社交界が始まる
“ヴェント”を降り、会場までの短い距離を歩く。
すると、美しいドレスを身に纏ったセレスが、仁王立ちする姿が目に入った。
そう……ついに今日、上院が一堂に会するパーティーが開催される──。
先週末、ミネルが愛しのウィズちゃんを連れて、私の家にやって来た。
パーティー当日の動きについて、事前に打ち合わせる為だ。
到着するなり、ウィズちゃんは「あーちゃんのお母様とお話したいー」と言い出し、早々に席を外してしまった。
「ウィズは頭が回る子だから、空気を読んで席を外したな」
得意気にミネルが話している。
本当の事ではあるけど、確実に兄バカになってるなぁ。
真っ直ぐ私の部屋へ移動すると、ミネルと向かい合うようにソファへと腰を下ろした。
私の隣にはエレも座っている。
「早速だが、説明を始める」
ミネルがパーティーに至った経緯や計画について詳しく説明し始める。
ある程度まで話し終えると、ミネルが真剣な眼差しで私を見つめてきた。
「アリア。今回の夜会は、お前に掛かっている!」
──!!
ミネルが私に期待をしている!!!
「上院の顔、名前は全員覚えているな?」
「うん! もちろん覚えているよ!」
『お前に掛かっている』と言われ、いつも以上に張り切って答える。
今回のパーティーで“魔法の色”を見るのが私の役目だ。
「当日の流れは分かりました。話の場には僕も同席して、“オーラ”を見ますね」
静かに話を聞いていたエレが、得心したようにこくりと頷く。
……そっか。
エレは嘘をついてるオーラを見る事ができる。
んー、でもなぁ。
ずっと“オーラ”を見続けるのは、体力的にも精神的にも負担が多いはず。
それにエレの気持ちを思うと複雑だ。
私が返事をしかねていると、エレが安心させるかのように穏やかな顔で微笑んだ。
「大丈夫だよ、アリア。僕の魔力は子供の時のままじゃないから。“オーラ”を見る、見ないは、いつでも切り替えられるよ」
そうだ!
私の弟は、天使な上に天才だった!!
「無理はしないでね」
「アリアもね。それにアリアを拉致したジュリアさん一家を裁く(葬る)事の方が重要なんだ」
なんて、正義感に溢れた弟なんだろう。
感動しつつエレと顔を合わせ、お互いに「ふふっ」と笑い合う。
私とエレにいくつか注意点を伝えると、突然、ミネルが席を立った。
「予定もあるから、今日はこれで失礼する」
「えっ!?」
ミネルの言葉に驚き、思わず声を上げてしまう。
「なんだ?」
「これから、ウィズちゃんと遊べると思ってたのに……残念」
私の言葉にミネルが不満げな表情を見せる。
「なんだ、ウィズだけか」
ん? ウィズちゃんだけ??
──あっ! もしかして……拗ねてる??
私がそっとミネルの様子をうかがっていると、エレが口を開いた。
「当たり前です(自惚れないでください)。予定があるなら、急いだ方がいいですよ」
ニコニコしながら、ミネルを扉まで誘導している。
結局、そのままミネルとウィズちゃんは帰る事になり、エレと2人で見送る事になった。
出口近くまで行ったところで、ウィズちゃんが急にエレの方を見てにこっと笑った。
「エレさん。ウィズ……お手洗いに行きたくなっちゃいました。連れて行ってくださーい」
か……可愛い!
愛くるしいお願いを聞いたエレが、ウィズちゃんに負けない笑顔で返事をする。
「女性同士の方が安心するよね? すぐメイドに頼むよ」
「知ってる人じゃないと、ウィズ行けないです」
どちらも可愛すぎて気絶しそう……。
「私と一緒に行く? ウィズちゃん?」
屈みながら、ウィズちゃんに尋ねる。
「(それじゃあ、意味がないのです)あーちゃん、ごめんね。ウィズは“エレさんと行きたい気分”なんです」
行きたい気分……大人っぽく見えても、こういう発言を聞くと子供だなぁと思う。
そして、やっぱり可愛いなぁ。
「エレ、連れて行ってあげたら?」
「…………分かったよ」
少しだけ複雑そうな顔をしつつも、ウィズちゃんと一緒にエレが歩き始めた。
「(ウィズの勝ちですね)ありがとう、エレさん」
「(アリアの前じゃなかったら、速攻で断ってたよ)いいよ、ウィズちゃん」
いいなぁ、私がエレの役目をしたかった。
「……我が妹ながら尊敬するな」
「尊敬?」
「こちらの話だ。そういえば、夜会で着るドレス……」
ミネルが何かを言い掛けて止める。
「いや、いい」
んん? いいの??
……だけど『ドレス』というワードが出てたよね?
ドレス、ドレス……あっ!!
「実はパーティーでミネルにプレゼントしてもらったドレスを着ようと思ってるんだ」
笑顔で伝えると、ミネルが薄っすらと頬を緩めた。
「そうか……」
いつもとは違う柔らかい表情だ。
「まぁ、今回は純粋に楽しめるような夜会にはならないだろうが……アリアがどれだけドレスを着こなしてくれるか楽しみだ」
ミネルがニヤッとほくそ笑む。
……さっきの笑顔は見間違いだったのかもしれない。
私がムッと眉をしかめると、ミネルが軽く声を立てて笑った。
「くくっ。半分冗談だ」
言いながら私の頬にそっと触れ、顔を近づける。
「きちんと踊れるようになっておけよ」
「……え」
「──ウィズが戻って来たな」
何事もなかったかのように私の頬から手を離すと、2人はそのまま帰って行った。
……えっ、ええっ! ?
顔が近かったから……ビックリしちゃった。
──などという出来事があり、今に至っている。
「セレス!!」
遠目からでも分かるくらい、気合入りまくりのセレスに声を掛ける。
私の声を聞き、セレスがぱっと振り向いた。
「アリア! 中に入る前に出会うなんて、私とアリアの仲だけあるわね」
「……ただの偶然だよ」
私と一緒に来ていたエレが、ボソッと呟いた。
「……あら、エレもいたのね」
「当たり前だよ。僕とアリアは、一心同体のようなものだからね」
2人が仲良く話している中、いつもよりエレガントに着飾っているセレスをジッと見る。
「セレス、すごいキレイ! ドレスもとても似合ってる!」
「ふふふ、そうでしょうとも」
セレスが当然とでも言うように高笑いをしている。
「到底私は超えられないけれど、アリアも似合ってるじゃない」
「……とっくに超えてるよ」
「黙りなさい、エレ!」
うん、相変わらず2人は仲が良い。
ふいに視線を感じ、セレスの少し後ろを見る。
そこで微笑ましく私たちを見守っているのは……セレスのご両親!!
会うのは久しぶりだ。
「ご無沙汰しております」
一旦会話を止め、エレと一緒にセレスのご両親へ挨拶をする。
その間、セレスは私の家族と挨拶を交わしている。
近況についてなど軽く話をした後、私たちはセレスの家族と一緒にパーティーの会場へと向かった。
──ついにジメス上院議長に会える!
緊張しつつ、会場へと足を踏み入れる。
久しぶりに来た煌びやかな空間に圧倒されてしまいそうだ。
パーティーが行われる場所は王宮。
以前、サール国王と話した時に訪れた事がある。
天井にまで行き渡る細かい装飾って、誰の趣味なんだろう?
なんて思った事もあったけど、こういう時にこそ必要なのかもしれない。
控えめに周りを見渡すと、“魔法の色”を持つ人たちが目に入った。
小さい“魔法の色”から大きい“魔法の色”まで、様々な色があちこちに散らばっている。
何か察したのか、エレが気遣うように「飲み物をもらってくるよ」と、その場を離れていく。
エレが戻るのを待つ間、セレスと2人で話をしていると、後ろから声を掛けられた。
「──アリア」
名前を呼ばれ、咄嗟に振り向く。
すると、そこにはカウイが微笑みながら立っていた。
うっ……正装だからかな?
いつも以上に妖艶さが際立っている。
「いつも可愛いけど、今日はどちらかというと綺麗だね。ずっと見てられる」
「あ、ありがとう」
照れる事もなく、カウイが優しく褒める。
ううっ。言われた私が照れてしまうよ。
「……カウイ! 私もいるのよ!」
無視されたと思ったのか、セレスが怒り気味に話し掛けている。
「……ああ、セレスちゃんも来ていたんだね」
「ずっと“アリアの隣”にいたわよ! 私が目に入らないなんて、貴方くらいよ!!」
セレスの怒りに動揺する事も焦る事もなく、カウイが穏やかに返している。
そんな中、オーン以外の幼なじみ達も次々に到着し、私たちの所へと集まってくる。
リーセさんやウィズちゃん……それにサウロさんも来ている!
マイヤ! ……は、どこ?
と、思ったら、すぐさまサウロさんに話し掛けに行っている。
サウロさんの近くにはエウロもいる。
すごい行動力! 見習いたい!!
マイヤの様子を見ていたセレスとミネルが、私の両脇で口を揃えて言った。
「しおらしいわね。あれは誰かしら?」
「しおらしいな。あれは誰だ?」
いつもと少し? 態度が違うけど、マイヤだよー!!
最近のマイヤは、幼なじみ達の前では素を見せる事も多くなったからなぁ。
改めてサウロさんとマイヤが話している所を見ると……うん! お似合い!!
それにしても、今日はみんなが輝いて見える。
いつも以上に華麗で美しい。
「いいドレスだな」
ミネルが私の横で呟いた。
分かってるよ。『ドレス』が、ね。
「……ドレスに見劣りしないくらい、よく似合っている」
……えっ!?
予想外の言葉に驚き、思わず横に立っているミネルを凝視してしまう。
言った本人はそれ以上何も言わず、黙って立っている。
ポーカーフェイスだけど、少しだけ耳が赤くなっているように感じるのは気のせいかな?
私が戸惑っていると、ルナとリーセさんが私に話し掛けてきた。
2人とも背が高いから、並んでいるとモデルのような兄妹だ。
「すごい美しい人が立っていると思ったら、アリアだった」
「本当だね、ルナ。アリア、今日は一段と素敵だね」
……なんて、褒め上手な兄妹なんだろう。
「あ、ありがとうございます」
照れながらもお礼を伝える。
私の周りは、私を甘やかし過ぎな気がする。
サウロさんと話し終えたマイヤが、エウロと一緒に私の元へやって来た。
「アリアちゃん、いつもよりは華やかね」
いつもよりは、ね。
それでも、単純な私は嬉しいと思ってしまう。
マイヤの隣に立っているエウロは……ボーっとしている!?
んん?
そのエウロにマイヤが軽く肘打ちをしたような?
「えっ、あっ……うん。あの、アリアに見とれてた」
「そ、そう」
エウロの緊張が移り、私も一緒にはにかんでしまう。
「……見ている私が恥ずかしいわ(そして、もう少し褒めなきゃだめよ! エウロくん!!)」
少しだけ呆れたように、マイヤが息を吐いた。
徐々に開始時間が近づき、どんどんと人が集まっている。
……そろそろ、かな?
始まったらお父様について行き、挨拶しつつ“魔法の色”を見る!!
間もなくして、とうとうパーティーが始まった。
すぐにお父様が私とエレの元へと声を掛けにやって来る。
「これから挨拶に行くけど、一緒に来るかい?」
「はい、是非お願いします」
無理強いしない所が、お父様らしい。
エレと一緒にお父様とお母様の後ろをついて行く。
今回のパーティーにはソフィーの幼なじみ達も全員参加すると、ソフィーが教えてくれた。
人が多い所為か、近くを見る限り、ソフィー達の姿は見えない。
ふと歩いている途中、歓談するオーンが目に入った。
……早速、沢山の人が集まっている。
すごい人気!!
しばらくの間、オーンと話すのは難しそうだなぁ。
……と思っていたら、オーンと目が合った。
手を振るのは違うよね?
会釈でもしておこうかな? と迷っていると、オーンが周りの人に少し頭を下げている。
あれ?
もしかして、こちらに向かって歩いてきてる??
周囲に笑顔を振りまきながら小さく片手を上げ、オーンが「アリア」と私の名前を呼んだ。
「リオーンさん(アリア父)、メルアさん(アリア母)ご無沙汰しております。エレはたまに学校で会うね」
オーン自ら私たちの元へと来た事に、お父様とお母様が驚きながらも挨拶をしている。
もちろん、話すのは難しいと思っていた私も驚いている。
「オーン、こちらに来て大丈夫なの?」
「何の問題もないよ。まぁ、すぐに戻るけど……いち早くアリアの姿を間近で見たいと思ってね」
困惑する私とは裏腹に、オーンは先ほど見せていた“外向け”とは違う顔で微笑んでいる。
オロオロしている私の姿を嬉しそう……というか、楽しんでいるようにも見える。
「実際に近くで見たら……うん、すごくいいね」
そう言うとオーンが、私の耳元へ顔を近づけた。
私にだけ聞こえる声で、こっそりと囁く。
「すぐにでも抱き締めたいくらい可愛い」
えっ!!
すぐに離れたオーンの顔を見ると、どこか満足そうに頬を緩めている。
かなり驚いたけど、その前にみんなが見ている場でこんなに顔を近づけて大丈夫?
周りが変に思わない??
私が周囲を気にしているのをよそに、オーンは焦る様子もなく平常運転だ。
「それでは、“一度”戻るよ。後でね」
オーンは楽しそうに去って行ったけど……私以上にお父様が動揺している。
「えっ? うん? 今のは~、どういう事だい?」
どういう事? どういう事??
んー、説明が……難しいです。
「オーン殿下は“人をからかうのが好き”というユニークな面をお持ちのようなので、全く気にしなくて大丈夫ですよ。それよりも挨拶に行きましょう」
私の代わりにエレが淡々と返している。
「あ、ああ、そうだね」
若干、納得のいってなさそうなお父様。
楽しい物を見つけた少女のように笑っているお母様。
んー、パーティーが終わったら色々と聞かれるんだろうなぁ。
その後はお父様たちと一緒に挨拶回りをしつつ、“魔法の色”が見えた人の顔と名前を憶えていく作業に集中した。
……ああ、紙とペンにメモしたい。
ただ、想像より大きい“魔法の色”が見える人は少ないかも。
それだけで少し安心というか、嬉しくなる。
それに挨拶だけで分かった事がある。
エレに好印象を持っている人が多い!
もちろん、身内びいきは入っている。それは否定しない!!
それでもほとんどの人が、“天使の笑顔”に虜になっているような気がする。
コソッと、エレに耳打ちする。
「やっぱり、エレは誰でも虜にしちゃうよね」
嬉しさのあまり、ついつい自分の事のように誇らしげに言ってしまった。
「ありがとう。でも、僕としてはアリアに虜にならない人たちの目がおかしいと思っているよ(腐ってるんじゃないかな?)」
私の賛辞を笑顔で受け止めながら、さらっとエレが答える。
いやいや!
その人たちの目は、いたって正常です。
「僕がアリアを一番可愛いとも、素敵だとも思ってるから」
「あ、ありがとう、エレ」
いつもの優しいエレの言葉に少しドキッとしてしまった。
エレと会話をしながら歩いていると、少し前を歩いていたお父様が私たちの方へと近づいてくる。
「人数も人数だからね。全員の挨拶は難しいかな。そろそろ戻ろうか?」
「はい」
私とエレが揃って返事をする。
挨拶をしていない人たちは、パーティーの最中にそっと見ていくしかないかな?
とはいえ、広い会場だからなぁ。
どうやって自然に会場を歩いて見ていくか……が問題かな。
うーん、どうしよう。
困ったな。
あ、でも……よーく考えたら、悩む必要なんてないかも。
こんなに広いなら、私が多少歩き回っても変に思う人はいないよね。
うん、気にしないで歩いて回ろう!
そう結論づけると、お父様たちと一緒に幼なじみ達のいる方へと歩みを進める。
すると、後ろの方から呼び止めるように声を掛けられた。
「少しだけよろしいですか?」
誰の声だろう?
「──貴方がアリアさんですね?」
声の方へゆっくりと顔を向ける。
そこには──
にこやかに微笑む、全身大きい“水の色”で覆われた男性が立っていた。
お読みいただき、ありがとうございます。




