アリア、探偵になる
──私は今、“シギレート”に来ている。
“シギレート”は、エレ達が行っている“エルスターレ”とは違い、大勢の人が生活している住宅街だ。
同行しているメンバーは、オーンとカウイ、エウロ、ミネル。
もちろん、正体がバレないようにオーンは変装済み!!
これぞまさに、“ハーレム”の逆バージョン!!
……って、素直に喜べないけど……。
「──人探しから始める」
人探し??
到着して早々に断言すると、ミネルが鞄から紙を取り出した。
「似顔絵を描いてもらった」
ミネルが広げた紙をみんなで覗き込む。
──ジュリアだ!
気の強そうな顔とか、きちんと特徴を捉えている。
「に、似てる!」
「プロに描いてもらったから当たり前だ」
サラッと答えると、ミネルが淡々と話を進めていく。
ミネルの冷たい物言いだって、もう慣れていますから!
ダメージゼロですから!!
「念の為、セレス達にも同じ似顔絵を渡しておいた」
「念の為?」
含みのある言い方が気に掛かり、確かめるようにミネルへと尋ねる。
「“エルスターレ”では見つからないと思っている。“エルスターレ”は街全体が市場だからな。人の出入りも激しい。そんな街に娘を隠すとは思えない」
なるほど。
「だが、可能性がないわけではない。それに”奴”が来ているという情報もある。見つからないにせよ、何かしら情報は手に入るかもしれない」
”奴”……ジメス上院議長の事かな?
周りにバレない為とはいえ、“奴”って……。
「この似顔絵の人物を見た事があるか聞きまわってくれ。惚ける奴もいるかもしれない。微妙な表情の変化も見逃すなよ」
説明しつつ、ミネルが似顔絵を各自に配っていく。
「次に、これだ」
今度は別な紙を取り出し、目の前に広げて見せた。
先ほどとは違い、建物の配置などが細かく描かれている。
「“シギレート”の地図だ」
「……これ、何かの線?枠? が描かれているようだけど」
私の質問にミネルが頷いている。
「今回は探す場所を3つに分けた。極力目立たずに情報を集める事を優先し、あえて住宅地が密集している東は避ける。僕とエウロが北の……この赤枠の場所へ行く」
確かに人が多い住宅地なら聞き込みもしやすいだろうけど、ご近所同士で噂があっという間に広がっちゃいそう…。
ジメス上院議長にバレたら元も子もないもんね。
「オーンとアリアは南の青枠へ。カウイは 西……緑枠へ行って聞き込みしよう」
オーン達が、地図を見ながら頷いている。
さっきから私とミネルしか話してないなとは思ってたけど、男性陣だけで事前に決めていたのかな?
反論もなく、スムーズに話が進んでいる。
「カウイは、1人で大丈夫なの?」
ミネルから地図を受け取っているカウイに質問する。
カウイが強い事は知っているけど、さすがに1人きりというのは心配になってしまう。
「心配してくれたんだね。ありがとう。アリアと一緒に行動できないのは残念だけど、警護の方がついてるからね。大丈夫だよ」
カウイが優しく微笑む。
そうか。
何かあれば警護の人たちが助けてくれるよね。良かった。
「じゃあ2時間後、今立っている場所で落ち合おう」
オーンにも地図を渡しながら、ミネルが集合時間と場所を伝える。
2時間後、ね。
長いように感じるけど、今回は割と時間がないような気がする。
「アリア、本当に気をつけろよ。オーンの許可なく勝手な行動は慎めよ。いいな?」
「…………」
ミネルが心配しているのは、痛いほど伝わる。
だけど……なんだろう?
まるでオーンが私の保護者のよう。
「う、うん。分かった」
「よし、約束したからな。行くぞ、エウロ」
私の返事を聞き、ミネルが歩き出した。
「ああ。じゃあ、みんな気をつけて!」
エウロが元気に手を振り、ミネルの後ろをついて行く。
……と思ったら、あれ? 振り向いた?
「あっ! アリア、無茶はするなよ!!」
「…………」
『みんな気をつけて』だけで、良かったと思うのですが……。
「さて、と。俺も行くかな」
穏やかな笑みを浮かべながら、カウイが私を見る。
「アリア、知らない人にはついていかないようにね? オーン、アリアをよろしくね」
「…………」
カウイの目には、私が知らない人について行ってしまうような人間に見えているのね。
去っていく3人を見送った後、何とも言えないような表情をした私を見て、オーンがくすっと笑った。
「アリア、行こうか」
「う、うん」
少し複雑な気持ちだけど、みんな、それだけ心配してくれているって事だもんね。
「それにしても、みんな別々に行動するんだね。一緒だと思ってた」
「ああ、アリアには話していなかったね。“シギレート”は大きい街だから、1日で回るのは厳しいと判断して分かれる事にしたんだ」
ミネルからもらった地図を広げながら、オーンが話している。
「セレス達も?」
マイヤの事もあるし、 エレ以外は全員女性だし、セレス達が分かれて行動するのは心配かも。
「セレス達の方は、皆で行動するようエレには話してあるよ。1人で行動しない限り、“エルスターレ”は安全だと判断したんだ」
良かった。
やっぱり、ちゃんと考えてくれてた。
「僕達の方は、アリアとカウイ、そして僕に警護がついている。それもあって、分かれて行動してもいいという判断になったんだ」
んん? その考えでいくと……。
「私とオーンが分かれて、ミネルかエウロと一緒に行動した方が良かったんじゃない?」
2人には警護がついていないわけだし。
「アリアなら、その事に気がつくと思ったよ」
オーンが含みのある笑みを見せている。
「その案は既にミネルが話していたけど、“純粋な意見”ではない気がしてね」
純粋な意見?
「ミネルの意見は却下して、皆で“平等”に決めたよ」
はい? ……却下!?
「きゃ、却下したの!?」
「ああ、大丈夫。僕の警護が1人、ミネルとエウロの方に行ってるから」
んん?
それなら大丈夫……なのかな??
「今回は僕がツイていた、という事だね」
言いながら、オーンが楽しそうに笑っている。
また、返事に困る事をー!
「さて、と。ずっとアリアと話していたいけど、本来の目的を果たさなければいけない」
そうだよね!
気持ちを切り替えなきゃ!!
「まずは、どこかお店に入って聞いてみようか?」
「うん!」
聞き込みなんて、刑事や探偵みたい!
不謹慎だとは思いつつも、少しワクワクしてしまう。
探偵 アリア誕生!
少しの証拠も絶対に見逃さない!!
「──アリア、このお店に入ろうか?」
「えっ? あっ、うん」
「……アリア、大丈夫?」
少し不安そうな表情でオーンが私を見つめている。
「うん、大丈夫。ごめん」
いつの間にか、私は名探偵にまで成長していました。
全部、心の中だけど。
ごめんね、オーン。
自分の世界に入ってる場合じゃなかったね。
早速、オーンが話していたお店に入り、近くにいた店員さんに話し掛ける。
「すみません、この似顔絵の方を知りませんか?」
「うーん……さぁ? 分からないです」
さすがに1軒目から収穫はないかぁ。
他に聞けそうな人もいなかったので、お礼を伝え、2人でお店を出る。
お店を出た後、オーンがそっと口を開いた。
「表情を見ての判断になってしまうけど、嘘をついている様子はなかったね」
確かに……動揺している素振りもなかったし、表情が崩れたりもしていなかったなぁ。
その後も次々とお店に入り、同じように店員さんへと尋ねていく。
お店に入る、店員さんに尋ねる、お店に入る……を1時間ほど繰り返したけど、有力な情報が出てこない!
埒が明かないので、道を歩いている人にも聞いてみよう! と決め、懸命に声を掛けてはみるけど……進展なし!!
──ただ、少しだけ気になっている事がある。
「気のせいじゃなければ、なんだろう……? 少し警戒されている気がしない?」
ずっと気になっていた事をオーンに伝える。
「僕も気になっていた」
やっぱり! オーンも気がついてたんだ!!
「もしかすると、他の街から人が来る事があまりないのかもしれない」
「それで警戒しているって事?」
私がオーンに尋ねる。
「……いや、考えにくいな。ただ、僕たちがこの街の住人じゃない事には気がついているようだね」
……どうやらオーンは自分を分かっていないらしい。
ここは、探偵である私が教えてあげよう。
「そりゃ、そうだよ。変装しているとはいえ、オーンに一度でも会った事がある人は、顔を忘れないと思うよ?」
「そうなんだ?」
こくりと頷く。
私の場合だと、控えめに言って3回くらい会わないと覚えてもらえないだろうな。
私の発言を聞いて、オーンが少し悩むような表情を見せる。
「それならいっそ、僕の正体を明かして聞いてみるのはどうかな?」
「えっ!? な、なんで?」
なんで急にそういう話になったの!?
「“シギレート”は、先々代の王が格差をなくす取り組みをした事で発展した街なんだ。王家に好意的な街だから、少なくとも警戒はされなくなると思う。上手くいけば、協力してもらえるかもしれない」
へぇー、そうだったんだ。
「とはいえ、さすがに人が多い場所で正体を明かすのは目立ちすぎる。まずは、お店に入って聞いてみよう」
オーンの提案に頷きながら、側にあったお店へと足を踏み入れた。
中には60代くらいの女性店員さんが1人。
ちょうどお客さんもいないようだ。
すると、オーンが店員さんへと近づき、ゆっくりとウィッグを外した。
……あれっ?
オーンが名乗る前に店員さんの表情が変わった!
気のせいでなければ、予想に反し、好意的な表情とは真逆の強張った表情をしている。
──分かった!
この女性は、オーンが王子だって知ってるんだ!
急に現れた事で緊張してるのかもしれない。
「初めまして。私はこの国の王、サール国王の息子オーンと申します」
オーンが名乗ると、店員さんはわずかに肩を震わせた。
明らかに動揺している感じだけど、オーンとはちゃんと顔を合わせている。
「……はい、存じております」
予想的中!!
オーンも気づいていたらしく、そのまま店員さんに話し掛けている。
「顔色が良くないですね。大丈夫ですか?」
「は、はい。それよりも、オーン王子ともあろうお方が、どうしてここへ?」
オーンが似顔絵を取り出し、店員さんに見せる。
その瞬間、彼女が大きく目を見開いたのが分かった。
「人を探しているのですが、この方をご存知ありませんか?」
「し、知りません」
感情を抑えるように、店員さんが静かに答えている。
誤魔化したつもりかもしれないけれど、似顔絵を見せた時、間違いなく表情が変わった。
この女性は、ジュリアを知っている!
「あ、あの──」
「そうですか。ありがとうございます。お仕事中、失礼しました」
問いただそうと口を開くと、なぜかオーンが私の言葉を遮るように話し出した。
さらには、店員さんに丁寧に会釈した後、背を向けた。
「アリア、行こうか」
訝しむ私を無視し、オーンが促すように肩を抱き寄せてくる。
仕方なく出口へと歩き出そうとしたところ、視界の端にチラッと店員さんの姿が映った。
なぜかは分からないけど、驚いた表情でオーンではなく私を見つめている。
もしかして……私の名前を聞いて驚いたの?
お店を出て少し歩いたところで、示し合わせたかのようにオーンと視線が重なった。
「あの女性は、きっとジュリアさんを知っている」
「あの女性は、私の事を知ってるみたいだった」
同時に話しちゃった。
だけど、オーンが何を言ったかはきちんと聞こえている。
オーンも私の言葉がしっかりと聞こえていたようで、驚いた表情を浮かべている。
「アリアを知ってる……?」
「う、うん。正確には私を知っているというより、私の名前を知っている、が正しいかな?」
私の顔を見た時は、何の反応もしていなかった。
だけど私の名前を聞いた時、かなり驚いた表情をしていたから。
「オーンはなぜ、すぐにお店を出たの?」
オーンもあの女性がジュリアを知っていると気がついていたのに。
「あの女性は僕の事を知っていたけど、好意的な感じではなかった」
「そうだね」
緊張していたんだよね、きっと。
「むしろ、わずかにだが敵意を感じた」
えっ!? なんですって??
「敵意を持っている相手にこれ以上聞くのは無意味だと判断して、お店を出る事にしたんだ」
な、なるほど。
探偵気分で意気込んでいた私の予想に反し、違う展開に……。
でもなぁ、せっかくジュリアの事を知ってそうな人に出会えたのに。
──そうだ! いい事を思いついた!!
「去ったフリをして、隠れて様子をうかがおう!」
「えっ?」
「他のお客さんが入るのを待ってみよう。地元のお店だし、お客さんは知り合いの人かもしれない」
そうなると、お客さんもジュリアを知っている可能性がある!
店員さんが無理でも、そのお客さんから何か情報を引き出せるかもしれない!!
オーンが同意してくれたので、すぐに2人揃ってお店から離れたフリをする。
お店からは死角になる物陰に隠れ、張り込みを開始!
ますます、探偵ぽくなってきたぁ!!
しばらくすると、先ほどの店員さんがお店から出てきた。
「オーン……」
「ああ、まさかお客が来る前にお店を出るとは」
これは……尾行しかない!
「オーン、尾行しよう。警護の人たちがいるとさすがに目立ちすぎるから、2名だけついてきてもらおう」
急いで後を追わないと行けない為、早口で話す。
私の提案にオーンが戸惑いを見せながらも頷いた。
念には念を……という事で、ついてきてもらう警護の人たちには、私たちから少し距離を取ってもらうようお願いする。
探偵 アリア!
只今、人生初の尾行開始!!
過去に読んだ本の知識を参考に、ターゲットから近すぎず……かといって遠すぎない距離を保ちながら、細心の注意を払って尾行しています。
それからしばらくの間、バレないように女性の後をつけていると、オーンが耳元でそっと囁いた。
「アリア、そろそろ約束の2時間になる」
オーンが時計を気にしている。
「も、もう?」
うーん、困った。
でも、こんなチャンスは今度訪れないかもしれないし……。
「尾行を続けよう。2時間で戻らなかったら、きっと何かあったって気がついてくれると思う」
「うーん、そうだね。今回は仕方ないか……」
オーンが苦笑している。
みんな、ちゃんとオーンの了承を得たよ!
勝手な行動はしていないし、無茶もしていないよ!
それにしても──
「オーン、もっと“イケメンオーラ”を消さないと、尾行がバレちゃうよ」
「???」
オーンが不思議そうな顔で私を見ている。
「アリア……“イケメンオーラ”って?」
「ああ、そっか。そういうのって本人は気づかないよね」
ウィッグを被ってはいるけど……うーん。
「よし、表情を“無”にして。そうしたら、少しはオーラが消えると思う。私もやるから、見てて」
私が手本を見せようとした瞬間、オーンが口を開いた。
「女性が立ち止まった」
えっ! ……本当だ。
一戸建ての家の前で立ち止まっている。
警戒しているのか、きょろきょろと周りを見渡し……ドアをノックした!
何度かノックを繰り返していると、突然、ドアがゆっくりと開いた。
家の中に入るわけではないらしく、ドアの前で誰かと話し込んでいる。
うーん。見た事のない女性だ。
ただ、あの女性……《水の魔法》が使えるんだ。
“魔法の色”が、はっきりと見える。
すぐに“魔法の色”が見えた事を伝えるため、オーンの方へと顔を向ける。
……あれ? オーンが硬直している??
まるで信じられないものでも見たかのように、目を大きく見張っている。
今まで見た事のない表情だ。
「オーン、大丈夫?」
何かあったのかと、小声で話し掛ける。
「……ああ。一度、待ち合わせの場所に戻ろう」
オーンの様子がおかしい。
明らかに動揺している。
この距離だと会話は聞こえないし、オーンの事もあるから一度戻った方がよさそう。
オーンの言葉にうなずき、速やかにその場を離れると、待ち合わせ場所へと戻った。
私たちに気がついたエウロが手を振っている。
「来たー! 戻ってこないから心配したぞ」
「時間通り戻れなくて、ごめんね」
私が謝ると、エウロが笑顔で返事をした。
「いや、無事で良かったよ。少し待って来なかったら、探しに行こうって話してたんだ」
近くにいたミネルが、私とオーンの顔を交互に見る。
「──何かあったみたいだな」
何かあったと言えば、あったけど……情報は得られていないんだよなぁ。
とはいえ、あの女性は何かを知っている気がする。
「情報は得られていないんだけど……」
お店で聞き込みをしたところから始まり、オーンと尾行した時の状況も詳しく報告する。
店員さんは恐らくジュリアの事を知っている事。
私の“アリア”という名前にも反応していた事。
そうだ!
“魔法の色”が見えた事も話しておかなきゃね!
「ドアから出てきた女性は、“水の魔法”の色が見えたよ」
「……そうだったんだ」
私の報告を聞いていたオーンが、なぜか複雑そうな表情をしている。
とにかく、これで私の知ってる情報は、全て報告し終えた。
すると、補足するようにオーンがゆっくりと話し始める。
「ドアから出てきた女性は……」
言い掛けて、少しだけ口ごもる。
さっきの表情といい、こんなにも戸惑うオーンを初めて見た。
「彼女は……先々代の王妃──カリーナ王妃の若い時の肖像画に似ていたんだ」
──へっ! そうなの!?
「いや、似ていたというレベルではない気がする。それに、カリーナ王妃も《水の魔法》が使えたんだ」
先々代の王と王妃が書いた本の話をオーンから聞いた時、《聖の魔法》の事を知っていたカリーナ王妃の事をミネル達は『預言者』と予測していた。
けれど私は、『自分は違う国の生まれだ』と話していたカリーナ王妃は預言者ではないと思っている。
私は彼女の事を、“前の世界”の本の話を“今の世界”で本に記した──つまりは『転生者』だったと思っている。
これはあくまで予想でしかない。
だけど、カリーナ王妃のそっくりさんがいる街をジメス上院議長が訪れている……という事実を偶然で片付けてはいけない気がする。
カリーナ王妃はやっぱり『転生者』……なのかもしれない。
……うん、よし!
ここで悩み続けても何も解決はしない。
それに、今日私たちが来た事をカリーナ王妃のそっくりさんに伝えていたとしたら、今後は別な場所へと移動してしまう可能性もある。
こうなったからには、何事も行動あるのみ!!
「もう一度、今からみんなでカリーナ王妃のそっくりさんに会いに行こう!」
お読みいただき、ありがとうございます。




