グモード王とカリーナ王妃
「にわかに信じがたい話かもしれない。正直どこまでが想像で、どこまでが真実なのかは誰も分かっていない」
そう前置きした後、オーンが本の内容について語り始めた。
「“サール国王”が保管している先々代の王と王妃が書いた本は、先々代の王妃が覚えている記憶を元に書かれたらしい」
王妃の記憶??
「先々代の王の名前は“グモード”、先々代の王妃の名前は“カリーナ”。ここからはグモード王、カリーナ王妃と呼ばせていただくよ」
全ての内容を話すと時間が足りないので、オーンが大切そうな箇所を掻い摘んで説明してくれる事になった。
オーンの手元にメモなどはない。
……という事は、全て暗記してくれたんだ。
「カリーナ王妃はこの国の上流階級の子女として生まれた。だが、王妃本人は『自分は違う国の生まれだ』と話していたらしい。『本を執筆……書き終え、気づいたらこの国に来ていた』と言っていた、と本には書かれている」
本を執筆……あれ?
「グモード王とカリーナ王妃は元々婚約者だったが、王は王妃の“この国ではない記憶”の話に惹かれ、恋に落ちたようだ。そして、そのまま結婚……王妃になった」
みんな黙って話は聞いてるけど、真実として聞くべきなのか、物語──想像として聞くべきなのか迷っているようにも見える。
でも、私には“この国ではない記憶”がある。
だからこそ、心のどこかに“もしかして……”という考えがよぎってきている。
「本はカリーナ王妃の結婚までの話を中心に書かれている。その部分は、今回の話には関係ないと判断して割愛するよ」
オーンは考える素振りすら見せず、スラスラと話し続ける。
まるで一言一句、暗記しているかのようだ。
「カリーナ王妃が覚えている記憶では、この国の魔法は“光”、“火”、“水”、“風”、“緑”、“土”、“知恵”、“癒やし”、“闇”、“聖”の10種類とある」
……?
ここで言う『カリーナ王妃が覚えている記憶』というのは……何の記憶なのかな?
「ところが、グモード王との会話の中でカリーナ王妃は《聖の魔法》が存在しない事を知る。ただ、グモード王は《聖の魔法》の話が面白かったようで、本に残したようだ」
「なぜカリーナ王妃は《聖の魔法》の存在を知っていたんだ?」
話の途中、誰もが疑問に思っていた事をミネルが尋ねる。
その質問に少し戸惑った様子を見せながらも、オーンがゆっくりと答えた。
「……この話を聞いたら余計に混乱すると思うけど、カリーナ王妃が“執筆した本”の中で覚えていた魔法らしい」
途端にミネルが怪訝そうな表情を浮かべる。
「カリーナ王妃は預言者なのか?」
「全てではないだろうけど、私も王妃は預言する力を持っていたのだと思っている」
オーンもミネルの意見に同意している。
「すでに聞いている話ではあるが、《聖の魔法》は魔法を封じ込めるのはもちろん事、封じ込めた魔法を元に戻す事もできる」
私がこくんと頷く。
「その他にも、“封じ込めるに値する人物”の“魔法の色”を見る事ができるらしい」
封じ込めるに値する人物……。
──そうか! きっとノレイがそうなんだ!!
ぱっとミネルの顔を見ると、ミネルも私の顔を見て頷いている。
……とはいえ、“封じ込めるに値する人物”の基準が曖昧過ぎる。
ジュリアの“魔法の色”が見えなかったのは?
私利私欲の為に魔法を使うジュリアは、“封じ込めるに値する人物”に該当するような気がするんだけど……。
《聖の魔法》に目覚めたのと同時にジュリアの魔法を封じ込めたから??
それに、ノレイの“魔法の色”は?
頭をフル回転させ、ノレイを見た時の事を必死に思い出す。
──あっ!
真っ黒だった。
あの時、始めて使った魔法に疲れていたから、眩暈かな? と思ってたけど、彼の周りを覆った色は真っ黒だった。
「黒かった! ノレイさんは黒で覆われていた!!」
思い出した記憶をみんなに伝える。
「……《闇の魔法》の可能性が高そうだな」
私の言葉を聞き、ミネルが呟いた。
念の為、みんなの周りも確認する。
うん、“魔法の色”は見えない。
エレも“魔法の色”は見えなかった。
だから《聖の魔法》を試した時に効かなかったんだ。
オーンと私の話を聞き、エウロが不可解そうに口を開く。
「それにしても“封じ込めるに値する人物”、“魔法の色”って、なんか曖昧過ぎないか?」
エウロの言葉を聞いて、オーンも納得したような表情をしている。
「私も本を読みながら同じ事を思ったけど、そこまで預言できなかったのかもしれない」
預言、執筆した本……。
──ああ!!
もしかして、ジュリアが言ってたアレって……。
『“魔法を封じ込める”のは、本の話でゲームの設定にはない』
突如、パズルのピースが埋まったかのように話が繋がってくる。
カリーナ王妃が覚えている記憶は、自分で書いた本の事なんだ!
“この国ではない記憶”があるカリーナ王妃。
本を執筆中に、私と同じようにこの世界へ転生したのだとしたら!?
しかも、カリーナ王妃が書いた本がゲームになったのだとしたら??
“childhood friendsの本”で転生したのが“カリーナ王妃”
“childhood friends”のゲームで転生したのが私“アリア”
“childhood friends2”のゲームで転生したのが“ジュリア”
……と、いう事になる。
んー、あくまで想像だからなぁ。
本の事も知っていたジュリアの方が色々と詳しそう。
ジュリアが見つかれば、もっと細かい話が聞けるのかもしれない。
もし“カリーナ王妃”が生きていたら、話を聞く事もできたんだろうけど……もう確かめるすべはない。
この国は若くして子供を産んでいる人が多い。
だから、先々代といっても生きてたら……70代後半か80代くらい??
どうにもならない事を1人で悶々と考えていると、カウイが優しく問いかけてきた。
「ねえ、アリア。アリアは学校で“魔法の色”を見た事はある?」
うん??
そっか。学校には大勢の生徒や先生がいる。
見ている可能性は高い!!
そういえば……思い当たる節がある。
「たまにすれ違う人の周りの色が“赤”や“青”に見えた事があった気がする。あまり気にしてなかったけど」
「気にしろ」
間髪入れず、ミネルがツッコんだ。
「“封じ込めるに値する人物”の条件が曖昧だな。考えられる条件は、まず『単純に性格がよくない』。それ以外だと『魔法を悪い事に利用している、もしくは利用する可能性がある』とかか?」
腕を組みながら、ミネルが考えている。
「それなら、後者じゃない? 性格の面なら、身近な人でも見える可能性があるし」
ミネルとか。
声には出さなかったけど、何かを察したらしいミネルが私の顔をキッと睨んだ。
「なんだ? 言いたい事があるなら言え」
「ううん……調子に乗りました」
ミネルにぺこっと頭を下げる。
「楽しそうだね」
オーンがにこやかに私とミネルを見ている。
……にこやかなんだけど、ちょっと圧を感じる。
「アリア」
そんな中、カウイが穏やかに話し掛けてくる。
カウイはマイペースだなぁ。
「今度、“魔法の色”が見えた人がいたら、特徴などを覚えておいて。どんな人物か調べてみよう」
そっか! そうだよね!!
「そうだな。少なくとも“魔法の色”が見えたのであれば、ジメス上院議長と繋がっている可能性も考えた方がいい」
カウイの意見にミネルも同意している。
でも、それなら……。
「遠くからでもいいから、ジメス上院議長を見る事はできないかな?」
できれば、“魔法の色”が見えるのか確認しておきたい。
(多分、見えると思うけど)
「ジメス上院議長のスケジュールを確認しないとな」
「ルナちゃんを通して、リーセさんに頼んでみるのがいいかもね」
ミネルとカウイが話している。
「ユーテルさんの事もあるから、私からルナに話してみるね」
寮の部屋なら、ゆっくり話せるし。
私の提案にみんなが頷く。
「──さて、話を戻すか」
ミネルがオーンを見る。
「ああ、そうだね。《聖の魔法》も《光の魔法》と同様に、浄化できるようなんだけど……」
私の様子を窺うようにオーンが言葉を濁している。
「私に気を遣ってくれているのなら、気にしなくていいよ。話してくれる事で、誤った魔法の使い方をしないよう気をつける事も出来るから」
オーンが「分かった」と告げる代わりに、話を続けていく。
「《光の魔法》は《闇の魔法》で操られた人を浄化できる。《聖の魔法》はもっと幅広いようなんだ」
幅広い??
「“不浄な人物”を浄化する事もできるし、消滅させる事もできる。これもまた、曖昧な表現だけどね」
……消滅。
「それって、私が選べるという事なのかな?」
オーンが苦笑している。
「それが……浄化できない場合もある、とだけ記されていた。そう考えると、浄化できない場合は消滅に繋がるのかもしれない。あくまで私の予測だけどね」
お、恐ろしい。
浄化か消滅か、自分では判断がつかないんだ。
極力、その魔法は使わないようにしよう。
それにしても、話を聞いて気がついた事がある。
カリーナ王妃の記憶を元に書かれているわりには、曖昧な基準や表現が多い。
これはカリーナ王妃が覚えていないからなのか、または本を書いた時にそこまで具体的に書かなかっただけなのか。
「《聖の魔法》については、以上だ」
オーンが本の内容を話し終える。
……と同時に、何かを思い出したらしい。
「そういえば……気になった記述があった。グモード王は改革に反発する人間によって、30代の内に殺害された。王は亡くなる前に手記を残していて、その中でこう記しているんだ」
気になった記述か。なんだろう?
「『結婚してから、カリーナが何かに焦っているような気がする。いつも「今度は大丈夫」と呟いている』……と」
今度は大丈夫……?
過去に何か不安に思う事があったのかな?
「カリーナ王妃が何に焦っていたのか、『今度は大丈夫』の真意は記されていない。預言者かもしれないカリーナ王妃が話していた事だったから、グモード王も気になったのかもしれない」
エウロも不思議そうな表情をしている。
「想像力が豊かな王妃だったのか、ミネルやオーンが言うように預言の力を持っていたのか……。どちらかは分からないけど、《聖の魔法》についてはアリアがいるんだ。信じるしかないよな」
私がジュリアの魔法を封じ込めた事を、セレス達も含め、みんなは自分たちの目で見て確認したわけではない。
みんなは私の話を聞いただけだ。
それなのに疑う事もなく、私を信じれてくれている。
「そういえば、本の内容はどこで終わっているの?」
私がオーンに尋ねる。
「王と王妃の結婚で話は終わっているよ」
そっか。
ハッピーエンドで終わる。まぁ、物語の基本だよね。
「カリーナ王妃は何の魔法が使えたの?」
続けて、オーンに質問をする。
「確か……アリアと同じ《水の魔法》だよ」
《水の魔法》……実はカリーナ王妃も《聖の魔法》が使えたりしないのかな?
「そうだ。《聖の魔法》には関係ないけど、魔法を唱えなくても使える人物がいるとも書かれていた。そんな人物がいるのか分からないけど」
んん? あれ??
オーンが言った事って……。
「──ジュリアだ!!」
私が思い出したように声に発する。
みんなが「えっ!」という表情で驚いている。
んん? あれ??
みんなに話してなかったっけ?
「魔法祭で私とジュリアが試合をした時、ジュリアが詠唱せずに魔法を使ったの!」
遅い報告になってしまったけど、試合の時の状況を詳しく伝える。
ふと顔を上げれば、ミネルがとっても呆れた表情で私を見つめている。
「アリア……」
「はい?」
「なんでお前は肝心な事を言い忘れるんだ」
その通り過ぎて、何も言えない。
「まぁ、今思い出せて良かったよ」
エウロがミネルをなだめるように話している。
いつもフォローありがとう。
本の事やこれからの事をあれこれ考えつつ、何気なく時計へと目を向ける。
ああー!!
お互いの報告やグモード王とカリーナ王妃の話で、あっという間に1時間が経っている!!
これ以上は警護の人に迷惑が掛かる!
「私、戻るね!」
「本当だ。もうこんな時間だね」
カウイも時計を眺めている。
「アリア、外を出る時は言葉を発するなよ」
焦っている私が何かやらかすと思ったのか、ミネルが前もって私に注意する。
「ありがとう。言われなかったら、大声出してたかも」
危ない、危ない。
「じゃあ、行くか」
エウロが席を立ちあがり、ベランダに向かって歩いていく。
私もエウロの後について歩いていると、オーンが話し掛けてきた。
「1つ言い忘れてた。サール国王から聞いた話だと、グモード王はカリーナ王妃の助言で“格差をなくす”取り組みを始めたそうだよ」
そうなの?
「その話を聞いた時……それにカリーナ王妃の本を読んだ時、アリアのように常識にとらわれない思想をカリーナ王妃は持っていたんだなと思ったんだ」
私を見て、オーンが柔らかく微笑む。
……やっぱり、カリーナ王妃が転生者だったという私の考えは当たっている気がする。
カリーナ王妃は預言者ではない。
きっと“前の世界”の本の内容を“今の世界”の本に書いただけだ。
本当に預言者なら、カリーナ王妃はグモード王が殺される事を回避できたはずだしね。
「リーセさんからジメス上院議長のスケジュールを聞く事が出来たら、今後の行動を考えていこう」
ミネルの提案に私が「うん」と返事をする。
そのまま、エウロと2人でベランダへ出た。
ミネルはこちらに向かって腕を組みながら立っている。
オーンとカウイは、笑顔で手を振っている。
私も手を振り返すと、エウロがひょいっと私を持ち上げた。
改めて見送っている3人を見ると、ミネルが少し不機嫌に見える。
カウイは優しく微笑んでいて、オーンは笑顔だけど……固まってる??
「行くか」
「う、うん」
小さい声でエウロに返事をする。
よく考えたら、警護の人に頼んで降ろしてもらえた気がするな。
まぁ、今更いっても……ね。
エウロに抱き抱えながら下へ降りると、バレる事なく無事に女子寮へと戻った。
後日、セレス達には男子寮で話し合った内容を全て伝えた。
セレスは私からの報告よりも、男子寮潜入に反応していた。
「バレなかったから良かったものの、停学になる所だったわよ!!」
久しぶりにセレスに叱られてしまった。
そうか、バレたら停学だったんだ。
……危なかった。王子が停学なんて聞いた事ないもんね。
「ミネルやオーンは知っていたはずよ! 今度会ったら、叱らないといけないわ!」
セレスの怒りが私から、ミネル達へと移っている。
……ごめん。みんな、潔く叱られてね。
ルナにはユーテルさんの事と、リーセさんへジメス上院議長のスケジュールの事を頼めるか聞いてみる。
「兄様に頼む件は大丈夫だよ。兄様は頼りになるから」
自信たっぷりに言い切ると、ルナがジッと私を見つめてくる。
「うん、頼りになるよね!」
そう答えた途端、今度は満足げに微笑んでみせた。
「それと、ユーテルさん……だっけ?」
人を覚えるのが得意じゃないから、名前もあまり覚えていないのかな?
「分かった。私から話し掛けてみる」
おお! 意外な返答!!
ルナの成長が感じられて、ちょっと嬉しい。
そんな中、マイヤがよそよそと私に近づいてきた。
「……この前の話だけど、エウロくんに聞いた?」
「そうそう、マイヤに確認しようと思ってたんだ。エウロにマイヤの気持ちを話してもいい?」
マイヤが当たり前とでもいうような表情をしている。
「もちろん。できれば、エウロくんにも協力してほしいもの!(そうしたら、私はエウロくんの味方よ!!)」
良かった。
それなら話がスムーズに……いくかな??
──この後、予想に反して忙しい日々が続き、エウロとゆっくり話す時間を作る事ができなかった。
そしてあっという間に時間は過ぎ、“マイヤはサウロさんの事が好き”という重要な事を伝え忘れたまま、テスタコーポ大会が始まってしまった。
結果として、これがあらぬ誤解を生んでしまうのだけど……その時の私は何も知らずにいたのだった。
お読みいただき、ありがとうございます。




