14歳、オーンの素顔と本音
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「あれ? 起きてたんだ?」
焚き火の前に座るオーンに、調査チームのメンバーが起きないよう小さい声で話し掛ける。
「うん。なかなか寝付けなくて、気晴らしに外に出たんだ。アリアこそ、どうしたの?」
「……まあ、私も似たようなものかな」
本当はモハズさんの寝相の悪さで起きちゃったんだけど……。
「私も少しだけここに居ていい?」
「もちろん」
「ありがとう」
「……そういえば、アリアとこうやって2人でゆっくり話すのは初めてだね」
確かにそうかもしれない。
今までオーンと2人で何かをするっていう事がなかったもんな。
パチパチと揺れる炎を見ていると、ふいにオーンが口を開いた。
「そういえば、アリアはどうして調査チームを希望したの?」
「んー、単純に興味があったからかな? 将来のヒントになるかもしれないし……」
「……将来? アリアは働くの?」
オーンの言いたい事は、よく分かる。
この世界では、格式高い家に生まれた場合、仕事をせずに家庭へ入る女性が多い。
生活に困る事がない分、そもそも働く必要がないしね。
中にはルナのお母さんであるリュアさんのように、子供を産んだ後も働く女性はいるけど、ごくごく稀な存在だ。
とはいえ、結婚しても仕事を続ける世界にいた私にとって、この世界の“普通”という考え方は関係ないって思ってる。
まあ、その為には理解のある人と結婚しなきゃいけないけど……。
「うん。できれば、ずっと仕事というか、仕事に限らず、興味がある事はしていきたいって思ってるよ。オーンは?」
「えっ?」
「将来どうするの? 何かやりたい事ってあるの?」
オーンがきょとんとした顔で私を見ている。
「アリア忘れちゃった? 僕は第1王子だからね。父の跡を継ぐ為に、必要な知識や能力を身につける勉強をするよ」
「忘れてないけど……跡を継ぐの?」
素朴な疑問をぶつけただけのつもりだったんだけど、なぜかオーンは驚いたように目を見開いている。
……と思ったら、すぐにくすくすと笑いだした。
どうやらツボにハマったらしく、笑い声が次第に大きくなっていく。
「あははっ、そんな質問をする人はこの国でアリア以外いないんじゃないかなぁ?」
今まで見せたことのない顔でオーンが笑っている。
いつもは軽く微笑むだけなのに……。
しばらくの間、オーンは笑い続けていたものの、徐々に落ち着いてきたらしい。
軽く咳払いをすると、再び小さな声で話し始めた。
「ああ、可笑しかった。うるさかったかな? みんな起きないといいけど……」
「テントから離れてるし、大丈夫じゃない? それより、そんなに変なこと言った?」
「……そうか。冗談でもなく、本気で言ってくれたんだね。……いや、変な事は言ってないよ」
さっきまで笑っていたオーンが、急に真面目な表情で私を見る。
「アリアは僕が父の跡を継がない、要は“王にならない”道を選ぶかもって思って聞いたんだよね?」
「う、うーん……そういう事になるのかなぁ? 私はただ、跡を継ぐ為の勉強ってしなきゃいけない事ではあるけど、オーンがやりたい事なのかな? と思って」
「今の僕にとって、それは難しい質問だな。跡を継ぐ道しか学んできてないからね」
「じゃあ、今回の経験や高等部での生活で何か見つけられるかもね」
私の何気ない言葉に、オーンの顔が一瞬険しくなった。
すぐにいつものオーンへと戻ったけれど、どこか無理をしているようにも感じられる。
「……見つけられたとしても、結果として出来ないなら意味がないんじゃないかな?」
「なんで出来ないの?」
今度は何気なくではなく、しっかりとした意思を持って話し掛けた。
“出来ない”と決めつけているオーンの気持ちを探るように、真正面から問いただす。
オーンの表情が一瞬どころか、私から見ても分かるくらいに険しくなった。
「僕は将来、跡を継ぐ事が決まってるからだよ!」
声が荒立っている。私の質問を不快に感じているのが、ありありと伝わってくる。
そりゃ、そうだろうな。
オーンが遠回しに何を言いたいのか気づいていたくせに、あえて口にしたから……。
オーンは、いずれサール国王の跡を継ぎ、国王になる。
やりたい事や夢を持ったとしても、国王になる自分はそれが出来ない事も分かってるから、見つける必要はない、いや、見つけないようにしているんだろう。
その事を分かっていて私が問いただしたから、不快に感じたんだろうな。
まあ、分かってて問いただす私も、大概、性格が悪いのかもしれない……。
オーンの誰に対しても平等に接する姿勢は尊敬しているけど、徹底されたポーカーフェイスにはずっと違和感があった。
多分、オーンには“この人だけは!”っていう特別な人がいなんだろうなって思ってた。
そのオーンが大声で笑ったり、不快に思って声を荒げたりする姿を見てると、不謹慎だけど嬉しいなぁ。
……じゃなかった。ちゃんと説明しなきゃ!
「ごめん、言い方が悪かったよね。誤解しないで聞いてほしいんだけど、私は国王が急にいなくなって揺らいでしまう国より、国王がいなくてもちゃんと成り立つ国の方がいい国、強い国なんじゃないかなって思うんだ。それは“国王なんて必要ない”、“跡は継がなくてもいい”という事を言いたいわけではなく、いざという時、代わりとなって助けてくれる人が周りにいた方が素敵な国になるんじゃないかなって。信頼できる人が多ければ多いほど、オーンが出来ないって思ってる事も、出来るようになるんじゃないかな?」
大丈夫かな? ちゃんと伝わってるかな?
少しだけ不安に思いつつも、黙って私の声に耳を傾けてくれているオーンを信じて話し続ける。
「他の幼なじみ達だって、オーンが『手を貸してくれ』って言えば助けるし、将来の王妃様(願わくばセレスだと嬉しいけど……)が片腕になってくれる可能性だってあるよね? オーンの周りには手を貸してくれる人がたくさんいると思うよ。それとも、オーンは周りの人が信用できない?」
さっきよりも落ち着いた表情をしたオーンが、私の質問に微笑みながら答える。
「アリアの声は聞いてて心地いいね」
「……ちゃんと答えてほしいんだけど?」
はぐらかされたように感じ、今度は私が不快げに顔をしかめる。
「ごめん、ごめん。ちゃんと答えるよ。でも、心地よく感じるって僕にとってはすごい事なんだ」
「??」
「小さい頃から王子ってだけで、僕に媚びへつらったり、嘘をつく人は多い。権力を得る為だけに近づいてくる人もいるし。そういう人に多く出会ってきてるから、普通に会話をしていても警戒しちゃう癖ができてるんだ」
わずかに目を伏せながらも、オーンの口調は穏やかなままだ。
「この人は何の目的で言ってるんだろう? とか、観察というか、ついつい分析してしまって……。だから、話を聞いていて“心地いい”っていうのは僕にとって最大級の褒め言葉でもあるし、アリアを信頼しているよっていう意味なんだ」
「そっかぁ。そう思ってくれて、ありがとう。もちろん、私以外にもいるんだよね?」
「……そうだね。少なくともセレスやルナ達の事も信頼しているよ」
「よかった。国の事だけ考えているオーンも立派で素敵だと思うけど、できれば自分の事もちゃんと大切にしてほしい」
余計なお世話かもしれないけど、信頼できる人がもっともっと増えていってほしいな。
王子や次期国王である前に、オーンは私にとって“大切な幼なじみ”だから。
「自分の事も……か。そういえば以前、アリアに『オーンは意外にいじわるだ』って言われた時の事を覚えてる?」
「うん、覚えてるよ」
あの時、驚いた表情をしていたオーンが印象的だったから覚えてる。
「アリアに言われて、無意識のうちに素の部分を出していた自分に驚いたんだ」
「あはっ、素の部分って。じゃあ、本当のオーンはいじわるなんだ」
「多分ね。ずっと、そういう自分を出してもいいのかなっていう葛藤があったんだけど、素の自分を晒け出せる人……側にいて、ちゃんと呼吸が出来る人がいるって大切だよね。……アリアの前では本当の僕を見せてもいいのかな?」
「もちろん! 自然体なオーンでも、幼なじみのみんなはきっと受け入れてくれるよ!」
オーンがボソッと「みんなじゃないんだけどな……」と呟いたような気がするけど、聞き間違いかな?
「?? ごめん、よく聞こえなかった」
「いや、いいんだ……。例えばだけど、もしアリアが王妃になったとしたら、僕を助けてくれる?」
「……王妃じゃなくても必ず助けるよ」
「今、けん制した?」
私の答えに、オーンが冗談っぽく笑いながら返す。
王妃じゃなくても助けるって言ったのは嘘じゃないけど、私自身、王妃になるのはセレスだと思っているから、冗談でも自分が王妃になるなんて言いたくなかった。
その事に気づいて、からかってくるオーンはやっぱり意地悪なのかもしれない。
……でも、それも嬉しいな。
ふと空を見上げる。
暗闇に浮かぶ満天の星たちがキラキラと輝いていて、ものすごくキレイだ。
こんなにキレイな星空は初めて見るなぁ。
オーンもつられるようにして空を眺めている。
「キレイな星空を眺めながら散歩したいよね」
「本当にね。さすがに許可なく歩き回るのはダメだよねぇ」
オーンの言う通り、散歩したい気分ではあるけど……。
「近場ならいいぞ。ただし、俺の見える範囲でな」
突然の事に驚き、声のした方へと顔を向ける。
そこにはサウロさんが立っていた。
「サウロさん! すいません、起こしちゃいましたか?」
「いや……たまたま目が覚めた」
サウロさんの言う「たまたま」が本当かどうかは分からないけど、折角だからご厚意に甘えちゃおう!!
「すいません、10分ほど歩いたら戻ります」
「アリア、本当に行くの?」
「うん。こんな経験ないかもしれないし、ね」
私がすくっと立ち上がると、サウロさんが「オーンはどうすんだ?」と聞いた。
「……アリアと一緒に行きます」
「おう、行ってこい。2人とも、いいか? 俺の見える範囲だからな!」
「はーい」
サウロさんの念押しに、ウキウキしながら返事をする。
そうと決まればと、早速オーンと2人、一面に広がる星空を眺めながら歩きだした。
「アリアはたまに遠慮がないよね」
「好奇心が勝っちゃうんだよねぇ」
「好奇心か……その通りかもね。アリアはいつも楽しそうだ」
オーンが納得したように笑う。
そして──
「もっと自分の事を大切に、か。……うん、確かにそうかもしれない。アリアが言ったんだからね? 後悔しないでよ」
「こ、後悔? なんで!? しないよ?」
「言ったね? ……よし、まずは僕のすべき事が分かったよ」
何かを決心したようなオーンの表情。
それがオーン自身の為になる決断だったとしたら嬉しいし、応援したいな。
10分後、 約束 通りサウロさんの元へと戻り、1日目の旅を終えた。




