男子寮潜入!
ベランダに着くと、エウロがそっと私を地面へと下ろした。
「ありがとう、エウロ」
「ああ」
少し照れながら、エウロが返事をする。
エウロって抱き抱える時は抵抗ないのに、降ろす時に少し照れるんだよなぁ。
その姿が可愛いらしく見える。
「いらっしゃい」
笑顔でオーンが、私とエウロを招き入れる。
警護の方は部屋には入らず、ベランダで待っててもらう事になった。
オーンの部屋に入ると、ミネルがこちらを見てニヤッとほくそ笑んでいる。
それに対し、カウイは周りを包み込むような癒しを感じる笑顔だ。
あと、ほんの少しだけ妖艶さも混じってる。
なんて、対照的な2人なんだ。
エウロはいつも楽しそうな明るい笑顔だし、オーンは少し余裕のある落ち着いた笑い方。
……まぁ、オーンの場合は、意地悪な笑い方の時もあるけど。
改めて考えると、みんなバラバラな性格だなぁ。
男子寮に入るのは初めてということもあって、ドキドキしながらもついつい周りを見渡してしまう。
……私の予想と違う。
もっと王族らしい派手な家具とか、何に使うのかよく分からない置物とかが飾ってあるのかと思った。
確かに華やかではあるけど、見る限り必要最低限の物しか置いていない。
よく分からない置物とかが飾ってなくて良かった。
……ん? 良かった??
何が良かった??
咄嗟に思った自分の気持ちに少し戸惑う。
私の様子が気になったのか、オーンが不思議そうに尋ねてくる。
「どうしたの?」
「ううん。それよりも、よく今日の男子寮潜入をみんなが許したね」
オーンに促されて椅子へと腰を下ろしながら、みんなに問い掛ける。
「そう言われれば……そうだね」
オーンがくすっと笑った。
「ミネルから話を聞いて、“面白そう”としか思っていなかったよ」
楽しそうにエウロも口を開いた。
「そうそう! こんな事、今じゃないと出来ないよな」
「そうだね」
穏やかな表情で、カウイも頷いている。
みんながこんなにも柔軟な考えを持っているとは。
長い付き合いだから大体の性格は知っているつもりだったけど、まだまだ新たな面を知る事も多いなぁ。
「そういえば、オーンの執事の方は?」
「ああ、呼ばないと部屋には入ってこない。だから大丈夫だよ」
安心して話せるとでもいうように、私の左隣にオーンが腰掛けた。
私の右隣にはエウロが座っている。
私の向かいにミネル。
オーンの向かいにはカウイが座っている。
改めて見ると、イケメンに囲まれているという嬉しい状況なんだろうけど、告白の件があるから……素直に喜べない。
……というか、むしろ変な緊張をしている。
「雑談をしたいところだが、まずは得た情報を話し合おう」
ミネルの提案にみんなが頷く。
セレス達とは定期的に寮の部屋で情報交換をしたり、他愛もない話をしたりしている。
オーン達とは学校以外で会う時間がなかなか取れない事もあり、今日はルナの家で集まって以来、初めての報告会になる。
まずは私からソフィーが協力してくれる事になった事をみんなに伝える。
「今日の会話でそんな気はしていたが……やっぱりそうだったのか」
予想が確信に変わったミネルは、納得したような口調で話している。
「信用していいのか?」
「うん、大丈夫! それは保証するよ!」
ミネルの問いに、私も確信を持って答える。
実はソフィーが私にだけ、こっそりと教えてくれた事があった。
『お父様は常々、女性は働かずに利益になりそうな方との結婚を望んでいました』
ソフィーの話し方から、自分にとって不本意な事を言われ続けてきたという事が伝わってくる。
『女性初の上院議員として活躍したい、と心のどこかでずっと思っていましたが、絵空事だと諦めていました』
ソフィーがまっすぐとした目で私を見据える。
『アリア様の話を聞いて、諦めていた思いが再び湧き上がってきました。絵空事ではない、現実として叶えたいと思い始めたら、また“あの時”のように胸が高鳴りました』
ソフィーが、そっと微笑む。
『ただ……まだ堂々とお伝えする勇気まではありませんので、この話はご内密にお願い致します』
“内密”の部分は隠しつつ、ソフィーが協力してくれる事になった経緯を伝える。
私の話を聞いたオーンがチラッと私を見た。
「何となく腑に落ちない部分もあるけど……」
す、鋭い! でも、嘘をついてる訳じゃないし……。
カウイが少し目を伏せながら、フォローするように微笑む。
「アリアと仲良くなったのなら大丈夫だよ」
カウイはいつも私より、私の事を信頼してくれている気がする。
仲良く……あ! それで思い出した!
「実はソフィーだけじゃなく、ライリーさんも……なんというか、協力してくれそうなんだけど」
訝しげな表情を浮かべるみんなに、マイヤの付き添いデートで起きた事の一部始終を詳しく話す。
もちろん、マイヤがサウロさんの事を好きになった事は省いて説明をした。
「マイヤが危険な目に遭ったという話は耳にしていたが、犯人は行方不明者の方だったのか」
ミネルの言葉に3人も頷いている。
ジメス上院議長の方に何か勘づかれて狙われたと思っていたらしい。
そして、私が何よりも急いで話したかった事を伝える。
「多分だけど、カウイの従兄弟“オリュン”も近くにいるんじゃないかと思って」
カウイに目を向け、静かに伝える。
「その可能性は高いね。心配してくれたんだね、ありがとう」
落ち歌いた表情で、カウイが話している。
「いや、カウイを心配する前にアリアの方が気をつけろ。お前は何かと足を突っ込みたがる性格なんだ」
「…………」
ミネルの鋭い指摘に何も言えない。それに誰もフォローしてくれない。
沈黙の中、オーンが口を開いた。
「アリアは今まで以上に行動は控えること。いいね?」
「う、うん」
“今まで以上”と言われる事が気になるけど、オーンの言った通りだ。
「それと……1つ気になるんだけど」
にっこりとオーンが笑っている。
「なぜライリーさんは協力してくれそうなの? アリアの話だと、ライリーさんは結果的にマイヤに好意を持ったように聞こえなかったけど?」
さすがオーン!
私の話からそこまで分析するとは!!
ライリーさんかぁ……なんて説明しよう?
ライリーさんには『アリアさんがお母様に見える』と、少し面倒な事を言われている。
さらに『お母様のように“ライリー”とお呼びください』と言われてるんだけど、素直に呼んでいいものかも迷っている。
んー、もう少しお互いの事をきちんと分かり合えたら親しくなれるかなぁ?
「ライリーさんのお母さんと私が似ている? みたいで、親しくなったというかなんというか」
「……ライリーさんのご両親は見た事があるけど、アリアに似ていたかな?」
オーンがやや不思議そうに首を傾げている。
「性格が似てるって言ってた」
私がそう説明すると、エウロが声を立てて笑い出した。
「ははっ。なんだかんだ言ってアリアが元別館メンバーを引き込んでいるな」
「計画が順調にいって喜ばしいような、不安なような……」
オーンが腕を組み、考え込んでいる。
順調に行き過ぎていて不安なのかな?
「ソフィーからの情報だと、試合をきっかけにツインズもこちらには好意的みたい」
セレスとルナもテスタコーポの準備で話すようになったと言っていた。
ルナの場合、どんなことを話しているのか……少し気になる。
「ただ、ツインズの親はジメス上院議長に逆らえないらしいから、一緒にいるはずだと話していたよ」
私の話を聞いたカウイが少し戸惑いながら口を開いた。
「俺もヌワさんとはテスタコーポの準備の時に話すようになった……というか、寄って来るようになったというか……。弟子にはしていないんだけど……」
どうやらヌワさんの押しの強さに困っているようだ。
「そうそう、ソフィーがヌワさんの事も言ってたよ。ヌワさんはカウイを尊敬してるって。自分が認めた人にはとことん尽くすウザイ……じゃなかった。男気のある性格だから、協力してくれるだろうって」
私の言葉に、カウイが苦笑している。
「そっか。協力してくれるなら、良かったのかな?」
後は《癒しの魔法》を使うネヴェサさんと、《雷の魔法》を使うナルシストのユーテルさんか。
「ネヴェサさんとユーテルさんは……ソフィーも正直協力してくれるか分からないと話していたよ」
マイヤもネヴェサさんと何度か話そうとしたらしい。
『上辺はニコニコしているけど、“親しくなる気はありません”オーラが出ているから難しいかも』
その話を聞いて、マイヤとネヴェサさんは少し似ているのかな? って思った。
言ったら怒りそうだから、言わなかったけど。
「ユーテルさんは?」
私がオーンに尋ねる。
確かエウロがオーンとユーテルさんを一緒のグループにしたって話してた。
「ユーテルさんは女性に来られるのは嬉しいけど、男性に来られるのは好きではないようでね」
……ああ、なんか分かる気がする。
「だからユーテルさんの弟である“チミョウ”さんと会って話をしたよ」
そうは言いながらも、オーンが少々困った表情をしている。
「……真面目な性格ではあるようだけど、まったく親に関心がなかった。将来は憲兵で働きたいという情報しか得られていない」
そうなると、2人に協力を仰ぐのは難しい?
……いや、待てよ?
「ネヴェサさんには男性が、ユーテルさんには女性が話し掛けてみるのはどうかな?」
その方が話してくれそうな気がする。
私の提案にミネルが口を開いた。
「確かにその可能性は高いが……誰が行く?」
そこだよね。
「……あまり女性は得意じゃないけど、俺がネヴェサさんと話してみるよ」
すぐには決まらないだろうと思っていたら、意外にもエウロが自ら名乗り出た。
「テスタコーポの2年代表だから、話し掛けるきっかけも作りやすいし」
なるほど! さすがエウロ!!
問題は……ユーテルさんか。
「アリアはだめだよ?」
にこやかにオーンが私を見る。
分かってます。
『私が!』と立候補したいけど、力不足だろうし。
「(アリアが何か勘違いしてそうだけど)ルナはどうかな?」
オーンからの意外な提案!!
「な、なんで?」
私がオーンに尋ねる。
「一度話し掛けた時に『ルナ嬢はお元気ですか?』と聞かれた事があってね」
えっ! なんで??
「ユーテルさんの口調から、ルナを意識しているようにも感じたんだ。まぁ、ルナが話したくない場合、別な人を考えた方がいいけど」
ユーテルさんは、ルナが気になってるの?
2人は会話したことあったっけ??
えー、でもユーテルさんかぁ。
ルナに一目惚れしたニティといい、ルナに好意を持つ人は一癖もふた癖もあるなぁ。
「んー、まずはルナに聞いてみるね」
オーンの言う通り、ルナに嫌な事はさせくないしね。
「仮にルナが了承した場合、テスタコーポの準備をするチームを一緒にすればいい。理由なんていくらでも後づけできる」
ミネルが淡々と話し続ける。
「次にジメス上院議長について調べた事を話す。結論から言うと、誘拐事件は分からないが、魔法更生院の脱走には関わっている可能性が高い」
やっぱり! そうなんだ!!
「これは既に親も把握している内容だ。魔法更生院の脱走が起きた日、警備についていた人間の半分以上はジメス上院議長の息のかかった連中だったらしい」
確実な情報ではないから、ミネルも断言しないようにしている。
だけど、関わっている可能性が高いというよりは、関わっていると考えた方がよさそう。
そうなってくると、ジメス上院議長の失脚で全て解決するって事だ!
うん! 分かりやすくていい!!
「最後に執事“ノレイ”についてだ」
うんうん。ノレイの事も気になってた。
「まず“ノレイ”の両親についてだが、母親は一般人。父親は不明。“ノレイ”が小さい頃にジメス上院議長が引き取ったようだ」
父親は不明……?
でも、亡くなっているだけなら《知恵の魔法》の記録に残っているよね?
私が聞く前にミネルが理由を説明する。
「そもそも結婚をしていないから、記録として残っていないのかもしれない」
なるほど。
「父親の情報がないから何とも言えないが、母親は魔法が使えない。そして、ここからは僕の予想になる」
ミネルが私に顔を向けた。
「報告では“ノレイ”は魔法が使えないという話だったな? ただ、アリアは使える気がしたと」
「う、うん」と頷きながら、返事をする。
「その話を聞いて、頭の隅にあった予想が確信に変わりつつある。──恐らく“ノレイ”は魔法が使える」
そ、そうなの?
「もっと言えば、エレと同じ《闇の魔法》ではないかとも思っている」
……んん??
「僕は今まで《光の魔法》が《闇の魔法》と相反する魔法だと思っていた」
うん、私もそう思ってる!
「実際に《闇の魔法》を浄化できるのも《光の魔法》だ」
頭の中を整理しながら話しているのか、いつになくゆっくりとした口調でミネルが話している。
「その考えも間違いではないとは思う。だが、《光の魔法》は両親のどちらかが《光の魔法》を使えることが必須条件であるのに対し、《闇の魔法》や、今はアリアしか使える人が見つかっていない《聖の魔法》は、親の遺伝に関係なく誕生している」
ミネルの言葉にカウイも同意している。
「……確かにそういう意味だと共通しているね」
エウロとオーンも頷いている。
「《闇の魔法》を使う人間が、他人のオーラを見る事ができるのと同様に、《聖の魔法》も何かを感じたり、見えたりできるのではないかと思っている。だから、アリアは“ノレイ”が魔法を使えると感じたんじゃないか?」
ミネルが私に尋ねる。
……どうなんだろう? ノレイさんとは一度しか会っていないからなぁ。
「うーん、分からない。そこまで考えて見ていなかった」
あの時はノレイさんをそこまで意識して見ていなかったからなぁ。
とりあえず、これ以上突っ込まれないよう、空笑いでごまかす。
「まぁ、一度しか会ってないからしょうがないよな」
すかさず、エウロもフォローしてくれている。
ミネルが私とエウロを見た後、小さくため息をついた。
「大丈夫だ。予想の範囲内だ」
あっ、範囲内なんだ。
「そこで、オーンにサール国王が持っていた本を読んできてもらった」
私もオーンに聞こうと思っていた事だ!!
サール国王に会って本を読ませてもらう事も考えたけど、会う日を調整してもらうのはなかなか難しいだろうし。
そういう意味でもオーンに頼もうと思っていたんだけど、すでに読んでくれてたんだ。
私が感心していると、オーンがゆっくりと口を開いた。
「読んだ内容は全て把握してる。今から、アリアがまだ聞いていなかった内容を話すよ」
お読みいただき、ありがとうございます。




