予想外のテスタコーポの始まり方
──ついにテスタコーポ大会が始まった。
……と、その前に!
いきなりですが、時はテスタコーポ前日へと遡ります。
「ついに明日だね」
「ああ、あっという間だったな」
エウロと準備の最終チェックを行いながら、のんびりと会話する。
マイヤからの頼まれ事もある為、時折りチラッとエウロの様子をうかがうも、こちらの意図には気づいていない。
エウロに話してもいいという許可はもらってるから、相談して、協力してもらえるか聞いてみようかな?
……エウロ、驚くだろうなぁ。
とはいえ、心配事もある。
マイヤとエウロは元々婚約者だった。
仮とはいえ、世間体的には正式な婚約者だ。
マイヤは気にしていないみたいだけど、サウロさんとマイヤが上手くいった後、変な噂が立たないといいなぁ。
あ! その前に肝心な事を確認していなかった!!
サウロさんは恋人とかいないのかな?
エウロ同様、あんなにかっこいいんだもん。
恋人がいてもおかしくないよね?
婚約者はいないという事は知ってるけど……。
「ねぇ、エウロ」
「どうした?」
「サウロさんは……婚約者候補というか、親しい女性はいるのかな?」
エウロが少し黙った後、ぼそりと呟いた。
「……やっぱり、そうか」
ん? やっぱり??
エウロは何か気がついてるの?
「いないと思う。……1つ聞いていいか?」
「うん」
真剣な顔をしているけど、どうしたんだろう?
「アリアは兄……」
「エウロ―!」
後ろから、エウロの名前が呼ばれる。
エウロが振り向くと、なぜか私もつられて振り向いてしまった。
声を掛けたのは、リーダーのフウレイさんだ。
「少しいいか?」
「あっ、はい」
エウロがフウレイさんの元へ歩いていく。
さっき何を聞こうとしてたのかな?
……まぁ、明日から2日間は、ほぼエウロと一緒に行動を共にする事になる。
マイヤの事を相談するチャンスはいくらでもあるよね。
また明日にでも話してみようかな?
そして、次の日。
幼なじみの女性陣4人で、一緒にテスタコーポのスタート会場であるグラウンドへと向かった。
4人で話しながら歩くのは久しぶりで、少し嬉しい。
「結局、ルナはユーテルさんと話をしたの?」
セレスの言葉にルナが黙って頷く。
あの後、ルナとユーテルさんはエウロの計らい(裏ではミネルが動いているけど)テスタコーポの準備を一緒にする事になったのだ。
「私の事が好きみたい」
無表情のまま、ルナが答える。
えっ!? ええっ!!
ルナ以外の3人で、顔を見合わせる。
あの女性を複数愛するユーテルさんが?
ま、まさか複数の女性の内の1人にルナを入れようとしていない!?
「ルナちゃん、返事はどうしたの? いえ、その前にユーテルさんがルナちゃんを好きになったきっかけは何?」
私の聞きたい事をマイヤが全て聞いてくれた。
「魔法祭の試合後に……」
魔法祭の試合後……って、私の知らない所でユーテルさんとルナは会話していたの?
「私がユーテルさんに“気持ち悪い”と言ったみたい」
どこか他人事のように話している。
『気持ち悪い』って……言っていたような……?
ただ、そこからどうして好きに繋がったのか分からない。
「その言葉がショックで数日間、頭を悩ませていたら『こんなに1人の女性に対して頭を悩ませたことはない。実は好きなのではないだろうか?』と思ったみたい」
「…………」
いつもならこのタイミングで、セレスかマイヤが何か言うはずなんだけど……どちらも黙っている。
私と同じで、なんて返答したらいいのか分からないのかもしれない。
「『そう思いだしたら、ルナ嬢の事しか考えられなくなりました』と言われた」
ツッコミどころ満載だ。
ライリーさんといい、ユーテルさんも掴めない人だな。
これはこれで、本気……なのかな?
「最終的に『婚約者になってくれませんか』と言われた」
──!!
婚約者を作るという事は、1人の女性に絞るということ。
ユーテルさんは、本気中の本気なんだ!!!
「ルナは? 返事をしたの!?」
ルナが首を横に振っている。
「断ろうと思ったんだけど『私の本気の気持ちを見てから判断してほしい』と、何回も言われた」
なんと……!
少しだけユーテルさんに感動してしまった。
「珍しいわね」
セレスがルナに向かって僅かに首を傾げる。
「それでも、ルナなら速攻で断りそうだけど?」
マイヤも頷いている。
「……ミネル達なら性格とかも知ってるし、速攻で断るけど」
ルナの言葉にマイヤが何か言いたそうな顔をしながらも、静かに話を聞いている。
「本気の気持ちを見るというより、何度も何度もしつこく言われたから……ユーテルさんを知ってから断ってもいいのかなって思った」
…… 断る前提なんだ。
「あくまでも“知ってから”断るのね」
我慢できなくなったのか、セレスがツッコんだ。
でも、ルナが変わった!
自分から相手を知ろうと努力している!!
何がキッカケかは分からないけど、なんだが嬉しいなぁ。
笑いながら話を聞いていると、ルナと目が合う。
私の顔を見たルナが、小さく口角を上げてみせた。
「……ところで、アリアちゃん。その後、エウロくんには頼めた?」
ジッとうかがうような目で、マイヤが尋ねてくる。
「実は頼もうと思ったタイミングでエウロが席を外してしまって、まだ話せていないんだ。ただ、サウロさんには婚約者になりそうな親しい女性はいないみたいだよ」
私の言葉を聞いて、マイヤが安堵の表情を見せた。
「少ーーし確認したい事があるのだけれど、よろしいかしら?」
私たちの会話を聞いていたセレスが、マイヤに質問をする。
「今の会話を聞いていると、マイヤはサウロさんの事をお慕いしているように聞こえたわよ?」
「うん、その通りよ」
照れもせず、即座にマイヤが返事をする。
「何がどうなって、そういう展開になったの?」
「えー、どうしようかな? サウロさんとの出来事は、私にとって大切な思い出だから」
マイヤが困り顔で言い淀む。
私の目からは、話したいように見えるけど……。
「なら、話さなくて構わないわ」
「えぇー! 聞いてよ、セレスちゃん!」
マイヤがセレスにすり寄ると、セレスが呆れたようにため息を吐き出した。
「相変わらず、面倒くさいわね」
2人のやり取りに苦笑しつつ、チラッとルナの方へ目を向ける。
この状況に動じる事もなく、むしろ少しも気になっていないようだ。
「サウロさんを慕っている事を少しも隠す気がないのね」
少し感心したようにセレスが言うと、マイヤが笑顔で話を続ける。
「私が話す事で、もしかすると噂が広まってサウロさんの耳に入るかもしれないじゃない? そうしたら、真実かどうか分からないサウロさんは私を意識してくれると思うの」
キラキラと目を輝かせながら、マイヤが可愛らしく微笑んでいる。
「意識しないとしても、私の事を考えてくれているかな? って思えるだけで幸せなの」
恋をしている顔だ。
マイヤにつられて、私もにやけてしまいそう。
「それに好意を持たれて嫌な気持ちはしないと思うし(特に私は可愛いから)、私がみんなに『サウロさんが好きなの』って話す事で、サウロさんを好きになる人が減ると思うの」
マイヤがクスッと笑っている。
あれ? 少し雲行きが怪しくなってきたような?
「ほら、1度は鏡を見たことある女性なら、私と張り合おうなんて思わないじゃない?」
「…………」
後半、気持ちが駄々洩れですよ、マイヤさん。
それはさすがに心の中で思ってほしいセリフだったな。
「隠す気がないなら、早く気持ちを伝えればいいじゃない」
珍しく黙って話を聞いていたセレスが、不可解そうに核心を突く。
「それは嫌なの。サウロさんも私を意識して好きになって、サウロさんから気持ちを伝えてほしいの」
「貴方、さらに面倒な性格になったわね」
分かりやすいぐらい大きなため息をついたセレスが、何とも言いがたい表情でマイヤを見ている。
「ち、違うわ! 女性の憧れよ!!」
必死に否定しつつ、マイヤが私の方へと顔を向ける。
「アリアちゃん! この大会中にエウロくんにお願いしてね!」
私の手を祈るようにぎゅっと握るマイヤに、私も真剣な顔で答えた。
「うん、頼んでみるよ」
その後すぐにセレス達とは別れ、エウロとの待ち合わせ場所へと向かう。
今年はテスタコーポの参加者が多いとエウロが話していた。
幼なじみ達に会える可能性が高いから、参加者が多いのかもしれない。
オーンから《聖の魔法》の話を聞いた日から、私は意識的に人を見るようになった。
この学校内でも、薄っすらと小さい“魔法の色”が見える人を何名か見かけた。
準備期間中にその事をエウロに伝えると『小さい悪戯や、ちょっとした出来心で使った人たちなのかもな』と話していた。
確かに……そういう人は結構いるのかもしれない。
そう考えると、まだ濃くて大きい“魔法の色”が見える人はいないなぁ。
それにフードを被った女性は転生者の事も知っていた。
色々と考える中で、仮にカリーナ王妃が生きてたら……という万が一、本当に万が一の可能性も考えてみた。
でも、マイヤに女性の年齢を確認してみたところ──
『うーん……顔は見えなかったから分からないけど、少し見えた手とか声は20~30代かなぁ?』
……やっぱり、違ったみたい。
そうなると、ジュリアから話を聞いたのかなぁ。
途中でエウロと落ち合い、私たちが考えた第2ステージの話をしながら待機場所へと移動する。
実は第2ステージは“前の世界”の運動会であった借り物競争を元に考えてみた。
第2ステージに進んだ生徒は、借り物競争のようにペアの2人で2枚好きな紙を引いてもらう。
正直、ほぼ手伝ってもらった人たちに書いてもらったから、何が書いてあるのか私とエウロも把握していない。
ただ何枚か確認はしてみた。
『図書館から《火の魔法》に関わる本を借りてくる』
『知らない人から髪留めを借りる』
『《水の魔法》を使える人を連れてくる』
……などなど、紙に書いている内容は様々で、楽しそうな内容ばかりだった。
ペアの2人はどちらか好きな方を1枚選び、紙に書いているものを借りてくる。
もちろん、これだけでは終わらない。
引いた2枚の紙には借りてくる物の他に、“剣術”か“武術”という文字も記載している。
第2ステージは借り物競争だけでなく、その後に上級生と戦って勝つ必要があるのだ。
何の紙を選ぶかは本人たちの運なので、2枚とも“剣術”という事もあり得るし、2枚とも“武術”という事もあり得る。
本当は剣術が得意なペアでも、紙に書いている借り物の内容が難しければ、簡単な借り物を書いている武術を選ぶ可能性もある。
本当に運からスタートするのが第2ステージだ。
書かれているものが用意できたら、ペアの2人は紙と一緒に審査員の元へと持って行き、内容に間違いがないか判定してもらう。
審査員に認めてもらえなかった場合は、再度紙を引く事もできるし、もう一度同じものを探しに行く事もできる。
無事に認めてもらえた場合、今度はもう1つの運試しが始まる。
“剣術”または“武術”で戦うにあたり、対戦相手である上級生とのハンデを決める紙を引くのだ。
上級生が1人なのに対し、中等部の参加者は2人なので、すでにハンデはある。
ただ、一番近い年齢でも2歳年上、一番離れていると5歳年上の上級生との戦いは1対2でも大変だ。
そこで、運任せのハンデをつける事にした。
紙の内容によっては、中等部4年生でも上級生に勝てるかもしれない。
運が悪ければハンデなしだけど。
ちょっとしたゲーム性もあるし、楽しんでもらいながら大会に参加してもらえたら嬉しいな。
ゲームの内容を改めて振り返りながら、エウロと一緒に開会式の舞台下へと並んだ。
あと数分で、理事長の挨拶と共にテスタコーポ大会が始まる。
その後は例年通り、テスタコーポのリーダーであるフウレイさんが挨拶し、そのまま第1ステージの説明に移る。
……と、いつもはここで第1ステージが始まるんだけど、今年は違う。
私たちの時とは違い、事前に第1ステージから第3ステージの説明をする事になったらしい。
2日間もあれば、第3ステージまでは進める生徒が多いから最初に説明をしておこうという話になったそうだ。
第2ステージの説明は、私とエウロに任されている。
どうやって説明しようか相談していた際、エウロが思いついたように提案してきた。
「俺が第2ステージの見本を見せるから、アリアが説明をしてくれないか?」
「うん、そうしよう」
確かに見本を見せた方がすぐに理解してもらえそう。
……そうは言っても、舞台上で話すのは少し緊張するな。
暫くすると、理事長が舞台に上がり挨拶を始めた。
「──それでは、第51回 テスタコーポ大会を開催します!!」
ついにテスタコーポが始まった!
理事長の話が終わり、まずはリーダーであるフウレイさんが舞台へと上がる。
挨拶を済ませると、第1ステージの説明を始めた。
生徒たちに分かりやすく語りながら、ふいにフウレイさんが舞台下にいる私たちの方を見た。
「次は第2ステージの説明をエウロとアリアよろしく!」
フウレイさんと入れ替えで、私が舞台へと上がる。
エウロは舞台の下、借り物の紙が用意されている場所へと移動した。
「それでは第2ステージの説明を始めます」
緊張しつつも説明を始めると、少し離れた場所に立つセレスやルナ、オーン達が笑顔で話を聞いている姿が目に入った。
幼なじみ達の姿を見つけると、少しだけ緊張がほぐれてくる。
「ここでお見せする紙は1枚ですが、本来はペアで好きな紙を2枚選んでもらいます」
お手本を見せているエウロが、複数ある中で1枚の紙を拾い、内容を確認している。
「皆様には紙に書いている内容のものを探してもらいます」
……あれ? エウロの顔から、笑みが消えている??
というか、少し困った表情をしているようにも見える。
エウロの表情をうかがいつつ、第2ステージの説明を進めていく。
おかしいなぁ? 用意してくれた人が言うには、時間が掛かるような内容は書いていないはずなんだけど。
「……何か難しい内容でも書いてあるのかもしれません」
話を中断する訳にもいかず、戸惑うエウロを横目に話を続ける。
すると、エウロがゆっくりと私の顔を見た。
それから何か吹っ切れたように笑った。
あっ、紙に書いていた物を見つけたのかな?
良かった〜と安心していると、エウロが突然、私の方に向かって走り出した。
ん? こちらに“該当の物”があるの??
さして時間も置かず、エウロが私のいる舞台上へと軽やかに現れた。
なんだろう? もしや“該当の物”が見つからなくて、その説明をしにきたのかな?
悩む私の横に立ったエウロが、まずは私にだけ紙を見せてきた。
『好きな人』
えっ? こんな紙が入ってたの??
……これは困るよね。
でも友人としての好きな人、好きな先生……何でも良いといえばいいのかな?
紙の内容を説明しようと、私が口を開く。
ところが、私が声を発するよりも先にエウロが話し始めた。
「俺の紙に書いていた内容は『好きな人』です!」
バッと紙を開き、舞台の下で聞いていた生徒たちに見せると、途端に周囲がざわつき出す。
うんうん、気持ちはよく分かる。
普通はビックリするよね。
「でも、俺にとっては『好きな人』という言葉だけでは、とても言い表せない……」
……ん? どういう事??
状況を飲み込めていない私の方へ向き直ると、エウロが大きく息を吸い込んだ。
「俺は……例えアリアが兄……いや、誰を好きでもアリアが大好きだー!!」
…………へっ!? わ、私!?
お読みいただき、ありがとうございます。




