ルナのつぶやき 高等部編
ルナです。
大迷惑な事が起きました。
珍しく家族全員が揃い、食事をしていた時のことです。
「リーセ、ツクイさんのご息女に会ってみない?」
お母様が兄様に聞いています。
ツクイ……誰だろう? お母様の職場の人?
「急にどうしたの?」
兄様が笑いながら答えてます。
素敵な笑顔です。
「実はツクイさんのご息女がリーセに一目惚れしたみたいなの。それで『一度会って話せば、娘を気に入るはずだから会わせてくれないか』って。断ってたんだけど、何度もお願いされてね」
表情も変えず、お母様がとんでもない事を言い出しました。
格好よく完璧な兄様に、この手の話は多いです。
でも兄様は全部断ってきました。
当然、今回も断るだろうと思い、私は気にせず食事を続けていました。
ところが──
「分かったよ。一度会ってみるよ」
兄様が驚愕の返事しました。
……話を受けた。
兄様もツ、ツ……クさんのご息女に興味がある?
その人はアリアよりも魅力的……?
……セレスみたいな単純な事を考えてしまった。
アリアより魅力的な女性なんて、この世にいなかった。
優しい兄様はきっと、お母様の顔を立てる為に一度だけ会う事にしたに違いない。
……と、思っていました。
それなのに、ある日、お母様が耳を疑うような事を言い出しました。
「来週も“モレ”さんに会うそうよ。リーセも気に入ったみたい」
「“モレ”?」
「ああ、ツクイさんのご息女よ」
あの、ツ……クさんのご息女と? また?
「本当?」
「ええ、本当」
「ほんとのほんと?」
「ええ、本当」
兄様が“モレ”さんを気に入った?
アリアがいるのに?
確認したいけど、兄様は仕事が忙しい時期。
邪魔をしたくない。
それに……本当に兄様が望んだ人なら、祝福しないといけない。
だけど、だけど……兄様の結婚相手はアリア以外いないと思っている。
少なからず、兄様もそう思ってると思ってた。
いや、思っている。
兄様が興味を持って気に入ってる女性は、アリアだけ。これは絶対の絶対。
もし、兄様と“モレ”さんが結婚する事になったら……お母様を一生恨む!!
とにかく、この不安な──モヤモヤとした気持ちを聞いてもらいたい。
そう考えて、部屋の前でアリアが帰って来るのを待った。
「兄様が……結婚しちゃうかもしれない」
突然の言葉にアリアが驚いている。
「結婚? リーセさんが!?」
私がこくんと頷く。
「と、とりあえず、私の部屋へ入って」
約束もなく来たのに……アリアが優しく私を部屋に招き入れてくれた。
アリアが私を椅子に座らせ、メイドのサラさんに飲み物をお願いしている。
落ち着いたところでアリアが私の向かい側に座り、ゆっくりと口を開いた。
「ええと……リーセさんが結婚してしまうかもしれない、というのは?」
「兄様を気に入った女性がいて──」
今までの経緯をアリアに話す。
「そっか。モレさんは、元々リーセさんを気に入ってるんだもんね。リーセさんも気に入ったなら、結婚する……と思うかぁ」
話しながら、不思議そうにアリアが頭を傾けている。
「うーん……でもなぁ。そんな大事な話をリーセさんがルナにしないかなぁ? ルナには真っ先に話しそうだけど??」
そう言われてみると……そうかもしれない。
兄様がお母様に話して、私に話さないはずがない。
これは……確かめる必要がある。
「アリア、週末見に行こう」
「何を?」
アリアがきょとんとした顔をしている。
「兄様とモレさんが会う所を」
状況が飲み込めたのか、アリアが大きく目を見開いた。
「ええ!? 邪魔はできないよ!!」
「大丈夫。遠くで見守るだけだし」
兄様が本当にモレさんを気に入ったかどうかは、顔を見れば分かる。
「一人だと心細いから、アリアもついてきてほしい」
「ええ!?」
アリアが驚いた後「んー、んー」と、必死に頭を悩ませている。
「んー、分かった! ただし遠くから眺めるだけ、ね。ルナがリーセさんの様子を確認したら帰るよ?」
「分かった。任せて」
渋々ではあったけど、アリアも付き添う事を了承してくれた。
これで真実を確かめる事ができる。
──そして、迎えた週末。
兄様とモレさんが約束している時間よりも早く、レストランへと入る。
この場所で会う事は、事前にお母様から聞いている。
一番目立たない隅の席に座らせてもらい準備万端。
あとは、アリアの到着を待つだけ。
すると帽子を深く被り、きょろきょろと周りを見渡しているアリアが現れた。
私に気づいたアリアが、こっちに向かってゆっくりと歩いて来る。
「アリア、(挙動不審だけど)どうしたの?」
「あっ、ルナ。バレないように周りを警戒しないと」
余計、目立つような……。
アリアが私に顔を近づけ、小声で話し掛けてくる。
「リーセさんは?」
「30分以上早く来てるから、まだ来ないと思うよ」
安堵の表情を見せると、アリアは被っていた帽子を脱ぎ始めた。
私の向かい側に座り、その隣に帽子と荷物を乗せている。
「リーセさんとモレさんが会う所を見たら、気づかれないようにそっと帰る。いい?」
「うん、それで大丈夫」
私が頷くと、アリアも一緒に頷く。
アリアが飲み物を注文し、一息ついたところで、ぱっと私の顔を見た。
「今更だけど、わざわざ会う所を見なくても……直接リーセさんに確認すれば、解決だったんじゃ」
「うん」
私が返事をすると、アリアが驚いている。
表情がころころ変わって面白い。
「えっ、んん? 気がついてたの??」
「うん。でも……確認して『気に入ってる』と言われた場合の(心の)準備が出来なくて」
アリアが小さく笑った。
「そっか。大好きなお兄さんだもんね」
こんな時『兄離れしなさい』と言わず、私の気持ちを汲んでくれるアリアが好きだ。
「それに兄様が弱みを握られてるなら、その場でアリアと一緒に助けようと思って」
「なるほど。その可能性もあるんだ?」
それは……まだ分からない。
兄様に限って、弱みを握られている可能性は低いけど。
アリアと会話をしていると、兄様が予定より早くレストランに入ってきた。
さすが兄様だ。
「アリア、兄様が来た。兄様は女性を待たせたりしないから」
「う、うん?」
アリアには兄様の良い所を伝えておかないと。
うん、大丈夫。兄様の位置から、私とアリアの席は見えない。
気づかれる心配はなさそうだ。
暫く待っていると、モレさんらしき女性が入ってきた。
「アリア、来た」
「モ、モレさん?」
私が黙ったまま頷く。
2人にバレないよう、お互いに小声で会話をする。
「ルナの場所から、リーセさんの顔は見える?」
再び、黙ったまま頷く。
そうか。アリアは私の向かいに座ってるから、兄様とモレさんの顔が見えないのか。
視線の先では、兄様とモレさんが何やら話している。
兄様のこの表情は……。
「アリア、出よう」
10分も経っていないけれど、兄様の気持ちはよく分かった。もう充分だ。
私の言葉にアリアが頷き、またしても持っていた帽子を深く被った。
やっぱり余計、目立つような……。
死角の位置だから、まぁ大丈夫か。
アリアと2人、一言も会話せずにレストランを後にする。
外へと出た瞬間、アリアが「ふぅー」と大きく息を吐いた。
「バレなくて良かったね」
「うん」
実はレストランを出る際、兄様がチラッとこちらを見たような気もする。
もしかしたら、気がついたかもしれない。
でも、アリアとの約束通り、邪魔はしてないし。
「……で、どうだったの?」
アリアが緊張した面持ちで私に尋ねてくる。
「うん。違った」
「違った?」
「うん、兄様が気に入った女性ではない」
そう。兄様は明らかに愛想笑いをしていた。
……という事は気を許していないし、気に入った女性でもないという事だ。
「そうだったんだぁ」
私の答えに納得しつつも、アリアが「うーん」と悩んでいる。
「リーセさんの気持ちを考えると“残念”なのかな? でも私はルナの友人だから“良かったね”でいいのかな?」
「そうだね」
良かったね……か。
確かに良かったけど……ある意味、残念な事にも気がついちゃった。
それから数日が経ったある日、久しぶりにアリアとセレス、マイヤと4人で食事をする事になった。
私が『話していいよ』と言ったので、アリアが兄様との出来事を2人に話している。
「リーセさんなら、結婚しててもおかしくない年齢だものね」
食事をしながら、マイヤが私を見てくる。
「ルナちゃんは、男性で好みの人はいないの? リーセさん以外で」
「なんで?」
兄様が真っ先に除外された。
意味が分からない。
「だって、 男性の好みがリーセさんだなんて、 ルナちゃんにアプローチしたいと思ってる人からすれば、なかなかハードルが高いもの」
……そういうものなのかな?
そういえば、前に兄様の存在を気にせずに告白してきた人がいた。
元別館のナルシストで……ユーテルという人だ。
挫けずアプローチしてくる姿や、無言の私にも怯む事なく話し掛けてくる姿が印象的だった。
面白い人だなぁ、とは思った。
けれど、全く好きにはなれなかった。
今でもたまに話し掛けてくるけど、特別な感情は芽生えない。
……私は、何か欠けているのかな?
思い出すと以前、ミネルが偉そうなことを言ってたな。
『お前は極端なんだ。好きな奴を増やせばいいだけだろ?』
『好きな人も友人も全然いないミネルに言われたくない』
言い返したら、『僕はいいんだ』なんて自分勝手な事も言ってた。
ミネルに何を言われようと少しも気にならないけど、そんな事を言われるくらいには、私って変なのかな?
自分ではよく分からない。
ふいに、私とマイヤの話を聞いていたセレスが口を開く。
「そうね。好みがお兄様というのは変じゃないと思うけど」
そう前置きしつつ、じっと私を見つめてくる。
「好きな人が増えるのは、悪い事じゃないとは思うわよ?」
「でも……私の手は2つしかないから」
ボソッと呟いた私に向かって、セレスが呆れたように息を吐き出す。
「当たり前じゃない。でもまぁ、そうね。でも3つ、4つ…… いえ! 例え100あったとしても、私なら使いこなせるわ!」
「……違う」
さらに小さな声で否定すると、今度はアリアが声を掛けてきた。
「ああ、そっか。手を繋げるのは2人までだもんね。ルナは自分の手を繋ぐ……自分の手を埋める人は“この人”って決めてるんだね。後悔がないよう、好きな人を思う存分大切にしたいっていうルナの気持ちは素敵だと思うよ。もちろん、セレスが言うように大切な人が増えていくっていう考え方も素敵だよね」
アリアは私の言いたい事をちゃんと分かってくれた。
大好きな人が私の事を『素敵』だと褒めてくれてるんだから、変でも何でもいいのかも。
「だから、アリアが好き。そしてセレスは抜けてる回答だった」
「なんですってー!! 凡人には到底思いつかない名回答よ!!!」
「名回答ではないけど……でも、面白い発想だった」
セレスが複雑な顔……というか、面白い顔をしている。
マイヤに至っては、色々と諦めたような表情をしている。
「ルナちゃんは、もうそのままでいいのかもね」
「マイヤは少し性格が良くなった方がいいと思う」
すぐに切り返すと、マイヤがいつもより大きく声を上げた。
「愛想の欠片もないルナちゃんよりはマシよ!」
その後もセレスやマイヤとの言い合いは続き、少し疲れた。
アリアはといえば、私たちのやり取りを見て楽しそうに笑っている。
昔は間に入って止めてたけど、いつからか『言い合えるという事は、それはそれで仲がいい証拠だしね』と言い出し、仲裁する事を止めた。
……というか、諦めたらしい。
アリアの言う通り、私の手は2つしかないから、いざとなった時に助ける人を迷いたくない。
……けど、セレスとマイヤの事は、兄様とアリアを助けた後で助けてあげようかな、と最近は思う。
──兄様とモレさんの様子を見に行ってから初めて迎えた週末。
今日はどこにも出かけず、自宅でゆっくり、兄様と2人だけで過ごす予定だ。
ソファに並んで腰を下ろしていると、兄様が優しく、私に話し掛けてきた。
「ルナの誤解は、解けたかな?」
やっぱり、私がいた事に兄様は気がついていたんだ。
「うん。お母様が、兄様がモレさんを気に入ったって話してたけど」
「私が? ……言った覚えはないけど?」
……お母様。
「もしかしたら、私が紹介された女性と2回会うのが初めてだから、勝手に気に入ったと思ったんじゃないかな」
確かに、お母様の性格ならあり得るかもしれない。
「なぜ、2回も会ったの?」
「ああ。初めてお会いした時、モレさんが体調を崩されてね。すぐに帰ったんだ。その事もあってか、後日『できれば、もう一度お会いしたい』という連絡を頂いてね」
私の質問に答えながら、兄様は少しだけ困ったように微笑んでいる。
「お母様も何度もお願いされて困っていたようだし、顔も立てておかないとね」
やっぱり、兄様は優しい上に完璧だ。
改めて兄様の素晴らしさに感激していると、兄様が私の顔を覗き込みつつ、そっと尋ねてきた。
「ルナは……今回の事で気がついたんじゃないかい?」
「何に?」
兄様が静かに口元を緩める。
「私が結婚するかもしれないという話を聞いて、アリアは動揺していたかい?」
「…………」
……あの日、私が気がついてしまった事に、兄様も気づいていたらしい。
なんと答えればいいのかも分からず、黙って首を横に振る。
「それが答えだと思うよ。……少し寂しいけどね」
兄様とアリアと私で暮らすという夢があるけど……これからは最悪、別なもう1人と──4人で暮らす事も視野に入れないといけないのか。
予定外の事態に落ち込んでいる私に、兄様が優しく話し掛けてくる。
「ルナ、学生生活はあと2年もある」
「……うん?」
兄様、どうしたのかな?
「恋愛というのは、2回目の方が上手くいくらしいよ?」
そう言って、兄様が不敵に笑った。
それって──
うん、私も諦めない!
兄様が勝負に負けるところなんて、今まで見た事ないし!!
お読みいただき、ありがとうございます。




