打ち明ける決意
「お待たせ」
全てを話し終え、カリーナ元王妃と話していた部屋から出る。
「遅かったな」
席を立ったエウロが、すぐに私の元へ歩いてきた。
「あれ? カリーナ……様は?」
「疲れて眠ってる」
正確には泣き疲れて、部屋にあったベッドで寝ている。
意識が残った状態で操られていたと話していたから、想像以上に疲れていたのかもしれない。
今は、警護のララさんがカリーナ元王妃を見てくれている。
……あれ?
ふとエウロの後ろに目線がいく。
さっきよりも人数が増えている……って、エレやセレス、ルナ、マイヤも来ている!
それにリーセさんも!!
「みんな、どうしたの!?」
驚く私に、いつも笑顔のエレが呆れたように盛大なため息をついた。
「僕たちの方の調査が終わった後、3人が『アリアを待つ』と言い出して、ずーーっと家にいたんだよ」
「大親友にしか分からない嫌な予感がしたのよ。アリアがいない間の事情は全て聞いたわ! 予感は的中していたようね」
セレスが得意げに微笑んでいる。
その様子を見ていたルナが否定するように口を開く。
「私が『アリアを待つ』と先に言ったし。セレスはそれに便乗しただけだし」
「断じて違うわ! 私が先に言ったのよ!!」
うん。どっちが先でも嬉しいよ。
「いつもいつも……よく低次元の話で争えるわね。ある意味、尊敬するわ」
「マイヤに尊敬されても嬉しくないし」
「……嫌味で言ったのよ、ルナちゃん」
そんな3人のやり取りを気にする様子もなく、エレが冷静に話を続ける。
「警護の方から伝言を聞いたんだ。それで、アリアの事が心配で……」
言いながら、エレがチラッとオーン達を見た。
「そう。敵はあらゆる方向にいるからね。アリアの事が心配で、僕も一緒にきたんだ」
「ありがとう、エレ」
なんて素敵な弟! いつもエレには心配掛けちゃってるからなぁ。
エレの話に、エウロも「うんうん」と頷いている。
「……二人は単純すぎて、不安になるわ」
なぜかマイヤが呆れている。
何の事だろう? と首を傾げていると、近くにいたミネルが私たちに声を掛けてきた。
「くだらない話は終わったな? アリア、カリーナ元王妃との話を聞かせてくれ」
「うん、そうだね」
「なんですってー!?」
『くだらない』と一刀両断された事にセレスが憤慨している。
とはいえ、これもいつも通りなので、特に気にせずミネル達の方へ向かう。
「そういえば、リーセさんはなぜ?」
「ここへ来る前、ルナが一度家に帰ってきたんだ。その時、私に声を掛けてくれてね」
なるほど。それで一緒にきてくれたという訳か。
リーセさんの話に、ルナが嬉しそうに頷いている。
それにしても……窓の外を見ると真っ暗だ。もう夜なんだ。
話を聞く前は、日が落ちてきたなぁと思っていたのに……私は4時間近く話していたらしい。
カリーナ元王妃は、“話す”、“話さない”の判断は私に委ねると言っていた。
みんなには、どこまで話すべきか……。
カリーナ元王妃がジメス上院議長に操られる事になった経緯はともかく、ループや転生の話は……さすがに混乱するよね?
うーん……よし!
ひとまず過去のループ、転生の話は伏せてジメス上院議長に関する事だけ話そう!!
そう心に決めると、さっそくカリーナ元王妃の失踪や若さの理由、ジメス上院議長の計画をみんなに伝える。
「──ジメス上院議長は、反乱を起こし国を乗っ取る事を考えている。その反乱の拠点となる街が──ここ“シギレート”みたい」
なるべく感情的にならないよう、冷静に聞いた事をそのまま報告する。
「オーンにとっては腹立たしいというか、ツライ話だけど……どうやら街全体に、サール国王の悪評が流れているみたい」
「……なるほど。これで街の人たちが好意的ではなかった謎が解けたね」
オーンがどこか納得したような表情を見せた。
「本来、“シギレート”は王家に好意的な街のはずだ。だが、父──サール国王の悪評が流れた上に、グモード王の復活を街の人たちが信じているのだとしたら……彼らにとって私は邪魔な存在でしかない」
ミネルが腕を組みながら、眉間にシワを寄せている。
「どうやって、この街の人間を信じさせたんだ?」
「それが……ジュリアを使ったみたい」
みんなの顔が一斉に歪む。
うん、分かる。『なんでジュリア!?』って思うよね。
「サール国王の悪評が“シギレート”に流れ始めた頃、ジメス上院議長がお忍びでこの街を訪れ、支援金を渡し始めたみたいなんだよね」
「自分の話を信じてもらう為に動き出したというわけか」
ミネルの言葉に頷きながら「恐らく……」と返答する。
悪評を流したのは、ジメス上院議長ではないらしい。
……まぁ、間違いなく手引きはしたと思うけど。
悪評を聞いたジメス上院議長は街の人たちに同情的な素振りを見せつつ、『私は上院で格差をなくす取り組みを進めているが、サール国王がそれを阻む』とこぼしたらしい。
街の人はともかく、私は保守派の人間こそが格差をなくす取り組みを阻んでいる事を知っている。
だからこそ、カリーナ元王妃から話を聞いた時は『どの口が言ってるんだ!?』と怒りを覚えた。
「──上院のトップであるジメス上院議長が悪評を肯定した事で、街の人たちの不満はピークに達したって」
オーンが首を傾け、不思議そうな表情を見せる。
「不満……? それは先ほど言っていた、国王の悪評と関係があるのかな?」
「多分そうだと思うんだけど……ここについては、カリーナ元王妃もよく分かっていないみたい。ただ、街の人たちが『どんどん税金が高くなる』と話しているのを聞いたって」
リーセさんが、ピクッと眉を動かした。
「それが本当の話だとしたら、上院で税の管理に関わっている人たちを調べた方がよさそうだね」
「確かに。もし、違法に税金が上がっていたのだとしたら、国や国王に対して不満を持つのも当然の事だ」
腕を組み、考えながら話すリーセさんの近くで、オーンが納得したかのように頷いている。
「この件は、一旦私に預からせてもらえるかな?」
「お、お願いします!」
ありがたい申し出に感謝しつつ返事をすれば、リーセさんが私を見てニコッと微笑んだ。
カリーナ元王妃の言葉通り、勝手に増税していたとしたら大問題だよね。
詳しい調査については、全員一致でリーセさんに任せる事になった。
情報の共有方法などは改めて相談する事にして、そのまま話を続ける。
ジメス上院議長が訪れる度、街の人たちは口々に国王や政治への不満を伝えたそうだ。
そして、不満が国への不信感へと変わってきたタイミングで、ジメス上院議長は民衆へと語り掛けた。
『みなさんからの話を聞き、私自身も国を変えようと努力してきましたが……力不足でどうする事もできません。このままではこの国は駄目になると憂いていましたが、ついに救世主が現れました!』
──ここで、ジュリア登場!
ジュリアの目立ちたがりで、自己顕示欲の強い性格をも考慮した完璧なシナリオ。
仮にジメス上院議長の計画を知らなかったとしても、ジュリアの性格上、救世主と言われて否定をする事はないだろう。
むしろ救世主と崇められ、調子に乗ったに違いない。
みんなも私と同じ事を考えているのか、さっきより顔が歪んでいる。
「どうしようもない性格ね」
セレスがボソッと呟いた。
『ジュリアはちょうど魔法を封じ込められた時期に、救世主として現れました』
と、カリーナ元王妃は話していた。
これは私の勝手な予想だけど、本当は魔法が使えるタイミングで登場させる予定だったんじゃないかな?
詠唱せずに魔法を使う姿を見せれば、救世主の信憑性が増すもんね。
……そう考えると、微妙なタイミングで登場したんだな。
街の人たちの前に立ったジュリアが、力強く宣言をする。
『私はこの国の為にグモード王とカリーナ王妃を復活させます。けれど、暗殺されたグモード王の復活には時間が必要です……そこで、まずはカリーナ王妃を復活させます!!』
突拍子もない発言に、最初は半信半疑だった民衆。
ところが、宣言から数日後──カリーナ元王妃が街の人たちの前に姿を現した。
これによって街全体が大いに盛り上がり、ジュリアが“本物の救世主”だと信じ切ってしまった。
民衆の心を1つにまとめた所で、ジュリアが自分の魔法について説明したらしい。
『私は詠唱せず、魔法を使う事ができます』
驚きはしたものの、街の人たちはすぐにジュリアの言葉を信じた。
それほどまでにカリーナ元王妃の復活は大きかったに違いない。
話しながら、突然、ジュリアが悲しい表情を浮かべる。
『──ただ、今は魔法を使う事ができません。私の事を面白く思っていないサール国王が、 自分の部下である“アリア”という人物を使い、私の魔法を封じ込めたのです』
な、なんて事だ。
私はこの街において、悪の手先みたいな扱いになっているらしい。
オーンと訪れたお店で出会った店員さんが、私の名前を聞いて驚いたのも頷ける。
悪の手先がいきなり目の前に現れたら……驚くのも無理はない。
うーん……今後、この街で私が“アリア”という事は、内緒にしておいた方がよさそうだなぁ。
封じ込めた魔法を解く必要があるから殺されはしないだろうけど、危険な事には変わりないよね?
みんなも心配そうな表情で私を見ている。
結局、いつも心配を掛けてしまう。
カリーナ元王妃は、ジュリアが街に身を潜めている理由についても教えてくれた。
『救世主として現れたジュリアは、一部の民衆に『サール国王に命を狙われているので匿ってほしい』と告げ、そのままこの街へ住む事になりました』
あくまで‟サール国王は悪”だと言いたいわけだ。
『ただ、これは表向きの話です。本当の目的は学校で起こした問題が落ち着くまでの間、この街で身を隠すようジメスが指示したようです』
ああ、私を拉致して、幼なじみ達を脅迫した問題ね。
『ジュリアは当初、ジメスの計画全てを把握していたわけではなかったのだと思います』
単純に、人から尊敬されたり、興味を向けられるのが嬉しかったんだろうなぁ。
『ところが、身を隠している間にジュリアがジメスの計画を知ってしまったのです。話を聞いたジュリアは、国が自分ものになると喜んでいました』
うわぁー、喜びそうー。
『ジメスはジュリアが自分の計画を人に話すのを恐れ、今は人と関わらない暮らしをさせています』
「──これが未だにジュリアが表舞台に出てこない理由みたい。それと──」
少し間を置き、ジメス上院議長の執事ノレイさんについても話をする。
「ノレイさんは幼少の頃、家族が亡くなって路頭に迷っている所をジメス上院議長に助けられたみたい。恩を感じているからこそ、あそこまでジメス上院議長に尽くしてるのかもしれない、と言ってたよ」
正直なところ、その話を聞いた際は『助けた人物がたまたま《闇の魔法》を使えたなんて事がある!? 』と、違和感しかなかったけど。
大事な部分だけを話したつもりだけど、それでも随分と時間が掛かってしまった。
聞き終えたオーンが、何かを考えるように手を口元にあてている。
「この街の人たちは、近々グモード王が復活すると信じているんだね」
「う、うん、そうみたい」
落ち着いた表情をしているけど、オーンとしては複雑な心境だろうな……。
「この街の人間が行動に移していないのは、ジメス上院議長が止めているからか?」
「恐らく……」
ミネルの言葉に私が頷く。
私の話を聞き終え、各々が何かを考えるような表情を浮かべている。
そんな中、ミネルが言葉を選ぶように、ゆっくりと私に問いかけてきた。
「──アリアの話を聞いて、みんな同じことを疑問に思ったはずだ。 隠す理由もないから代表して聞くが、なぜカリーナ元王妃は“アリアの魔法”の事を知っていたんだ? そして、なぜアリアにだけ話そうと思ったんだ?」
ミネルからの質問に、エウロが今気がついたとばかりに目を見開いている。
「あっ! そうだよな!!」
「……例外がいたか」
呆れたように呟きながらも、ミネルの視線は私に固定されたまま動いていない。
「まぁ、いい。──で、どうしてだ?」
……やっぱり、そうだよね。
周りを見渡しながら、みんなの表情を順番に確認していく。
みんなに話したとして、私やカリーナ元王妃、ジュリアが転生者だって信じてくれるかな?
……みんなは私のこと、どう思うのかな?
これを機に、みんなとの関係が変わってしまったらどうしよう……と不安がよぎる。
気持ちは正直だな。
この事が不安だったからこそ、最初に話さなかったのかもしれない。
けれど、みんなが疑問に思うであろう事も予想はしていた。
避けては通れない事が分かっている以上、真実を伝えなくてはならない。
「信じてもらえるか分からないけど……私とジュリア……それにカリーナ元王妃は別な世界から来た転生者なんだ」
お読みいただき、ありがとうございます。




