賽は投げられた(前編)
「なっ! カ、リーナ……様? これはどういう……」
予想とは違う状況に違和感を覚えたのか、ジメス上院議長が周りにいる住民たちの様子をうかがっている。
向けられる視線はどれも冷たく、ジメス上院議長が動揺したように声を上げた。
「ノレイ! ノレイはどこだ!?」
「ノレイさんは、ここにいますよ」
手や口の枷から解放された私が、ジメス上院議長の前まで歩いていく。
私の隣には、冷静な表情をしたノレイさんが立っている。
……そう。
これはジメス上院議長を出し抜く為に考えた作戦だ。
──話は、1週間前に遡る。
「よし! こうなったら、街の人たちに協力してもらおう!!」
「どうやって協力してもらうのよ?」
間髪入れず、セレスが私に尋ねてくる。
首を勢いよく動かすと、『よくぞ聞いてくれました!』とばかりにセレスの顔をジッと見つめた。
驚いたのか、セレスが少しだけ動揺している。
「ど、どうしたのよ」
「ジュリアが救世主として崇められているのって、カリーナ元王妃が現れたからだと思うの」
「だろうな」
さも当然のように、セレスではなくミネルが答える。
「何の根拠もなしに、いきなり現れた人物を救世主だなんて思うわけがない。僕なら疑って調べるぞ」
ま、まずい。
「……まぁ、僕からすれば、自ら救世主を名乗るような人物なんて怪しんで然るべきだけどな。単純な思考回路の人間があまりにも多すぎる」
ミネルの不満が別な方に向いている。
気持ちは分からなくもないんだけど、今は他の事を考えなくちゃいけない。
「気にしてほしいのはそこではなく……」
「大丈夫だ。分かっている」
うかがうように声を掛けると、ミネルが落ち着いた様子でこちらを見てくる。
なら、良かった。
「ええと……だから、街の人たちの誤解を解く為には、“ジュリアは救世主ではない”、“ジメス上院議長に騙されている”という事をカリーナ元王妃から伝えてもらうのが一番じゃないかと思って」
私の提案に、ゆっくりとオーンが頷いている。
「そうだね。多分、もう他の人が何を言っても信じないだろうから」
「待って!」
セレスが叫んだ。
「仮にカリーナ様から真実を伝える事で、街の方たちの協力を得られるとするわよ?」
相槌しながら、セレスの話を聞く。
「計画を潰す事はできるかもしれないけど、ジメス上院議長がやっていた事、やろうとしていた事については証拠がないと、結局は『救世主の話は嘘だった』程度で終わってしまうわよ?」
セレスの話を近くで聞いていたエレが、途端に呆れたような表情を浮かべてみせた。
「そんな事にはならないよ。もっとよく考えてみたら?」
「な、何よ?」
セレスが不可解そうに、エレと顔を合わせる。
「『身を隠している間にジュリアがジメスの計画を知った』とカリーナ様が話していたという事は、『ジメスが反乱を起こし、国を乗っ取ろうとしている』という事をこの街の人間は知っているんだ」
セレスがハッとした表情を見せる。
何を言おうとしているのか気がついたようだ。
「まぁ、一部の人達だけかもしれないけどね。それでも、ジメス上院議長が部下を使わず、“初めて”自ら動いているんだ。証言次第では、国の反逆罪にできる可能性がある」
エレの話を聞いたセレスが突然、「ふふふ」と不敵に笑い出した。
「勝利は確定したようなものじゃない!」
「本当だな」
「あまい!! お前たちのような人間が、すぐに救世主だなんだと信じるんだ!」
喜んでいるセレスとエウロを、ミネルが間髪入れずに一蹴する。
「今の今まで罪に問われる事なく、まんまと逃げ果せてきた人間だぞ。それだけで足りるわけがないだろう」
……ミネルの言う通りだ。
街の人たちが揃って証言したところで、ジメス上院議長の手に掛かれば何かしらの方法で揉み消される可能性だってある。
セレスが言い返そうと口を開いた瞬間、カタンと音がした。
私も含め、みんな音が聞こえた方へと顔を向ける。
そこには眠っていたはずのカリーナ元王妃が立っていた。
「その点については大丈夫です。私も証言します」
カリーナ元王妃が!?
「ジメスが誘拐事件や魔法更生院を襲わせた首謀者だった事、そして、グモード王の暗殺にも関わっていた事を……証言します」
なんだろう?
さっきとは打って変わって、凛とした表情をしているような……?
寝ている間に心境の変化でもあった……?
「私が死んだと世間に公表したのはジーノ──ジメスの父親です。当時のジーノの行動について調べて頂ければ、グモード王の暗殺だけではなく、私が命を狙われていたという証拠にもなります」
「せっかくの提案だが、父親の方を調べたからといって証拠が出てくるとは思えない」
カリーナ元王妃の発言を、ミネルがキッパリと否定する。
うーん。ジメス上院議長の父親だからなぁ。
息子と同じで、自分が関わった証拠は残さないよう徹底してそうな気もする……。
「心配ありません。確かにジーノは慎重な男でしたが、それ故に自分の力を過信している面もありました。そもそも、彼が権力を持つ事が出来たのは私がそう望んだからです。当時の彼は今のジメスよりもずっと若く、本来であればそのような地位に就ける人間ではありませんでした」
えーっと……それはつまり……どういう事なんだろう?
首を傾げつつ悩んでいると、何かを察したのか、ミネルが独り言のように呟いた。
「……そうか。保守派の人間は基本的に頭が固い。自分より年齢も、経験も下の人間に従う事を良しとしない連中が一定数いるはずだ」
「その通りです。近しい人間であれば《闇の魔法》で操る事が出来たかもしれませんが、全ての人間となるとさすがに無理です。さらに、グモード王の死によって国内はまだ不安定な状態でした。多忙な日々を送っていたジーノが何かしら取りこぼしていたとしてもおかしくはありません。何より──」
カリーナ元王妃が目を細めた。
「亡くなったはずの私がいるのですから、これ以上ない証拠だと思います。私が王妃だと証明できる物もありますし……ね」
そう言って、カリーナ元王妃がペンダントを見せた。
さっき見せてもらった特別なペンダント!
でも、亡くなっていなかった話をするという事は……カリーナ元王妃が禁断の魔法を使用していた事も話さなければいけないのでは?
「……いいんですか?」
探るようにカリーナ元王妃に尋ねる。
「ええ。今度こそ……今度こそは逃げずに戦おうと思います」
しっかりとした口調で、私をまっすぐに見つめてくる。
やっぱり。凛とした表情は気のせいじゃなかったんだ。
「そうなると一度で……できれば……1週間以内に決着をつけたい」
告げながら、オーンがゆっくりと立ち上がった。
「それ以上は逃げられる可能性がある」
確かに……。
こちらの動きに気づかれてしまった場合、証人を消されたり、情報自体を揉み消されたりする可能性が高い!
絶対に逃がさない為にも、ここからは時間との勝負だ!!
「私たちだけではさすがに限界がある。アリアの親達にも協力を仰ごう。それと、念には念を……ソフィーさん達にも頼もう」
「……その方が良さそうだな」
少しだけ不満そうな表情を浮かべたミネルがオーンに同意する。
ミネルの事だから、親の力を借りずにやりたかったのかもしれない。
「──そうだ!」
ふと思い出し、みんなの注意を引くように声を上げる。
増税の件で言おうと思っていた事があった!
「税金の件だけど、さっき言ったように街の人達に協力をお願いできないかな?」
ジメス上院議長の悪行の数々についてはともかく、税金の件については色々と不可解な点がある。
そもそも、お父様が全く気がついていないという状況がおかしい。
つまり、国に納められている税の金額も、提出、管理している書類なども本来あるべき正規の金額なんだと思う。
そうじゃないと、お父様達が異変に気がつくはずだ。
……となると、多めに徴収しているお金はどこへ? という疑問が生じた。
この国に住む人間はみんな、自分の住んでいる街を通して国に税金を払ってる。
もちろん、徴収された税金の中には国だけでなく街に払う分も含まれていて、決められた金額をそれぞれに分配しているはずだ。
国へ支払う分については基本的に金額が一定だけど、街に支払う分については人口や土地の状況によって必要額が異なる為、街ごとに徴収額を決める事を許可されている。
普通に考えて、街で多めに集めたお金が国に納める前にジメス上院議長へと流れているのだろう。
もしかすると……上院で税の管理に関わっている人たちも貰っている?
うーん、その可能性もある。
共犯者にすれば、外部に漏れる確率はぐっと減るからね。
この街──“シギレート”の人たちに協力してもらえば、過剰徴収分の金額が分かるはずだ。
その金額と一致する何かしらの証拠を見つける事ができれば、間違いなく有利になる!
「アリアの予想は、当たっていると思うよ」
思った事を素直に伝えると、近くにいたリーセさんが優しく微笑んだ。
言わずもがな、分かっていたのかもしれない。
「リオーンさん(アリア父)達にも協力してもらえれば、1週間と掛からずに調べられると思う」
リーセさん! なんて頼もしい!!
「そして、大体の証拠が集まった時点で、私たちが税の件を調べている事をジメス上院議長に気づかせよう」
「ええ!?」
リーセさんからの突然の提案に、驚きのあまり声が出る。
「なんでですか?」
「私たちの動きを知る事で、ジメス上院議長は多少なりとも焦るはずだ。何とかして証拠を消そうとするに違いない。逆を言えば、そちらに集中してもらった方が“シギレート”で動きやすいんじゃないかな?」
「確かに……」
「仮に街の人たちの力を借りたとしても、ジメス上院議長が気づく可能性は格段に低くなる。そんな余裕は無くなるからね」
余裕たっぷりに、リーセさんがにっこりと笑っている。
上手くいくかどうかは別にして、リーセさんの言うようにジメス上院議長の目が他に向いている方が、間違いなく動きやすい。
「そうしよう。決定で」
さすがルナだ。悩む素振りすらなく、真っ先に賛同を示している。
リーセさんの事となると返事が早い!
雰囲気的に他のみんなもリーセさんの提案に賛成みたいだ。
そんな中、オーンがカリーナ元王妃を見た。
「明日、カリーナ様の存在を知っている方たちに真実を話して頂けますか?」
「……ええ、もちろんです」
2人の間に何とも言えない微妙な空気が流れている。
オーンとしては色々と複雑だよなぁ。
すると、何か思い出したかのようにマイヤが口を開いた。
「そういえば、行方不明の人たちはどうするの? 1週間で見つけ出して、《光の魔法》で浄化させるのは難しくない? それともジメス上院議長の件が片付いてから見つけ出すの?」
「集める事はできます」
えっ! そうなの!?
みんなで一斉にカリーナ元王妃の方を見る。
「立場上、ジメスとノレイは行方不明の方たちと会う事ができないので、彼らは私の命令も聞くように操られています。私が招集を掛ければ、全員が集まるでしょう」
そうなんだ!
なんとありがたい!!
「人によっては、この街に来るまで数日掛かるかもしれませんが……」
「それは問題ありません。まずは、この街に集めてほしいのですが、お願いできますか?」
オーンの言葉にカリーナ元王妃が頷いた。
「そちらはどうにかなりそうだな」
「そうだね」
ミネルとオーンが頷き合っている。
みんなで相談した結果、行方不明者についてはカリーナ元王妃がこの街へと呼び寄せ、来た人たちから順番に《光の魔法》を使って浄化させることになった。
オーン……忙しくなりそう。
「執事のノレイさんは?」
「ああ、そちらも調べる必要があるな」
穏やかな口調で問うカウイに、ミネルが当然とばかりに答えている。
なるほど。
『家族が亡くなって路頭に迷っている所をジメス上院議長に助けられた』という違和感だらけの話を調べるのね。
「確信はまだないが……結果次第では、こちら側についてくれるかもしれない」
そうかもしれない。
けど、ノレイさんはジメス上院議長の事を信頼しているし、小さい頃からずっと仕えていた人でもある。
もし家族が亡くなった原因にジメス上院議長が関わっていたとしたら?
それはそれで、ノレイさんに伝えるのは酷な気もする。
……と、思ってしまう私は甘いのかもしれない。
「きっとノレイさんも気がついてると思いますよ」
エレがボソッと呟いた。
気がついてる? 何に??
「自分の家族が亡くなった理由にジメス上院議長が関わっているかもしれないという事を。その上で一緒にいるのだと思います」
えっ! なんで!?
予想もしていなかったエレの言葉に驚いてしまう。
「まぁ、何となくですが……気持ちは分かるような気がします。もちろん、調べる必要はあると思いますが、味方になってくれるかは分かりません。《闇の魔法》を使う者同士はお互いのオーラが見えないので、仮に『協力します』と言われても嘘かどうか見抜けませんし……」
エレの話を聞いたオーンが、難しい表情をしている。
「……調べてから、考えようか」
「そうだな。《知恵の魔法》で“ナレッジ”を見れば、恐らくノレイの家族の記録があるはずだ。この件は……父にも相談してみる」
そうだよね。
まずは事実関係を調査しないと、味方にできそうかどうかすらも分からない。
ノレイさんの件については、ミネルに任せる事になった。
「それじゃあ、明日……いや、もう今日だね」
オーンが横目で時計を見ている。
いつの間にか日付が変わっていたんだ。長い時間、話していたからなぁ。
「朝になったら、各自動き出そう。──さて」
そこでオーンが話題を変え、カリーナ元王妃を見た。
どうしたんだろう?
周りを見ると、みんなもカリーナ元王妃を真剣な眼差しで見つめている。
「アリアについてお聞きしたい」
「教えて頂きたいのですが、アリアは元の世界に戻る可能性はあるのかしら?」
「アリアを残す方法を教えて」
「アリアが元の場所へ戻らないという確証がほしい。そこで──」
「カリーナ様が願ってアリアちゃんが来たとしたら、願わなければ、アリアちゃんは戻らないのですか?」
「えーと、アリアとこれからも一緒に過ごす事はできますか?」
「ずっとアリアがここにいてくれるのか……それが難しいなら、俺も一緒に行く事はできますか?」
お読みいただき、ありがとうございます。




