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14歳、波乱の幕開け(後編)

「うわぁぁぁ!!」


モハズさんの苦しそうな声が辺りに響き渡る。


祈るような気持ちでその光景を見つめていると、モハズさんを包み込んでいた光が徐々に薄くなってきた。

数分後、光が完全に消え、縛られているモハズさんの首がカクッと下に落ちる。



……気絶したの?

と思ったら、すぐにむくっと顔を上げた。


「……あれ? みんな怖い顔してるけど、どうしたの? って、えっ! なんで縛られてるの??」


オーンとサウロさんが顔を見合わせ、 安堵の表情を浮かべる。

よかった! いつものモハズさんに戻った!!


「すまんが、町に戻るまでほどく訳にはいかないんだ」


動揺するモハズさんに、サウロさんが事の一部始終を説明する。

話が進むにつれ、モハズさんの表情がどんどんと曇っていくのが分かった。


2人の様子をうかがいつつも、私は圧迫された時についた首の痣と、引っ張られた時に挫いた足の治療を受ける。


話を聞き終えた後、モハズさんの顔は暗闇の中でも見えるくらいに青ざめていた。

サウロさんは冷静に言葉を選びながら、操られた時の状況についてモハズさんに確認し始める。


「そこで、だ。あの道を確認しに行った時の事を覚えているか?」

「あの時……飛んで視察をしていたら、真っ黒なフードを被った人が立っていて……。何か知ってるかもしれないと思って、話を聞こうと下に降りた。その人に近づいた瞬間、後ろから誰にか襲われて……そこから意識がない」

「意識を失っている間に《闇の魔法》を掛けられてたってことか……」


サウロさんの言葉にモハズさんが「多分……」と言って、こくりと頷く。


「薄れていく意識の中で声が聞こえてきたんだけど、たぶん2人じゃなかった。少なくとも3人、いや、4人はいたんじゃないかな」

「そうか……。何の目的かは分からんが、《禁断の魔法》を使った時点でいい集団ではなさそうだ」


空を見上げたサウロさんが、おもむろに深呼吸する。

一瞬、寂しげな表情をしたような……?


「さてと、今日はもう遅いから寝るとしよう。悪いが、モハズは手を縛ったまま、俺とビアンで交代で監視させてもらう。アリアは……1人で寝るのは不安だろう。オーンと同じテントで寝てくれ」

「はい、ありがとうございます」


モハズさんも「分かった」と小さい声で返事をする。

見ているこっちも辛くなるくらい、モハズさんが苦しそうだ……。


サウロさんに言われた通り、テントに入って寝る準備をしたものの、さっきの事を思い出して目をつぶるのが怖い。

また襲われたら……って思ってしまう。


私の気持ちを察したオーンが「手を繋いで寝ようか?」と手を差し出してくれた。


「いや、大丈夫。ありがとう」

「アリアは頑なだね。セレスだって事情を話せば分かってくれるよ」


さすがオーンだな。セレスに悪いと思って、手を繋がなかった事にすぐ気がついたんだ。


「服の裾だけでも掴んだら?」

「……ありがとう。そうする」


迷った結果、オーンの服の裾をそっと掴ませてもらい、そのまま目を閉じる。

モハズさんへの魔法も解け、もう大丈夫だと思っても、あの時の恐怖が蘇ってしまう。



結局、あまり寝つく事ができずに朝を迎える羽目になった。


他のみんなも、ぐっすりと休んだような顔はしていなかった。

特に、あんなに元気だったモハズさんは憔悴しきった顔をしている。


朝食を済ませると、すぐに最初の合流地点である“ルリラッサ”の町へと出発した。


「ビアンとオーンが先頭で、俺とモハズがその後ろを歩く。一番後ろはリーセとアリアで……行こう」


指示を出した後、サウロさんはモハズさんの両手を縛っている紐を自分の片手へと結んだ。

いざとなった時、モハズさんが逃げ出さないようする為なんだろうな……。


最後尾を歩きながら、小声でリーセさんに心配事について尋ねる。


「モハズさんは、この後どうなるんですか?」


「過去の事例でいうと《闇の魔法》で操られた人は、その人自身に過失はないから、基本、罰則はないはずだよ。“負の心”って誰にでもあるものだからね。ただ今回の場合、モハズさんは勝手な行動をとってしまったという落ち度もあるからね……。良くて、罰則か注意。最悪、調査チームを外れることになるだろうね」


調査チームを外れる──要するに、辞めなければいけないって事!?


「そんな……」

「モハズさん自身もそれは分かっていると思うよ。あとは上がどういう判断を下すかだね。こればかりは私も分からないな」


調査に出発した最初の夜、モハズさんとテントの中で色々な話をした。

その際、モハズさんは調査チームへ入った経緯についても教えてくれた。



『私ね、本当に普通の家で生まれたの。15歳で学校に通えなくなっちゃって、当時は魔法も使えなかったから親の跡を継ぐしかなかったんだぁ。野菜を売る仕事をしてたんだけど、魔法が使える最後の年、18歳の時に奇跡が起きたの! ある日ね、パッと野菜を運びたいーって思ったら、突然、自分の体が宙に浮いたの!! 魔法を使える人は国で特別に訓練が受けられるから、それで魔法も扱えるようになったの。このまま頑張れば調査チームに入れるかも! っていう夢もできて、本格的に武術を学んで、20歳の時に調査チームの試験に受かったんだぁ。自分の人生が変わった瞬間だったんだよね』



ものすごく嬉しそうに、キラキラした目で話してくれた事を覚えてる。


良いとはいえない環境の中、一生懸命に努力して受かったモハズさんの事を考えると、いたたまれない気持ちになる。

昨日サウロさんが一瞬寂しそうな表情したのは、モハズさんを思っての事かもしれないな。




夕方、“ルリラッサ”の町へ着いた。

最初に泊まった宿屋の前まで行ったところで、サウロさんが私とオーンの方を見る。


「2人はここに泊まって、明日“ヴェント”で帰ってくれ。俺たちは別な宿屋に泊まり、明日モハズを診てもらう。今回は3日間という短い期間で終わってしまってすまない。その代わりと言ってはなんだが、今回の“あの道”について、何か情報が分かれば必ず教える」


サウロさんの言葉に、モハズさんが黙ったまま頭を下げる。

下げる前、申し訳なさそうな、何か言いたそうな表情をしていたように見えた。


オーンが返事をするよりも早く、サウロさんにダメ元で頼んでみる。


「すいません! モハズさんと2人きりでお話をさせてもらえませんか?」

「それはダメだ」


やっぱり、ダメか。速攻で断られたな。

じゃあ……


「オーンやリーセさんが同席とかでもダメですか?」

「じゃあ、俺が同席する」


サウロさんがまたまた速攻で答える。

申し訳ないけど、できればサウロさんはいない方がいいんだよなぁ。

どうしようかな……。


困っている私に気づいてくれたのか、オーンとリーセさんが助け舟を出してくれた。


「僕が同席します。何かあれば《光の魔法》を使えますし」

「私も同席しましょう。2人も同席すれば、さすがに大丈夫だと思います」


2人からの後押しに、少々悩みつつも何とか了承してくれた。

同席する2人に私の事を頼んだ後、サウロさんが「どこか部屋を用意する」と告げていなくなる。


しばらく待っていると、サウロさんは部屋の鍵と共に戻ってきた。


「宿屋の人にお願いして、広めの部屋を1時間ほどお借りした。俺たちは1階のレストランにいるから、話し終えたら来てくれ」

「我儘を言ってすいません。ありがとうございます」


サウロさん達にお礼を言い、借りた部屋へ私とオーン、リーセさんとモハズさんの4人で入る。

1日目に泊まった部屋とは異なり、テーブルと椅子もある広い部屋だ。


モハズさんと私は椅子に座り、リーセさんとオーンは一歩引いた場所に立っている。

会話に入らないという、2人なりの気遣いなんだろうな。


「モハズさん、私に何か言いたい事があるんじゃないですか?」

「……私、アリアに謝りたくて……」


モハズさんの目から涙が溢れてきた。


多分、今1番動揺していて、精神状態が不安定なのはモハズさんだろう。

当たり前だ。色んな事が起きたにもかかわらず、当の本人に記憶はないのだから……。


「私ね、サウロって女性が得意じゃないのか、仲良くなって信頼を得るまでに結構時間が掛かったの。それなのに、アリアはすぐにサウロと仲良くなったから、私の中で“面白くないな”っていう気持ちが少し芽生えてしまったんだ。そういう気持ちに付け込まれて……アリアを襲っちゃったんだ……と思う」


嗚咽まじりの声で、モハズさんが懸命に話してくれてる。


サウロさんが私と普通に話せたのはきっと、昔から親同士が知り合いという事もあったし、何よりエウロと幼なじみだからだ。


「それは私の勝手なやきもちであって、アリアを憎いとかいう気持ちは全くなかった。たった2日間だったけど、アリアとはこれからも仲良くしたいって思えるほど好きになった。その事は信じて……ほしい」


やきもちなんて好きな人がいれば、誰にでも生まれうる感情だ。

そのちょっとした“負の心”が出てしまったタイミングで、モハズさんは《闇の魔法》を悪用する人に出会ってしまっただけなんだ。


「……でも、私のしたことは許されることじゃない事もちゃんと理解しているつもり。自分の勝手な行動で……多分、私は調査チームをクビになる。自業自得だけど、最後にちゃんと謝りたかったんだ。怖い思いをさせて、怪我をさせて、本当にごめんね」


昨日の夜の事を思い出すと、自然と体が震えてしまう。

それでも何とか気持ちを奮い立たせ、自分の両頬をパンッと思い切り叩いた。


よしっ! 震えが止まった!

私の行動に驚きの表情を見せるモハズさんの手を、両手でぎゅっと握り締める。


「私も、モハズさんとはこれからもずっと仲良くしたいと思ってます。調査チームへ参加する事、最初は緊張してたけど、モハズさんのお陰で楽しく過ごせました。今回、命令を背いた件に関しては怒られてもしょうがないかもしれませんが、調査チームを辞める必要はないと思います。というか、これからサウロさん達にも説明して、辞めさせないようにお願いするつもりです」


モハズさんの涙が止まる。

手を握るという私の行動や、告げたセリフに驚いているようだ。


話を聞いていたリーセさんが私の隣までやってくる。


「アリア、気持ちは分かるけど……」

「リーセさん、ここにサウロさん達を呼んできてもらえますか? それと、今ここで話した内容は他言無用でお願いします」


モハズさんの気持ちは、今の時点で絶対にサウロさんには知られたくないはずだ。

リーセさんが「分かった」と頷き、急いでサウロさん達を呼びに行ってくれた。


待つ間、私の横に来たオーンが「アリアの思うように」と笑ってくれた。


「どうした、アリア?」


事情を聞いたサウロさん達が部屋へと入ってくる。

ありがとう、オーン。さっきの言葉、力が湧いたよ!


「モハズさんは調査チームを辞めさせられる可能性があると聞きました。まず、それは本当ですか?」


サウロさんがチラッとモハズさんを見る。


「私の事は気にしなくていいから、アリアの質問に答えて」

「……そうだ。俺たちの一存では決めれない事だからな」

「そうですか……。質問なんですが、なぜその可能性があるんですか? 私は辞めさせられる理由はないと思っています」

「えっ?」



リーセさんから話を聞いた時、1つ疑問に思った事がある。


「今回《闇の魔法》に操られなければ、モハズさんは注意か罰則で済んだはずですよね? それに加え、命令通りに行動していたにもかかわらず、たまたま《闇の魔法》で操られてしまった場合、その人自身に過失はなく、罰則もないと聞きました。つまり、モハズさんの命令違反と、《闇の魔法》に操られた件は別々に考えるべきです。ひとまとめにして判断すべきではないと思います。なので、辞めさせられるかもしれないというのはおかしいのではないでしょうか」


サウロさん達が黙って私の話を聞いている。


「それなのに、辞めさせられる可能性があるんですよね?」

「……ああ」


サウロさんが私の言葉に頷く。


「それは襲われた私が上流階級の人間だからですか?」


リーセさんから「最悪、辞める事になる」と聞いた時、何となく話の辻褄が合っていないような気がした。

理由を知れば、私が責任を感じてしまうかもしれないと思い、言わなかったのかもしれない。


私の質問にみんなが黙った。

黙るという事は“イエス”と言っている事と同じだ。


「……だとしたら、私がモハズさんを辞めさせないようお父様に頼みます」

「アリア、さすがに親に頼むのは……」


私の言葉にリーセさんが口を挟んだ。


「私が上流階級の人間じゃなければ辞めさせられずに済んだのなら、それを止めれるのも私──正確には私の両親しかいないと思います。悔しいですけど……私には力がありませんので、今は親に頼む事しかできません。それでも、今モハズさんを助けなかったら、私は今日のことを一生後悔すると思います。私は、権力を人の夢や希望を奪うためではなく、人を救うために使いたいです!」


私はモハズさんと出会い、改めて、自分は恵まれているんだと実感した。

たまたま良い家に生まれ、当たり前のように何不自由のない暮らしをしている。


それを“自分だけの当たり前”で終わらせたくないって、漠然とではあるけど、話しててそう思った。


私の訴えに、サウロさんがゆっくりと口を開いた。


「そうだな、アリアの言う通りだ。上流階級の人間を襲ったからという理由だけで、辞めさせられるなんておかしい。平等じゃない。……それは俺自身も思っていたはずなのに……な。 上の人間が決める事だから……と最初から諦めていた。 起こった事についてはちゃんと報告するが、モハズは俺達が絶対に辞めさせない!」


サウロさんの言葉にビアンさんとヤイネさんも力強く頷いた。


「ああ」

「その通りですね。モハズさんは大切な仲間ですから」


泣き止んでいたはずのモハズさんの目に、再び涙が溢れてきた。

さっき私を止めようとしたリーセさんが、柔らかな笑みを浮かべている。


「うん、やっぱりアリアはいいね」

「へっ?」

「勝手に親の力を使ってはいけない、甘えてはいけないっていう先入観があったんだけど、思えば親の力で助けてもらった事も沢山あったはずなのに……ね。うん、私も協力します」


そんな中、モハズさんが涙を流しながら、私の近くまでやってきた。


「本当にありがとう。アリアが困った時、つらい時には必ず、駆けつけるから。必ず、助けるから。今日のこと、絶対に忘れないから」

「……モハズさん。ありがとうございます。私はモハズさんの事、大好きですから!」

「アリア~! 手を縛られてなかったら、抱きつきたかったよぅぅ」

「じゃあ、私が……」


拘束されているモハズさんの代わりに、私がそっと抱きしめる。


2人で笑い合っていると、ビアンさんとヤイネさんが話し掛けてきた。

さっきまでの険しい顔とは打ってかわって、優しい表情だ。


「アリア、ありがとう。また」

「はい。また会いましょう!」


ビアンさん! 初めて名前を呼んでくれた!

そして「また」って言ってくれた!!


「アリアさん、本当にありがとうございます。もし、私たちが上の判断に従う事しか考えていなかったら、きっと……大切な仲間を失っていたかもしれません。また機会があれば、ぜひ、調査チームに参加してください。アリアさんなら、いつでも歓迎します」

「ありがとうございます。そう言ってもらえて嬉しいです!」


ヤイネさんの温かい言葉、嬉しいな。

その場を締めるように、サウロさんが調査チームのメンバーに声を掛ける。


「じゃあ、俺たちはそろそろ行こうか。アリア、ありがとう。俺は後悔する所だったかもしれない。この借りは必ず、返す!」

「か、借り? 大げさですよ!」

「いや、少なくとも俺にとっては大げさじゃない。……それじゃあな」


サウロさん達がそのまま部屋を出て行こうとしたので、オーンと一緒に慌てて最後の挨拶をする。


「ありがとうございました! またお会いできたら嬉しいです」

「3日間、お世話になりました。ありがとうございました」


サウロさん達は笑顔で去って行った。

大変だったけど、最後の最後で笑顔でお別れ出来て、本当によかった。


きっと、調査チームのメンバーとはまた会える。

その時に気兼ねなく、笑顔で会えるという事が何より嬉しい。


ふと、オーンが呟くように話しかけてくる。


「アリア、ごめんね。僕は助けられなかった」

「そんな事ないよ? オーンがいなければ、私は……今ここにいなかったかもしれないし、モハズさんも元に戻っていなかった。それにオーンには勇気をもらったよ」

「……ありがとう。最後、笑顔で終われるとは思ってなかったんだ。アリアのお陰だね」



3日間だけの短い旅だった。

だけど、モハズさんとの出会いは私を変えるきっかけをくれた。


私は自分がすべき事を見つけた。


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[一言] おおっ!何て勇敢なんだろう~アリアは~ アリアちゃんカッコイイ女の子だね! オーンの気持ちも膨れ上がってる見たいだね~
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