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決着(後編)

「ええ!? そんなの嫌よ!!」


私が返事をするよりも早くジュリアが反対している。


良かった。気づかれたわけじゃないんだ。

私がビクッとしたのも、怖がっているだけだと思われたのかも。


「いいから……ジュリア──」

「私は反対よ! お父様は私がこの女にどんな目にあったか知らないから、そんな事を言えるのよ!!」


ジメス上院議長の言葉を遮り、ジュリアが怒りをぶつけてくる。

自業自得なのに……。


「私の事を大切な娘だと思っているのでしょう!?」

「……ああ、だから──」


止まらないジュリアの怒号に、ジメス上院議長が少しだけ苛立ったような表情を浮かべる。


「私の魔法が必要でしょう!?」

「……ああ──」


ジメス上院議長の顔がどんどん歪んでいく。

必死に怒りを抑えているようにも見える。


「私の言う事は絶対なんだから!!」


いつものジメス上院議長なら、娘の癇癪かんしゃくくらい上手く交わしていたのかもしれない。

でも……自分が長い歳月を掛けてしてきた計画が暴かれ、側近だったノレイさんにも裏切られた。


恐らくは私たちが想像しているよりもずっと、精神的に追い詰められているに違いない。


思えば、お父様たちからの追及に言い逃れしたりせず、すぐに本性を見せたのも、もしかするとそれが原因……?


ジュリアは自分にしか興味がないらしく、父親の様子に気づいていない。

そして……ついに、ジメス上院議長の怒りと不満が頂点に達した。


「そもそもお前が魔法祭で馬鹿な事をしなければ、計画は上手くいったんだ!!」


怒りに満ちた表情のジメス上院議長が、魔法を唱え始めた。

攻撃が来ると思い構えると、私たちにではなく、娘であるジュリアに向かって唱えている!?



ジュリアに攻撃!?

いや、今はそれよりも……ジメス上院議長の意識がジュリアに向いている!!



──チャンスだ!!

ジメス上院議長に向かって素早く手を伸ばし、願いながら手のひらへと力を込める。



《ジメスの魔法よ! 全て──》



ジメス上院議長と目が合う。


まずい!!

ジメス上院議長が私に気がついた!!!


狙いに気づいたのか、ジュリアに向けて唱えていた魔法を私へと向ける。

危険だけど、チャンスは今しかない!!!



《ジメスの魔法よ! 全て消えて!!》



……あれ? まだ消えてない!?

いつもならこれで封じ込める事ができるのに!!



もしかして……魔力が膨大だから!?

今もなお、手のひらから魔法が吸収されているのを感じる。


自分の身体に異変を感じたのか、ジメス上院議長がうめきだした。

抵抗するように、氷のつぶてで攻撃を仕掛けてくる。


……まだ魔法は封じきれていない。

この状態では《水の魔法》の攻撃を避けたり、魔法で防ぐのは無理だ。


でも……そんな事を気にしている場合じゃない!

攻撃はかわせないけど、ジメス上院議長の魔法は絶対に封じてみせる!!


真正面から攻撃を受ける覚悟で、魔法を封じる事だけに集中する!!



その瞬間、ふわっと私の身体が浮くのを感じた。

攻撃が当たらないよう、エウロが私を抱き上げて助けてくれたらしい。


「魔法に専念しろ」


そう一言だけ告げると、私の魔法の邪魔にならないようゆっくりと移動してくれている。


少し離れた場所では、《緑の魔法》を使ったルナがジュリアを緑のつるで縛っているのが見えた。


「私にこんな事をして、ただじゃすまないわよ!!」

「うるさい」

「なんですっ……んー、んー」


ルナが魔法でジュリアの口も縛っている。


こんな時だけど、ルナの発言、行動を見て口元が緩んでいく。

ルナはどんな時でもマイペースで私の心を落ち着かせてくれるな。


ふいに、地響きのような大きな音が耳へと届く。

何があったのかと視線を送ると、いつの間にか氷像の前に巨大な岩の壁ができていた。



──セレスだ!

《土の魔法》で岩の壁を作ったんだ!!


氷像を守る為、ジメス上院議長の眼から隠れるように配置されている。


岩の壁は魔力の消費が激しい。

こんなに大きな岩の壁を作ったという事は…もう後の事は考えない、私を信頼しているというセレスの想いを感じる。


カウイがその隙に《火の魔法》で炎を作り出し、氷像を一体ずつ溶かしている。


脅しの材料に使われている氷像さえ溶かしてしまえば、何の足枷もなく戦う事に集中できる!!


みんなの動きを一緒に見ていたエウロが、チラッとジメス上院議長の方にも視線を向けた。


「大丈夫そうだな」


言うと同時に、私をゆっくりと地面に下ろす。


「俺も行ってくる」


俺も??


そういえば ……本当に少しの間だけだけど、ジメス上院議長の攻撃が止まっていた。

オーンが《光の魔法》を使って光を放ち、目をくらませてくれてたんだ。


オーンの咄嗟の行動力や閃きはいつもみんなを引っ張っていく。

王子とか関係なく、オーンだから……ついて行きたいって思える。


さらに! 警護のララさん達も私の前に立ち、攻撃を防いでくれていたんだ!!


ジュリアを捕えたルナはといえば、今度はミネルに向かって魔法を唱え始めた。

ミネルの腕に緑のつるがどんどんと絡んでいく。


ある程度まで溜まったところで、ミネルが《知恵の魔法》を使い、つるから武器を作り上げた。


その間、リーセさんが剣と武術を使って、休みなくジメス上院議長に攻撃を仕掛けている。

剣術の腕が素晴らしいのは知っていたけど、武術もすごい!


巨大な魔力にひるむ事なく、剣と武術を融合させて無駄なく動いている。


「……時間稼ぎになったかな?」

「なりました」


リーセさんの言葉にミネルが答える。

ミネルの返事に満足そうに頷くと、リーセさんがジメス上院議長から少し距離を取った。


「よし。セレス、最後の力を振り絞れ」

「……無茶を言うわね。後で覚えてなさいよ」


不満そうに言いながらも、セレスが残った魔力で石の塊を生み出した。

先ほどと同じようにミネルが《知恵の魔法》を唱えると、その塊が細かい粒となり、武器へと変化した緑のつるへと取り込まれていく。



“緑の銃”だ!

いや、この世界に銃はないから銃のようなものか。


すごい! ない物を作り出す発想力!!

材料さえあれば、《知恵の魔法》は好きなものを魔法で作れる。

《知恵の魔法》は攻撃魔法が弱いと言われてたけど、ミネルを見ていたらそんな事はないって思えてくる。


ルナの魔法で作った武器を使い、セレスの魔法で作った石で攻撃をする。

ここでもルナとセレスのコンビが見られるとは……。


しかも、2人の魔法を使ってミネルが攻撃を仕掛けるという……今までならあり得ない光景だ。


意識をそらす事に集中していたオーンも、ミネルに加わってジメス上院議長に攻撃を仕掛けている。


マイヤは少し後ろから《癒しの魔法》を使ってみんなをサポートしつつ、カウイの魔法で戻ったお父様達の治療をしている。


恐らく、攻撃だと足を引っ張ると思ったんだろう。

みんなの動きを見守りながらも、懸命にケガの治療と体力回復に専念している。


マイヤは誰よりも周りが見えているんだよなぁ。

少ーし素直じゃないから、認めないと思うけど……そこも可愛い。


「それじゃあ、後で」


エウロが私に向かって、軽く片手を上げる。

安心させるようにニコッと笑うと、ジメス上院議長の方へと飛んで行った。


きっとエウロも怖いはずだ。

それなのに、こんな時にでも不安にさせまいと笑えるエウロは強いし、かっこいい。



エウロの背中を追いながら、改めてみんなの戦う姿を見る。

……すごい! それぞれ違う魔法なのに上手く連携が取れている。


ジメス上院議長の巨大な魔力に苦戦しつつも、みんなが頑張って時間を稼いでくれてる。

私は私のできる事をしなきゃ!!


手を真っ直ぐに伸ばし、ジメス上院議長に向かって懸命に願い続ける。


そこでふと、男性の暗い声が聞こえてきた。



「──長い間、この機会を待っていた」


えっ!?

どこからか聞こえてきた声に驚く間もなく、続けざまに巨大な火炎弾が飛んでくる。



──避けきれない!!


手だけはジメス上院議長に向けたまま、咄嗟に目をつぶる。



……あれ? 当たってない??

ゆっくりと目を開けると、目の前にカウイが立っている。


「カウイ!!」

「間に合った」


ホッとしたように息を吐くと、静かに微笑んでみせる。


「昔と逆だね。やっとアリアを守れた」


……昔?

それよりも、カウイが攻撃を受けたんじゃ!?


「カウイ! け、怪我は!?」

「……大丈夫。少し背中に受けたけど、炎の壁を作って打ち消したから」


ほ、本当だ。

カウイの後ろにある炎の壁がゆっくりと小さく消えていくのが見える。


「カウイか。防げないくらいの火炎弾を投げてやれば良かったな」

「貴方は──」


消えた炎の壁。

その向こう側に立っていたのは──カウイの従兄弟の“オリュン”だ。


「逆恨み男! ……じゃなかった、オリュン!!」

「相変わらず、癇に障る女だな」


嫌悪感たっぷりに私を睨みつけている。

ジュリアといい、オリュンといい、私は恨みを買いやすい人なのかもしれない。


「まぁ、いい。カウイも消そうと思ってたからな。カウイの後で、成長のない女──お前だ」


……くっ! ムカつく男だ。

私が言い返す前にカウイが口を開く。


「アリアが成長していないように見えるなんて、オリュンくんは目が悪いんだね」

「カウイのくせに言うようになったな」


オリュンと会ったのは1回きりだけど、この口調……昔を思い出す。

間違いなく、1ミリも成長していない。


オリュンと向かい合うカウイの傍には警護の人たちもいる。


「すいません。オリュンくんには大きな借りがあるんです。2人で戦わせてください」

「ですが……」


警護の人がカウイの言葉に戸惑っている。


「大丈夫です。多分……怪我をする事なく終われると思います」


こんなに自信に満ち溢れたカウイを見るのは初めてだ。


カウイの言葉を聞き、オリュンが怒って何かほざいている。

けれど、カウイの耳には全く届いていないらしく、気にせずに警護の人たちと話している。


「それよりも……ジメス上院議長の方へ行ってくれませんか? アリアのお陰で魔力が少し弱くはなっているようですが、まだまだ厳しいと思いますので」


カウイの強い意志、決意を感じる。

警護の人たちが了承したのを確認すると、今度は私の方へと意識を向けた。


「アリアはここから少し離れて……」

「分かった! ジメス上院議長の魔法を封じる事に専念する!!」


カウイが頷き「アリア……」と呼んだ。


「うん?」


続きを待つも、何も言ってこない。

その代わり、私に向かって妖艶な顔で微笑んだ。


……こんな大変な時だけど、なぜか告白された気分になり、ドキッとしてしまった。

カウイが私を大切に想ってくれているのを知っているからかもしれない。


ひとまずカウイの邪魔にならないよう距離を取り、ジメス上院議長へと視線を移す。

再び手のひらに魔力を集中させると、祈るように願いを込めた。



《ジメスの魔法よ!! 全て消えて!!!》



いつもは魔法を封じた後、頭がボーっとし、身体中が熱くなる。

今回はまだ封じ終わっていないにもかかわらず、その感覚がいつもより大きい。


燃えそうなくらい身体が熱い。

全身火傷をしているようなような痛さがある。


……痛くて意識がなくなりそうだ。



でも、ここでくじけるわけにはいかない。

最後の力を振り絞り、必死に祈る。



《ジメスの魔法よ!! 全て消えて!!! 消えてーー!!!!!》



「くっ、魔法が……魔法がぁ……」



魔法の効果が表れてきたのか、ジメス上院議長の口調が明らかに焦っている。

それと同時に私の身体もどんどん熱くなっていく。



「私が……私が負けることなどっ、断じてあり得ない!!!」



ジメス上院議長の叫ぶ声。

その記憶を最後に、私は意識を失った。


お読みいただき、ありがとうございます。

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