そっくりさん登場
──その日は突然訪れた。
「アリアさん」
名前を呼ばれ、振り向くと1人の女性がにっこりと笑っている。
知り合い? ……ではないはずだ。
もし会った事があれば、覚えているはずだし。
「ええと……」
「初めまして。ケリーと申します」
名乗ると同時に、その女性は私に向かって、丁寧にお辞儀をした。
ケリー? どこかで聞いた事のある名前だな?
……と、悩む前に私も自己紹介だよね。
「初めまして、ケリーさん。アリアと申します」
遅ればせながらも挨拶すると、ケリーさんが明るく笑ってみせた。
……あれ?
ケリーさんの来ている服、私の持っている服によく似ている。
まぁ、世の中には似たような服もあるだろうけど、着る日が被ったら少し恥ずかしいな。
……などと、別な事を考えていると、ケリーさんが口を開いた。
「よろしければ、気軽に“ケリー”と呼んでください」
「ありがとう、ケリー。じゃあ、私の事も“アリア”で」
そこでふと、ある事に気がつく。
よくよく見ると、ケリーの髪型や髪の色、身長も私と同じくらいだ!
すっごい偶然!!!
心の中だけでこっそり驚いていると、ケリーが慌てたように首を振った。
「いえ! アリアさんは私より年上なので……」
へぇ、ケリーは年下なんだぁ…………って、あぁ!! 思い出した!!!
ミネルが話してた子だ!!
『1つ下の学年にいる“ケリー”という女性だ。アリアと同じ髪型で、身長も同じくらいだったはずだ』
そうか。この子がねぇ……ん? あれ??
確か、ミネルの話では──
『アリアより年下だが、大人しいというか、落ち着いた顔立ちをしている』
私の印象では、ケリーって明るくて活発な人に見えるけど。
「ええと……それで、どのようなご用件ですか?」
「あ! そうですよね。突然、すみません!」
焦った様子で、ケリーが頭を下げる。
「実は友人から『エレくんのお姉様がケリーに似てる』とよく言われるので、会ってお話してみたいって思ってたんです」
──やっぱり!
セレスとマイヤが話していた人も、ケリーの事なんだ!!
「そっか。ケリーも言われてたんだね。実は私もセレス……友人に言われた事があって」
「──!! セレスさんですか!?」
私の言葉にケリーが驚いたように声を上げた。
「セレスさんが私の存在を知ってくださっているなんて……嬉しいです!」
両頬を赤く染め、心底嬉しそうに微笑んでいる。
男女問わず、セレスに憧れてる子って多いもんね。
まぁ、他の幼なじみたちに対しても同じ事が言えるんだけど。
うんうん、と一人で納得していると、ケリーが「あの……」と声を掛けてきた。
「年上の方に言うのは失礼だと思うのですが、私、アリアさんと仲良くしたいなって思ってて……」
照れくさそうに、ケリーがはにかんでいる。
あまり面と向かって言われた事がないから、私も少し気恥ずかしいけど、嬉しいな。
「ありがとう。そう言ってくれて嬉しい」
ケリーが私に向けて、パッと笑顔を向ける。
「それじゃあ……」
「うん。これからよろしくね!」
「嬉しいです! ……あ、あの、そうしましたら、その……」
「ん?」
ケリーが緊張した面持ちで尋ねてくる。
「アリアさんのご都合がよければ……今日ランチでもご一緒しませんか?」
話し掛けてくれた時もそうだけど、きっと、勇気を出して誘ってくれたんだろうな。
「うん、大丈夫だよ」
「ありがとうございます!」
ランチの誘いを了承し、そのまま学校にあるカフェテリアで会う約束を交わす。
別れ際、そういえば……と改めてケリーに声を掛けた。
「ケリーはエレと同じ学年だよね? エレの事もよろしくね」
なんて、ちょっとお姉さんぶってしまった。
「エレくんですか? ……実は私、高等部からこの学校に来たんです」
「そうなんだ」
「はい。学年は一緒ですが、1年生の時はエレくんと別々のクラスだったので話した事はほとんどないんです。でも、いくつか同じ科目を受講しているので、今度、改めて挨拶させていただきます!」
さっきも思ったけど、ケリーはエレの事を“エレくん”って呼んでるんだな。
珍しい……と思っていると、私の様子が気になったのか、ケリーが尋ねてきた。
「どうかしましたか?」
「えっ! ああ、ごめん。顔に出てたね。大した事ではないんだけど……エレと同学年の人たちは、エレの事を“エレ様”って呼んで慕ってくれる人が多いから、ケリーの呼び方が新鮮で……」
思っていた事をそのまま伝える。
すると、ケリーが何か発見したかのように私を凝視してきた。
「アリアさんは顔に出やすいんですね……」
「う、うん? そうなんだよね」
小さい頃から言われ続けているから、自覚もしている。
それがどうかしたのかな?と首を傾げていると、ケリーがわずかに表情を和らげた。
「話した回数は少ないですが……“エレ様”って距離がある気がして、寂しいなって思ったんです。図々しいかもしれませんが、“エレくん”って呼ばせてもらってます」
そっかぁ。
“エレ様”って呼んで慕ってくれる人達がいる事も嬉しいけど、ケリーのようにエレを思ってくれるのも嬉しいな。
「ありがとう」
お礼を伝え、改めてケリーに別れを告げる。
去って行くケリーに手を振っていると、後ろから「アリア」と呼びかけられた。
「……セレス! おはよう」
「おはよう。……今の方は?」
セレスが私に尋ねる。
「1つ下のケリーっていう子だよ。多分、セレスが話してた『私に似ている人』って、ケリーの事だと思う」
「そうね……去って行く姿を見て気がついたわ。それより──」
言いながら、セレスが少し目線を横に向けた。
「エレの話をしていたようだけど……」
「?? ……ああ、そうそう」
ケリーと話した内容を簡単にセレスへと伝える。
「そう、……そうだったの」
「うん」
「……って、エレの事はどうぅぅだっていいのよ!」
「うん?」
エレの話を聞きたかったのかと思ってたんだけど……。
セレス、久々に情緒不安定だなぁ。
「あの子……ケリーさん? は、アリアに憧れて真似をしているのかしら?」
……私の真似?
そっか。服装や髪型が似てるから、勘違いもしちゃうよね。
「それが……偶然なの! 友人に“ケリーに似ている人がいる”って言われて、私の事を知ってくれたみたい!!」
興奮気味に伝えると、セレスがわずかに考え込むような表情を見せた。
「そんな偶然あるかしら??」
「ねぇ、すごいよね」
セレスが私をじーっと見ている。
どうしたのかな?
「……授業が始まるわ。また後でね、アリア」
そう言うと、セレスが軽く手を上げ、優雅に去って行った。
うーん、何だったんだろう……。
ん? そういえば『後で』って……セレスと会う約束してたっけ??
──そして、昼休み。
待ち合わせのカフェテリアに行き、ケリーを探す。
「アリアさーん! ここです!」
少し離れた場所から、ケリーが元気よく手を振っている。
「ごめんね、待たせちゃったね」
「いえ、私も今来たところです」
私に気を遣わせないように言ってくれたのかな?
さっそくケリーの向かいに座りメニューを眺めていると、突如、覚えのある声が聞こえてきた。
「私もご一緒してよろしいかしら?」
メニューを持ったまま、ゆっくりと目線を上げる。
その先にはセレスが立っていた。
『また後で』って……この事だったのか!
んー、私はもちろんいいけど、ケリーがどう思うかな?
悩んでいると、私が返答するよりも早くケリーが口を開いた。
「もちろんです! セレスさんとご一緒できるなんて光栄です!」
「あら、ありがとう」
笑顔で答えるケリーにお礼を告げ、セレスは私の右隣へと腰を下ろした。
「はじめまして。アリアの大(大大∞)親友、セレスと申します。先ほどアリアから貴方のお話は聞かせてもらったわ。よろしくね、ケリーさん」
「セレスさんのような素敵な方にそう言ってもらえて嬉しいです。私のことは気軽に“ケリー”と呼んでください」
ケリーに微笑みつつ、セレスがそっと囁く。
「やっぱり……似ているわ」
「え……? すみません、よく聞こえなかったのですが……」
「いえ、なんでもないの」
ケリーの位置からは、セレスの声が聞こえなかったらしい。
セレスにしては珍しく小声だったし。
隣に座っていた私には聞こえたけど……似ている?
私と、って事だよね??
疑問に思いながらも、ケリーとセレスの会話に耳を傾ける。
ケリーは人見知りをしないタイプなのかな?
セレスにも物怖じせず話している。
「──せっかくだから一緒に食べようと思ったんだけど……先約があったみたいだね」
ふいに話し掛けられ、セレスが咄嗟に後ろを振り返った。
「あら、オーンとミネルじゃない」
遅れつつ、私も後ろへと視線を移す。
あっ、本当だ。
「2人はこれからお昼なんだね」
「そうなんだ。さっきまでミネルと同じ授業を受けていてね」
オーンが私に向かって微笑み掛ける。
以前とは違い、全員が集まる事はほとんどなくなったけど、授業が同じ時は変わらずに幼なじみ同士で昼食を摂っている。
オーンとミネルもそのつもりでカフェテリアに来て、たまたま私とセレスを見つけたらしい。
「邪魔をしたくないから今回は遠慮するよ。それじゃあ……」
気を利かせて去ろうとするオーンに、すぐさまケリーが話し掛ける。
「よろしければ、一緒に食べませんか?」
「えっ?」
「アリアさん、セレスさんと一緒に食べようと思っていらっしゃったようなので……よければ、ご一緒にと思いまして」
「…………」
ケリーからの申し出に、オーンとミネルが何とも言えないような表情を浮かべている。
私も少しだけビックリしてしまった。
ミネルはともかく、王子であるオーンを幼なじみ以外で気軽に誘う子を初めて見た。
「……“ケリー”か」
ミネルが独り言のように呟くと、ケリーが途端に驚いた表情を見せる。
「ミネルさん、私を知ってるんですか?」
「ああ、失礼。ケリーさんだったな」
ミネルの言葉にケリーがクスッと笑った。
「“ケリー”の方が嬉しいです。先ほどと同じように“ケリー”と呼んでください」
「ああ、よろしく。ケリーさん」
ミネル……そこは“ケリー”じゃないんだ。
けれど、ケリーは気にした様子も見せず「図々しかったですね」と笑っている。
「では、お言葉に甘えてご一緒させてもらおうか」
オーンが私の左横に座り、オーンの隣にミネルが座った。
円卓だから、ミネルの左横にはケリーがいる。
……なんだか、奇妙なメンバーでお昼を食べる事になったなぁ。
チラリとケリーを見れば、少しだけ興奮した様子でみんなと話している。
緊張させちゃうかなと思ったけど、楽しそうだし良かった。
「皆さんは、幼なじみなんですよね?」
「ええ、そうよ」
「だから、仲がいいんですね!」
ケリーの言葉にオーンとミネル、セレスが顔を見合わせる。
「アリアとは仲がいいわ」
「そこまでの仲ではない」
「そうだね。仲はいいかな」
3人が同時に返事をする。
まさに三者三様!!
それはともかく……あれ? さっきからケリーの発言を聞いて、何かが引っ掛かる。
なんだろう??
…………はっ!! わかった!!!
私がある事に気がついたタイミングで、セレスがケリーに話し掛ける。
「ケリーさんは、私たちの事をご存知のようね」
「はい! 有名な方たちですからっ!」
元気に答えるケリーに対し、セレスがわずかに声のトーンを落とす。
「……アリアの事は、知らなかったのよね?」
そう、そうなのだ!
引っ掛かっていた正体はこれだ!!
ただ理由は分かるので、あえて聞くのを止めたんだけど……。
セレスが聞いちゃったぁぁぁ。
「あっ、はっ、はい」
セレスの射抜くような視線に、初めてケリーが動揺を見せる。
それと同時に私の方へと顔を向けると、申し訳なさそうに頭を下げてきた。
「ごめんなさい、アリアさん!」
「気にしないで、ケリー」
そう! 最近はすっかり忘れていたけど、目立つのは私の幼なじみ達だけだった。
いつの間にか、私は調子に乗っていたようだ。
ありがとう、ケリー。
貴方のお陰で自分を見つめ直す事ができました。
その後、お昼を無事に食べ終えると、それぞれ次の授業へと向かう事になった。
私とオーンは同じ授業なので、一緒に教室へと移動する。
その途中、隣を歩くオーンがそっと口を開いた。
「ケリーさんとお昼を一緒に食べる事になった経緯を聞いてもいいかな?」
「うん……? うん」
別に隠す内容でもなかった為、今日の出来事をそのままオーンに伝える。
「……そう」
オーンも、ケリーの話を聞いた時のセレスと同じような表情をしている。
何かを考えるように顎に手を添えつつも、私の顔を見ると小さく息を吐き出した。
「いい子そうだね」
「ねっ! 話しやすいし」
私がにっこり笑うと、オーンも微笑んだ。
「ただ……何か迷ったり、困ったりした場合には僕を頼って欲しい」
目を合わせながら、優しい表情で語り掛けてくる。
「うん? ありがとう」
「アリアは忘れそうだなぁ。絶対だよ?」
言うと同時に足を止め、オーンが腰を屈める。
それから、まるで確認するかのように私の方へと顔を近づけてきた。
いつも……近いって!!
今のところ、私の頭の中は……エウロへの返事をどうするかでいっぱいだ。
エウロの事は好き。
……いや、恥ずかしいから控えめに言ってしまったけど、大好きだ。
エウロとは気が合うと思う場面が何度もある。
会話も弾むし、一緒にいて楽しい。
それが幼なじみ、友人に対しての好きなのか、恋愛での好きなのか……。
これは……さすがに誰にも相談できないしなぁ。
私の決めた心次第では、オーンにも返事をする事になる。
「そうそう、アリア」
「うん?」
「ミネルと何かあった?」
へっ!?
いきなりの質問に、思わず動揺してしまう。
「な、なんで?」
「ミネルと話す時、力が入っているように見えたから」
す、するどい!!
「いや、……うん」
キスされました……とは、とても言えない!
された当初は多少怒りもあったけど、ミネルとはもう普通に話している。
……けど、ミネルの助言についてはその通りだと思う部分もあったので、思い出した時は気を引き締めるようにしている。
キスした張本人であるミネルの助言を聞き入れるというのも不思議な話だけど。
「言えない話?」
「……いや、うん。3年生になって少し気が緩んでいたからね。気合いを入れただけ」
すると突然、オーンの雰囲気がガラリと変わった。
「なるほど。気を引き締めなきゃいけない何かがあったのか」
またしても、鋭い!!
答えるたびに余計な事を言ってしまいそうで黙っていると、オーンが小さく声を漏らした。
「……んー、のんびりし過ぎていたのかもしれない」
「うん?」
意味が分からず、オーンの顔を見上げる。
オーンも私の方へと視線を向けると、またしても腰を屈め、顔を近づけてきた。
「アリアを一番愛しているのは、私……僕だから。それは忘れないでほしい」
囁くように告げ、オーンが私からゆっくりと顔を離す。
「さぁ、遅れないよう授業に行こう」
「……う、うん」
何事もなかったかのように歩き出すオーンに続き、教室へと移動する。
無論、オーンからの告白を聞いた私が、顔を熱くしたまま授業を受ける事になったのは言うまでもない。
──数時間後。
授業を終え、寮へ戻ると、部屋の前に誰かが立っているのが見えた。
誰? ……って遠目からでもすぐに分かる。ルナだ!!
「ルナ、どうしたの?」
ルナに近づき、声を掛ける。
「アリア」
驚いた事に、ルナは今にも泣きそうな表情を浮かべている。
「な、何があったの?」
「兄様が……」
リーセさんが!?
「結婚しちゃうかもしれない!」
お読みいただき、ありがとうございます。




