12歳、幼なじみの旅路
3年目の学校生活が半年を過ぎた頃、クラスメイトの数名が学年主任の先生に呼び出された。
その中にはルナと私もいた。
「今日の放課後、学校のイベントについて話したい事があるから、カフェテリアに行ってくれないか?」
……学校のイベント? なんだろう?
思い当たる節もないまま、放課後、ルナと一緒にカフェテリアへと向かった。
「ルナ、何か知ってる?」
「ううん」
「クラスで呼ばれたのって、私とルナを含めて5名だったよね。なんの5名なんだろう?」
「アリア以外の3人は初めて見たから分からないや」
……えっ!
今のクラスになって半年経つけど、初めて見たって……同じクラスの人を覚えてないんだ!
さすが、ルナ。そっちに驚いちゃったよ。
カフェテリアに着くと、すでにオーン以外の幼なじみ達が椅子に座って話をしていた。
みんなも呼ばれてたんだ。
……ん? オーンは呼ばれてない?
周りを見渡すと、他にも多くの生徒たちが集まっている。
風貌だけ見ると、ほとんどが上級生っぽいな。
人数は全部で50名くらいかな? どうやら、エレはいないみたい。
うーーん……。
ますます、なんで呼ばれたのかが分からない。
ひとまず私とルナは幼なじみ達のところへ行き、空いている席へと腰を下ろす。
しばらく待っていると、先生方が10名ほどやって来た。
その中にいた50代くらいの男の先生がカフェテリアの中央に立ち、今回の経緯について話し始める。
見た事ない先生だなぁ。
「急に呼び出したりして申し訳ない。本日は交換留学制度について話をする為、みなさんに集まってもらいました」
こ、交換留学!?
先生の一言で、途端にカフェテリア内がざわざわと騒がしくなってきた。
どうやら他の生徒達も何も知らされてなかったみたい……。
大きく息を吸い、 静かにするよう生徒達に呼びかけると、先生はそのまま説明を続けた。
「我が校“エンタ・ヴェリーノ”では、5年に一度、親密にしている姉妹国との交流を深める為、交換留学を行っています。交換留学は他国の文化や習慣、教育にふれる素晴らしい機会です。留学期間は2年間で、3年生から5年生までの各学年から2名ずつ選びます。 1、2年生につきましては、まずは我が校に慣れてもらう必要がありますので、制度からは除外しています。対象学年の中から、行きたいと思っている人を選びたいと思っていますので、各自検討をお願いします」
そんな制度があったんだ!!
はたしてこれが学校のイベントと呼べるのかは分からないけど、ここにいる50名の中から、留学する人を決めるって事だよね?
「これってどういう人選なんだろうね?」
年齢はもちろん、性別や外見、個々の雰囲気すらもバラバラで、これといった統一性はないように見えるけど……。
幼なじみ達に小声で尋ねると、エウロが私に顔を近づけ、こっそり教えてくれた。
「サウロ兄様の時もちょうど交換留学があった時だから、話を聞いた事がある。実際、兄様は留学もしてるしな」
「そうなんだ」
「ああ。学校の制度で他国へ留学するから、そこそこ地位のある家庭で、学業、武術、剣術、魔法と全てにおいて上位の人が選ばれているはずだ。オーンは王族だから、さすがに留学は難しいと判断されたんだろうな」
なるほど! その条件に合った人達が、今ここにいるって事か。
……ん? なるほど??
突如として浮かんだ1つの疑問。
幼なじみ達も同じ事に気がついたのか、バッと一斉に私の方を見る。
みんなを代表して、セレスが小声でそっと問い掛けてきた。
「アリア、魔法使えないわよね?」
セレスって、小さい声も出せたんだ……じゃなかった!
答える代わりに、うん、うん、と力強くうなずく。
「サウロ兄様の話は10年前の事だしな。今とは条件が変わったのかもな」
確かに10年も経てば、色々と変わる部分もあるだろう。
そもそも何で選ばれたのかすらも分からないけど……交換留学かぁ。
こんな機会なんてなかなかないし、楽しそうかも……。
段々と興味がわいてきた私は、エウロにお兄さんの留学経験について質問を続ける。
「エウロのお兄さんは留学について、なんて言ってたの?」
「自分の国とは違う生活や風習が学べたお陰で、色々な考え方を持つことが出来たって。あっという間の2年間だったって言ってたから、楽しかったみたいだぞ」
エウロのお兄さんにとって、留学はいい経験だったんだな。
今の話を聞いて、なおさら行きたくなってきた!
「応募の締切は本日から2週間以内とします。1人で決められる事ではないと思いますので、ご家族と十分に相談なさってください。留学に興味がある、行きたいと思った方は、今から渡すパンフレットに記載している担当の先生まで連絡をお願いします」
説明が終わると同時に、生徒全員が帰り支度を始める。
私達も席を立ち、みんなで会話をしながらカフェテリアの出口へと向かうと、そこには先生方が並んでいた。
生徒1人ずつに声を掛けつつ、先ほど話にあったパンフレットを配っているらしい。
ふと、パンフレットを配っている1人の先生と目が合った。
あっ、あの先生は……普段、私に魔法を教えてくれてる“サハ先生”だ。
サハ先生は語尾を必ず伸ばして話すユニークな先生で、外見は20代後半ぐらい。
ただ、自ら「若く見られますが、結構おじさんなんです~」などと発言しており、実年齢については謎に包まれている。
先生も交換留学の担当なのかぁ……などとのん気に考えていると、不思議そうな顔をしたサハ先生が私の元へと近づいてきた。
「あれ~? アリアは魔法使えない……よな~?」
「は、はい」
「……一応確認だが、呼ばれたから参加してるんだよな~?」
「はい、もちろんです」
私が答えた後、サハ先生は他の先生方のところへ行き、何かを話し始めた。輪の中には、さっき私とルナに声を掛けた学年主任の先生もいる。
……なんか、嫌な予感がする。
遠目から様子をうかがっていると、またもやサハ先生が、今度は学年主任の先生と一緒に私の元へと戻ってきた。
2人とも心底申し訳なさそうな顔をしている。
「アリア、ごめんな~。アリアは魔法以外の成績は優秀だから、魔法も使えると勘違いしたそうだ~。交換留学には目的がいくつかあって、その中の1つにお互いの国にしかない魔法を学ぶというものがあってな~。つまり、魔法が使える事が必須条件なんだ~。なんかごめんな~」
サハ先生が説明している横で、学年主任の先生も頭をポリポリかきながら、気まずそうに私を見ている。
あぁ! 嫌な予感的中!!
……でも、先生方に悪気はないんだし、ちゃんと謝ってくれてるし……。
もはや「気にしないでください」と言うしかない。
「……いえ、大丈夫です。気にしないでください」
常日頃、優秀な幼なじみ達と一緒にいるからか、私も魔法が使えると勘違いされていたらしい。
唯一、私が魔法を使えない事を把握していたのがサハ先生だけって……それはそれでどうなんだ。
私って、やっぱり印象薄いのかな……。
グッバイ、さっきまでのワクワクしていた私。
……まあ、長期休みを利用すれば他国にだって行けるし、卒業後という手もある。楽しみが延びたと思う事にしよう。
今は私の行くべき時じゃないってだけだ! ……と自分に言い聞かせよう。
よし! と、気持ちを切り替える。すると、セレスが隣にやってきて、私の肩にポンと手を乗せた。
慰めてくれるのかな? と顔を動かすと、必死に笑いをこらえるセレスの姿が目に入った。
……ん? よく見ると、ミネルとエウロも口角がヒクヒクと震えてるし、ルナも下を向いてはいるけれど肩が小刻みに揺れている。
マイヤとカウイは困ったような表情を浮かべつつ、私からそっと視線を外している。
「お前、勘違いって……普通に考えて有り得ないぞ。さらに行く気満々だっただろ」
ミネルの発した言葉をきっかけに、幼なじみ達が一斉に笑い出す。
いつも通り、私の考えは全て顔に出ていたようだ。
……うん、みんな楽しそうで何より。
幼なじみ達の笑い声で、周囲も途端に騒がしくなってくる。
ただでさえ目立つのに、普段あまり表情を変えないミネルやルナまで笑っているから、なお一層注目を集めてしまったようだ。
あちこちから「きゃー」や「かわいいな」などといった声が聞こえてくる。
「ああ、お腹が痛いわ。さすがアリアね。ちゃんとオチをつけてくれるじゃない」
「好きでこうなったわけじゃないから!!」
「アリア……元気出して」
「ルナ、明らかに笑ってるよね??」
私からの抗議に、またしてもセレスとルナが笑い出す。
他の幼なじみ達もなかなか波が引かないらしく、未だに笑っている。
仕方なく、みんなが落ち着くまでジッと待つ事にした。
「──で、みんなは留学するの?」
「ん? ああ。俺は前から話を聞いてたし、留学したいと思ってる。でも、行けるのは2名だけだから、選ばれるのは厳しいかもなぁ」
お兄さんから楽しい話を色々と聞いてたからかな? エウロは行きたいと思ってるんだ。
悩む様子すらないエウロに感心していると、続いてミネルとカウイが口を開いた。
「他国で勉強できる機会は滅多にないからな。参加したいとは思うが、今はお父様の仕事を手伝う事に面白さを感じている。2週間もあるし、じっくり検討してみるよ」
「……僕は自分の成長の為に行こうかなと思ってる」
そう告げた後、カウイは私の方を向いて静かに微笑んだ。
カウイは、どんどん頼もしくなっていくなぁ。
男性陣は留学に対して随分と意欲的なようだ。
「私は両親に相談してからかな? 知らない所に行くのはやっぱり怖いし……」
「行かない」
マイヤは他国でもモテるんだろうなぁ。
ルナは結論が早い!! その顔には“兄さまと会えなくなるし”とハッキリ書かれている(笑)
「正直……迷ってるわ」
珍しい! いつも即決なセレスが迷うなんて。
確かにどんな事にも貪欲なセレスにとって、留学は魅力的だよねぇ。
私はいずれ行くつもりだけど……みんなにはじっくり悩んで、後悔のない結論をだしてほしいな。
──それから2週間が過ぎた。
いつもと同じように幼なじみ達だけで集まってお昼を食べていると、エウロが不意に交換留学の話題にふれた。
「みんなは交換留学の件、どうした? 俺は希望だしたよ」
「実は……私も。お父様は乗り気じゃなかったんだけど、お母様がいい経験になるから行った方がいいって言われて……」
エウロは元々行きたいって言ってたから特別驚いたりはしないけど、まさかマイヤまで留学を希望するとは思わなかった!
でも、待てよ。
そういえば昔、セレスが「マイヤのお母様のスパルタ教育ぶりは、なかなかのものよ」と言ってたような……。
「私はものすごーく迷った結果、やめたわ」
「行かない」
事前にセレスから『今、お父様の仕事をサポートしていて、何もない土地の開拓をやってるのよ。一から話を進めて、実際に動き出すまでに1年以上はかかる長期戦なの。自分の仕事を投げ捨てて、留学する事はできないわ!』と熱弁されていたので、今さら驚くこともない。
ルナだって最初の段階から「行かない」って断言してたもんな。
「僕は行く事に決めたよ。選ばれたら、だけど」
カウイもこの前、『留学の希望をだした』って教えてくれてたからなぁ。
そういえば、ミネルからは何も聞いてないけど、どうする事にしたのかな?
「ミネルは?」
「検討した結果、行かない事にした」
「そっかぁ」
ミネルの事だから、検討に検討を重ねた結果、行かないって決めたんだろうな。
エウロとカウイ、マイヤの3人が交換留学の希望をだしたのかぁ。この時点で1人は行けないって事だよね……。
「いつ決まるんだっけ?」
私の質問にエウロが答える。
「交換留学に行くのが、確か……半年後の4年になったタイミングだから、準備もかねて1ヶ月後くらいには決まるみたいだぞ」
多分、幼なじみが1人も選ばれないという事はないだろう。そう考えると、3人の内の誰かとは2年間も会えなくなるのかぁ。
希望を叶えてあげたいと思う反面、少し寂しいな……。
さらに1か月後、ついに交換留学生が発表された。
3年生からはカウイとマイヤが選ばれた。
留学を希望をした人が何名いたのかは知らないけど、3年生についてはカウイとマイヤ、そしてエウロの3人の中から誰を選ぶかで、協議に協議を重ねたらしい。
たまたま、5年生の交換留学生の中に《風の魔法》を使う人がいたようで、魔法の種類が被らないようにする為、残念ながらエウロは選ばれなかったそうだ。
エウロは少しだけ落ち込んでいたようだったけど「まあ、自分で行けばいいだけだから」とすぐに気持ちを切り替えていた。
……前から何となく感じていたけど、エウロの考え方って私とちょっと似ている所があるな。
3年も終わりに近づき、カウイとマイヤの旅立つ日がやってきた。
我が家は家族総出で見送りに行く事になり、遅れないよう、少し早めに“ヴェントサタ”のある“ペルポラー”へと向かった。
“ヴェントサタ”とは、通学に利用している“ヴェント”よりもさらに大きな乗り物の事で、私がいた世界でいう飛行機みたいなものだ。
“ペルポラー”は“ヴェントサタ”に乗って他国へ渡る為の、いわば空港のような場所であり、敷地も広く、ショッピング用の商業施設まで併設されている。
私達が2人の乗る“ヴェントサタ”の近くまで行くと、そこにはカウイとマイヤの家族の他に、幼なじみ達の家族がみんな来ていた。
サール国王はさすがに来れないだろうと思っていたけど……オーンとお妃様は見送りに来てるんだ!
2人に対し、みんなが口々に激励の言葉を掛けている。パンナさん(マイヤの父)は娘との別れが寂しいらしく、見るからに涙ぐんでいる。
みんなの挨拶が終わるまで待っていると、私が来た事に気がついたのか、 カウイが私たち家族の元へやってきた。
「アリア、行ってくるね」
「うん、行ってらっしゃい。 手紙書くからね!」
「僕も書くよ」
カウイがうなずき、私の隣にいるエレの方を向く。
「エレくん。僕が戻ってくるまでの間、アリアをよろしくね」
「……カウイさんによろしくされなくても、ちゃんと僕がアリアを守りますから」
私ってそんなに心配掛けちゃうタイプの人間なんだろうか……。
うーん、もっとしっかりしないとなぁ。
エレと話した後、カウイが再び私の方へと顔を向けた。
「アリアに1つお願いがあるんだけど……」
「な、何!?」
早速、頼られるチャンスがきた! と思い、張り切って返事をする。
「僕の留学が終わるまでは、婚約を解消しないでほしいんだ」
「???」
「“婚約者”っていう形があるだけで、頑張れる気がするから」
特に私から婚約解消とかは考えていなかったんだけど……急にどうしたんだろう?
留学でみんなと離れるから、少し寂しくなったのかな?
2年の間に好きな人が出来る可能性も低いし、カウイがそれで安心できるなら、まあいっか。
「うん、分かったよ! 」
「ありがとう」
「……ぬかりないですね」
ん? エレが何か言ったような……?
エレの方を見ると「カウイさん行ってらっしゃい」と笑顔で手を振っている。
そうだ! ぼーっとしている場合じゃない!
私もカウイを見送らなきゃ!
「カウイ、行ってらっしゃ……」
エレにならって手を振ろうとした瞬間、カウイが不意に私を抱きしめた。
「行ってくるね」
私の耳元でささやくと同時に満面の笑みを浮かべ、手を振りながら去っていく。
驚きあまり硬直状態となった私の周りでは「ふふ、さすが私の息子ね」やら「カウイとアリアってそうなの!?」やら、みんながテンション高く盛り上がっている。
騒がしい中、お父様が焦って私に聞いてくる。
「えっ? えっ? アリア今のは!?」
「……わ、私にも分からない」
混乱している私の目の前にエレが現れる。
いつもの天使の顔でにっこりと微笑むと、諭すように話し始めた。
「アリア、よく考えてみて。僕とアリアがいつもしている事だよ? ほら、パンナさん(マイヤの父)とマイヤさんも抱き合って別れてたし、深い意味はないと思うよ?」
「そ、そうだよね。ああー、ビックリした」
抱きしめられた時、ふと気がついた。
私より小さかったカウイの背は、いつの間にか同じくらいになってたんだ。




