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カリーナの回顧録(後編)

当時のジーノは上院に入ったばかりの、まだ年若い青年だった。


「私が王を殺害した人物を必ず見つけ出します。そして、王が成し遂げられなかった国の改革を私が行います!」


心身ともに弱っていた私にとって、ジーノの言葉は嬉しくもあり、頼もしくもあった。


約束通り、グモード王を殺害した人物をジーノは探し出した。

犯人は、上院のトップとその配下に属する人達だった。


一国の王を殺害した罪は重い。

そこに王妃の権限も加え、グモード王の殺害に関わった人物は全員極刑にした。



……これで復讐は終わった。

あとは、グモード王を蘇らせるだけ。


どう動くべきか悩んでいたある日、ジーノが私に声を掛けてきた。


グモード王殺害の犯人が極刑になった事で空いた上院のトップの座に、自分を指名してほしいという内容の話だった。


「王妃様とお約束した国の改革を私が行いたいと思ってます。ただ、私には力がございません。私を王妃様の権限で、上院のトップにして頂けませんか?」


ジーノには、グモード王の殺害に関わった人間を探し出し、犯行を暴いたという功績もある。

それにグモード王の意思を受け継ぐとも言っている。


彼は最良の人物かもしれない……と思い、王妃の権限を使ってジーノを上院のトップにした。


ジーノに改革を一任した事で、私のやるべき事は1つに絞られた。

今度こそ、グモード王を蘇らせる。


読み漁った禁断の書物の中には、《癒しの魔法》を使って蘇らせる事ができると書いてあった。



《癒しの魔法》

命と引き換えに死者の蘇生ができる

魔力により、蘇生できる確率は変わる

蘇生できたと同時に亡くなる場合がある



私の本では……書いた覚えのない魔法ね。

知らない魔法だわ。


命と引き換えに……グモード王を生き返らせる為なら、小さな犠牲ね。

偉大な王だもの。喜んで蘇らせる人はいるでしょう。


それよりも《癒しの魔法》が使えるからといって、全員が全員、禁断の魔法を使えるとは思えない。

どうしたらいいかしら……?



そうだわ! ジーノに相談してみましょう。


グモード王に忠誠を誓っていたジーノなら、喜んで協力してくれるはず。

思っていた通り、ジーノに書物を見せ相談したら、快く協力すると言ってくれた。


グモード王が蘇り、ジーノと一緒に国の改革を進めていけば、きっといい結末を迎える事ができるわ。



──この時の私は、全面的にジーノを信頼していた。



王が亡くなってから、1年が経った。


ジーノが今まで見た事がない執事を自分の傍に置くようになった。

『優秀な執事』だと話していたけど、少し嫌な雰囲気がするのは気のせいかしら?


しかも、ジーノが上院トップになってからというもの、グモード王を蘇らせる話が全然できていない。


我慢できなくなった私は、部下にジーノがいる場所を調べさせ、お忍びで会いに行く事にした。


ところが、私はそこで信じられない話を耳にする事となる。


「王妃様がグモード王を蘇らせようと考えているようですが、本当に協力するのですか?」


ジーノの執事だわ。

相変わらず、嫌な雰囲気が漂っている。


「ああ」


ジーノが返事をしている。


当り前よ。

ジーノは、グモード王を心酔しているのだから。



「──表向きはな」


えっ! 表向き!?


「最初、聞いた時は厄介な話だと思ったが、良い案が浮かんだんだ。仮にグモード王が復活したとする。そうなれば当然、奇跡の王として崇められるだろう。さらに、今の王は身も心もまだ幼い。上手くやれば、グモード王が再び王座につく事も可能だ」


……どういう事?

ジーノは復活を望んでいる……のよね?


「復活したタイミングで、お前の《闇の魔法》で王を操る。まぁ、こんな面倒な事をするより今の王を利用した方が早いのだが……。王は親が殺された事で慎重になりすぎていて、一人で行動することがない。警備が厳重で、近づく事すら難しい。だが、復活したグモード王ならば、すぐに操れるはずだ」



──!!


「操られているグモード王が王制を廃止し、退く。そうすれば、実質、私が国のトップになる!」

「しかし、それでは……王妃様が黙っていないのではないですか?」


これは一体どういう事なの……?

彼らは何の話をしているの?


「問題はない。権威を持たない王に用はないからな。グモード王もカリーナ王妃も殺してしまえばいい」


急な事に頭が追いつかず、動揺のあまり手が震えている。


信頼していたジーノが私を殺す!?

嘘よ! 嘘よね!?


ジーノの発言に混乱する私に反し、執事が淡々と話を進めている。


「そういえば、グモード王を殺害した人物をどのようにしてお調べになったのですか?」

「ああ、簡単な話だ。元々、知っていたんだ」


……し、知っていた?


「事件が起きた時、私はまだ上院の中でも下っ端だったからな。連中にグモード王殺害を手伝わされたんだ」


っ!? なんてこと!!

信じていたジーノが、グモード王の暗殺に関わっていたなんて!!


「王妃の精神状態が危ういのは一目瞭然だった。いいタイミングで、王妃に取り入る事が出来てよかった」

「……ジーノ様、お待ちください。どなたかがいます」



ま、まずい!

私がいる事が気づかれた!!


そこからの事は、無我夢中であまり記憶に残っていない。


王宮に帰った後も、周りの人間がみんなジーノに操られているような気がして、誰も信用できなくなった。

このままではジーノに殺されると思った私は、お金で護衛を雇い、一心不乱に逃げ出した。



今にして思えば、なぜあの時、逃亡したのだろう。


もっと他の方法があったはずなのに、グモード王の死の傷みが癒えない当時の私には、ジーノの裏切りは重く、恐怖でしかなかった。




──逃亡後、半年が経過した。


いつの間にか、私は流行り病で死んだ事になっていた。


恐らく、ジーノの仕業だろう。

死んだ事にすれば、私が戻っても“偽物の王妃”として扱う事が出来る。


今さらジーノの策略やグモード王の暗殺の話をしたところで、誰も信じてくれないに決まっている。

ジーノを上院のトップにしたのは私だし、近しい人間ならば私が彼を信頼していた事も知っているだろうから。


王が成し遂げられなかった国の改革は全く進まず、国政はジーノの独断上になっている。

さらには自分の身内を次々に出世させ、急激に力をつけてきている。


とはいえ、やはり私の存在が気になるのだろう。


ジーノは今も私を探しているらしく、彼の部下と思われる人間を色々な所で見かけるようになった。

捕まらない為にも、他国で身をひそめる事にする。




──王が亡くなってから、9年後


第一王子である息子が結婚し、サールという孫ができた事を知る。


息子に会いたい。孫に会いたい。

会いたいけど、ごめんなさい。


それよりも、グモード王が大切なの!

グモード王をなんとしても生き返らせたいの!!


そこでふと、ある事に気がついた。


禁断の魔法で生き返らせた場合、死者は死んだ時の年齢で生き返る。


グモード王が亡くなったのは、33歳。

……グモード王を生き返らせた時、私は何歳?


考え始めると、自分が老いるという事が急に怖くなった。

これ以上、老いるのはイヤ!


何か良い方法がないか探した私は、偶然にも他国の禁断の魔法を見つけた。

書物によると、他者から生命エネルギーを奪い取り自身の細胞を活性化させる事で若さを保つ事ができるらしい。


逃げ出した際に一生困らないほどのお金や宝石を持ってきた。


あとは生命エネルギーを得る方法を見つければいい。


情報屋を使って調べた結果、生命エネルギーを売買する闇取引の存在を知った。

危険だし、合法ではないけれど、誰かから無理やり奪い取るのは目立つ可能性がある。


ジーノに見つからない為にもリスクは避けたい。


私は闇取引を利用し、お金で生命エネルギーを買う事にした。


生命エネルギーを売っている人たちは、売った年齢分だけ年を取る。

私は買った年齢分、若返る事ができる。


禁断の魔法を使う事で、私の若さはずっと保たれる。

これでグモード王が蘇っても安心して会う事ができる。


グモード王との為なら、小さな犠牲なんていとわない。

私とグモード王の幸せのためだもの。


……そうだわ!

ジーノがいなくなってから、グモード王を生き返らせればいいのよ!


私の存在が薄れた頃にグモード王を生き返らせれば、2人でひっそりと幸せに暮らせるんじゃないかしら?


そう考えた私はグモード王をすぐに蘇らせる事は止め、他国で時が経つのを待つ事にした。




──王が亡くなってから、29年後


孫のサールが結婚と同時に国王になったと耳にした。

息子は若い内に王位を譲り、隠居生活をしているらしい。


……あの子(息子)には、本当に悪い事をしてしまった。




──王が亡くなってから、32年後


ついに上院のトップが変わった!

ジーノの息子であるジメスが引き継いだらしい。


息子が跡を継いだ事でジーノが亡くなったのかと思ったけど、どうやら引退しただけらしい。


ジーノが生きている限り、油断はできない。

後もう少し、後もう少しの辛抱。




──王が亡くなってから、39年後


ジーノが亡くなった!

長かった……。本当に長い日々だった。


少しでも老いを感じる度、他者から生命エネルギーを買い取ってきた。

お陰で若さも保っている。


これで、ようやくグモード王を生き返らせる事ができる!!


……この時の私は、長い年月が経っていた事で油断していたのだろう。


身を置いていた場所が他国という事もあり、もう危険な事はないと安心しきっていた。

ところがある日、ジメスが私を探し出した。


父親のジーノから話を聞いていたらしく、私はそのままジメスに捕らえられてしまった。

監禁中、ジメスは自分の計画について私に語った。


「父が成しえなかった王制度を廃止し、私がこの国のトップに立つ!」


ジーノの顔に似たジメスがジッと私を見つめてくる。


「まずは、貴方は死んでいなかったという事にする。そして、貴方が望んだ通り、グモード王を復活させてあげよう!」


なんですって? 何を企んでるの!?


「格差をなくす取り組みをした王と王妃を崇める人間──特に一般人は未だに多いはずだ」


ジメスが声を上げ、楽しげに笑っている。

身震いするほどのおぞましい笑み。


「英雄的存在であるグモード王とカリーナ王妃が奇跡の復活を遂げる。さらには復活前にサール国王の悪い噂でも流しておけば、民衆は単純だ。 グモード王を正式な王にしたいと考えるはずだ」


迷う素振りすら見せる事なく、スラスラと流暢りゅうちょうにジメスが話し続ける。


「一般人を味方につけ、反乱を起こさせる!」

「そ、そんな事、グモード王が許すはずがないわ!」


捕らえられながらも、必死でジメスに反論する。


「所詮、操られる予定の王と王妃だ。いくらでも、こちらの好きなようにできる」


この男は私を、そしてグモード王を《闇の魔法》で操るつもりだ!!


「ノレイ、カリーナ王妃を“よろしく頼むぞ”」

「かしこまりました」


ノレイと呼ばれた人物が《闇の魔法》を唱える。


身動きを封じられた私は反抗する事すらできず、《闇の魔法》で操られてしまった。


闇に飲み込まれ、次第に自分の心がなくなっていくのが分かる。

思えば、グモード王が亡くなった瞬間から、私の心はすでに壊れていた。


操られたところで、今更なのかもしれない。

意識が遠のく中、今までの過ちや失敗、自分の罪について考える。


何十年もの間、グモード王を蘇らせる事ばかりを考えてきた。

そもそも国の改革を始めたのだって、グモード王を死なせない為だった。


けれど、私と違い、グモード王は常に国や民の事を一番に考え、懸命に頑張っていた。


グモード王は亡くなってしまった。

だけどもし──あの時、私が逃げずにジーノと戦っていたら、結果は違ったろうか。


グモード王は助けられなかったけれど、少なくとも彼の想いだけは守る事ができたのではないだろうか。


しかも今、私のせいでグモード王どころか、孫であるサールの命すらも危険に晒されてしまうかもしれない。


あぁ、 私はなんて大変な事をしてしまったのだろう!

操られて、ようやく自分のしてきた罪の重さを知るなんて!!


今になって、次から次へと後悔が溢れてくる。


私が出来る事は、もう何もない?

本当に何もない??



……いえ、きっと出来る事があるはず!


操られてはいるけれど、心の奥底に眠る私の意思はまだ生きている!

行動には移せなくても祈る事はできる!!


ここは私が作った世界。

祈れば、叶うかもしれない!!


私を消滅させ、ジメスに立ち向かう事の出来る新しい転生者が出てきてほしい!



遠い昔、グモード王に話した《聖の魔法》。

《聖の魔法》が使える転生者よ! どうか現れて!!!




──王が亡くなってから、42年後


《闇の魔法》に自由を奪われながらも、転生者が現れてほしいと毎日祈り続けた。


私の願いは届いたのかしら?

《聖の魔法》を使う転生者は現れたのかしら?


もし仮に現れていたとしても……1人だけではジメスに勝てないかもしれない。


そうだわ!


私がグモード王に話したもう1つの魔法。

詠唱しなくても魔法が使える転生者よ! どうか現れて!!!




──私の願いとは裏腹に、ジメスの計画は順調に進んでいく。


《癒しの魔法》を使い、何度かグモード王の復活を試みたものの、魔力が足りなくて失敗。


私は自分の意思に反し、魔力を奪う為に誘拐事件の手助けをしている。

ジメスは誘拐した人たちから魔力を奪い、自分や部下の魔力をどんどんと底上げしている。


それだけでは飽き足らず、ジメスはもっともっと仲間を増やす為に魔法更生院を襲わせた。


「協力するなら、今より魔力を増やしてあげよう」


魔法更生院にいるのは、元々、心に闇を抱えた犯罪者ばかりだ。

出られるだけでなく、魔力も増やせるとなれば、彼らは容易く計画に乗った。


そういえば、魔法更生院を襲った時……「本当に魔力を増やす事ができるのか試したい」と言った男がいた。

名前は忘れたけど、しばらくして見かけた際に「自分の父親で試した」と話していたような?


あの男は、どこへ行ったのだろう……?




「──カリーナ? 貴方はカリーナ……王妃なのですか!?」


グモード王の面影がある男性が、驚いた表情で私に尋ねている。


そのまま彼の後ろへと視線を動かす。

1人の女性が立っているのが見えた。



なぜだろう。初めて会う女性だけど、私には分かる。


同じ転生者だから? それとも……私が作った世界だから?

私が願って呼び寄せたから?



この子……このオーラは……!

あぁ! 私の祈りは届いていたのね!!



歓喜に震えながらも、男性の言葉にこくりと頷いた。



「私の知っている全てをお話します」


お読みいただき、ありがとうございます。

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