14歳、恋バナで盛り上がりました
出発の朝。
緊張? わくわく? からか、早く目が覚めてしまった。
いち早くレストランで朝食を済ませ、宿屋の入口で調査チームの人たちを待つ。
今いる町は“ルリラッサ”という人口200人くらいの小さな町だ。
調査チームがよく立ち寄る町でもあるから、民宿が多いらしい。
そして、これから1日半かけて向かう場所は“スクルシュード地域”という名前がつけられている。
国の所有地ではあるらしいけど、国土自体が広すぎて、行った事のない場所もまだまだあると授業で学んだ記憶がある。
外の気持ちいい風を感じながら待っていると、サウロさんとビアンさんが2頭の馬と一緒に現れた。
挨拶を交わした後、2人は食料やテントなどの荷物をテキパキと馬の背に乗せ始める。
「私も手伝います」
「ありがとう。じゃあ、入口に置いてある荷物をここまで運んでくれるか?」
サウロさんが手を止める事なく指示を出す。
「はい」と返事をし、私は1週間分の食料を馬の横まで運んだ。
ささやかながらも2人を手伝っていると、オーンや他のメンバーも次々にやってきた。
「よし! 荷物も乗せ終わったな。その間に全員揃ったし、出発するか」
「そうだね! 今回は10代のオーンとアリアがいるから、いつもと違う緊張感があるねー」
モハズさんが嬉しそうに話している。
「俺とビアンが馬を引く。そして……そうだな、最初は俺とオーンが先頭で歩こう。オーン、地図を見ながら行く道の指示を頼めるか?」
「分かりました」
オーンがうなずき、渡された地図を広げる。
自分の荷物を背負い、各自の準備が整ったところで“スクルシュード地域”に向かって出発した。
町を出てからまだ15分ほどしか経っていないはずなのに、家や建物などが一切見えなくなる。
辺り一面に広がっているのは、飾り気のない自然のままの野原。
見慣れぬ風景に感動していると、モハズさんがにこにこと笑いながら私の隣にやってきた。
「多分だけど、あと3時間くらい歩いたら足場が悪い道になるよ」
「そうなんですね」
「うん、うん。今の内に体力を残しておいた方がいいよっ。ところで……」
途端にモハズさんの表情がガラリと変わる。
目をキラキラさせながら、興味津々といった様子でこっそり耳打ちしてきた。
「ねぇねぇ、アリアはさ、サウロの弟とオーン、どっちが好きなの?」
「へっ!?」
「ふふふ。とぼけちゃって~。サウロがね『弟は俺より先に結婚するかもしれない』って言ってたから、アリアの事かな~と思って。でもさ、昨日会ってみたら……オーンともいい感じじゃない? で、どっちが好きなのかな~って」
モハズさんは、恋バナが好きなのかな……!? ニヤニヤとやけに楽しそうだ。
オーンと“いい感じだった”って、どこでそう思ったのかな? 謎すぎる。
「楽しそうなところ申し訳ないですが……お互いに恋愛感情とかはないです。もちろん、友人としては好きですけど。それに私には“カウイ”っていう婚約者もいますし……」
“仮”婚約者だけどね。
「サウロから婚約者の話は聞いてるよっ。でも仮なんでしょ? まあ、仮から恋愛に発展という展開もあるかあ……それはそれでいいねー!」
「た、楽しそうですね」
「うん! 恋愛話だーい好き!!」
やっぱり。目が輝いてるもんなぁ。
「でも、そっかぁ。アリアはどちらも好きではないんだね」
「エウロも……あっ、エウロはサウロさんの弟なんですが、オーンも、とてつもなく美人で可愛い婚約者がいますから」
「知ってる、知ってる。ええと、セレスちゃんとマイヤちゃんでしょ? 有名だもん。すっごい美人さんだよね~。あれくらい美人だったら私も人生変わってたわ。多分、もう結婚してたかも(笑)」
「結婚? モハズさんがいくつか分からないですが……早くないですか!?」
見た目は、20代前半に見えるから、結婚という発言に驚いてしまった。
……実はもっと上なのかな!?
「22だよ。女性って15歳から一人前のレディじゃない!? だから結婚してる人も多いよ~。特に普通の家に生まれた子はね」
“普通の家に生まれた子”……という言葉に、改めて自分は恵まれた人間なんだという事を痛感した。
私はたまたま裕福な家に生まれたから、15歳になっても当たり前のように高等部に行って学ぶ事ができる。
けれど、金銭面などの事情から高等部への進学が難しい場合、学校を辞めて働く子も多いって聞いた。
誰にだって平等に学べる機会はあっていいはずなのに……な。
「おーい! そんなにへこまなくてもいいんだよ。いい子だねぇ、アリアは」
「あっ、すいません。……で、何の話でしたっけ?」
「そうそう、アリアの幼なじみ達って、もう親の仕事を手伝ったりとかしてるでしょ? だから2人の事も知ってるんだよね。ルックスもいいし、その上、優秀だから有名だよ~」
さすが! 私の幼なじみ達はどこに行っても目立つし、有名になっちゃうんだなぁ。
「はい。そのセレスとマイヤが、オーンとエウロの婚約者なので……」
「確かにあの2人と比べると、アリアは……可愛さは負けてるかぁ。でも親しみやすさはあるよ。中身で勝負だ!」
本人を目の前に可愛さは負けてるって……。
モハズさんって、清々しいくらい正直者なんだな。
というか、勝負も何も……さっき「恋愛感情はないです」って言ったんだけどな。覚えてないのかな?
「アリアは可愛いよ」
ん? 後ろを振り向くと、微笑んでいるリーセさんと目が合った。
どうやら話を聞いていたらしい。
「リーセってば、聞いてたの?」
「はい。正確にいえば、途中からモハズさんの声が大きくなってきたので聞こえてきましたよ。モハズさん、アリアは2人に負けないくらい可愛いですよ」
リーセさん、優しいフォローありがとうございます!
お世辞でも嬉しいです!!
「へえ~……って、アリア! 誤解しないでね。可愛くないわけではないよ? ただ比べたら……って話よ? いや、比べたらも失礼か……私ってなんでこういう事言っちゃうかなぁ」
モハズさんが自分の言った事に頭を抱えている。焦ってフォローしようと必死だ。
ついつい思ったことを口に出しちゃう人なのかな?
……だとしたら、私と同じタイプかも。
私は自分が有名じゃない事も、一般人って事もよーく分かっている。だから、本当に気にしなくていいんだけどな。
モハズさんに「大丈夫ですよ、全然気にしてないんで」と声を掛けていると、いつの間にかリーセさんが私たちの横へと移動していた。
「私が言うのも何ですが、1週間もあればアリアの良さや、可愛さが分かりますよ。アリアとは妹のルナを通じて何回か会ってるんですが……会えば会うほど、どんどんアリアに惹かれていきますよ。少なくとも去年のテスタコーポ大会で、アリアに関わった上級生たちはみんなアリアに興味津々だったしね。大会が終わった後もよく話題になってたからね」
リーセさんが私に向かってにっこりと微笑んだ。
そういえば、リーセさんって褒め上手だった。嬉しいけど、急にハードルを上げられた気分……。
「リーセって、アリアの事が好きなの?」
モハズさんの唐突な発言にビックリした。どうしてそういう流れになったの!?
「そうですねぇ……」
リーセさんがチラッと私を見た。
『私に気を遣わず、正直に言って大丈夫です!』と、目で訴えかける。
「今のところ恋愛感情はないですけど、可愛いと思っているのは間違いないです。妹以外で可愛いと思えたのは初めてなので、好きになる可能性は高いかもしれませんね」
「きゃー! まさかのリーセとだったの!?」
いやいや、リーセさんの優しさがモハズさんのテンションを上げちゃったよ。
リーセさんは気にせずニコニコしてるし……これは話題を変えるしかない!!
「モハズさんは好きな人いるんですか?」
「えー! 私!?」
なかば無理やりではあるけれど、何とかモハズさんの方へと話を持っていく。
話題を振られたモハズさんはというと、さっきまでのハキハキした言動とは異なり、急にモジモジとし始めた。
「……うん。長ーい片思いだけどね」
「そうなんですね!」
「きゃー、恥ずかしいね!」
「どんな人なんですか?」
モハズさんはさらにモジモジし始め、先頭を歩いているサウロさんを見つめている。
……も、もしかして、サウロさん!?
いや、たまたま見ていただけかもしれないし……。
「その人は2つ上なんだけどね。顔はかっこよくて、背も高くて、最初は『見た目が好みのタイプ!』と思って浮かれてただけなんだけど……その人の事をどんどん知っていく内に、その、かっこいいだけじゃないんだよね。普段は明るいんだけど、調査チームの仕事をしている時の真面目な面とか、みんなを引っ張っていくところとか……ギャップというか、惹かれるところが多いんだよね」
モハズさんが照れながらも色々と話してくれた。
これはやっぱり……もしかしなくてもサウロさんだ。間違いない。
モハズさんの2つ上って事は24歳で、サウロさんの年齢だ。さらに調査チームの仕事って言っちゃってるし……。
一緒に聞いていたリーセさんもサウロさんの事を話していると気がついたようで、2人で顔を見合わせる。
『気づいていないフリをしましょう』と、またしても私が目で訴えかけると、リーセさんが優しく笑いながらこくりと頷いた。
「好きな人の事を話している時のモハズさんって可愛らしいですね。すいません。年上の方に可愛らしいは失礼かもしれないですけど……」
「えー! 私が!? いや、そうかなぁ~」
顔を赤らめたまま、モハズさんが嬉しそうに答える。
やっぱり恋をしている女の子は可愛いな。
セレスもオーンの話を時々するけど、途中から自分の話になっちゃうんだよな、セレスって(笑)
しばらく歩いていると、突然サウロさんが足を止め、みんなの方へと振り返った。
「ここからは道も細く、足場が悪くなる。行く前に一旦、お昼休憩するぞー」
「はい」
サウロさんの指示に従い、近くの木に馬の手綱を固定すると、みんなで昼食の準備を始める。
今日の昼食は宿屋のレストランで用意してもらったサンドイッチで、夕食や朝食と同じくらいに美味しかった。
みんなが食べ終わったのを確認すると、サウロさんがすぐに「そろそろ行こうか」と声を掛けてくる。
言われるがまま手早く片付け、再び歩き出した。
「安定した場所で寝床を確保する為にも、日が暮れる前には岩場を抜けたいと思ってる。休憩時間が少なくて申し訳ないが、頑張ってくれ」
「はい!」
力強く返事をしたまでは良かったけど、本当に足場が悪いなぁ。
確かに、ここでテントを張って寝ることは避けたい。寝られる気もしないし……。
登り道に差し掛かり、だんだんと息も上がってきた。
傾斜は緩やかだけれど、岩がゴツゴツとしていて歩きにくい。
さすがに、この道がずっと続くのは辛いかも……。
途中、水分補給をしながらも、休む事なく懸命に前へと進む。
ひたすらに歩き続けて4時間。
無事に足場の悪い道を抜け、ようやく開けた土地に辿りつく事ができた。
「よし、今日はここで1泊しよう。モハズとアリアはこのテントを2人で使ってくれ」
サウロさんが馬からテントを降ろし、モハズさんへと手渡した。
ここでもサウロさんがテキパキとみんなに指示を出してくれる。
「オーンとモハズはテントを張ってくれ。俺は焚き火と焼き場の準備をするから、ビアンとアリアで夕食の支度を頼めるか? 材料は何を使ってもいいけど、10日間は持つように調整してくれ。リーセは風呂の準備、ヤイネは周囲に危険がないか、確認を頼む」
サウロさんの指示通り、各々が準備を進めていく。
私はビアンさんと一緒か。料理を作るときに水を使うから、ビアンさんが頼まれたのかな?
だとしたら──
「私が献立を考えてもいいですか?」
「ああ」
そっか、話すの苦手なんだっけ。
ビアンさんを待たせないよう、素早く材料を確認する。悩んだ結果、パエリアとスープ、サラダを作る事に決めた。
ただ、この世界ではパエリアって言っても伝わらないと思うから……。
「ビアンさん、ここに置いた野菜を洗ってもらっていいですか? あと、スープを作りたいのでこの鍋にお水をお願いします。私は炊き込み料理を作ります」
「ああ」
サラダの下準備はビアンさんにお任せし、まずは時間が掛かるパエリアから作り始める。
調査チームで慣れているのか、ビアンさんが手際よく手伝ってくれたお陰で、思っていたよりも早くに完成させる事ができた。
各自の仕事も終わり、みんな揃って夕食を食べる。
口に合うか心配だったけれど、みんなが「おいしい」と褒めてくれた上に、全て平らげてくれたので良かった。
食べ終わった後は夕食の片付けをし、お風呂に入った。
明日も朝早くから出発する必要がある為、夜更かしせず、モハズさんと一緒にテントで寝る準備をする。
「本当に美味しかったぁ。アリアって料理できたんだねー! でも、普段作る事ないんじゃないの?」
「はい。普段は作ってもらう事が多いんですが、たまに家でも作らせてもらってるんです」
「へぇ~、そうなんだ」
モハズさんも私もずっと歩きっぱなしで疲れていたのか、気がつけば話しながら眠ってしまっていた。
夢も見ずにぐっすり眠っていると、突然ドンッと何かがぶつかってきて、その衝撃でパッと目が覚める。
えっ! 何!? と焦って隣へ目を向けると、そこにはスヤスヤ眠っているモハズさんがいた。
モハズさんの寝相が悪かったのか、寝袋でころころと転がってきて、私にぶつかったらしい。
……なんか目が覚めちゃったなぁ。気分転換に一度、外に出てみようかな?
モハズさんを起こさないようそっとテントから出る。
すると、焚き火の前にオーンが座っていた。




