強気なミネル
「そろそろ、僕の事を好きになったか?」
隣に立つミネルが、ふいに尋ねてくる。
「えっ!!?」
予想もしていなかったミネルの言葉に、頭が追いついてこない。
「えっ、と」
「その様子だと、まだのようだな」
動揺する私の姿に、ミネルが不満げな表情を見せる。
明日はマイヤとサウロさんの婚約パーティーだ。
ウィズちゃんに『準備した会場(ミネルの家)を見に来て』と言われたから来たんだけど……。
まさか速攻で、こんな話題になるとは。
「そ、そういえば……マイヤとセレスが、後ろ姿が私に似ている人を見たって話してたんだ。ミネルは何か知ってる?」
一旦話題を変えようと、2人から聞いた話をミネルにする。
それに《知恵の魔法》を使うミネルなら、生徒の情報をすべて管理してそうだ。
「話題をそらしたな」
うっ、バレてる。
「まぁ、いい。……アリアに似ている?」
ミネルが顎に手を当て、思案している。
「後ろ姿か……あえて言うなら、1人だけ思い当たる人がいる」
「──そうなんだ!」
やっぱりミネルは知っていたんだ。
「1つ下の学年にいる“ケリー”という女性だ。アリアと同じ髪型で、身長も同じくらいだったはずだ」
なるほど。
2人が話していたのは……その人の事かな?
「ただ、顔は似ていないぞ。アリアより年下だが、大人しいというか、落ち着いた顔立ちをしている」
「…………」
幼なじみの説明は、いつも一言多いような……。
「それでも僕はアリアの方がいいぞ」
私を見て、ミネルが片方だけ口角を上げた。
「それは……誠にありがとうございます」
「ああ、構わない」
反応に困りつつもお礼を伝えると、ミネルが笑みを浮かべたまま返してくる。
『構わない』って……それはそれで反応に困ってしまう。
「ルナにも聞いたけど、『見た事ない』って言ってた」
「それはそうだろう」
すぐにミネルが答える。
「ルナは“アリアか、アリア以外”、“リーセさんか、リーセさん以外”でしか見ていない。気づくはずもない」
そっか。
ミネルの言う通り、元々ルナは人の顔をきちんと見ていなかった。
「なるほど」
私が妙に納得していると、ミネルが怪訝そうに私を見た。
「そこは納得するんだな。ルナの気持ちは重くないのか? あれは重症だぞ?」
「全然! 私、見かけによらず力持ちだから!!」
ルナを可愛いとは思っても、“重い”なんて考えた事もなかった。
「力持ち……そういう事じゃないが。なら、良かった」
……んん? 良かった?? 何が???
私が首を傾げていると、ミネルがニヤッと笑ってみせる。
「僕の愛は、アリアが想像している何十倍も重いからな」
「っ!?」
「力持ちなら余裕で受け止められるな」
見るからに、さっきよりも楽しそうだ。
「……ミネルは、そういう事を言う人じゃないと思ってた」
「残念だったな。アリアの面白い顔を見たいという気持ちの方が勝つんだ」
くくっと声を立てて笑うと、ミネルが私に向かって手を伸ばしてきた。
私の右頬に触れると同時に表情が真剣なものへと変わる。
そして、ゆっくりと顔を近づけてきた。
えっ!? この流れって、まさか──
……と、咄嗟に顔を横に向けようとしたところ、ミネルが突然、私の頬を軽くつねった。
「……へっ!!?」
驚きのあまり目を見開いたまま、ミネルを見上げる。
「はっ! ははっ。その顔……」
ミネルが前かがみになり、お腹を抱えて笑っている。
「だ、だって!!」
「キスでもされると思ったか?」
……くっ、くっ、悔しいーーーー! !
ええ、ええ! 思いましたともっ!!
だって、真面目な顔をしてたし、顔を近づけてくるし!
図星なだけに余計に悔しいーーー!!!
私が悔しがっていると、ミネルの手が再び私の右頬に触れた。
自然な動きに、ついつい反応が遅れてしまう。
「では、お望み通りに」
そう告げると、ミネルが私にキスをした。
──えっ!!
ほんの一瞬触れただけの唇を離すと、ミネルが私に背を向けた。
耳が赤い気もするけど、何事もなかったかのように会場を見渡している。
「さて、本題に入るか」
「…………」
……あれ? いまいち思考が追いついてないけど……私、ミネルとキスしたよね?
キスした? と疑問に思うほど、ミネルが普通に話してるんだけど……。
「どうだ? 明日の会場はこんな感じでいいか?」
「…………」
……あれ? やっぱり夢でも見てた!?
いつも自分の世界に入ってしまう私なら、あり得る話だ。
確かめるように、そっと唇に触れる。
……って、いや! 間違いなく感触が残ってる!! 夢じゃない!!!
「ミネル……今、キスしたでしょー!!!」
「大きい声で言うな」
大きい声にもなるよ!
キスしたんだよ!?
急にキスされたら、誰だって驚きすぎて大声にもなっちゃうよ!!
「こういうのは……合意じゃないと良くないと思います!」
「なんだ? その口調は……まぁ、いい」
こっちは怒ろうしてるのに『まぁ、いい?』って、 何がいいの!?
キッと睨みつけていると、ミネルが軽く息を吐いた。
「お前……アリアはバカか?」
「な、なんで“バカ”呼ばわりされないといけないの!?」
悪いのはミネルなのに、納得できない!!
あまりの言いように憤る私を、ミネルが真面目な表情で見つめてくる。
「よく考えてみろ。僕がアリアを好きな事はすでに伝えてある。そうだろう?」
「う、うん」
「何もしないと思っている方がおかしい」
えっ!? そ、そうなの?
でも……そう言われてしまうと、そうかもしれない。
「アリアは他人との距離感が近い。隙が多すぎる」
「う、うん」
「他の男性だって同じだぞ? もう少し注意深くなるべきだ」
「う、うん」
……ミネルの言う事はもっともだ。
それに、ミネルや他の幼なじみ関しては小さい頃から一緒という事もあり、どうにも気が緩んでしまう。
「分かったなら、僕以外の男性と2人きりで会わない方がいい」
「う、うん」
…………ん?
思わず『うん』と言ってしまったけど、今のは『うん』で正解だった?
さらに別な方向に話がいったような??
「この話は、これで終わりだ。話を戻すぞ。明日の会場はこんな感じでいいか?」
……んん? 終わらせていいんだっけ?
なんかミネルの話術にはまっているような……。
「明日だからな。時間もない」
確かに時間はない!!
若干……いや、かなり納得はいかないものの、時間がないのは事実だ。
んー……とりあえず優先すべきは会場!!
一旦頭を切り替えて、ミネルが準備してくれた会場を見渡す。
「可愛い! まさにマイヤのイメージ!! この装飾を考えてくれたのって……メーテさん(ミネル母)?」
「よく分かったな」
ミネルが感心した表情で私を見た。
うん、分かるよ。
ミネルもウィズちゃんも、選びそうにない物ばかりだし。
細かい部分をチェックしながら、明日の料理についてもミネルと話す。
「今更だけど、ミネルの家のシェフやメイドさん、大変だよね? 大丈夫??」
「ああ、それは問題ない。久しぶりのパーティーで張り切っている」
この後、私がプレゼントの時計を受け取りに行き、花束は明日届けてもらう手配になっている。
サウロさんに渡すお酒はオーンが持ってきてくれるはずだ。
ケーキもルナとエレが探して頼んでくれたし……。
「そうだ。ドレスは? セレスが『本気を出してしまったわ。マイヤには勿体ないくらい素敵なドレスよ』と言ってたけど……」
「ああ。夕方にエウロが持ってくると言っていた」
前日に仕上がったのか……。そう聞くと、本当にギリギリだったな。
間に合って良かったぁ。
「わかった! じゃあ、そろそろ時計を取りに行くね……って、その前に!」
話を戻さないと!!
でも……話を戻すにしても、何から言えば……。
私が迷っていると、コンコンと扉をノックする音が聞こえてきた。
開いた扉の前にはウィズちゃんが立っている。
「ウィズちゃーん!」
「あーちゃーん!」
数年ぶりに再会したかのように、ひしっと抱き合う。
「あーちゃん。明日はウィズも参加していい?」
「もちろんだよ! マイヤも喜ぶと思う」
「……そうですね、あーちゃん」
あぁ、ウィズちゃんは本当に可愛いなぁ。
できれば、もう少し一緒にいておしゃべりしたいけど……。
別れを惜しみながらもウィズちゃんから離れ、立ち上がる。
「ごめんね。今日は時間がないから帰るね」
「なんだ、帰るのか? 僕に言いたい事があるんじゃないのか?」
少し離れた位置に立つミネルが、腕を組みながら私に尋ねてくる。
傍にいるウィズちゃんにチラッと視線を送った後、悩みつつも質問に答える。
「もう……ああいう事はやめてよね、ミネル」
……としか、ウィズちゃんの前では言えないよ。
しかも時間が経ってしまったせいで、怒りのピークが過ぎてしまった。
それにしても ……言えないという事を分かってて聞いてきたな、ミネル!
帰り際、外まで見送ってくれたミネルが、私に向かって満足げに笑いかけて来た。
「先ほどの返事だ。約束はしない。では、明日」
お読みいただき、ありがとうございます。




