言葉を肯定されたようで、追い打ちを掛けられた気分……。
それにしてもエレは昔より、だいぶ大人になったなぁ。
……寂しいような、嬉しいような。
その日は、ミネルと明日の待ち合わせ場所を決めて別れた。
次の日、待合場所に到着すると、すでにミネルが待っていた。
ミネルが乗ってきた“ヴェント”に乗せてもらい、「どこから行こうか?」と尋ねる。
「僕たちが通っている学校──“エンタ・ヴェリーノ”を建てた人たちがいる仕事場へ行こうと思ってる」
「あっ! 前に今の学校が建てられた歴史について調べたって言ってたもんね」
ミネルの家に行った日、たくさんある資料の中に書いてあったな。
「ああ。49年前の話だから、その当時の人たちはいないかもしれないが、仕事場自体は残ってる。おそらく、知識や技術は引き継がれてるはずだ」
隣に座りながら、淡々と話すミネルの声に耳を傾ける。
「今回はボランティアではなく、ちゃんとお金を払うつもりだ。話さえ聞いてもらえれば、引き受けないという事はないと思うが……問題はいくら掛かるかだな」
うーん。確かに……。
「まあ、それは交渉次第だとして……肝心の“上院”についても、そろそろ動き出そうと思っている」
──上院!!
ついにきたかぁ。避けては通れない道!
早めにクリアしときたい!!
「そうだね」
「実はお前にはまだ話していなかったんだが、前々から少しずつ動いているんだ」
えっ! そうなの!?
「ルナに生徒たちへの声掛けを頼んだ際、署名も一緒に集めてもらっていたんだ」
「署名?」
「ああ」
キョトンとした私の顔を見て、ミネルが「まぬけな顔だな」と笑う。
一言、余計だから!!
「署名の人数が多ければ多いほど、“上院”は無視できないはずだ」
「そ、そっか! じゃあ、モハズさんやボランティアで集まってくれた人たちにも協力してもらう?」
「いや。一般市民の署名を集めても効果はない。なんせ、学校を認めないだろう“上院”の奴らは、一般市民に変な知恵をつけてもらいたくない奴らでもあるからな」
奴らって……。く、口が悪い。
「そこで、僕たちの学校を軸に署名を増やしていく。ただ、生徒だけだと力が弱い。そこで生徒から自分の親に署名をしてもらうよう頼んでもらってる」
もうそこまで考えて、動いてくれてるんだ!
さすがミネルだなぁ。
「まあ、そうは言っても保護者の署名に関しては、学校全体の約5%くらい集まれば“マシ”だろうな」
「……全然足りないよね」
ミネルが「その通りだ」と頷き、話を続ける。
「そこで、だ。僕たちの親もこの企画に賛同し、署名している事を話してもらう。すでに親には署名をもらっている」
渡された用紙を確認すると、そこにはミネル、エウロ、ルナ、セレスはもちろんのこと、各々の親たちの署名もあった。
あっ、サウロさん、リーセさんのまである。
そして、私の親とエレの分も!!!
私が親の署名を見ていると、ミネルが「お前がヤン爺さんと奮闘している間、エレが頼んでいた」と教えてくれた。
エレ!!
優しい弟だもん。きっと私に気を遣わせないために言わなかったんだ。
……あれ? まだ署名がある。
──カウイ! それにマイヤまで!?
「カウイはお前が手紙で今している事を伝えてあったんだろう? あいつは独断で動いて、親に連絡したみたいだぞ。マイヤはオーンとのやり取りで動いてくれたらしい」
遠くに離れていても同じ事をしてるって、なんかいいな。
オーンも個人ではあるけど署名してくれてるし、これで幼なじみが全員揃った気分。
「これで僕たちの親に恩を売りたい、パーティーなどの社交場に集まった際の話題作りをしたい人たちは署名するだろう」
「うんうん! 後は学校側を巻き込めれば……さらに署名は集まりそうだね!」
ミネルがニヤッと笑った。
あっ、ちょっとミネルの悪さが出ている時の笑い方だ(笑)
「そうだ。署名をしてくれた生徒には……直接僕たちの所に渡しに来てくれて構わないと話しているからな。それだけで、90%以上は署名が集まるはずだ。そして学校を巻き込めれば……親たちの署名も70%以上は固い」
親たちの署名よりも……“直接渡せる”方が気になっちゃったよ。
アイドルのファンサービスみたいな特典だな(笑)
基本セレス以外は、人からぐいぐい来られたりするのが好きじゃないはずなのに……。
「ミネル、ありがとうね」
「何がだ?」
「ううん、ふふっ」
ミネルは普段は自信満々で偉そうなのに、いざちゃんとお礼を言われると素直じゃないんだよなぁ。
「気にくわない表情をしているが……まあ、いい。署名をしてくれた生徒達には、祖父母にも頼むよう伝えている。あの年代は“上院”が無視できない世代でもあるからな。そして何より、じいさん、ばあさんは孫に甘い!」
孫に甘い!!?
……た、確かに。
これは、どこの世界でも共通なんだなぁ。
「“上院”が無視できない、そして許可するしかない所まで持って行くぞ」
「うん!」
どうなる事かと思っていたけど、これで希望が見えてきた!
本人にとっては迷惑な話だったかもしれないけど、ミネルに声を掛けて本当に良かった。
署名の話で盛り上がっている内に目的地へと到着した。
”ヴェント”を降りると同時に、建物の近くに1人の男性が立っている事に気づく。
ミネルがボソッと耳打ちしてくる。
「多分、この仕事場の棟梁だ。今日行く事は事前に話しておいた」
かなり威圧的な顔をしているけど……人を見かけで判断しちゃ失礼だよね。
「お待ちしておりました。ミネル様……それと?」
「はじめまして、アリアです。本日は貴重なお時間をいただきまして、ありがとうございます」
「これはこれは……ご丁寧にありがとうございます。随分としっかりされたお嬢様ですね。改めて、棟梁のシジクです。よろしくお願い致します」
シジクさんは、威圧的な表情とは裏腹に屈託のない表情で笑った。
「すいません。後ろにある建物は仕事場で、お客様が来た時にお話する場所は……ちょっと先にある建物になるんですがよろしいですか?」
「はい、構いません」
そう言うと、シジクさんは私達のペースに合わせ、ゆっくりと歩き出した。
ミネルと一緒にシジクさんの後をついて行く。
5分程度歩いたところで、裏通り沿いにある簡易な小屋へと案内された。
「どうぞ、お入りください」
「失礼します」
中へ入ると、シジクさんに勧められるままに椅子へと腰を下ろした。
「すいません。普段お客様が来ることがほとんどないので、こんな場所しかなくて……」
「いえ。突然のお声掛けにもかかわらず、このような場を設けていただき、本当にありがとうございます。さっそく本題なんですが──」
まずはミネルが簡単に経緯を説明する。
状況を把握してもらったところで、今度は学校を建てるのに必要な知識があり、かつ、現場を管理できるようなレベルの人たちを数名雇う事ができないか相談を持ちかけた。
「……そういう事なら、喜んで協力しましょう。ちゃんとした賃金が発生する仕事のようですしね。こちらが損しない程度にお値段もお安くしますよ!」
「ありがとうございます!」
「ありがとうございます。契約書、金額などについては、後ほど届けさせます」
棟梁が頷き「一緒に頑張りましょう」と力強く言ってくれた。
交渉も順調に進み「時間は無駄にできない。すぐに(学校に)戻るぞ」とミネルが言った。
同意し、慌ただしくシジクさんへの挨拶をすませる。
小屋を出ると、元来た道を歩き、ミネルと一緒に乗ってきた“ヴェント”の所まで戻った。
「……ん? おかしいな。ここで待ってもらうよう言っておいたんだが……」
「いないね?」
そこには“ヴェント”も、運転手さんもいなかった。
2人で周りを見渡して探したけど、離れた場所に移動した訳でもなさそうだ。
見送りに来てくれたのか、シジクさんが戸惑う私たちの様子に気づき、声を掛けてくれた。
「どうしました?」
「いや、待たせていた“ヴェント”が見つからなくて……」
シジクさんも一緒になって近くを探してくれる。
……それでも見つからない。
「よければ、うちの奴(部下)に送らせましょうか?」
「いえ、それは申し訳ないです」
見かねたシジクさんが気を利かせてくれる。
私が遠慮して断ると、シジクさんが笑った。
「構いませんよ。あとで買い物を頼もうと思っていたんで、そのついでだと思ってください」
「ミネル、どうしようか? "ヴェント”もそうだけど、待っていてくれるはずの運転手さんの方も気になるよね?」
「……そうだな。少し待たせてもらって、それでも帰ってこなければお願いしよう。その場合、一旦戻ってから運転手を探してもらった方がいいな」
ミネルの提案通り、しばらくの間、運転手さんが戻るのを待つ事にした。
私たちを心配したのか、シジクさんも一緒に待っていてくれた。
──20分が経過した。
一向に戻ってくる気配がない……。
諦めたように「はぁ~」と溜息をついたミネルが、シジクさんの方へと顔を向ける。
「やはり、一旦戻ろう。……シジクさん、すいませんが中心街の方までお願いできますか?」
「分かりました。部下を呼んできますので、少し待っていてください」
シジクさんが笑顔で手を上げ、小走りに去って行った。
待っている間、ミネルとシジクさんについて話をする。
「いい人そうでよかったね」
「……そうだな」
「私、大工さん? というか、そういう仕事をしてる人たちって、もっと手がゴツゴツしているイメージがあったんだけど、シジクさんの手ってキレイだよね」
私の何気ない一言に、ミネルが顎に手をあてて考え込む。
「……話があまりにもスムーズに行き過ぎたのがずっと引っかかっていた。あの人は、本物の“シジク”さんなのか?」
「えっ!?」
「僕たちが案内されたあの小屋、あまりにも殺風景だった。仕事の打合せをするような場所なら、資料になるような物を置いたり、それこそ客人をもてなすような用意をしておくのが普通だ。だが、あそこには何もなかった」
ミネルの発言に驚くと同時に、さっきまで自分がいた小屋の状況を思い出す。
言われてみると、確かに目立った物は何も置いてなかった。
外観はわりと古い作りだったのに、部屋の中はキレイ過ぎるというか……まるでレンタルでもしたみたいに……。
「このタイミングで“ヴェント”がいなくなっている事も気になる。雇い主の指示を無視し、勝手に移動するなんて余程の事がない限りは有り得ない」
「余程の事って……」
「お前の言う通り、あの“シジク”さんの手には少なからず違和感がある。体つきはがっしりとしていたが、外にいる事が多い仕事にもかかわらず、ほとんど日焼けもしていなかった」
考えるほどに思い当たる事がどんどんと出てきて、体中にぞわっと鳥肌が立つ。
ドクドクと鳴る心臓を押さえるように、手で胸元を覆った。
「それって、やっぱり……」
「ああ。まだ断言はできないが、おそらくは──」
ふいに影が落ちる。
その正体を確かめる間もなく、背後から低い声が聞こえてきた。
「せいかーい」
2人でバッと後ろを振り返ると、木の棒を片手に持った‟シジク”さんが立っていた。
そしてすぐさま、木の棒を私たちに向かって振り下ろした。
強い衝撃に、ミネルと2人、その場へと倒れ込む。
次の攻撃に備える余裕すらなかったけれど、予想に反し、それ以上は何もしてこなかった。
他にも仲間がいたのか、「危なかったな」、「ああ。でも仕事は果たせた」という声と共に足音が遠ざかっていく。
完全にいなくなった事を確認してから、そっと体を動かす。
……あれ?
倒れた時の打ち身的な痛さはあるけど、意識もはっきりしてるし、何より痛くない!?
ひとまず起き上がろうとしたところで、私に覆いかぶさっていたミネルの様子がおかしい事に気がつく。
そこには目を閉じ、頭から血を流しているミネルがいた。




