13歳、特訓を開始しました
エウロとペアを組む事を決めた日。
お昼に集まった際、幼なじみ達には「エウロとペアを組むことになったんだよね」と報告した。
「もうペアを決めるなんて早いわね」と驚くセレスに、エウロが「実は……」と話し始める。
「俺が色々あって……アリアにペアになってくれるよう頼んだんだ」
「なるほどね。まぁ、私くらいになると何があったか想像はつくわ」
「はは……まあ、そういう事なんだ」
「そういえば、みんなはどうするの? 今年は大会に出場するの?」
私が質問すると、オーンが少しだけ考えるような表情を見せた後、セレスの方を向き微笑んだ。
「僕は出場する予定だよ。よければセレスとペアを組みたいんだけど、どうかな?」
「も、もちろん、よろこんで。よろしくお願いしますわ!」
「こちらこそ、よろしくね」
おお、オーンからのお誘い!
セレスも嬉しそうだなぁ。よかったね、セレス。
私が温かい目でセレスを眺めていると、ミネルが「そうだな」と呟いた。
「僕はルナとペアを組もう。その方が上位入賞を狙える」
「……ペア相手は男だもんね。分かった。ミネルでいいよ」
いやいやいや、ミネルとルナのペアの組み方はどうなの!?
お互いに「ペアなりたい!」っていう意思が感じられない……。
それに、ミネルの発言も気になる。
「ミネルは優勝狙わないの? 私とエウロは優勝を狙うつもりだけど」
意気揚々と尋ねると、途端に『お前はバカなのか』とでも言うように 、ミネルの眉間にしわが寄っていく。
「優勝できる確率は極めて低い。お前は優勝する気なのか?」
「うん。チームワークや運も関係する大会なんだから、優勝できる可能性はあると思ってるよ」
「……どう考えても無理だろう」
「無理かどうかはまだ分からないと思うけど」
ミネルとの会話がどんどんヒートアップしていく。
気づけば優勝するかどうかよりも、私とミネルのどっちが勝つか、という話題に変わってきていた。
「じゃあ、勝負だな。折角なら、負けた方が勝った方の言うことを1つ聞く、でどうだ?」
「い、いいわよ!」
「えっ、やだ」
私とミネルのやり取りに突如、ルナが入ってきた。
ああ、ルナも罰ゲーム的な事をやらされると思っているのかな?
「大丈夫。 ルナは心配しなくてもいいよ! 私とミネルの約束だから」
「いや、アリアが負けたらイヤだなって」
……!!
自分じゃなく、私の心配だったんだ。ルナ優しい!!
「ありがとう、ルナ。でも、大丈夫! 負けないよ!!」
ニコッと笑い、 ルナに向かって親指を立てる。
……とはいえ、負けないよ! と断言はしたものの、ルナはミネルとペアだった。
私がミネルに勝つという事は、ルナにも勝ってしまうという事か……。
んー、と私が一人で頭を悩ませていると、ルナが何か閃いたように口を開いた。
「そっか、負ければいいのか」
「おい! それは同じチームとしてダメだろ」
「そ、それは、さすがにダメだよ。ルナ」
必死にルナを説得する私とミネルの間に、セレスが『ちょっと待ったー』と言わんばかりに参戦してきた。
「アナタたち、さっきから何かごちゃごちゃ言ってるけど、勝つのは私とオーンよ? ねえ、オーン?」
「え? ……あっ、うん。そうだね。出場するからには勝ちたいね」
オーンとセレスか……。
2人ともオールマイティだし、セレスはかなりの負けず嫌いだし、確かに強敵だ。
勝つ為には過去の大会の傾向を知り、対策を練って特訓しなければ!!!
「エウロ! 頑張ろう! 今日から特訓を開始しよう!!」
「あ、ああ。……なんか、オーンやミネルがそこまでやる気を見せるとは思わなかったから圧倒されてた」
圧倒されたって……ペアを組んだ時の、あのやる気はどこへ!?
エウロのセリフに、ミネルが私の方をチラッと見て答える。
「確かに、当初は上位入賞くらいは出来るだろうくらいに思っていたが……少なくともアリアとエウロには勝たせてもらう」
「僕はアリアとミネルの会話を聞いて楽しそうだなって思ったから。勝てるように頑張るよ。セレスもやる気みたいだしね」
かくして、幼なじみ達との戦いの幕は切って落とされた。
大会が終わるまでは、お昼もで別々に食べる事で決定した(お昼に作戦を練る為)。
ルナは最後まで抵抗していたけど、毎日休み時間に最低1回は私がルナ(必然的に同じクラスのセレスにも)に会いに行くという事で納得してもらった。
次の日の昼休み、私とエウロは担任の先生に大会に出場する事を伝え、大会概要が書かれた用紙をもらった。
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< テスタコーポについて >
テスタコーポは、男女ペアとなり、知力・体力・協力・時の運を競う大会です。
本大会の優勝チームと準優勝チームは以下の権利を獲得できます。
1) 普段生徒が入れない特別室図書館1週間使用可能の権利
2) 見知らぬ土地を散策する調査チームへの参加、経験権利
3) 高等部で1週間勉強などを学べる権利
※優勝チームは2つの権利を獲得、準優勝チームは1つの権利を獲得できます。
■ 開催日時:〇/△~〇/△の2日間 10:00~16:00(休憩は自由)
■ 開催場所:高等部の敷地内
■ 大会ルール
・全部で5ステージあります。全ステージをクリアした順番に優勝チームが決まります。
・優勝、準優勝を含む上位8チームまでが表彰&賞品などの特典があります。
※審査員特別賞やその他の賞もあるので、上位8チームが決まったとしても諦めずに頑張ってください。
・1日目は16時になった時点で、一旦終了となります。16時以降は自由時間となります。
・1日目は自分たちで学校が用意したテントを張り、高等部の上級生が用意した夕食を食べます。
・怪我、体調不良などによるリタイアは可能です。
・教科書など資料の持ち込みは不可です。ただし、自分で作成したノートなどは持ち込み可能です。
・魔法を使うのは一切禁止とします。
・各ステージの詳細は平等を期す為、大会当日に説明します。
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うーん……これだけでは、どんな大会なのか全く分からない……。
「エウロ、お兄さんにどんな大会だったか参考までに聞いてもらっていい?」
「ああ、それは構わないけど……10年前だからなー。参考になるか分からないぞ?」
「うん。大会の雰囲気だけでも聞ければなぁと思って……って、そっか! 上級生(5年生)に聞けばいいのか!」
「上級生って、知り合いでもいるのか?」
そんなの考えなくても分かる。知り合いはいない。
知り合いはいないけど──
「5年生の校舎に行って、誰かに聞いてみようよ」
「まじかぁ。うーん……よし! 行くか」
そうと決まればと、早速エウロと一緒に5年生の校舎へと向かった。
「校舎には着いたけど、誰に声掛けるんだ?」
「誰でもいいけど……あっ! あの人達は?」
上級生が2人、ちょうど私達のいる方へと歩いて来ている。
「女子かぁ。まあ、いいか」
言うと同時に、エウロは自分から上級生へと近づき、明るく声を掛けた。
気まずげな様子など微塵もなく、楽しそうに会話している。
さすが、エウロ。場にすっかり溶け込んでいる。
これは下手に私が行かない方がいいかもしれない。
上級生と話し終えると、エウロは私のところへ小走りに戻ってきた。
「聞いたぞー」
「ありがとう、エウロ。で、どうだった?」
4年生の校舎へ戻りながら、得た情報を確認する。
「ええと、例えば第1ステージが“知力”に関わるステージだとすると、第2ステージは“体力”に関わるステージという感じで、ステージごとに分野が違うらしい。それをペアになった相手と協力しつつ、クリアするという流れみたいだ。ステージをクリアしないと次のステージには進めないから、中には第1ステージで終わる人もいるらしいぞ」
「……なかなか、過酷な大会みたいだね」
「そうだな。さっき聞いた話だと、4年生は半分の生徒がクリア出来ればいい方だって。毎年少しずつ内容は変わってるみたいだから、何を頑張ればいいのか難しいな」
「なるほどね。想像より本格的な大会なのかも」
今の情報からどうやって特訓していこうかなぁ、などと考えていると、エウロが何か思い出したように口を開いた。
「そうそう。さすがに知力に関しては、4、5年生で問題は分けてたって。だから厳しいのは体力だよな」
4、5年生で問題を分ける時点で、今まで習った事は出てきそうだな。
問題は体力。5年生に勝つ為のトレーニングが重要になってきそう。
「ありがとう! 毎日欠かさず、各自でトレーニングはしよう。それとは別に剣術や武術の訓練、勉強も一緒にやっていった方がよさそうだね」
「そうだな」
「私の経験から、大会前日は疲れをとる為、トレーニングはしないで早寝を心がける。勉強はほどほどに。大会当日も、お昼時間はリフレッシュする意味でも必ずとろう」
「私の経験??」
不思議そうにエウロが聞いてくる。
……しまった! 前の世界で大学受験した時の経験を思い出して話してしまった。
「い、いや……そう! 前の試験の時の経験をね」
「アリアって意外にちゃんと考えてるんだな」
「ま、まあね」
意外は余計だけど、ね。
その日から、大会に向けた特訓が始まった。
“乙女ゲーム”とは思えないくらい、かなり本格的な内容だ。
お昼休みには『どんな問題が出るか』『どの分野をどちらがより手厚く勉強するか』など作戦を練り、家では各自トレーニングに励んだ。
週末はお互いの家を行き来し、剣術や武術の稽古をする日もあった。
会わない日はないんじゃないか? というくらい毎日会っているからか、いつの間にかエウロとは大会以外の事も、お互いに包み隠さず話すようになってきた。
「エウロのお兄さんってもう働いてるんでしょ? 一緒に住んでるの?」
「いや、俺が10歳の時から1人暮らしを始めてるから、最近はほとんど会ってないなー」
「そっかぁ。よくお兄さんの話を聞くから、一緒に住んでるのかと思ってた。仲いいんだね」
「ああ、ごくたまに帰ってくるから。仲がいいというか、サウロ兄様は身内の俺から見ても完璧な人だよ」
そう言ってエウロは微笑んだけど……なんだろう? 笑ってはいるけど、どこか無理しているような気がする。
「エウロってさ、いつも明るくて、爽やかで、イケメンで、すぐに周りの人とも打ち解ける事ができるくらいコミュニケーション能力も高いよね。私からするとエウロも完璧な人に見えてるけど、自己評価は低いよね」
私が感じた事をそのまま口にすると、エウロは少し驚いたように目を見開いた。
「俺が? って、アリアは俺の事イケメンって思ってたんだな。そんな事思ってるような態度には見えないぞ」
「ああ、私の中でイケメンは観賞用と割り切ってるから。あと、さすがに毎日見てたら慣れたよ」
「なんだそれ」
私のセリフに、エウロが声を立てて笑う。
しばらくして笑いを収めると、いつもは見せない真剣な表情へと変わっていた。
「自己評価が低いか……そうだな、常に俺の上をいく人がいるからかな? 自分が普通の人間に思えるんだよ。6歳の頃だったかな? 俺が魔法を使えるようになったのは。ただ、兄様は5歳で使えるようになったらしくてさ、使えるようになっても誰も驚いてなかったな。そういう事が毎回あるんだ。だからさ、俺が初めて出来た事でも、周りからすればいつもの──普通の事なんだ」
話し終えたエウロの顔は、なんだか少し寂しそうだ。
「もしかして、エウロは最初から色々な事を期待しなくなったというか、諦めてしまってる……?」
「えっ?」
「交換留学に選ばれなかった時、残念そうには見えたけど、そこまで留学に思い入れがなかったのかな? って感じがしたんだよね。今回の大会も私がやる気だから乗ってくれた事は分かってるんだけど、お兄さんの……えっと、5位入賞だっけ? それは超えられないとか、心のどこかで思ってるような気がする。違ってたらごめん」
エウロと親しくなれたからこそ気づいた、ちょっとした違和感。
言うべきか悩んだけど、なんとなくエウロは誰かに気づいてほしいように思えて、つい口に出してしまった。
「……そうだな。頑張ってるアリアには悪いけど、そう思ってる。口では『頑張ろう』とかポジティブな事を言って明るくしてるけど、アリアが言ってた通り、最初から無理だろうって諦めてる自分がいるんだ。……俺、かっこ悪いよな」
あの違和感はやっぱり間違いじゃなかったんだ。でも、それってかっこ悪いかな?
「話だけを聞くとかっこ悪いのかもしれないけど、私はかっこ悪いとは思わないよ。私だって人からよく見られたくて、自分が思ってる事とは別な態度や行動をする時があるし。でもさ、そういう時の自分って、そうなりたいと思って頑張ってる自分でもあるから、そこに嘘はないんじゃないかなぁ。むしろ、無理かなって思いつつも私の事を考えて頑張ろうって言ってくれるエウロはかっこいい!」
「…………」
「エウロが言ってた“かっこ悪い自分”の事、誰かに話したいって思ってるような気がして言っちゃったけど……気に障ったならごめん」
エウロがずっと黙ってる。やっぱり触れて欲しくない事だったのかな。
何かしらの反応が返ってくるまで静かに待っていると、エウロが突然「ふぅ~」と大きく息を吐き出した。
「自分の嫌な部分……どろどろした気持ちを話して、それでも受け入れてもらえるってこんなにも気持ちが楽になるもんなんだな。誰にも気づいてほしくないと思う反面、どこかで“こんな自分もいるんだ”って事を知ってほしかった」
「……エウロは十分すごいんだから『俺ってこんなの出来てすごいだろー?』くらい、両親やお兄さんに言ってもいいんだよ」
「なんかかっこ悪くないか?」
「かっこ悪い自分を見せたくないんだね。イケメンの場合、多少かっこ悪いところを見せた方がギャップ萌えでモテると思うけど……」
私が独り言のようにブツブツ話していると「なんだそれ」とエウロが笑い出した。
よかった。さっきよりいい表情をしている気がする。
「エウロ! 今回の大会で私が、お兄さんを超えられないなんて事はないって、証明してみせるから!」
満面の笑みを浮かべ、自信たっぷりに宣言する。
エウロからは「……アリアの自信って、どこからくるんだ?」なんて言われたけどね。




