それぞれの結末
「──……リアさん」
…………?
「アリアさん」
……誰かが私の名前を呼んでいる?
「アリアさん!」
やっぱり……誰かが私の名前を呼んでいる。
でもまだ眠い。起きたくない……。
「アリアさんっ!!!」
まだ起きたくないけど、声は徐々に大きくなっている。
返事をしない限り、ずっと続きそうだ。
心なしか私を呼んでいる声が、焦っているようにも聞こえる。
「は……い」
寝ぼけつつも何とか返事をする。
「……あぁ、目覚めて良かった」
良かった……?
言葉の意味を理解できぬまま、眠い目を擦り、ゆっくりと目を開ける。
っ!? うわぁ!!
私の身体がフワフワと宙に浮いているっ!!!
え? どういう事??
私って、実は《風の魔法》も使えるの!?
……なんてね。
分かってます。これは夢だ。
そうだ! どうせなら……と、夢の中で思い切り浮遊を楽しむ。
エウロに抱きかかえてもらって飛んだことはあるけど、自分の力で飛べるなんて!!
あまりの楽しさに、ついつい時間を忘れてしまう。
「~~っ! アリアさん!!!」
はっ! そうだった!!
誰かに呼ばれていたんだった。
慌てて声がした方へと顔を向けると、そこには1人の女性が立っていた。
自分に気づかせようと、両手で必死に手を振っている。
あの女性は──カリーナ元王妃だ!!
夢の中で最初に会った人物が、まさかカリーナ元王妃とは……。
私に用があるのだろうと思い、カリーナ元王妃の所まで飛んで行く。
目の前で「どうしたんですか?」と尋ねると、疲れ果てたように大きく息を吐き出した。
「はぁ、やっと気がついてくれましたね」
「す、すいません。また同じ夢が見られるとは限らないので、思う存分楽しんでしまいました」
私がのん気に笑っていると、突然、カリーナ元王妃が真剣な表情を見せた。
「アリアさんの意識が戻って安心しました。このまま戻らなければ、助ける事もできなかったので」
「助ける……ですか?」
夢の中で、意識が戻る、戻らないもないと思うんだけど……。
首を傾げつつ考えていると、カリーナ元王妃が深く息を吐き出した。
「アリアさん、驚かずに聞いてください」
こういう事を言われる時って、大抵驚いちゃうよね。
「貴方は今、意識不明の状態です」
「…………へっ!!?」
驚いちゃうよね……レベルじゃなかった!
私、意識がないの!?
想像の斜め上を行く話に、驚きや焦り、パニック……といった色々な感情が入り混じる。
さっきまでの幸せな気分が一気に消えてしまった。
……待って。これって、本当に夢だよね?
カリーナ元王妃の表情がリアルすぎて夢じゃないみたい。
うーん。一刻も早く目覚めたくなってきた。
目覚めろー、目覚めろー。
私が必死に願っている中、カリーナ元王妃が事情を説明し始めた。
「アリアさんのお陰で、ジメスの魔法を封じる事ができました」
あっ! そうだった!!
私、ジメス上院議長の魔法を封じようとして……封じようとして、どうなったんだっけ??
……最も重要な最後の記憶がない。
「アリアさんはジメスの魔法を封じたと同時に倒れました」
え!? な、なんで? どうして!?
「恐らくジメスの魔力が大きすぎて、身体が耐えきれなくなったのだと思います」
それで意識不明……って事?
動揺する私を気遣いながら、カリーナ元王妃が話を続ける。
「《聖の魔法》は万能ではありません。相手の魔力が巨大であればあるほど、自身の魔力も消費します。アリアさんが目覚めないのは、恐らくジメスの魔力がアリアさんの許容量を超えた事が影響しているのでしょう」
つまり、本来なら私の魔力ではジメス上院議長の魔法を封じる事が出来なかったって事かな?
うーん。
あの時は封じる事に夢中だったから、自分の限界を超えたかどうかなんて考える暇もなかったなぁ……。
「えっと……実感はないですけど、私が意識不明だというのは分かりました。それで、その……カリーナ元王妃はどうやってここに?」
「私は──私だけが持つ“最後の祈り”を使ってアリアさんの意識に入り、会話をしています」
最後の祈り?
会話をしている??
『私だけ』という事は、何か特別な魔法でも使ったのかなぁ?
……うーん、さっぱり分からない。
一人悩んでいると、カリーナ元王妃がそっと口を開いた。
「恐らくは原作者の特権でしょうね」
要するに、原作者であるカリーナ元王妃は他人の夢の中に入れるって事……?
そうなると、今、自分がいるのは夢の中だと思っていたけど……実は夢であって夢ではないという事になるのかな?
「あの、私はどうなる……の前に、エレは? みんなは無事ですか?」
私の問いにカリーナ元王妃が微笑んだ。
「安心してください。皆さん無事です。もちろんエレさんも」
エレも、みんなも無事なんだ!
本当に良かった……。
私が安堵の表情を見せると、カリーナ元王妃の表情がまた真剣なものへと変わった。
「……実はアリアさんが倒れてから、3日ほど経過しています」
「えぇ!? も、もう3日も経ってるんですか!?」
カリーナ元王妃が頷いた。
「まずは貴方が倒れた後の話をしますね」
「は、はい。お願いします」
カリーナ元王妃が話を始める。
「アリアさんが倒れた後、皆さんの協力もあってすぐにジメスとジュリア、そしてノレイは捕まりました。もう魔法が使えないジメスとジュリアを捕まえるのは容易でしたし、ノレイに至っては抵抗すらしませんでした」
ノレイさんは……そうだろうな。
協力してくれた時点で、捕まる事は覚悟の上だっただろうし……。
「これから、3人の処罰が決まっていくと思います」
そっか。色々あったけど、作戦は無事に成功したんだ。良かった。
……肝心な部分を見られなかったのは残念でならないけど。
それに何か忘れているような……あっ!!
「カウイは? オリュンはどうなりました!?」
あ、オリュンと言っても誰だか分からないよね。
「オリュンって、カウイと同じ《火の魔法》を使う男で……カウイと戦っていた人です! 超絶悪役顔をした男です!!」
迫るようにググっと身体を前へと突き出す。
私の勢いに、カリーナ元王妃が圧倒されている。
「あ、ああ。多少苦戦はしていたようですが、最終的にカウイさんに倒され、意識を失ったまま捕まりました」
よーし! よしっ!!
カリーナ元王妃の話を聞き、両手でガッツポーズをする。
「信じてないわけじゃなかったけど、良かった!」
あぁ、でも、カウイがオリュンを完膚なきまでに倒すところを見たかったなぁ。
ちょっと……いや、かなり残念。
すっかり自分の世界に入ってしまった私に、カリーナ元王妃が声を掛けてくる。
「話を続けますね」
「あっ、はい。お願いします」
私の返事にカリーナ元王妃が静かに頷く。
「ジメス達が捕まった後、すぐにアリアさんを助けようと思ったのですが……最後にやるべき事があったので、少々時間が掛かってしまいました」
やるべき事? なんだろう??
「私が知っている情報……ジメスの罪の証拠となりえる情報は、全て上院の方たちに伝えてきました」
私が尋ねるよりも早く、カリーナ元王妃が教えてくれた。
証拠もそうだけど、上院の人たち、驚いたろうなぁ。
亡くなったはずのカリーナ元王妃が生きてるんだから、きっとビックリしたよね。
「これで……私ができる事は全て終わりました」
……?
さっきから‟最後”とか、‟終わり”というワードが多いような……?
「皆さんには事情を説明し、部屋で私とアリアさんの2人きりにさせてもらっています。そして今から、私の力でアリアさんの意識を回復させます」
「できるんですか!?」
驚く私に、カリーナ元王妃が「はい」と返事をする。
「ただ……確証はありませんが、アリアさんの《聖の魔法》は消失してしまうかもしれません」
《聖の魔法》がなくなる……?
「ジメスの魔法の影響により眠ってしまっている以上、目覚めさせるには原因を取り除かなくてはなりません。けれど、ジメスの魔法は今、アリアさんの《聖の魔法》によって封じられています。融合に近い状態となっていますので、どちらか片方だけを残しておく事は出来ません。それでもよろしいですか?」
なるほど。
そういう事なら……うん、悩む必要はない!!
「はい、大丈夫です!」
「迷いがないのですね」
カリーナ元王妃がクスッと笑う。
「元々、ずっと魔法の使えなかった私が《水の魔法》を使えるようになっただけでも十分です。それに、意識が回復しないのであれば、魔法を持っていても無意味ですし」
「確かにそうですね」
やっぱり、そうだ。
カリーナ元王妃の表情が前よりもずっと柔らかくなっている。
「分かりました。けれど、その前に……少し話をしませんか?」
「はい?」
その場にカリーナ元王妃が座ったので、つられて私も座る。
「私の知らない──貴方が転生してからの話を聞かせてもらえますか?」
……私の話?
「ええと、転生したのが7歳の時で……」
それから私は、弟であるエレの話、幼なじみ達と会った時の話など、今まであった出来事をカリーナ元王妃に話した。
カリーナ元王妃は特に口を挟む事もなく、相槌を打ちながら興味深そうに耳を傾けている。
「みんな大切で、大好きなんですけど……まだ自分の中で答えが見つかっていなくて」
全て話し終えた後、なぜか恋愛相談にまで発展してしまった。
話がずれてしまったような気もするけど、カリーナ元王妃は楽しそうに話を聞いてくれている。
「なるほど……。それは困りましたね」
「はい……」
「ですが、私から見るにアリアさんは自分の気持ちに気がついていない……もしかすると、気がつきたくないだけだと思いますよ」
「へ? それって、どういう……」
私が言い終わる前にカリーナ元王妃がすくっと立ち上がった。
周囲を少しだけ見渡すと、座ったままの私に向かって優しく目を細める。
「まだまだ話したい所ですが……皆さん心配されていますので、そろそろアリアさんを戻します」
「え? あ、はい」
「ありがとうございます。最後にとても楽しいお話を聞く事ができました」
カリーナ元王妃が嬉しそうにお礼を伝えてくる。
私も急いで立ち上がると、ずっと疑問に思っていた事を尋ねた。
「あの、どうやって《聖の魔法》を消失させるんですか? それと、さっきから気になっていたのですが、最後って……」
私の質問にカリーナ元王妃がにこっと微笑む。
「先ほど『原作者の特権』と言いましたが、アリアさんとジュリアさんだけが使える魔法があるように私にも私にだけ使える魔法があるのです」
それだけを告げると、カリーナ元王妃は笑顔のまま胸の前で両手を組むと、静かに祈り始めた。
「待ってください! これって、なんの魔法……」
答えを濁すような言い方に違和感を覚える。
問い詰めようと身を乗り出したところで、突然、周囲の様子が変化し始めた。
何か……眩しい?
探すように自分の手元へと目を向ける。
あれ? 手のひらが光っている??
……というか、私の身体全体が光っている!?
「アリアさんを巻き込んでしまった事、本当に申し訳なく思っています」
光がどんどんと私の身体を覆っていく。
「ですが、アリアさんのお陰で、最後の最後に後悔のない選択をする事ができました」
大きくなった光があまりにも眩しくて、自分だけでなく周りの景色も見えなくなってくる。
「……アリアさんには感謝してもしきれません」
それと同時にカリーナ元王妃の声が遠くなっていく。
「私の罪は決して消えませんが……この身が消えたとしても、ずっと償い続けるつもりです。そして、もし……いつか許される時がきたら、グモード王に会え──」
強すぎる光に思わず両目をつぶる。
カリーナ元王妃の声は、もう微かにしか聞こえない。
光に飲み込まれるように、深く身体が沈んでいく。
真っ白な世界に身を任せていると、ふいに遠くから誰かの──たくさんの声が聞こえてきた。
「──アリア!!!」
名前を呼ばれ、ゆっくりと目を開ける。
その瞬間、口々に私の名前を呼ぶ声や、安堵の声が聞こえてきた。
全員の顔は見えないけれど、どうやら家族だけでなく幼なじみ達も傍にいてくれたらしい。
理由は分からないけど、私の両目からは涙が溢れていた。
横になったまま、誰に問うでもなく尋ねる。
「……カリーナ元王妃は?」
「え? あぁ、そういえば……いないわね」
左右に首を動かしながら、セレスが私の問いに答える。
起き上がろうと両手をベッドにつくと、お父様とエレが両端から慌てて手を差し出してきた。
「アリア、大丈夫!?」
エレが心配そうに私を見つめる。
「うん。思うように力は入らないけど、大丈夫……って、エレ! ……っ、エレだぁ!」
夢の中で聞いてはいたけど、自分の目でもちゃんとエレの無事を確認できた事にさらに涙が溢れてくる。
そんな私の姿を見て、エレがそっと抱きしめてくれた。
「ごめんね、心配かけて」
「うっ、うっ」
泣きじゃくっているせいで声が出せないので、エレに抱きつかれたまま首を横に振る。
それからしばらくの間、涙が止まらず、ずっと泣き続けてしまった。
どうやら自分でも驚くほどに、感情が昂っていたらしい。
泣き止むまでに随分と時間が掛かってしまった。
触らなくても目が腫れているのが分かる。
こんなにも涙が止まらないとは思ってもみなかった。
呼吸を整え、落ち着いて周りを見渡す。
よほど心配を掛けてしまったのか、みんなが安堵の表情を浮かべている。
「──カリーナ様に『アリアを救う為に少しの間、部屋を出てもらえませんか?』と言われたんだ」
私の様子を確認しつつ、お父様が話し始める。
「部屋の外で待っていたら、しばらくして室内から物凄い光が放たれてね。何かあったんじゃないかと急いで部屋の中へ戻ったら、アリアが光に覆われていたんだ」
夢の中と同じ状況だ。
「徐々に光が弱くなって、やっと目が慣れてきた頃には……カリーナ様はその場にいなかった」
……あの時、カリーナ元王妃が最後に「さよなら」と囁いた気がした。
きっと気のせいじゃなかったんだ。
カリーナ元王妃に何が起こったのかは分からないし、どこに行ってしまったのかも分からない。
でも、きっと私を助けるために魔法を──自分の力を使ったのだろう。
私の《聖の魔法》……私が封じたジメス上院議長の魔法も持っていってくれたのかな?
本当に分からないことだらけだけど、最後に見せたカリーナ元王妃の表情だけはハッキリと覚えている。
自分の人生を悔いながらも、どこかスッキリとした顔をしていた。
カリーナ元王妃は、ようやく楽になれたのかもしれない。
現役の上院──さらには上院議長が関与していたという事もあり、今回の事件は国中に衝撃を与えた。
当然ながら、首謀者であるジメス上院議長はもちろん、ジュリアやノレイさん以外にも多くの人間が捕まる事になった。
そして、事件から少し経ったある日、関係者たちの処分が決まった。
周囲の予想に反し、ジメス上院議長は死罪にはならなかった。
『ジメス様を死罪にだけはしないでほしい』
それがノレイさんの願いだったからだ。
ノレイさんの願いを叶えると約束していた私は、事前にお父様へ相談し、了承をもらっていた。
罪の重さを考えると、前代未聞──あり得ない願いだったに違いない。
けれど、ノレイさんの協力がなくては、ジメス上院議長を追いつめる事はできないと考えたのだと思う。
きっと悩んだろうし、揉めたかもしれない。
それでも口約束だけで終わらせず、きちんと行動に移してくれたお父様には感謝しかない。
ただし……一生幽閉だけどね。
今までの人生では考えられなかったような暮らしを、これからはする事になる。
ジメス上院議長にとっては死罪より重い罪だと思いたい。
ちなみにジメス上院議長……いや、もう上院議長じゃなかった!
ジメスの《水の魔法》は封じられたままだ。カリーナ元王妃がいなくなったので、一生魔法が戻る事もないだろう。
きっと、もう何もできない。
ふふふっ。いい気味だ!!!
……と、心の中で思ったのは言うまでもない。
ノレイさんはというと、魔法更生院に入る事になった。
そもそも、小さい頃から誤った魔法の使い方しかジメスに習ってこなかったノレイさん。
魔法更生院で正しい魔法の使い方を一から学び、罪を償う事になったそうだ。
最後に協力した事で、少しだけ罪は軽くなるらしい。
悪い事をした事は分かっているんだけど、少しだけ良かったと思っちゃった。
オリュンは魔法更生院に戻らなかった。
魔法更生院を脱走した上に禁断の魔法を使い、自分の父親の魔力をも奪った。
《闇の魔法》で操られていたわけでもない以上、もう更生される事はないと判断されたらしい。
要注意人物として、ジメス同様、オリュンも幽閉される事になった。
そして……そして! ジュリア!!
彼女もジメス同様、もう一生魔法が使えない。
だけど、なぜか魔法更生院に入る事になった。
お父様に理由を聞くと、悠然とした表情で言っていたな。
『他人から魔法を受けるという事がどれほど危険な事か学んでほしいから、入ってもらう事にしたんだ。ジュリア嬢にはそれなりの罰を受けてもらわないとね』
口調こそ柔らかかったけど……魔法が使える危険人物たち中で魔法が使えないジュリアが生活するのだから、きっと心穏やかには過ごせないだろう。
あの偉そうなジュリアの性格を考えると、魔法更生院で敵を多く作りそうだし。
また、事件が無事に解決した事で、私とカウイについていた警護も必要なくなった。
警護についてくれていたララさん達はというと、お父様の計らいで元の職場に戻れる事になった。良かった!
高等部2年も終わりに近づくにつれ、カリーナ元王妃の言葉がたまに頭を過る。
『アリアさんは自分の気持ちに気がついていない……もしかすると、気がつきたくないだけだと思いますよ』
そうなのかなぁ?
ただ、ふとした瞬間、無意識に1人の人を目で探すようになった。
──理由はまだ分からないけど。
第3部完結になります。
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます。
第4部は最終章になります。
アリアの恋の行方を見届けて頂ければ幸いです。




