13歳、テスタコーポ大会 1日目(後編)
エウロと一緒に考えた作戦はこうだ。
武術が得意なエウロが上級生に休まず攻撃を仕掛け、その隙に私がピンポイントで葉を狙い落としていく。
シンプルではあるけれど、おそらくは一番効果が見込める作戦だ。
もちろん、エウロが攻撃をした時に偶然でもいいから葉を落とす事ができれば万々歳なんだけど……。
この作戦にはリスクもある。
1回目でクリアできなかった場合、エウロの疲労が回復するまでは2回目に挑戦できなくなってしまう事だ。
でも、大会までの1ヶ月間、エウロとは何度も武術や剣術の連携した動きについて稽古を重ねてきた。
上手くいけば、1回でのクリアもきっと夢じゃないはず!
組んだ手を頭の上へとぐっと伸ばし、体を左右に倒して軽くストレッチした後、エウロが「ふぅ~」と深く息を吐き出した。
「よしっ! 行くか!!」
「うん!」
手をグーにして、コツンとお互いの拳をぶつけ合う。
ロロさんに試合を開始してもらうよう伝え、2人で競技台の上に上がると、そこには対戦相手の男性が立っていた。
「ヨセです。どうぞ遠慮なく攻撃してくれ」
「エウロです。ありがとうございます!」
「アリアです。よろしくお願いします」
ヨセさんは身長が高く、がっしりとした体格の男性だ。やっぱり年齢が離れていると体格にも差が出てくるな。
挨拶を済ませると、すぐに攻撃できるよう間合いを取って構える。
「では、試合はじめ!!」
ロロさんの合図とともにエウロが速攻で攻撃を開始する。
体格差に臆する事もなく、真正面からぶつかっていく姿に感心してしまう。
私も負けじと行かなくちゃ!
エウロの邪魔にならないよう、2人の動きに注意しつつ攻撃する。
まずは蹴りで左膝を狙ったがかわされてしまった。
ただ、かわした一瞬すらも見逃さずにエウロが攻撃を続けてくれているので、いずれは隙ができるはずだ。
ヨセさんの死角へと回り込み、諦めずに再度、左膝を狙って蹴りを入れる。
またしてもかわされたと思っていたけれど、足の先がかすっていたのか、ひらりと葉が落ちた。
よし! っと喜びたい気持ちを抑え、間を置く事なく、今度は右膝を狙って攻撃する。
私の考えを読んでいたかのように、エウロは反対側──ヨセさんの左側を中心に攻撃し始めた。
エウロの強烈な連打を防ごうと、ヨセさんの視線がわずかに私から逸れる。
その隙を狙って蹴り込んだ私の足はヨセさんの右膝を確実にとらえ、2枚目の葉が宙を舞った。
「1分経過!」
ロロさんの声が聞こえてくる。もう1分経過!?
このペースだと、4分で6枚はギリギリかもしれない。
休まずに、次は左ももを狙って手足を動かす。
ふと、エウロがちらりと私の方を見た。私もエウロに視線だけで合図を送る。
──練習の時、2人で何度も試した連続攻撃の合図だ。
まずはエウロがヨセさんの顔面目がけて回し蹴りを繰り出した。
予想通りかわされてはしまったものの、蹴りによってヨセさんのバランスが微かに崩れる。
すかさず今度は私が攻撃すると、狙った左ももは外してしまったけれど、運良く右ももに蹴りを当てる事ができた。
さらには回し蹴りの後、即座に体勢を整えたエウロの猛追によって、左肩の葉もほぼ同時にゲットする。
一挙に2枚も葉を奪われ、やや動揺するヨセさんを休む事なくエウロが攻め立てていく。
何度目かのエウロの攻撃は右肘にヒットし、もう1枚、葉が地面へと舞い落ちる。これで5枚目!
今日のエウロは今までで一番いい動きをしている。
エウロ自身もそれに気がついているのか、攻撃も自信に満ち溢れている。
本音で語り合った日からかな? エウロは何か吹っ切れたような、少しだけ変わったような気がする。
それが自信として現れているのかも……。
「3分経過! 残り2分です」
ロロさんが残り時間を伝える。
残り3枚! 疲れが出始めてきたけど、それはヨセさんも同じはず。
エウロが再び、ちらっと私を見た。また連続攻撃の合図だ。
私以上にエウロは疲れているように見えるけど……疲れているからこそ、一気に決めたいんだろうな。
『OK』と眼で返し、2人で最後の攻撃を仕掛ける。
今度はさっきとは逆に私が上半身を攻め、エウロは足に狙いを定めていく。
やはりヨセさんも疲れてきているのだろう。
私の今日一番の突きが左肘に当たり、6枚目の葉が目の前を通りすぎた。
それに気づいたエウロが、突如、ずっと狙っていた足への攻撃を止めて右肩へと照準を絞る。
急な切り替えが功を奏したのか、主に足への攻撃を警戒していたヨセさんに隙が生まれ、右肩の葉も難なく手にする事ができた!
残りわずか。最後の力を振り絞り、2人掛かりで左ももを狙う。
私達の気迫と勢いに押され、ヨセさんの動きが乱れたところを集中的に攻撃し、ついに全ての葉を落とす事に成功した!!
「そこまで!! エウロ、アリアペア。第2ステージクリアです!」
ロロさんが会場に響き渡る声で叫んだ。
「はぁ、はぁっ……ヨッシャー!!」
「はぁっ、やったね」
エウロと顔を見合わせ、両手で思いきりハイタッチを交わす。“パーン”という爽快な音が、心地よく耳へと届いた。
できれば、すぐにでもその場に倒れ込みたかったが、挨拶が終わるまではと何とか堪え、対戦相手のヨセさんと疲労困憊の状態で向き合う。
「はぁ、はぁ……勉強になりました。ありがとうございました」
「ありがとうございましたぁ!」
「こちらこそありがとう。かなり練習したんだなって分かるくらい、すごいチームワークだった。過去の大会を見ても、こんなに連携がとれたペアはいなかったんじゃないかな。完敗だよ。第3ステージも頑張れよ」
ヨセさんがニコッと微笑み、スッと手を差し出してくる。エウロ、私の順にヨセさんと熱い握手を交わした。
挨拶が終わった後は、そのままエウロと2人で競技台へと倒れこんだ。
ヨセさんはといえば、競技台から降り、立ちながら水分補給をしている。さっきまで2人一遍に相手にしていたとは思えないほどの体力……。
仰向けで必死に呼吸を整える私とエウロの元に、ロロさんがそっとやってくる。
「続いて第3ステージですが……休憩してから移動しますか?」
「エウロ、そろそろお昼の時間だし、少し休憩してから行こう」
「そうだな。その方がよさそうだ」
ロロさんに休憩する事を告げると、終わったら声を掛けるよう指示を受ける。
木陰に腰を下ろし、パンを食べながら休憩していると、エウロが少し興奮気味に話し掛けてきた。
「もの凄い疲れたけど、今までやった中で一番楽しい試合だった! なんとなくヨセさんの動きが分かる時があって……“ゾーン”に入ってるっていうのかな? それを思い出すと今も興奮してる」
「エウロ、今までの中で一番いい動きしてたよ。私も楽しかった! 」
2人で満足げに笑っていると、ふいにエウロが話を振ってきた。
「そういえば、競技場まで移動したからか、実況が聞こえないけど、今何位くらいなんだろうな?」
「私も気になってた!うーん……上位ではあると思うんだけど……」
「そうだよな。第3ステージで分かるかもな」
それから30分ほど休憩を取り、体が多少回復したところでロロさんの元へ向かう。
さっきの会話が聞こえていたのか、現在の順位を教えてくれた。
「今は分かりませんが、第2ステージをクリアした段階では1位でしたよ。第2ステージ自体、10回くらいは挑戦しないとクリアできないよう計算して作られたステージなので、まさか1回でクリアするとは思いませんでした」
い、い、1位!??
あまりの衝撃に、勢いよくエウロと顔を見合わせる。
「休憩してたから今は順位が変わってるかもしれないけど、まさか1位とは思わなかったな!」
「うん! 第2ステージは、ほんとエウロのお陰だよ。ありがとう」
「いや、なんていうか……アリアがどう動くのか、はっきりと分かったからかな? なんの心配もなく動けたんだ。ありがとな」
ロロさんが「いいペアですね」と微笑んだ後、誘導するように左手を前方へと差し出した。
「それでは第3ステージへ案内します。詳しくは歩きながら説明しますね」
「よろしくお願いします」
軽く頭を下げると、私とエウロはロロさんの後に続いた。
「第3ステージは上級生が魔法を見せます。まず、何の魔法を使ったか当ててください。その後、その魔法を使って何が出来るか、2人でアイディアを考えて発表してください。審査員は10人います。10人中6人が合格を出したら、ステージクリアです」
よし! 魔法はこの世界にきた時から興味があって、ずっと勉強しているから答えられる自信がある!
それに昔、ミネルと文通をしながら“魔法を使ってこういう事が出来るんじゃないか”というやり取りを何回もした。
結構、得意な分野かもしれない。
実際に第3ステージは何の障害もなく、あっさりとクリアする事ができた。
エウロには「アリアって魔法は使えないけど、知識はすごいあるよな」と、おそらく褒められた。
“魔法は使えない”は余計だけど、ね。
次に向かったのは第4ステージ。
これまでと同じように、上級生がステージ内容について説明してくれた。
「第4ステージは、上級生が魔法で作った障害物をクリアする競技です。障害物は全部で4つ、4コースあります。1つのコースに対し、挑戦するのは1人です。誰がどのコースに挑戦するかを決めてください。例えば、エウロくんが1つ目のコース、2つ目のコースを連続で行っても大丈夫です。ただしエウロくんがすべてのコースを担当するのはダメです。必ず半分ずつ、1人2コースを担当してください」
第4ステージに到着すると、目の前には障害物──アスレチックのようなコースが用意されていた。
「2つ連続は体力的にきつい可能性があるから、交互に挑戦しよう。最後のコースが一番難しい可能性が高いから、アリアが最初でどうだろう?」
「ありがとう、エウロ。そうさせてもらうね」
「これが今日最後のステージになりそうだな」
時間を確認すると14時すぎ。
大会開始から実に、4時間以上も経過していた。
1日目の終了時間が16時までだから、確かにこれが今日最後のステージになりそう。
明日の事を考えると、何としてもクリアしておきたい。
強い想いで、第4ステージへと臨む。
私もエウロも最初のコースと2つ目のコースは問題なくクリアする事ができた。
ただ、3つ目と4つ目のコースは1度でクリアする事ができず、お互いに2回目でクリアした。
15時58分と終了時間ギリギリではあったが、第4ステージまで無事にクリア。
よかった、理想の形で1日目の大会を終える事ができた!
そして、16時。実況であるメロウさんの声が響き渡る。
「皆さん、お疲れ様でした。1日目の大会はこれにて終了です! 近くにいる上級生が各ペア、どこまで進んだか記録していますので、どうぞご安心ください。それでは、これより自由時間です! 明日に備え、ゆっくり休んでくださいね!!」
早いような遅いような、まさに怒涛の1日目が終了した。
エウロとお互い健闘を称え合った後、幼なじみ達とも合流した。
一緒に夕食を食べながら、結果を報告し合う。
「私とオーンは、第5ステージの説明までは聞いたわ。明日は大会開始の合図とともに、第5ステージへ進む事になるわね」
「僕とルナは第4ステージの途中からだ。第2ステージで剣術を選択したんだが、全くルナと合わなくて苦戦したのがタイムロスとなった」
「ミネルが私の邪魔ばかりするから……」
「いや、ルナが邪魔するからだろう」
……この2人はずっと仲間割れしてるな。意外に合うと思ってたんだけど……。
ミネルとルナのペア……不安しかない。大丈夫かなぁ?
セレスとミネルに続いて、エウロが私たちの結果をみんなに伝える。
「俺たちは第4ステージをクリアした所で終わったから、明日は第5ステージの説明を聞きながら最後のステージへ移動だな」
オーンとセレスが少しだけリードしているけど、話を聞くとみんな僅差みたいだな。
そんなに離されてなくてよかった。
食事が終わったところで、上級生からテントを渡される。
エウロと一緒にテントを張りながら、ふとある事に気がついた。
あれ? テントってペアで1つしか渡されていない。
……という事は、エウロと同じテントで寝るの!?
さすがにそれは学校としていいのだろうか……。
どうしたものかと困っていると、メロウさんのウキウキとした声が聞こえてくる。
「皆さーん、ドキドキしましたか!? でも、安心してください! テントで寝るのはペア相手じゃなくてもいいですからねー!」
なるほど。寝る時はペアにかかわらず自由でいいって事か……。あー、ビックリした。
安心しつつ側にいる幼なじみ達へと顔を向けると、オーンが少し困ったような表情で話し始めた。
「組み合わせはどうしようか?」
「私はアリアと一緒のテントで寝る」
オーンの問いに即答するルナに対し、セレスが速攻で反応する。
「答えはNOよ! なぜなら私がアリアと一緒のテントに決まってるからよ!!」
「いや、決まってないよ」
まさか……セレスとルナが私の奪い合いをする日がくるとは……。
私って男の子にはモテないけど、女の子にはモテるのかな!?
……って、のん気に考えている場合じゃない!
これを機にルナとセレスが仲良くなるかもしれないのに。
──よし!
「セレスとルナが同じテントで寝なよ。2人息が合ってるみたいだし、仲良くなれると思うよ」
「イヤだ」
「イヤって言ったわね、ルナ! 私だってイヤよ!!」
また言い合いになってしまった。2人には仲良くなってほしいのに……。
ええーい! ここで諦めてなるものか!
表情を引き締めると、2人に向かって力強く言い聞かせる。
「言い合いするようなら、2人と一緒のテントにはならなーい! セレスとルナは同じテント!! いいね!?」
「うっ……え、ええ、いいわ」
「わ、分かった」
「うん、よかった」
私の迫力に負けたのか、2人が若干引き気味ながらも納得してくれた。
ホッとしたのも束の間、今度はセレスが私に質問してきた。
「アリアは誰と一緒のテントになるの!?」
「はっ」
焦って周りを見回すと、すでにどの参加者も相手を決めてしまっているらしい。
セレスとルナぐらいしか同性の友達がいない私が、これから相手を探すのは……ああ、困った……。
頭を抱える私の横で、エウロが腕を組み「うーん」と唸っている。
「それなら、オーンとミネルは一緒のテントになれよ。アリア、俺と一緒のテントでもいいか? もちろん、ちゃんと離れて寝るし……」
エウロが少しだけ気まずそうに声を掛けてくれた。
本来、エウロだけなら友達も多いだろうし、誰か見つけられるはずなのに。私を気遣って、誘ってくれたんだろうな。
うーん……女としては悩んだ方がいいのかもしれないけど、エウロは私の事を女扱いしてないっぽいし……まあ、いっか。
「うん、そうしようか。ありがとうね、エウロ」
「おう」
「まあ、エウロとアリアなら大丈夫そうね」
セレスがそういうと、周りの幼なじみ達も納得しているようだ。
それはそれでどうなんだとは思うけど……。
その後、セレスとルナと一緒に高等部のシャワー室を借りると、そのまま各自のテントへと向かった。
エウロと一緒のテントに入り、寝る準備を整える。
用意された寝袋に足だけを入れた状態で座り、2人で他愛もない会話をしていると、エウロがあくびをしながらぐっと体を伸ばした。
「今日はさすがに疲れたな。明日に備えて、そろそろ寝るか」
「そうだね。その方がいいね」
電気を消す為に、テントに吊り下げていたライトに手を伸ばす。
エウロもちょうど電気を消そうと思っていたらしく、お互いの手が触れた。
「うわ、ごめんな」
「あっ、ごめんね」
2人同時に謝り、パッと手を離す。
その瞬間、寝袋に入っていたからかバランスが崩れてしまい、エウロの方へと倒れて込んでしまった。
エウロがとっさに私を受け止めようとしてくれたけれど、私の勢いが思いのほか凄かったらしく、支えきれずに一緒に倒れてしまう。
そして──唇と唇が触れてしまった。
「うわ! ごめん!」
大慌てで離れたエウロが、戸惑いつつも私の体を起こしてくれる。
「だ、大丈夫か?」
「うん。色々……ご、ごめんね」
「いや。俺の方こそ支えきれなくて、その……ごめんな。じゃあ、寝るか……俺が電気を消すから」
「うん……ありがとう。おやすみ」
「おやすみ」
どうしようー!? 事故とはいえ、エウロとキスしてしまった!!
とりあえず平静な振りはしたけど、明日からどうすれば……。
予想だにしなかった展開にドキドキした気持ちを抑えつつ、疲労した体に身を任せて無理やり目を閉じた。




