10歳、久しぶりの学校スタート!
ついに、この日がやってきた。
久しぶりの学校だー!!
学校に来るのは約2週間振り。
浮かれる気持ちを抑えきれずに意気揚々と歩いていると、どこからか視線を感じる。
最初は、気のせいかな? と思っていたけど、どうも気のせいじゃないみたい。
チラチラとこちらを窺う気配。おそらくは周りにいるほぼ全員から見られているらしい。
戸惑う私をよそに、ひそひそと噂する声まで聞こえてくる。
「あの子が……退学の……」
「……髪……」
耳に届いた“退学”、“髪”というキーワード。
それだけで全てを察する。
入学早々に起こった前代未聞の事件は学校中に 知れ渡っているらしい。
それもそのはず。1人が退学、2人が停学(うち1人は自主退学)、1人が重傷による休学だ。知らない方がおかしい。
さらに、もう1つ。肩よりも短い私のミディアムヘアも目立つ要因みたい。
この世界の女性たちの間では、なぜかドレスに合わせやすいという理由だけで、ロングヘアが当たり前になっている。
にもかかわらず、1人だけ短い髪をして、さらにはその人物が事件にも関わっているとなれば……否応なく“注目の的”というわけか……。
だからって登校しているだけでこんなに見られるとは……。
“人の噂も七十五日”というし、いずれは誰も見向きもしなくなるとは思うんだけど。
……75日か……長いなぁ。
憂鬱な気分で教室に向かっていると、後ろからポンと肩を叩かれる。
振り返ると、嬉しそうに笑っているセレスの姿があった。
あっ、セレス!
……ん?
「アリア、おはよう。ようやく登校できたわね」
「セ、セレス。その髪! どうしたの?」
ロングヘアだったセレスの髪が、肩くらいまで短くなってる!!
驚きすぎて、セレスを2度見してしまう。
「ああ、これ? 最近暑くなってきたから思いきって切ったのよ。私ってどんな髪型でも似合ってしまうみたいね。どうかしら?」
セレスが満足げに髪をバサッと後ろにかき上げた。
セレス……。
優しさが伝わってきて、思わず言葉に詰まる。
「セレス……もちろん、とっても似合ってる。……さすがセレスだね。……ありがとう」
「何のことか分からないけど? よくってよ」
そう言ってとぼけたセレスがにっこりと微笑んだ。
いつもは遠慮なく、思った事を口にするセレスが、ここぞっていう時は何も言わないなんて……本当にかっこよくて、最高の友人だよ。
そのままセレスと一緒に教室まで行き、久しぶりに授業を受けた。
休んでいた分の勉強はセレスとカウイが教えてくれたから、何とか授業にはついていく事ができた。
約2週間分、先生が話した内容まで完璧にノートがとられてる。2人には本当に感謝しかない。
私がいない間、お昼は幼なじみ達7人で食べてたらしい。
一緒に食べる約束をした後、すぐに学校を休む事になった私は、今日初めて加わる事になる。
いつもお昼を食べてる場所があるようで、セレスとカウイに案内されつつ、みんなの元へと向かった。
暫く歩いていると、遠くに見知った顔が見えてくる。
「みんな久しぶり!」
元気になった事をアピールする為、いつもよりテンションを上げて声を掛けた。
私の声に気づいたエウロが、真っ先に笑顔で答える。
「アリア! セレスとカウイから話は聞いてたけど、本当に元気になったみたいだな!」
「声がデカい」
うん、ミネルも通常運転のようで何より。
みんなは西洋風のガゼボ──日本でいうところの“あずまや”の中にあるベンチに座っていた。
屋根のついた円形の建物で、真ん中には大きなテーブルがあり、その周りを取り囲むようにベンチが配置されている。
庭園の中にあるとはいえ、近くにあるのは木々ばかり。思っていたよりも人目につかない場所だ。
狙ったかどうかまでは分からないけど、 いい場所みつけたなぁ。
「アリア、お帰り。ケガも完治したようで本当によかった」
「うん、本当によかったね」
「心配してくれてありがとう」
ベンチに腰掛けた私を、オーンとマイヤが優しく気遣ってくれる。
2人にお礼を伝えると、今度はその場にいる他の幼なじみへと顔を向けた。
「ルナ、久しぶり!」
自分からは何も話さないだろうと予測した私は、名指しでルナに声を掛ける。
「うん、久しぶり」
いつもと変わらぬ表情でルナが答える。 うん、こちらもミネル同様、通常運転。
その後はみんなと一緒に豪華なお弁当を食べながら、色々な話をした。
私がいない間のお昼がどんな状態だったかについては、エウロが教えてくれた。
「アリアのケガが良くなってきたと分かるまでの1週間は、みんなで食べててもほぼ会話がなくてさ。特にセレスとカウイが暗いのなんのって……」
「そうだったんだ」
「あら、そうだったかしら? 覚えてないわね」
セレスとカウイには他の幼なじみ達以上に心配掛けちゃった気がするな。
エウロが話を続ける。
「まあ、ルナは元々あまり話さないし。そういえば、ミネルもほとんど話さなかったような……」
「ただ話したい気分じゃなかっただけだ」
ルナは分かるとして、ミネルも!? って思ったけど、気分じゃないって……ミネルらしいな。
「あっ、そうだったんだ。悪い、俺の勘違いか」
「ああ」
「ところでさ、セレスからは聞いてたけど、カウイもアリアのお見舞いに行ったんだって?」
エウロが今度はカウイへと話を振る。みんなと万遍なく対応できるエウロはコミュ力高いなぁ。
「うん、行ったよ」
「そうだね、来てくれてありがとうね!」
お見舞いに来てくれた事にお礼を伝えると、カウイが私の方を向き微笑む。
「元気なアリアの姿が見れて安心したよ」
前より仲良くなれた感じがするから嬉しいけど、まだカウイの“アリア”呼びは慣れないというか、なぜか少し照れてしまうんだよね。
……ん? あれ? 気のせいじゃなければ、みんな一瞬固まった!?
「なんか、カウイはここ数日で雰囲気が変わったね」
「そ、そうだな。普通の事を言っただけなんだけど、聞いてた俺の方がなぜか少し照れくさくなるな」
オーンとエウロがカウイの話し方や仕草を見て、何か思うところがあったらしい。
オーンはカウイを見て、少し微笑んでる。
エウロなんて、私が思った事を同じように感じてた!
そう、少し照れてしまうあの感じ。前にもどこかで同じ事があったような……。
……あっ!!! カウイのお母さんであるホーラさんだ!
ホーラさんと初めて会話した時、女の私でも照れてしまうくらいに色気のある人だなって思ってたけど、あの雰囲気に似てるんだ!
もしカウイがホーラさん似だとすると、末恐ろしいな……。
お昼を食べ終えた後は、次の授業を受けるべく、その場から離れる。
私はたまたま隣にいたミネルと会話をしながら教室に向かった。
「お前……」
「ん?」
「名前……」
「名前? アリアだけど? 勉強しすぎて忘れた?」
冗談混じりにミネルに言うと、さっきまで何か考え込んでいたミネルの表情が呆れ顔に変わった。
「お前はバカか。……いや、いい」
それ以上は何も言わなかった。
ミネルはたまに分からない事を言うなぁ。頭が良すぎて、私には理解できない事でも考えているんだろうか?
教室へ戻ってからは残りの授業も滞りなく進み、久しぶりの学校生活は無事に終了した。
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学校に戻ってから数日が経った。
未だに周りから注目されてはいるけれど、今はそれ以上の悩みができた。
……なんか腫れもの扱いなんだよなぁ。
幼なじみ達はいつもと変わらず接してくれるけど、一部の先生と同級生の態度に違和感がある。
一部の先生は、多分優しさなんだろうけど、私に対してもの凄く気を遣っている。
同じクラスの人たちはといえば、私に関わると退学にさせられるとでも思っているのだろうか?
必要以上の会話をしてこない。
さっきなんて、私にプリントを渡すと同時にすぐ去って行ってしまい、お礼を言う事すらできなかった。
んー、腫れ物扱いも時間とともになくなっていくかなぁ?
できれば、クラスの人達とも仲良くなりたいんだけど……。
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さらに1ヶ月が過ぎた頃、私の心配は杞憂だったと分かった。
時間の経過とともに生徒達の関心は薄まり、同じクラスの人達もだいぶ普通に接してくれるようになった。
75日を待たずして平穏な日々が送れるようになるなんて! 我慢した甲斐があったなぁ。
これで人から見られる事もほぼなくなるだろう、と思っていたんだけど……。
私の気のせいじゃなければ、ずっと誰かの視線を感じるんだよなぁ。
とはいえ、振り返っても誰もいないし……。
何もないとは思うけど、念の為、みんなに相談してみようかな?
お昼になり、いつものようにセレスやカウイと一緒に幼なじみ達が待つ庭園へと向かう。
その途中、私は気になっていた事を2人に相談してみた。
「なんかね、気のせいじゃなければ、最近視線を感じるの」
「あら視線? 私はいつも人々の視線を感じながら生きてるけど。それとは違う視線かしら?」
「…………」
セレスらしい返答だけど……相談する相手を間違えたかな?
私が呆れ気味にセレスを見ていると、カウイが心配そうな顔で質問してきた。
「今までみたいな“好奇心”や“興味本位”の視線とは違うって事だよね? 嫌な感じの視線?」
「嫌な視線ともまた違うんだよね。ただ歩いてる時もずっと同じ視線を感じていて……気味が悪いというか……なんというか」
「歩いてる時も、という事は後をつけられているかもしれないって事だね。今も感じる?」
「今は話してたから特に意識してなかったけど、感じるかも!」
改めて周りを意識してみると、確かに同じような視線を感じる。
私の言葉に、セレスは「なんですって?」と目を見開き、キョロキョロと辺りを見渡している。
カウイは何かを考えるように少しだけ目線を下げた後、私達に真剣な表情を向けてきた。
「もし誰かが見ているんだとしたら……アリアが1人になるのを待っている可能性が高いんじゃないかな」
同じクラスという事もあり、私はセレスとカウイ、どちらかと一緒に行動する事が多い。
特にケガをしてからというもの、誰か彼かが側にいてくれるようになった。みんな心配性だよなぁ。
でも、そう考えるとカウイの予想は的を射てるのかも。
セレスと私を近くに呼んだカウイが、小さい声で「“視線の犯人”を捕まえよう」と提案してきた。
私達が同意すると、カウイはそのまま犯人を捕まえる為の作戦について話し始めた。
「……あら、楽しそうじゃない。分かったわ。やってみましょう」
「うん、やってみる」
カウイの話に大きくうなずく。
この間も変わらず視線を感じていた為、私達はさっそく行動に移す事にした。
「あっ、忘れ物をしたみたい。一度教室に戻るね」
自分で言うのもなんだけど、こんなんで騙されてくれるか不安になるほどの棒読み……。
「分かったわ。アリアったら忘れ物なんてドジねぇ。先に行ってるわよ!」
「気をつけてね」
カウイはいつも通りだけど、セレスはノリノリだな(笑)
セレスとカウイに手を振ると、私は1人になるべく、作戦通りに教室へと向かう振りをして歩き出す。
2m先にある角を曲がり、私がセレスとカウイの視界から完全に消えた時に“視線の犯人”が現れるはず、というのがカウイの予想。
“視線の犯人”が私を追ってきたタイミングで、2人が犯人を捕まえる……というのが今回の作戦だ。
もうすぐだ! と、ドキドキしながら角を曲がる。
数歩足を進めたところで、セレスとカウイの声が聞こえてきた。
「この男よ! 絶対に逃がさなくってよ!!」
「……き、君は!!」
作戦通り、セレスとカウイが“視線の犯人”を捕まえてくれたらしい。
2人の声に私が振り向くと、そこには……なんとオリュンの子分がいた!
そうか、1人だけ学校を辞めていないんだった。
それにしても、なんで私の後なんて……まさか! ふ、復讐とか!?
私が身構えていると、カウイが強めの口調で子分に話し掛けた。
「アリアに何の用?」
「えっ? えっ? 誰なの? この男は?」
セレスが不思議そうな表情で子分と私達を見つめる。
そっか。セレスは事件の事は知っているけど、子分の顔は知らないんだ。
「オリュンの友人」
私が詳しい説明をせずに答えると、頭の回転が速いセレスは全てを察したようだ。
セレスの表情が不快そうに歪んでいる。
「あら。あなたがアリアを傷つけた男の友人だったの」
カウイとセレスの言葉に、何も言わずうつむいていた子分が突然、深々と頭を下げた。
怯えたように、体はカタカタと震えている。
「す、す、すいませんでした! 謝ってすむことじゃないのは十分承知してますが、本当にすいませんでした!!」
私に向かって謝ると、顔を上げる事もなく必死に話し続ける。
「まさか、あんな事になるなんて思わなくて……。アリアさんの状態を聞いて、大変な事をしてしまったって思って。ずっと謝りたいと思っていたんですけど……中々勇気がでなくて。本当にすいませんでした!」
頭を下げたまま、私の返答を待っているように見える。
怒ったセレスが何か言おうと口を開けたが、「セレス、ちょっと待って」と私が制した。
セレスは私の気持ちを察してくれたのか、怒ってはいるようだけど声には出さず、静かに聞く姿勢を取ってくれる。
「セレスありがとう。……顔を上げて下さい」
子分は私に言われた通り、震えながらもゆっくりと顔を上げた。表情も強張ったままだ。
「あなたは何に対して謝っているんですか? 私がケガをした事ですか?」
私とは目は合わせず、ただ黙ってうなずく。
「だとしたら、私は何年経ってもあなたを許しません! あんな事になるなんて……という考えがそもそも間違いです。私がケガをする前にあなた達がやっていた事をちゃんと思い出してください。謝るのはケガをした私だけではないはずです! それも分からず謝っているようなら、あなたは何も反省していないと思います!!」
「えっ……」
謝れば許してもらえる、とでも思っていたんだろうか。
許さないと言われた事に戸惑う子分に向かって、私はさらに怒りをぶつけた。
「あなたはただケガをした私に許されたくて、自分の為に謝っているだけのように感じます。何が悪かったのかちゃんと考えてください。それが分かった時にもう一度話を聞きます」
なんでそんな事を言われたか分からない顔をしている。
私も敢えて、何に対して反省して欲しいか、は告げなかった。
そもそも“あの事件”の発端はカウイだ。彼らがカウイをイジメなければ、あんな事にはならなかった。
イジメた事に対して、人が痛めつけられている姿を笑いながら見ていた事に対して、謝れないのなら意味がない。
自分が悪かったと気づき、心から反省しなきゃ、この人はきっとまた同じ事を繰り返す。
実際、私の横にいるカウイについては気にもなっていない様子。
多分だけど、カウイに対して悪い事をしただなんて思ってもいないんだろうな。
ちゃんと考えて反省してくれるかどうかは分からないけど、ひとまず言いたい事は全部伝えた。
ふぅっ……よし!
深呼吸し、嫌な気持ちを切り替える。
ふと隣に目を遣れば、カウイが私の事をじっと見つめていた。
「カウイどうしたの?」
「……ううん、なんでもない」
それ以上は口にせず、カウイはただ穏やかに微笑んでいる。
何か言いたそうな顔をしていたと思うんだけど、私の気のせいかな?
やっぱり最近のカウイは、前とは違う表情をする時があるなぁ。
「さてと! セレス、カウイ。みんなを待たせてるから、お昼食べに行こっか!」
「そうだね」
同意したカウイと言い足りなそうなセレスを無理やり連れ、みんなが待つ庭園の方へと走り出す。
子分は呆然とした表情を浮かべたまま、その場に立ち尽くしていた。
それきり私の前に子分が現れることは無く、1年目の学校生活が終わろうとしていた。




