すべてが動き出す
「よし! こうなったら、街の人たちに協力してもらおう!!」
……と、ドヤ顔で強気の発言をしてから1週間。
私は今──街の住民に捕らえられ、両手を後ろで縛られている。
サール国王の悪評が流れる“シギレート”を再度訪れたところ、見事に捕まってしまった。
もちろん、両手だけでなく両足もしっかりと縛られている。
人生で2回も縛られるなんて。
なんて、スリルに満ち溢れた人生なんだろう。
「ジメス様は?」
「すぐにこちらへ来るのは難しいらしい」
目の前で、この街に住む夫婦が会話をしている。
この2人は権力者で、“シギレート”の町長みたいな存在だ。
「ただ執事の方が言うには、仕事の合間を縫って来ることはできそうだ仰っていた」
……なるほど。
きっとジメス上院議長は、上機嫌でやって来るだろうな。
なんせ“住民が勝手にした事”だもんね。
何か起こっても、自分は関わっていないと言い訳できる。
── 1時間後、思ったよりも早くジメス上院議長が到着した。
「ご無沙汰しております。アリアさん」
満面の笑みをしながら、私の前で屈みこんだ。
やっぱり、機嫌がいい。
ジメス上院議長の後ろにいるのは執事のノレイさんだ。
相変わらずの無表情で、私を捕えた夫婦と話をしている。
「申し訳ございませんが、お2人を巻き込みたくありません。少しの間、席を外して頂けますか」
言われた通り、夫婦が家の外へと出て行く。
その姿を確認したジメス上院議長が、再び私の方へ目を向けた。
「どこまで情報を掴んだかは分かりませんが、まさかこの街に辿り着くとは」
「…………」
口を塞がれているので答える事ができない。
「協力者は……リーセさんかな? 一緒にいる事は調べがついていますからね。ノレイ、ジュリアを連れてこい」
「畏まりました」
ジメス上院議長に会釈をし、ノレイさんが出て行った。
「まぁ、アリアさん達が私とジュリアの事を調べ、この街に辿り着くであろう事は予想していました」
……気がつかれていた。
「こちらとしては好都合でした。アリアさんだけを連れ出すのは難しいですからね」
ジメス上院議長が、片方の口角を上げる。
見るからに勝ち誇ったような表情だ。
しばらくして、ジュリアとノレイさんが家に入ってきた。
「──ジュリア様をお連れしました」
「ああ」
ノレイさんの少し後ろに立つジュリアをジッと観察する。
久しぶりに顔を見たけど……外見はほとんど変わっていない。
街に馴染む服装をしているかと思いきや、華やかなドレスに近い格好だ。
眼つきは鋭く、見るからにイライラしている。
「この日をどれだけ待っていた事か! 貴方のせいで、我慢ばかりを強いられる日々を過ごしていたわ!!」
私と顔を合わせるなり、大声で怒鳴り始めた。
性格も相変わらずなようで。
「少し落ち着きなさい、ジュリア」
怒っているジュリアとは反対に、ジメス上院議長は随分と落ち着いている。
文句を言い足りないのか、ジュリアが私の目線に合わせるように屈んだ。
「私の魔法を元に戻しなさいよ!」
戻すはずがない!
フルフルと顔を横に振る。
その瞬間、バチンと右頬を思い切り叩かれた。
「自分が歯向かえる立場じゃない事をまだ理解していないようね」
こちらが手を使えない事をいい事にっ!!
負けじと縛られている両足を前へと動かし、目の前にいたジュリアを思い切り蹴飛ばす。
ダメだ。
縛られているから、あまりダメージは与えられなかった。
「な、何をするのよ!!」
叩かれたから、やり返したんだよ!!
怒り狂ったジュリアに、さっきよりも強く、今度は左頬を叩かれる。
「その辺でやめておきなさい、ジュリア」
「お父様! 最愛の娘が大変な目に合っているのよ! 何を落ち着いているの!?」
……自分で『最愛の娘』という人を初めて見た。
うぅー、両頬が痛い。
「お前の気持ちも分かるが……私は仕事に戻らなければならない」
「えぇ!? お父様!! 私の魔法はどうするおつもりなの!?」
焦った口調でジュリアが、ジメス上院議長に詰め寄っている。
「ノレイがいる。ノレイ、後はよろしく頼む」
「畏まりました」
ノレイさんがジメス上院議長に向かって会釈をした。
「仕事が終わったら戻る。その間、ジュリアはここにいなさい」
「どうして!?」
納得できないのか、ジュリアが不服そうに顔を歪ませている。
少しだけ困ったような表情を見せると、ジメス上院議長がジュリアの肩にポンと手を乗せた。
「救世主としての“魔法”を民衆に見せなきゃいけないだろう? ジュリアの見せ場を作る為にも、この街に残ってもらう必要があるんだ」
「そ、そうね!」
さっきまで怒っていたジュリアの表情がぱぁっと明るくなっている。
……単純だな。
さぞかし扱いやすい娘だろうな。
「仕事の方で少し厄介な事が起きていてね。なるべく早めには戻る」
ノレイさんに伝え、ジメス上院議長が出て行った。
部屋には私とジュリア、そしてノレイさんの3人だけが残っている。
すると、ノレイさんがジュリアにそっと声を掛けた。
「ジュリア様は、一度お戻りになってください」
「どうしてよ!」
ノレイさんからの提案に、再びジュリアが怒っている。
「《闇の魔法》は危険があります。 場合によっては近くにいる人間にも影響を及ぼしかねない。万が一の事を考え、席を外して頂けませんか」
「そういう事なら……仕方がないわね」
心底不満そうではあったけれど、ジュリアが素直に家から出ていく。
私と静かに目を合わせると、無表情のままノレイさんが口を開いた。
「それでは──始めましょうか」
数時間後、再び街へと戻ってきたジメス上院議長がノレイさんと話している。
「ノレイ、無事に終わったか?」
「はい、終わりました」
ノレイさんの言葉に頷くと、ジメス上院議長が部屋の周りを見渡し始めた。
何かに気づいたのか、訝しげにノレイさんへと問いかけている。
「……ジュリアは?」
「それが……自分の魔法を見せると言い出して、広場に街の人間を集めています」
「私の許可がないのに? なぜ止めなかった!」
ジメス上院議長が声を荒げた。
「申し訳ございません」
「いや、今はジュリアを止める事が先だ。あの娘は何を言い出すか分からない。急いでジュリアの元へ行く」
ジメス上院議長が急いで外へと飛び出していく。
私も拘束されたまま、ノレイさんに連れられて家の外へと出た。
向かった広場には大勢の人が集まっている。
人をかき分け、 ジメス上院議長が広場の中央へと進んでいく。
「ジュリア!」
声を掛けた先、そこに立っていたのはジュリアではなく──カリーナ元王妃だった。
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