14歳、土地、トンチ、ヤン爺(前編)
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「あのー、会わせろと言うのは……?」
私が恐る恐る質問すると、ヤン爺さんがキッと私を睨みつけた。
「妻だ」
えーと……。
うん、まずは自分の中で整理しよう。
私が予想していた通り、おばあさんは奥さんの事だった。
でも、ヤン爺さんは一人暮らし。
……という事は?
ローさんの言った通り、奥さんは亡くなっている??
パニックになった私は救いを求め、ローさんを見つめる。
すると、私の聞きたい事が分かったのか、肯定するように小さく頷いた。
──あぁ、詰んだ。
亡くなった人に会わせろという事はつまり、遠回しに譲らないと言われたのかぁ。
はぁ~、どうしよう……と悩んでいたら、追い打ちをかけるようにヤン爺さんが私の方を見た。
「お前さん、さっき『分かった』と言ったな?」
うっ……ヤン爺さん、よく覚えておりますね。
はい、確かに私が言いました。
「……はい」
「さっきの威勢はどうした? ……まあ、いい。『分かった』と言ったからには、お前1人の力でばあさんを連れてこい。そうしたら考えてやる」
……なんだろう。
頑固というか、段々とヤン爺さんが意地悪じいさんに見えてきたよ。
私が遠い目をしていると、オーンがヤン爺さんに交渉を持ち掛けた。
「失礼ですが……奥様は亡くなられてるんですよね? それだと連れてくるのは不可能です。他の条件にしていただけませんか?」
ヤン爺さんが「ふん」と言って、今度はオーンを睨む。
「オーノ? お前の話は聞かん。ウソつきは問題外だ」
……えっ!?
ヤン爺さんの言葉に驚き 、その場にいる全員が目を見開いた。
オーンが、ヤン爺さんの様子をうかがいつつ理由を尋ねる。
「……僕のどこがウソつきだと?」
「オーノという知り合いがおる。わしと近い年齢だが、まだ生きとるぞ。何が言いたいか分かるな?」
私も含め、ローさん以外の人たちが黙り込んだ。
この国は《知恵の魔法》の”ナレッジ”で全国民の名前が管理されていて、すでに使われている名前は使えないというルールがある。
ヤン爺さんは、オーノという名前がウソだと知ってるんだ。
変装したらバレないだろうと軽率に言ってしまった──私のミスだ。
「私が……」ヤン爺さんに謝ろうとする私をオーンが手で制し、ゆっくりとウィッグを外した。
「ご指摘の通り、僕……いえ、私はオーノではありません」
オーンが頭を下げ、謝罪する。
「私はオーン……この国の王、サール国王の息子です。今度は嘘ではありません。王子という立場から、身分を隠しておりました。大変、失礼な事をしました。申し訳ございません」
そういうと、オーンは再び深々と頭を下げた。
「えっ! 王……子!?」
オーンのカミングアウトにヤン爺さんではなく、ローさんが驚いている。
ローさんも本当にごめんなさい!!
「ふん、それも本当かどうか分かったもんじゃないな。……だが、さすがにすぐバレるような嘘はつかんか」
ヤン爺さんは、オーンが“王子”だと言っても特に驚いていないようだ。
「だが、最初に嘘をついた事は変わらんからな。王子だろうがなんだろうが、もうお前さんの話は聞かん」
隣にいるエレが、ボソッと「譲ってもらうの難しいんじゃない? 別な土地を探そう」と私にだけ聞こえる声で話し掛けてくる。
確かに……現段階で譲ってもらえる確率はかなり低い。
気持ちを切り替えて、別な土地を探すのも手かもしれない。
ただ、気になる。
おばあさんに会わせてくれたら……と言ったヤン爺さんは、本当に意地悪だけで言ったのかな?
それに何もしていないに簡単に諦めるのもイヤだ。
「分かりました」
気づけば、自然と言葉に出していた。
「ア、アリア!?」
エレ達は私の回答にビックリしている。
「ほぅ、言ったな? 他の人に手伝ってもらうのは禁止だ。手伝ってもらった事が分かった時点でこの話は一切なしだ。分かったな?」
ヤン爺さんがニヤッと笑う。
こ、このタイミングで初めて笑うとは……なかなかの性格!
「分かりました。1人でやります。ただ、私は奥様の事を知りません。奥様の情報を人に聞いたり、調べたりする事は許してください」
「……まあ、それはよかろう」
「ありがとうございます」
──結局、その日はヤン爺さんと無謀な約束だけをして帰る事になった。
帰りの“ヴェント”の中、私たちはローさんに嘘をついていた事を謝罪した。
ローさんは怒るどころか、むしろ理解を示してくれた。
「驚きはしたけど、オーン殿下の立場を考えると怒りとかはないよ」
「ありがとうございます」
「……それよりもアリアさん、大丈夫?」
「そうだよ、アリア! あんな約束して大丈夫なの!?」
隣に座っているモハズさんも心配そうに見つめてくる。
「正直……分かりません」
分からないけど……あの土地しかない! って思ってしまった以上、やるしかない!!
私と向かい合わせで座っているオーンとエレにも、改めてお願いする。
「ヤン爺さん……土地については、私1人に任せてもらえないかなぁ? 2人には申し訳ないんだけど、先に土地を買う為に必要な資金を集めておいてほしいんだ」
私の言葉に、エレやオーンではなくモハズさんが反応する。
「本当に1人でやるの!?」
「はい。ヤン爺さんと約束しましたから……」
「でもさ──」
「分かったよ、アリア。ミネルさん、オーンさんと一緒に資金集めを進めるよ」
モハズさんの言葉を遮り、エレが“私のお願い”に答えてくれた。
そして、オーンも……。
「資金集めの方は心配しなくていいよ。アリアは土地……いや、ヤン爺さんの事だけに集中して」
「えっ! オーン!! 本当にアリア一人にやらせるの?」
信じられない! とばかりに、モハズさんがオーンを問い詰める。
「はい。アリアがやると言ってるので」
「言ったからって……エレも!?」
「僕はアリアの好きなようにさせてあげたいだけです」
責めるような口振りにも動じず、オーンもエレも‟私のお願い”を尊重してくれる。
黙って話を聞いていたローさんも、私たちを後押しするように、そっと口を開いた。
「モハズが何を言っても無理そうだ。あとはアリアさんに任せよう」
ローさんに優しく諭された事で、モハズさんは渋々ながらも納得してくれた。
「皆さん、ワガママを聞いてくださって、ありがとうございます。何かあれば、すぐに報告します」
……こうして、土地については私個人で動く事になった。
帰宅後、私はまず最初に、ヤン爺さんの言った事について考えてみた。
“亡くなった人に会わせろー”なんて……まるでトンチのようだな。
この世界に写真があれば、写真の中でおばあさんに会えますよ、とか言えるんだけどなぁ。
んー、おばあさんの特徴を聞いて、似顔絵を書く、とか……?
“おばあさんとの思ひ出物語”を書いて、おばあさんとはこの本の中で会えます、とか??
……いや、どれもピンとこないな。
ふぅ~。
それにしてもおばあさんについての情報が少なすぎる。
ヤン爺さんとは5年以上の付き合いになるローさんも、おばあさんが8年前に亡くなったとしか知らないみたいだし……。
でも、ヤン爺さんは、おばあさんの情報を“人に聞いていい”と言った。
ふふふ……明日から“ヤン爺さん”におばあさんの事を聞きに行くぞー!!
まさかヤン爺さんも自分が聞かれる対象だとは思うまい。
ヤン爺さんに聞くことで、何か手がかりになるヒントが見つかるかもしれないしね!
──そして、次の日。
幼なじみ達には事情を説明し、私は“土地のみ”に集中させてもらう事になった。
誰も「やめろ」とは言わずに応援してくれた。
頼もしい幼なじみ達で本当に良かったぁ。安心して、他の事を任せられる。
まぁ、ミネルには「お前が関わると大体、大ごとになるな」とは言われたけど……。
学校帰り、まっすぐヤン爺さんの家へと向かう。
玄関をノックすると、私が来るとは思っていなかったのか、普通にヤン爺さんが出てきた。
あっ、尋常ではないくらい嫌そうな顔をしてる。
私も顔に出るタイプだけど、ヤン爺さんも大概だな。
「おばあさんの事は“人に聞いていい”と言ってたので、直接聞きに来ました」
「なっ! それは、わし以外に、だ!」
「ヤ……えーと……“わし以外”とは言ってませんでした」
……名前を言えないって不便だなぁ。
なんとか呼ばせてもらう許可も貰わないとな。
「ヘリクツだな。帰れ!」
挫けず交渉したけど、取り付く島なし。
明日も学校だし、そろそろ帰らないと……。
んー、平日は少しの時間しか粘れないなぁ。
それでも毎日通おう。
いずれ話してくれるかもしれないし。
それからというもの、毎日ヤン爺さんの所に通った。
大抵、すぐに「帰れ」と言われ、時には居留守を使われたりもした。
そんな日々が1ヶ月以上も続いた。
私が苦戦している間も、幼なじみ達は自分達の役割を着々とこなしている。
さすがだ。言い出しっぺの私が一番何もしていない。
役立たず過ぎて、へこむなぁ。
でも……そんな何の進展もない私に、幼なじみ達は一言も「諦めたら?」とは言わないし、責めもしない。
一番言いそうなミネルも何も言わない。
『私もやるわ!』と言い出しそうなセレスすらも見守ってくれてる。
みんなの気遣いに涙が出そう。
……いや! へこんでる暇なんかない!!
今日は週末だし、さっそくヤン爺さんの所へ行こう!!
朝食の後、エレにヤン爺さんの所へと出掛ける事を告げた。
どうやらエレも今日は午前中から、ミネルと一緒に投資してくれそうな人に会いに行くらしい。
「必ず、落として来るから」
そう言って、自信満々に笑ってみせる。
落とす……交渉の事だよね?
エレが言うと、違う意味に聞こえてくる。
そういえば、ヤン爺さんに効かなかったエンジェルスマイル。
気にしてたのか、あれ以来、エレの笑顔に磨きが掛かったような……?
さて……私は、と。
そうだ! お昼を作って、ヤン爺さんと一緒に食べよう!!
サンドイッチを大量に作り、ヤン爺さんの元へと向かう。
到着してすぐに玄関をノックするが……出てこない。
もう一度ノックすると「うわぁあ!」と叫ぶ声が、家の裏側から聞こえてきた。
な、何が起きたの!?
急いで声のした方へと走ると、裏庭でヤン爺さんが倒れてる!!
「だ、大丈夫ですか!?」
近くへと駆け寄り、声を掛ける。
すると、ヤン爺さんが「うるさい」と返事をした。
意識はあった。よかったぁ。
差し出した私の手を払うと、「つまずいただけだ」と言い張り、1人で立ち上がろうとする。
次の瞬間、「うっ」と唸ったヤン爺さんが、再びその場へと座り込んでしまった。
「足……痛いんですか?」
「ふん! 大丈夫だ。帰れ」
口では強がりを言ってるけど、相当痛いのか、いまだに立ち上がれずにいる。
「私の肩に手を掛けて、立って下さい」
「うるさい。そんな事を言っても何も教えん。帰れ」
んー! 頑固!!
でも、今はそんな事を言ってる場合じゃない!
「こんな事で、絶対に恩に着せたりしませんから! いいから! 言うことを聞いてください!!!」
あまりの迫力に圧倒されたのか、ヤン爺さんが無言のまま私の肩に手を回す。
「とりあえず、家に入りましょう。その後、お医者さんを連れてきますから」
足を引きずるヤン爺さんに肩を貸しながら、玄関のドアを開ける。
家に入り、ヤン爺さんを椅子へと座らせた。
「お医者さんを呼ぶ前に、まずはスリ傷を洗いましょう。ヤン爺さん、タオルはどこですか?」
「……あの棚の1番上の引き出しだ」
タオルを取り出し、近くにあった桶も借りて水を溜める。
ヤン爺さんの傷口を濡れタオルで洗いながら、ふと我に返った。
一大事とはいえ、勝手にお家に上がったし、名前まで呼んでしまった。
けど、怒られてないから……セーフ!?
その後、お医者さんに来てもらい“捻挫”という診断を受けた。
「2週間ぐらいで治るかな? 腫れが引くまで安静にね」
「ありがとうございました」
お礼を言い、玄関先までお医者さんを見送る。
てっきり魔法で治すのかと思ったけど……違った。
《癒しの魔法》は1日に使える魔力が決まってるから、余程の事がない限りは自然治癒なのかな?
「そうだ。お腹すきません? サンドイッチを作ってきたんです。一緒に食べませんか?」
……さっきから、怖いくらいにヤン爺さんは黙ったままだ。
とりあえず、カゴに入れていたサンドイッチを取り出し、テーブルの上に並べた。
図々しいかな? とも思ったけど、何も言わないし、私も椅子に座らせてもらおう。
それにしても、本当に一言も発しないな……。
ヤン爺さんはそのままサンドイッチを手に取り、一口食べた。
そして──
「んっ!? トマトが入ってるのか!!」
「は、はい! ダメでした?」
「トマトは嫌いだ」
「そうなんですね。体にはいいんですけどねー」
あれ? 今、普通に会話したな?
ヤン爺さんの様子をうかがうと、嫌いだとは言いつつも食べてくれている。
「ばあさんもよくサンドイッチを作ってくれた。いつも2つ作るんだが、『体にいいから……』という理由で、1つには必ずトマトを入れておった」
「へぇ~、ヤ……体の事を考えてくれてたんですねぇ」
「それはどうかの? ばあさんがトマト大好きだったからな」
「あはは。それでも1つにはトマト入れていないのは、奥様の優しさですよ~」
その後も他愛のない話をしつつ、一緒にお昼を食べた。
しばらくして食事も終わり、片付けながらヤン爺さんに声を掛ける。
「その足では買い物も大変だと思うので、必要なものがあれば何か買ってきますよ?」
「……いらん」
「そうですか……じゃあ、作りすぎたのでサンドイッチ置いて帰りますね。よければ、夕飯にしてください」
ヤン爺さんが僅かに眉を動かす。
「……帰るのか?」
「はい。ケガもされてるので、今日は帰ります。明日、様子を見にまた来ますね」
「ふん。もう来なくいていい」
心配ではあったけれど、その日は挨拶をして家へと帰った。
明日も学校はお休みだし、また何か作って持って行こう。
足が完治するまでの間は……なんか卑怯な気もするし、おばあさんの事を聞くのはやめようかな。
偶然だけど、おばあさんはトマト大好きという情報は手に入ったなぁ。
次の日は朝からヤン爺さんの家へと向かった。
玄関をノックはしたものの、すぐに思い直し、自分でドアを開ける。
「人の家を勝手に開けるな!」
「足を怪我されてるので、こちらに来れないかなぁ? と思い、勝手に開けちゃいました。入っていいですか?」
「……勝手にしろ」
「お邪魔します」
家に入り、椅子に座るヤン爺さんに声を掛ける。
「朝ご飯は食べましたか?」
「まだだ」
「よかった。作ってきてたので用意しますね。まあ、またサンドイッチですけど……」
昨日と同じようにテーブルの上へサンドイッチを並べる。
何も言わず、サンドイッチを口に含んだヤン爺さんが「またトマトが入っとる」と言った。
「あっ、はい。でも、もう1つには入れてませんよ」
「ふん」
黙々とサンドイッチを食べながら、ヤン爺さんが独り言のように口を開く。
「お前さんに借りはつくらん。……ばあさんの事を教えればいいか?」
えっ!? それは嬉しい!!
……だけど。
「それなら‟ヤン爺さん”の名前を呼ぶ許可をください」
「……ん?」
「だって、初めて名前を呼んだ時に『名前を呼ぶことを許可した覚えはない』って。でも名前を呼べないのって不便だなって」
「お前さん……気にしとったのか」
だって、呼ぶなって言われたし……。
「お前さんは正真正銘のバカじゃな」
「…………」
「まっすぐ過ぎる。非常に損をした、不器用な……不幸な生き方だ」
「確かに不器用な生き方かもしれませんが、損してると思った事も不幸だと思った事もありません」
あっ! でも、幼なじみ達とのスペックが違い過ぎて、不公平だと思った事はあるか……。
ヤン爺さんが「ふっ」と笑った。
最初にニヤッと笑った時の意地悪な笑い方とは違う、自然な笑顔だ。
「勝手に呼べ」
「ありがとうございます!」
「……ばあさんもまっすぐ過ぎる人だった」
想い馳せるように、ヤン爺さんがそっと目をふせる。
「ばあさんについて、聞きたい事があれば聞け」
「い、いいんですか!?」
「ああ。ただし、足が完治するまでの間だ」
「十分です! ありがとうございます。お礼に足が完治するまでの間はご飯を作ってきますね!」
私のセリフにヤン爺さんが微妙な顔をした。
あれ? なんか変な事言った!?
「なんでお前さんがお礼をするんだ。それが損しとるんだ」
えっ! まさかの返し!!
相変わらず口は悪いんだけど、どこか私を気遣うような言葉に、なんだか嬉しくなってくる。
「ふふっ、あはは。ヤン爺さん、そこは『ご飯が食べられる!ラッキー!!』ぐらいでいいんですよ。ヤン爺さん風にいうなら、損してますよ?」
「うるさい!」




