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結論、他人の恋愛は見守るくらいが丁度いい

あの事件から数ヶ月、私たちは高等部3年生になった。

そして──セレスが変だ。


いや!!

正確にいうと高等部2年の終わりから、明らかにおかしい。


会話中でもボーッとしている事が多い。

いつもなら、率先して自分の話をするのに……。


ルナとマイヤがいる時は、いつも怒っているセレス。

ところが、最近では2人がいない時も、難しい、険しい表情ばかりしている。


『何かあった?』と聞いても『な、なんでもないわ!』と分かりやすいくらい動揺しているし。

セレス曰く“大大大親友”?、“心の友”?の私としては、元気がないセレスが気になってしょうがない!



……はっ! まさか!!

ジメスという巨大な敵?を倒した結果の燃え尽き症候群!?


うーん。

気になるけど、セレスは何も言ってこないし……今はそっとしておこう。


うん! セレスが話したいと思った時、全力で力になろう!!



「……アリアちゃん、何に気合いを入れたの?」


ん……? この声は──


「マイヤ!!」


聞き覚えのある声に、笑顔で振り向く。


「アリアちゃんって、1人で歩いていてもじっとしていないのね。おはよう、アリアちゃん」

「おはよう。 マイヤもこれから授業?」

「ええ」


そのまま肩を並べ、2人そろって教室へと歩みを進める。

会話をしつつ、マイヤの顔を眺めていると、ふいにある疑問が湧き上がってきた。


「そういえば、最近サウロさんとはどうなの?」


サウロさんは、エウロの10歳年上のお兄さんだ。

そして、マイヤの好きな人でもある。


「それが……聞いてよ! アリアちゃん!!」


どうしたんだろう?

マイヤには珍しく、随分と鬼気迫る話し方だ。


「アリアちゃんとエウロくんの協力もあって、サウロさんとは何度か2人で出掛けたり、食事をしたの」


おおー! 嬉しい話だった!!

想像以上に2人の仲が進展していた事にテンションを上げる私に対し、マイヤの表情はどんどんと歪んでいく。


「……だけど、ね。サウロさんが私の気持ちに気づいた様子は全くないし、誘うのだっていつも私からなの!」


不安というより……不満が溜まっていたのか、マイヤの話が止まらない!!

この勢いから考えるに、よほど溜め込んでいたんだろうなぁ。


「さらには妹扱いというか……恋愛対象という雰囲気ではないのよね……」


大きな溜息をついたマイヤが、分かりやすいくらいに落ち込んでいる。


「サウロさんの前では一番可愛く振舞ってるつもりなんだけどな……。正直思いたくはないけど、私って魅力がないのかな?」


大きく可愛いらしい瞳で、マイヤが私を見つめてくる。


うっ! 可愛い……。

私が男なら惚れてるけどなぁ。

とはいえ、サウロさんって……恋愛に鈍そうだしなぁ。



「サウロさんもアリアちゃんには言われたくないと思うわ」

「……えっ!!?」


今……私、声に出してた!?

私が驚いた表情を見せると、当たり前とでも言うようにマイヤが口を開く。


「顔よ、顔」


ああ。はい、はい。

顔に出てたのね……って、そこまで読みやすい顔なの!?



それから授業までの間、一通りマイヤの話を聞いた。

授業が始まった後もマイヤについて考えていると、ある考えが頭に浮かんできた。


ここは……私が一肌脱ぐしかないっ!!




──ある日の週末。


今日は私の家にマイヤとエウロ、サウロさんが来る事になっている。

もちろん、提案したのは私だ。



だーーが、しかし!!


3人が一緒の時間に来るわけではなく、マイヤだけを先に呼んでいる。

というのも、実はマイヤにはエウロとサウロさんが来る事を伝えていない。


ふっふっふ。

今回の作戦はこうだ。


先にやって来たマイヤと一緒に『晴れてるねー』、『そうだねー』など、まずはどうでもいい日常の会話から始める。

会話を進めていく中で、さりげなくサウロさんの話を持ち出す。


マイヤには『サウロさんの良い所は?』など、サウロさんの事を褒めるだろう質問をする。

私の策略にはまったマイヤは、いつもの調子でサウロさんの素敵な所を話し出すはずだ。


そんな何も気づいていないマイヤの後ろから突如、愛しのサウロさんが登場!!


驚きながらもマイヤの話を聞いてしまったサウロさん。


『マイヤが俺の話をしている? 俺の事をそんな風に思ってくれていたのか!!』


マイヤの想いを知り、意識してしまうサウロさん。

そして、サウロさんが来ている事に気がつくマイヤ!


『えっ! い、いつからそこに!?』


今の話を聞かれたと思い、焦りつつも照れるマイヤ。

作られた顔ではなく、自然に照れるマイヤの表情を見てサウロさんは思う。


『マイヤは、こんな表情もするのか』


さらに意識するサウロさん。


何か理由をつけて(この辺りは何とかなると思い、曖昧)私とエウロは部屋を後にし、2人きりにする。

ここから2人はいい雰囲気になり、サウロさんからマイヤをデートに誘うようになる!



……という作戦だ。


この完璧な作戦については、事前にエウロにだけ伝えている。


エウロに『アリア、天才じゃないか!?』とまで言わしめた作戦だ。

失敗するはずがない!!


それに、エウロからは『マイヤの事もあって、前より兄様と会う機会が多くなったんだ。マイヤの事を話す兄様は楽しそうなんだよなぁ』と聞いている。


この作戦をきっかけに『気がついていなかったけど、マイヤが好きなのかもしれない』とか、サウロさんが思ってくれないかなぁ?


うーん……そこまでは、さすがに欲張りすぎかな?

でも、いずれそうなると嬉しいな。



妄想も無事終わり、今はマイヤと向かい合って2人で紅茶を飲んでいる。

マイヤと楽しく会話しつつ、エウロがサウロさんを連れて来る時間を時計でチラチラと確認する。



……そろそろかな?

サウロさんの話題でも振ろうかな??


「えっと、サ……」

「ねぇ、アリアちゃん。エウロくんとは最近どう?」


私がサウロさんの事を聞く前に、エウロの事を聞かれてしまった!


「どう? というのは……」

「告白されてしばらく経ったけど、心境の変化はあった?」


うっ! それも私にとって、苦手な分野の質問だ!!


「うん。……その、意識はしてる」

「えっ! それって……」


考えながらも、マイヤには自分の正直な気持ちを伝えた。

マイヤは驚いたような、どこか喜んでいるような表情を見せている。


「でもそれはエウロに限らずというか……オーンやミネル、カウイもかな。みんなで話す時は大丈夫なんだけど、2人きりで話す時は照れるし緊張しちゃう」


2人きりだと、意識しちゃうんだよなぁ。


「そうなんだ……。アリアちゃんにとって、エウロくんはどんな存在?」


どんな存在かぁ。うーん……。

それにしても……なんでエウロに関する質問が多いんだろう?


「えっと……」


ま、まずい。もうすぐエウロとサウロさんが来てしまう!

早めに質問に答えて、サウロさんの話題を振らなきゃ!!


「さっきの言葉とは少し矛盾しちゃうんだけど、エウロって楽しそうに話を聞いてくれるからかな? 会話が弾むし、一緒にいて楽しい存在だと思う」

「そうよね! それって、相手を選ぶ上で重要なことよ!!」


マイヤが勢いよく立ち上がり、前のめりになる。


「(ここでエウロくんのポイントを稼いでおかなきゃ!)エウロくんは、相手が話しやすい空気を作ってくれる人よね。そういう人って、(鈍いけど)相手を思いやれる……温かい心の持ち主だと思うの」


急に、ど、どうしたの!?


「格好いいけど気取った所もないし、(鈍いけど)エウロくんと付き合える女性は、絶対に幸せだと思うの!」

「マ、マイヤ?」

「あっ、ごめんね(つい熱がこもっちゃった)」


落ち着きを取り戻したマイヤが、ゆっくりと椅子に腰を下ろしている。


随分とエウロの事を褒めていたけど、何かあったのかな……って、あっーーー!!

マイヤの後ろに……エウロとサウロさん!!!


もう来てたんだ。

……ん? もしかして、今の話を聞いてた!?


「どうしたの? アリアちゃん?」


私の焦る姿を見て、マイヤが不思議そうに問い掛けてくる。


「?? ……何を見ているの?」


言いながら、マイヤが私の視線の先──後ろを振り返った。


「サ、サウロさん!!」


マイヤがガタっと立ち上がった。


「……久しぶりだな、2人とも」

「ど、どうしたんですか?」


動揺しながらもマイヤが尋ねると、サウロさんではなくエウロが答える。


「アリアから、今日マイヤと会うって聞いたんだ。久しぶりにゆっくり話したいと思って、兄様を誘って来たんだけど……」


エウロが隣にいるサウロさんにチラッと目を向けた。

サウロさんは頭の後ろに手をやり、少し気まずそうに笑っている。


「……ああ、そうなんだ。だけど、なんか……俺もついて来て悪かったな」

「そんな事ないです!」


即座にマイヤが否定する。


「でも……(実はエウロと婚約者になった時から、マイヤはエウロが好きだったんじゃないか? でもエウロが好きなのはアリアで……マイヤはエウロの事を想って、身を引いたのかもしれない)」


困惑した表情で、口ごもっているサウロさんを見て気がつく。

これは……きっと、何か誤解をしている!!


でも……あれ?

間違いなく誤解しているんだろうけど、複雑そうというか、ショックを受けたような顔をしてる気が??


「その……(なんだ? なぜか胸が締めつけられる)」


歯切れが悪いな、サウロさん。


……って、いろいろ考えている場合じゃない!

一刻も早く、誤解を解かなきゃ!!


椅子から立ち上がり、急いでマイヤの横へ移動する。


「サウ──」

「──違うんです!」


私より早く、マイヤが声を上げた。


「私の好きな人は、サウロさんです!!」


えっ!? えぇっーー!!!


「サウロさんだけには……自分の好きな人にだけには、他の人を好きって誤解されたくありません……」


言い終えたマイヤの目から、ポロポロと涙が出ている。


そうだよね。

私が気がついたくらいだから、勘の鋭いマイヤは気がつくよね。

サウロさんが何か誤解をしているって。


サウロさん、固まってる……と思ったら、ハンカチを握り泣いてるマイヤを見て戸惑ってる。

エウロはなぜか赤面している。


「ええーと……」


動揺を抑えるように、サウロさんが、ふぅー、と息を吐いた。

ゆっくり息を整えると同時に、真剣な表情に変わった!!


そっとマイヤの右手を取り、片膝をついた。

美男美女の組み合わせという事もあってか、まるで映画みたいだ。


「誤解だという事は伝わったから、どうか泣き止んでくれないか?」

「……困らせて、ごめんなさい」


マイヤが、ハンカチで涙を拭っている。


「困らせてはいないから。その、なんだ」


わずかにサウロさんの目が泳ぎ出した。


「こういうのは得意じゃないんだが……」


そう言いつつも、覚悟を決めたようにマイヤを見つめている。


「マイヤに好きな人(エウロ)がいると思ってしまったのは事実だ。ただ、そう思った時に胸が痛んだんだ」


マイヤの手を軽く握り、サウロさんが優しく微笑む。

照れくさそうに頬を赤らめながらも、目線はマイヤへと向けたままだ。


「けれど、マイヤの気持ちを聞いて……泣いているマイヤを見て、不謹慎かもしれないけど嬉しかった」


な、なんですと!?


「きっと俺は自分でも気がつかない内に、マイヤの事が大切な存在になっていたようだ」


こ、これは……まさかの急展開だ!!

私もだけど、マイヤも驚いた表情を見せている。


エウロは赤面したままだ。

身内のこういう場面を見るのは、恥ずかしいのかもしれない。


「俺の為に頑張ってくれてありがとう。俺がこの年齢まで結婚をしなかったのは、マイヤと出会う為だったのかもしれないな。マイヤが頑張ってくれた分、俺は一生掛けてマイヤを幸せにできるよう頑張るから」


あの、あのサウロさんが……。

恋愛ごとが苦手なサウロさんが、一生懸命に自分の気持ちを伝えている。



「──俺の婚約者になってくれないか?」



予想だにしなかった展開に私やエウロが呆然としていると、マイヤが再び泣き始めた。


「えっ、あっと」


泣いているマイヤを見て、サウロさんがおろおろしている。


大丈夫、サウロさん!

マイヤの涙は、きっと──


「こ……これは、嬉しくて出た涙なので……」

「……よかった」


涙を流しながらもマイヤが伝えると、サウロさんが安堵の表情を見せる。

触れたままのサウロさんの手を、今度はマイヤがギュッと握った。


「……私でよろしければ、お願いします」


そう言って笑ったマイヤが、今までで一番可愛い!!


実のところ、全く持って作戦通りには行かなかったんだけど、うまくいって良かった!

私も嬉しくて、少し泣けてきちゃった。


「本当におめでとうございます!」

「兄様、マイヤ、おめでとう!」


エウロと一緒にお祝いの言葉を送り、拍手で祝福する。



よくよく考えたら、エウロの婚約者だったマイヤが兄であるサウロさんと婚約する事になるんだよなぁ。


親たちはきっと大丈夫だろうけど、事実を知らずに想像だけで話す人たちからは心無い言葉を言われるかも。


対抗策については追々考えるとして、今はこの素晴らしい出来事を素直に喜ぼう!!



──その後、落ち着きを取り戻したマイヤと4人で、会話をしながら楽しく過ごした。

2人だけが醸し出す、何とも言えない雰囲気に私とエウロが照れる場面も多々あったけど……。



帰り際、サウロさんがマイヤに照れながらも声を掛けた。


「その、近々、マイヤのご両親に挨拶に行くから」

「あ、ありがとうございます」


マイヤが少しうつむき、恥ずかしそうに頷いている。

お互いに照れている姿を見ると、私まで恥ずかしくなってきた。



3人を見送る為、私も一緒に入口へと向かう。

私たちの少し前を歩くエウロとサウロさんの背中を見つつ、マイヤと言葉を交わす。


「私の予想では、アリアちゃんがやろうとした事は失敗したんだろうけど……」


うっ! バレている!!


思えば、うまくいったから良かったものの、私は取り返しのつかない失敗をしていたかもしれない。

反省……今後は、余計な事はしないようにしよう。


「ごめ……」

「でも、ありがとう」


えっ!! 横にいるマイヤにパッと顔を向ける。

……照れてる。


「こんな事をしてくれる友人ができるなんて……昔の私だったら思ってもみなかった。例え、それがどんなにくだらない事でも、ね」


マイヤが嬉しそうに微笑んでいる。


くだらない事か……なるほど。

なかなか辛辣ではあるけど、そのセリフもマイヤらしい。


「なんで思ってもみなかったの?」


思った事をそのまま尋ねると、マイヤが含みのある顔で笑った。


「私、性格が悪いから」

「マイヤが性格悪いなら、私もそうかな?」


私が即座に言うと、マイヤがムキになって言い返す。


「アリアちゃんは、違うでしょう!?」

「そんな事ないよ。気に入らない事を言われたら怒るし、すぐ言い返すし。自分の発言で後悔する事なんて、いーっぱいある! 何も考えないで行動する事も多いし……」


自分で話しつつ思う。

これは性格悪いというのかな? ただ短所を言っているだけのような?

そもそも『性格が悪い』定義って何だろう??


「まぁ、そうね」


おいっ!

肯定するにしても早すぎる!!


「何より、性格悪い人が仲のいい友人だし、ね」


マイヤの口調を少しだけ真似してみる。

自分の事を『性格が悪い』と言いながらも、もがいて悩んでいるマイヤは素敵だし可愛い。


それに大なり小なりはあるかもしれないけど、性格が悪い部分なんて誰にでもあるだろうし。

寛大な心を持つ聖母マリアでもない限り、ね。


「言うようになったね、アリアちゃん」


どこか嬉しそうに告げるマイヤと一緒に、ふふっ、と笑い合う。

そのまま2人で他愛もない話を続けていると、ふいにマイヤが口を開いた。


「……そういえば、アリアちゃんにそっくりな子が学校にいたの」


私にそっくり??


「正確には、後ろ姿がアリアちゃんだった。アリアちゃんだと思って声を掛けようと近くまで行った時に、その子と友達の話し声が聞こえてきたの」


順番に思い出しながら、マイヤが話を続ける。


「声質や話し方もアリアちゃんに似ていたけど、アリアちゃんより声に上品さがあったから、別人だって気づいたの」

「…………」


何かあったのかと思ったけど、私が失礼な事を言われただけの話だった。


それにしても、マイヤが間違えそうになるくらい私に似た子か。

へぇー、そんな子がいるんだなぁ。



──この時の私は、その程度にしか思っていなかった。


お読みいただき、ありがとうございます。

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