14歳、モハズさん+意外な人との再会
──モハズさんと会う約束の日
黒髪のウィッグをつけて変装したオーンと一緒に、モハズさんとの待ち合わせ場所へとやって来た。
もちろん、エレも一緒。
一般家庭の人たちが多く住んでいる町という事もあり、目立たないよう服装も控えめにした。
私個人としては、いつもこんな格好でいいんだけどなぁ。
広場の中心にある噴水の近くで待っていると、背後からいきなり声を掛けられた。
「わっ!」
「う、わぁぁあっ!!」
大声で驚かされ、思わず悲鳴を上げてしまう。
横にいたエレが声のした方へと勢いよく振り向き、私を庇うように構えた。
「ごめん、ごめん。そんなに驚くとは思わなくって~」
お腹を抱え、ケラケラと笑っているのは──モハズさん!
「アリア、久しぶりだね!」
「はい、 お久しぶりです! あれから1ヶ月経ちましたけど……元気そうですね、モハズさん」
「うん、元気、元気! もうさ、ずーーーっと雑用だから体力持て余してるよ~」
相変わらずで何より。
暇って聞いてたけど、本当だったんだなぁ。
……あれ?
驚いてたから気づいてなかったけど、モハズさんの横にいる人って──
「ヨセさん!?」
「久しぶりだな、アリア」
な、なんでっ!?
予想外のヨセさん登場に驚いてると、その横でモハズさんも驚いている。
「ええぇぇー! 2人って知り合いだったの!?」
「あっ、はい。学校の行事に“テスタコーポ大会”というのがあるんですが、その時に知り合った方なんです。ヨセさん、覚えててくれたんですね」
「ああ。後にも先にもあんなに息の合ったチームワークを見た事はなかったし、1回でステージをクリアされたのも初めてだったから……よく覚えてるよ」
記憶をたどるように語りながら、ヨセさんがニコッと微笑む。
最初に会った時は、背も高いし、がっしりとした体格だから威圧感があったんだよね。
だけど、試合の後には私やエウロに向かって、今みたいに笑ってくれたんだよなぁ。
懐かしいぃ~!…… って、どうしてヨセさんがここに??
私が質問する前に、モハズさんが事情を説明してくれた。
「私さ、例の件で危険が及ぶかもしれないからって、雑用してるじゃない? その関係でヨセは私の警護をしてくれてるの」
「……そうだったんですね」
ヨセさんもゆっくりと頷く。
「ああ。学校を卒業して、今は憲兵の仕事をしてるんだ」
憲兵……うん、適職かも! 全く持って違和感なし!!
それにしてもスゴイ偶然……。人の縁ってすごいなぁ。
「ねぇ、アリア。ところで……」
モハズさんがオーンとエレをチラチラと見ている。
「ああ、すいません。紹介しますね。弟のエレです」
「初めまして、エレです。アリアがいつもお世話になっています」
エレが得意のエンジェルスマイルで挨拶する。
「~~っ! な、なんてキレイな顔してるのー!!!」
はい、これでもうモハズさんはエレの虜になった模様。
興奮気味にはしゃぐモハズさんに、続いてオーンを紹介する。
周囲にバレないよう、念のため、声の音量を下げる。
「モハズさん、気がついてないですよね? もう1人はオーンなんです」
「えーーっ! か、髪!! って、ん!? よくよく見ると、確かにオーンだねー!!」
「ご無沙汰してます、モハズさん。僕の存在が他の方にバレると大変な事になると思って、今日は変装してるんです。なので、今日はオーンではなく“オーノ”でお願いします」
“オーノ”という偽名での紹介が面白かったらしく、モハズさんはまたまたお腹を抱えて笑っていたけど、ちゃんと承諾してくれた。
もちろん、ヨセさんも承諾してくれた。
ひとしきり笑った後、モハズさんが「立ち話もなんだから……」と話を切り出した。
「とりあえず、お店にでも入る? それか、ここの広場に休憩できる場所があるんだけど、そこで話す?」
「……広場で話しましょうか」
広場の方が、お店より人も少なそうだし。
「オーケー! じゃあ、出店で飲み物でも買って話そうー!」
モハズさんが案内してくれた出店も広場の中にあった。
そこで飲み物を買うと、休憩できるスペースまで移動し、みんなで向かい合うように椅子へと腰を下ろす。
ただ、ヨセさんだけはモハズさんから少しだけ離れた場所に立っている。
あくまで警護として来てるから、距離を取ってくれてるんだろうな。
「モハズさん。ヨセさんが聞いても問題ない内容なので、一緒に聞いてもらってもいいですか?」
「私は構わないよー!」
モハズさんがヨセさんを呼び寄せる。
少しだけ戸惑った様子だったけど、ヨセさんはすぐに近くまで来てくれた。
「で、今日はどしたの??」
「実は……」
私は“学校を作ろう”としている事を、一から十まですべて説明した。
調査チームの力を借りて、学校を建てる土地を探してもらいたいこと。
学校に通う予定の子供たち、その親など一般の方たちにも手伝ってほしいと思っていること。
そして──
「その橋渡しをモハズさんにお願いしたいんです」
真摯に、自分の正直な気持ちを伝える。
聞き終えたモハズさんの表情は、喜びに満ち溢れているように見えた。
ヨセさんはどう思ったかな?
チラッと様子をうかがうも……表情からは何も読めない。
警護中だから表情を崩していないだけかもしれないけど……。
すると突然、モハズさんが私の手をギュッと握った。
「最高だよ! アリア!! ほんっとうに大好き!! 私に出来る事があれば何でも協力する! アリアからの頼みっていう事もあるけど、自分の為にも協力したい!!」
「ありがとうございます。そう言ってくれると嬉しいです!」
知り合いとはいえ、賛同してくれるかどうか不安だったから「協力したい」って言ってくれて本当に嬉しい!!
モハズさんにお礼を言い、せっかくなのでヨセさんにも聞いてみる。
「警護中だとは思いますが、良ければヨセさんのご意見もお聞きしたいです」
「そうだな……俺個人としては賛成だ。協力したいと思ったよ」
「ありがとうございます」
ヨセさんの言葉が気になったのか、オーンが反応した。
「ヨセさんは、他の方に協力を仰ぐのは難しいと思っていますか?」
「……ああ。同じ職場や学校に通っていた人に声を掛けたとしても、協力してくれるのはほんの僅かだろうとは思ってる」
「やはり、そうですか……」
ヨセさんの意見にモハズさんが「えっ? えっ? なんで??」と驚いてる。
オーンがモハズさんに理由を説明した。
「モハズさんはアリアの知り合いなので、やろうとしている事に協力的だと思うんですが……普通に考えて、一介の学生が言っても信じてもらえない内容だろうなとは思っていました」
「んー、なるほどねぇ。確かにアリアと知り合いじゃなかったらって考えたら、そんな夢物語みたいな話、信じなかったかも……」
そうだよねぇ。やっぱり“学校を作る”ところを見せて、信じてもらうしかないよなぁ。
その為にも、早急に学校を建てる場所を決めて、土地を手に入れるしかない!!
「モハズさん! とりあえず、学校を建てる場所を探したいと思います。調査チームでそういった事に詳しい方はいらっしゃいませんか?」
モハズさんが腕を組み、「んー」と考えだす。
「あっ! 先輩でいるいる。確か一昨日かな? 調査から帰ってきてるから会えるよ! すぐに会う?」
「はっ、はい! お願いします!!」
私の返事を聞いたモハズさんが「オーケー! ついてきて!」と言って、軽快に歩き出した。
は、早い! すごい行動力!!
私たちも急いで、モハズさんの後を追う。
「これから紹介する人は“ローさん”っていう人なんだけど、土地マニアでさ。『生きてる間に色んな土地を見てみたい』からって、調査チームに入った人なんだ」
土地マニア……前の世界にもそういう呼ばれ方をする人たちはいたけど、似たようなものかな?
世の中にはいろんな人がいるんだなぁ。
「調査チームにはさ、調査結果を報告する場所があるんだよね。ここから歩いて20分くらいのところかな? そこに行けば、ローさんに会えると思うよー。それと──」
前を進むモハズさんが、くるっと後ろを向き、私の方を見る。
「さっきの学校に通う子たちにも手伝ってほしいっていう話。私が通ってた学校なら紹介できると思うよ!」
得意げに笑うと、モハズさんは再び歩き始めた。
「本当ですか!?」
「うん。私の通ってた学校って、働く為に必要な知識を学ぶだけの学校だから、15歳で卒業なんだよね。だから、ほとんどの子が学校を卒業したら働くはずだよー」
まさに協力してほしいと思っている子たちがいる学校なんだ!
「ありがとうございます。学校を建てる場所が決まったら、ぜひ紹介してほしいです!」
「オーケー! まかせて!」
よかった。
上手くいくかは分からないけど、モハズさんのお陰で紹介はしてもらえそう。
──20分後、目的地へと到着した。
目の前には2階建ての大きな建物。階数自体は高くないけど、その分、敷地面積が広い。
ここが調査チームの職場なんだぁ。
「ここでちょっと待ってて!」
言われるがまま、入り口の前でモハズさんが戻ってくるのを待つ。
10分ほど待っていると、モハズさんと一緒に1人の男性が現れた。
年齢は……30代後半くらい?
たれ目だからかな? 人の好さそうな顔をしている。
モハズさんが「この人がローさん」と紹介してくれた。
オーンがローさんの前に立ち、丁寧に頭を下げる。
「初めまして。オーノと申します。どうぞ、よろしくお願いします」
さすがオーン、しっかりしてるなぁ……って、私も挨拶しなきゃ!!
「アリアです。お忙しいところ、お呼び立てしてすいません」
「エレと申します。よろしくお願いします」
ローさんは穏やかに微笑みながらも、注意深く私たちを見つめている。
……なんか面接されているような気分。
「ローです。よろしく」
お互いの自己紹介が終わると同時に、モハズさんが事情を説明し始める。
「さっき簡単には説明しましたけど、この子たちが学校を建てるのに適している場所を探してるんです」
モハズさんって、敬語も使えたんだな。
年上のサウロさんにもタメ口だったから、勝手に“タメ口キャラ”かと思ってた。
「そうだねぇ~」
あっ! 口調が優しくなった。
きっと、モハズさんや親しい人に対しては、こういう話し方をする人なんだろうな。
初対面という事もあって、私たちは警戒されてるのかもしれない。
「……町から離れた場所でもいいなら、適してる場所はあるんだけどねぇ~」
「ちょっと! ひねり出してくださいよ!!」
モハズさん……先輩に対して、かなりの無茶ぶり!!
でも、このちょっとのやり取りだけで、2人の仲の良さが伝わってくる。
「あっ!!」
突然、ローさんが大声を出した。
「整備されてなくてもいいかい? 元々農地として使われていた広大な土地なんだ。町からもそんなに離れていないし、今は何にも使われていないから放置状態のはず……」
やった!
オーンやエレと視線を交わし、笑顔で頷き合う。
「全然大丈夫です!」
喜んで返事をしたのも束の間、ローさんの表情が急に渋くなった。
「んー、ただ持ち主がねぇ~。私は知り合いだから“ヤン爺”って呼んでるんだけど、なかなかの頑固じいさんでねぇ~。譲ってくれるかなぁ?」
「……紹介だけでもしてもらえませんか?」
私がローさんに頭を下げて頼むと、オーンとエレも「よろしくお願いします」と頭を下げた。
モハズさんもローさんに必死にお願いする。
「ローさん、私からもお願いします! 前に話してた子、アリアなんだ。私の恩人なんだ。だから……」
「……そうか。モハズやサウロ達が話してた子か」
……話してた子?
モハズさん、私の事をローさんに話してくれてたのかな??
「そういう事なら……分かった。紹介しよう」
「ありがとうございます!」
私たちが口々にお礼を伝えると、ローさんが静かに微笑んだ。
「モハズの事もあるから紹介するというのもあるけど──君たちは、多分……格式高い家の子だろう? 町の子たちと似たような格好をしているけど、話し方や立ち振る舞いを見てて思ったよ。そんな子たちが、当たり前のようにお礼を言って、当たり前のように頭を下げる。そんなところにも好感を持ったよ。君たちならヤン爺から、土地を譲ってもらえるかもしれない」
モハズさんが私の横に立ち、ボソッと呟く。
「ローさんも私と同じ、町育ちの人間だよ。それもあって仲良くなったんだ」
そうだったんだ……。
私はローさんの話を聞いて、調査チーム内でも差別があるんだなと思った。
だって、“当たり前の行動”をしただけで、見ず知らずの私たちに地主のおじいさんを紹介してくれるんだから……。
「調査チームへの報告は、後で行うとして……まずは土地を見に行こうか。土地が気に入らないと話にならないと思うからね」
「ローさん、いいね! そうこなくっちゃ!! 善は急げだよね~!!!」
モハズさん、敬語とれてますよ……。
先輩でも遠慮がないな(笑)
“善は急げ”という事で、さっそくローさんの用意してくれた“ヴェント”に乗り、みんなと一緒に土地を見に行った。
確かに荒れ放題ではあるけど、立地、広さは申し分ない!
……というか、希望していた条件にマッチし過ぎるくらい理想の土地!!
なんでだろう?
『ここしかない!』って思った。完全に直感だけど。
私たちは改めて、ローさんに“ヤン爺”さんの紹介をお願いした。
ローさんは快く承諾してくれた。
そうはいっても、いきなり“ヤン爺”さんのところに押しかけるのは失礼かと思い、ローさんには「後日でも大丈夫です」と伝える。
すると、「あの人は頑固な上に気分屋だから、むしろいきなり行った方がいい」と返ってきた。
“頑固な上に気分屋”という話を聞いて、ちょっと……いや、かなり不安な気持ちもある。
けれど、ローさんの言葉を信じ、私たちは再び“ヴェント”に乗り込んだ。
そのまま“ヤン爺”さんが住んでいる場所へと向かう。
話によると、“ヤン爺”さんは町から少し離れた所に1人で住んでいるそうだ。
しばらく“ヴェント”を走らせると、小さな古民家のような建物が見えてきた。
どうやらあそこが“ヤン爺”さんの家らしい。
家の前に“ヴェント”を停めると、ローさんが私たちに声を掛ける。
「まずは私がヤン爺と話してくるから、ここで待ってて」
「分かりました」と答え、“ヴェント”の前でローさんが戻ってくるのを待った。
……何分くらい経っただろう?
ローさんが神妙な面持ちで戻ってきた。
……ダ、ダメだったのかな!?
「話だけは聞いてやるって。話だけはね……」
戻ってくるまで時間も掛かってたし、最初は断られたんだろうな……。
かなり頼み込んでくれた事を考えただけでも、ローさんには感謝しかない!!
それに……何より会ってもらえる!!
「本当に本当にありがとうございます!」
3人で改めてお礼を伝えると、ローさんは「ヤン爺を呼んでくる」と言って、再び家に入っていた。
それから、5分もしない内にローさんと“ヤン爺”さんが家から出てきた。
うっ!
確かに……顔だけ見たら、とっても頑固そう!
オーンが先に「はじめまして。オーノと申します」と挨拶し、続いて私とエレも自己紹介する。
その上で土地がほしい理由を、できる限り丁寧に説明した。
「──というわけで、ぜひ、土地を買い取らせてほしいんです!」
“ヤン爺”さんに今できる精一杯のお願いをした。
まあ、「買い取らせてほしい」と言ってはみたものの、肝心のお金はまだないけど、ね。
でもそこはミネルがいるから、きっと大丈夫!
「ローにどうしてもと言われ、仕方なく話だけは聞いてやった。これ以上、ガキのお遊びに付き合ってる暇はない。帰れ!」
ど、怒鳴られてしまった。
やっぱり、子どものお遊びと思われちゃったのか……。
どうしようかな? と私が悩んでいると、横にいたエレが“ヤン爺”さんに近づいた。
そして、“ヤン爺”さんの手を握り、にっこりと笑った。
「一目見て、おじい様の持ってるステキな土地しかないって思ったんです。どうかお願いします!」
でた! 必殺技! エンジェルスマイル!!
決まるか!? 決まっちゃうのか!?
「か、え、れ!!」
一瞬、“ヤン爺”さんがひるんだように見えたけど……気のせいか。
エレのエンジェルスマイル。私なら一発でやられてしまうんだけどなぁ。
うーん、手ごわい。
エレは……笑顔のまま凍り付いてる。
こんな姿は珍しい。貴重だよ。
その後も、あの手この手で頼み込んではみたものの、「帰れ」の一点張りだった。
これは長期戦になりそうだな……。
私はローさんとモハズさん、ヨセさんに声を掛けた。
「ヤン爺さんを紹介してくださり、ありがとうございます。あとは私達だけで交渉します。今日はお忙しい中、付き合っていただき、本当にありがとうございました!」
私が3人にお礼を言い、頭を下げると“ヤン爺”さんが口を開いた。
「なんじゃ、まだ帰らんのか。それと、お前に軽々しく名前を呼ぶ許可をした覚えはないぞ」
うっ、名前を呼ぶのもダメなのね。
……でも挫けないし、諦めない!!
私は頭を上げ、まっすぐな目で“ヤン爺”さんを見た。
「名前は……すいません。せめて土地を譲れない理由だけでも教えてください。理由を聞くまでは帰りません!」
「私からもお願いします」
ローさんが助け船を出してくれ、さらにはモハズさんも加勢してくれる。
しつこく粘り続けた結果、“ヤン爺”さんが「はぁ~~」と、大きなため息をついた。
「……分かった。そこまで言うなら、ばあさんに会わせてくれるなら……考えてもいい」
えっ! おばあさん? ……奥さんの事かな??
でも、“ヤン爺”さんは一人暮らしだって、ローさんが言ってたような……。
ん? 行方不明ってこと!?
いや、待てよ。
おばあさんと言っても奥さんとは限らない……。どちらにせよ、探し出せれば考えてくれるんだ!
「分かりました!」
私が勢いよく返事をした同じタイミングで、ローさんが声を上げる。
「そんな……。それはあまりにもこの子たちが可哀想すぎます。ヤン爺の言ってるおばあさんは、8年も前に亡くなってるでしょう!?」
…………へっ? そ、そうなの!?




