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幼なじみの恋が始まる日

マイヤがいなくなった!!?


「どういう事ですか!?」


私が慌ててライリーさんに問い掛ける。


「そ、それが……」


普段は落ち着いたイメージのあるライリーさんが、かなり焦った口調になっている。


「マイヤさんと会話をしたり、お店に入って買い物をしたり……と楽しく過ごしていたんです」


急な事に困惑しながらも、マイヤとの出来事を順を追って思い出しているらしい。


「歩いている途中で、のどが渇いたという話になったんです。せっかくならお店に入らず、飲み物を買いに行こうという話になりました」


普段はお店で買って、そのまま外で飲むとかはしないもんね。


「マイヤさんに待っててもらい……飲み物を買って戻ったら……マイヤさんが……マイヤさんが、いなくなっていたんです!」


ライリーさんの動揺が徐々に強くなっていく。

待っているはずの人が突然いなくなったんだから、当然だよね。


「どこを探してもいないし……ああー! こんな時にお母様がいてくれたら……」


……ん? お母様!?

いや、今はそんな事を気にしている場合じゃない!!


「マイヤが最後にいた場所にもう一度行きましょう。もしかすると戻っているかもしれません」


軽くパニック状態のライリーさんに声を掛ける。

本当は私も少し焦っているけど、まずはライリーさんを落ち着かせないと!


「えっ、ああ、えっと。どこだったかな?」


ダメだ。全く落ち着いていない。

それどころか、どんどんパニックになってきている気がする。


「お母様がいてくれれば、落ち着くんだけど……」


……またしてもお母様。

私から話を進めないとだめかもしれない。


「ライリーさんはこの道から来ましたよね?」


ライリーさんが歩いてきた道を指差す。


「行きましょう」


半ば強引にライリーさんの手を取り、歩き出す。


「あ、ああ」


あの優雅でジェントルマンな姿はどこへ?

突発的なトラブルには対応できないのかな!?


リーセさんも私の横を歩きながら、周りを見渡している。


「どこかへ行くにしても、マイヤならライリーくんに声を掛けてから行きそうだね」


隣で話すリーセさんに私が相づちを打った。


私もそう思う。

マイヤは周りの空気に敏感だし、気が遣える子だ。勝手に行動するタイプじゃない。


「ライリーさん、どの辺りですか?」

「えっと……」


手を引きながらライリーさんに尋ねると、キョロキョロと周りを見渡し始めた。

はたから見るとかなり挙動不審だ。


一旦歩みを止め、ライリーさんの手を離す。

くるっとライリーさんの方を向き、強めの口調で話す。


「気になってる女性の一大事かもしれないんですよ? しっかりしてください!!」


ライリーさんをじっと見つめる。

私の語気の強さに少しひるみながらもライリーさんが答えた。


「気になってるというか……お母様と雰囲気が似ていたから……」


あーー! またっ!!

返事が欲しいのは、そこじゃない!!!


両腕を伸ばし、ライリーさんの両頬をパチンと叩く。

(叩いたといっても軽めにだよ?)


「ライリー!!」

「はっ、はい!」


ライリーさんが緊張した表情で私と目を合わせる。

両頬を抑えたまま、まっすぐライリーさんを見つめた。


「マイヤの安全は貴方に掛かってるかもしれないんだから……しっかりしなさいっ!!!」


頬から手を離すと、ライリーさんの背筋がピンと伸びた。


「はいっ!」


どこか目の覚めたような顔をしている。


「で、マイヤがいた場所はどこ!?」


再度尋ねれば、ライリーさんが考えつつ口を開いた。


「この道を……右に曲がった場所です」


戸惑いながらも、ライリーさんが歩き出す。


良かった。

少し冷静になってくれたみたい。


足早に進むライリーさんの後をリーセさんと一緒についていく。


「ここです! この場所でマイヤさんが私を待っていたはずなんです!」


……人通りが多い場所。それに路面店も多く賑やかだ。

仮に誘拐や何かトラブルに巻き込まれたとしたら、ライリーさんも気がつくほどの騒ぎになるはずだ。


それにマイヤだって、多少は武術の心得がある。

倒すまでは行かなくても咄嗟の対応ぐらいならできるはずだ。


それが……騒ぎにすらなっていないって、どういう事!?

考えにくいけど、マイヤが自分からいなくなったという事??


「ひとまず、周囲のお店で働いている方々に声を掛けてみよう。マイヤを見た人がいるかもしれない」


リーセさんの言う通りだ!

今は理由を考えているよりも、マイヤを探すことが先決だ!


早速リーセさんが近くの路面店で働いている50代くらいの男性の元へ向かった。

私も急いでリーセさんの後を追う。


「──といった特徴の女性を探しているんですが」


リーセさんんお言葉に男性が「ああ」と返事をした。


「この辺では見た事がないくらいキレイな人がいるなぁと思っていたから覚えてるよ。そこに立っているのを見たよ」


男性が指を差す。

さっきライリーさんが話していた場所だ。


「1人で立ってるなと思っていたら、その後誰かと話してたな」

「その人は、こちらの男性ですか?」


私がライリーさんの方へ手を向ける。


「いや、違う」


違う?


「どんな方と話していたか覚えていますか?」

「んー、黒いフードを被ってたからなぁ。全然分からないよ」


黒いフードを被っていた……何か胸騒ぎがする。

男性にお礼を伝え、これからどうするかをリーセさん達と話する。


「そうだな……3人で分かれて聞き込みをしよう。その方が情報が集まるかもしれない」

「そうですね」


リーセさんの提案にライリーさんと私が頷く。


「アリアを頼みます」


リーセさんが警護のララさん達に声を掛けると、3人分かれて聞き込みを開始した。

聞く限り、マイヤを覚えている人は何名かいたけど、手掛かりらしい手掛かりはなかなか見つからない。


ライリーさんと落ち合ってから、もう1時間近く経っている。

それなのに、まだマイヤが見つからない。


──どうか無事でいて!!


「……ア……リア……ちゃん」


ん? どこからか私の名前を呼ぶ声が聞こえたような……?

周りを注視しながら、微かに声が聞こえた方へと振り向く。


「──アリアちゃん!」


今度はきちんと聞こえた!!

ジッと目を凝らせば、遠くでマイヤが手を振っている。


良かった! 無事だったんだ!!

そして、マイヤの隣にいるのは……え? あれってもしかして、エウロのお兄さんのサウロさん!?


2人が一緒にこちらへ歩いてくる。

混乱しつつも走ってマイヤの元へと駆け寄り、思わず抱きついた。


「マイヤ! 良かった!!」

「……アリアちゃん」


無事だった事にひと安心すると、そのまま一緒にリーセさん達が待っている場所へと向かった。


「何があったの? それにサウロさんも……」


サウロさんをチラッと見ると「久しぶりだな」と声を掛けてくれた。

声の感じは明るいけれど、2人からただならぬ緊張感が漂っている。


「リーセさん達の所へ戻った後、説明するね」


サウロさんがいる理由は分からないけど、やっぱり何かあったんだ。

リーセさん達の元へ戻ると、マイヤが2人に近づいた。


「リーセさん、ライリーさん。ご心配をお掛けしました」


マイヤが2人に頭を下げている。


「サウロさんがいる理由は後ほど聞くとして、まずは無事で良かったよ。怪我とかはない?」


心配そうにリーセさんがマイヤに声を掛ける。


「大丈夫です」

「マイヤさんが無事で良かった」


ライリーさんも安堵の表情を見せている。

マイヤが私たちの顔を見渡した。


「私がどうしてサウロさんと一緒に戻ってきたのかをご説明します」

「……どこかに入ろうか」


リーセさんの提案で近くのカフェテリアに5人で入る。

席に着き注文を終えると、ゆっくりとマイヤが口を開いた。


「……ライリーさんを待っていた時に1人の女性に話し掛けられたんです」


女性?


「深くフードを被っていたので、顔はよく見えませんでしたが声が女性でした。その女性に『先ほど歌われていた歌をどこで知りましたか?』と聞かれました」


マイヤが私の顔を見た。


「以前、アリアちゃんに教えてもらった歌があったじゃない?」


歌? ……歌??


──あっ!


マイヤが過呼吸を起こした時に落ち着ついて眠ってもらう為に歌った子守唄。

私の家に滞在していた最初、『聞いた事のない歌だったけど、もう一度聞きたい』と言われて教えた事があったんだ。


「ライリーくんとの会話で、少しだけ歌ったの。たまたまその歌を聞いて、話し掛けてきたんだと思うの」


えっと……なんで“前の世界”の歌が気になったの?


聞いた事のない歌だったから?

それとも“前の世界”の歌を知ってる人物だったから??


もしかして、フードの人物はジュリア!?

……だったら、さすがのマイヤも声で分かるよね?


「顔も良く見えない上に知らない人に質問をされた事が怖くて……『何のことですか?』と、知らない振りをしたんです」


……まぁ、確かに怖いよね。


「その時は『そうですか』とだけ言われて、その女性は去って行きました」


その女性に何かされたのかと思いきや、関係ないんだ。


「その後、6歳、7歳くらいの子供が私の所へやって来ました。『お母さんが倒れたから助けて』と、手を引っ張られました」


静かにマイヤが話を続けている。


「急を要する事だったし、まずは様子を見に行こうと思ってついて行きました」


マイヤが申し訳なさそうな表情をしている。


「怪我なら《癒しの魔法》で治せると思いました。それに医療の勉強もしているので、力になれると思って行動してしまいました。今思うと、軽率な行動でした」


再び、マイヤが頭を下げている。

他の人から見れば軽率な行動に見えるかもしれないけど、もし同じ場面に遭遇したら、私も同じ事をしてしまいそうだ。


「子供に連れて行かれた道へ入ると、さっきのフードの女性と2人の男性がいました」


その時の事を思い出したのか、マイヤが少し怯えた表情になった。


「いつの間にか子供もいなくなっていて……騙されたと気がついた時には遅くて。私の前にはフードの女性と2人の男性、後ろにも男性が2人ほど立っていて、逃げられない状況になってました」


女性1人が4人の男性に取り囲まれる。

怖かっただろうな。


「1人の男性が私の手を取った時にフードを被った女性が『待ちなさい』と、その手を止めたんです。そして、私に向かって『貴方は転生者なの?』と聞いてきました。質問の意味はよく分からなかったのですが……一瞬の隙をついて、逃げる為に《癒しの魔法》を使いました」


──転生者!?


その事を知っていて、さらには“前の世界”の歌を知ってる人物?

またはジュリアから転生者の話を聞いている人物??


それにしても、逃げる為に《癒しの魔法》を使うって……あっ!

そういえば、《癒しの魔法》は怪我をしていないのに使おうとすると、治癒力が働き過ぎて逆に怪我を負わせる事ができると習った事がある。


「魔法を使った事で、私の手を掴んでいた男性の手が離れました。そのまま走って逃げようとしたら、フードの女性が周りの男性達に『《癒しの魔法》が使えるのね。──捕らえなさい』と命令したんです。その命令を聞いた男性達が、魔法を使って攻撃をしてきて……」


マイヤの身体が少し震えている。

少しでも安心できるよう、隣に座っているマイヤの手をギュッと握る。

しばらく握ったままでいると、手の震えが少しずつ落ち着いてきた。


「魔法で攻撃され、その場に倒れ込んだところで、突然サウロさんが現れたんです」

「攻撃!?」


誘拐されかけただけでなく、攻撃までされたの!?

慌ててマイヤの状態を見直したけれど、怪我をしているようには……見えない。


「そんなに大きな怪我ではなかったから、大丈夫。自分で治せる範囲だったから」


そっか。大怪我じゃなくて良かった。

マイヤの言葉を聞き、次にサウロさんが口を開いた。


「俺は行方不明者を“エルスターレ”で見たという情報を聞いて、仲間と来ていたんだ」


行方不明者!!

……という事は、魔法更生院の脱走を手伝った人たち──カウイの従兄弟“オリュン”も近くにいたかもしれない!?


「仲間の一人から行方不明者に似た人物を見かけたと連絡を受けて見に行ったら、マイヤがいた、というわけだ」


ん? マイヤの手が少し熱くなったような……?


「サウロさんが……私を助けてくれたの」


気のせいかな?

いつも以上に柔らかいというか、可愛らしい話し方になっている。


「久しぶりに本気で魔法を使ったよ」


サウロさんが苦笑している。


「すごく強くて素敵でした」

「……ああ。 ありがとう」


マイヤに褒められて、サウロさんが少し照れている。


……マイヤが可愛い。

いや、いつも可愛いんだけど、素直に可愛いと思える可愛さだ。


「無事に4人の男は捕らえる事ができたんだけど、俺が駆けつけた時にはフードを被った女はいなかった」


そうか……。

マイヤに『転生者』と告げた女性は逃げたんだ。


「4人は行方不明者だったよ。今は仲間たちが連行しているんだが、多分操られていたんだろう。俺はマイヤが心配だったから、送り届ける事にしたんだ」


チラッと横に座っているマイヤに目を向ける。

……少し照れたように微笑んでいる。


私の今まで当たった事のない勘が働き始める。

まさかマイヤは……サウロさんを!?


「さて、無事にアリア達にも合流できたから戻るか」

「そ、そうなんですか?」


少し寂しそうにマイヤが、サウロさんに声を掛けている。


「今度、助けて頂いたお礼をさせてください」

「気にしなくていい。怖い思いはしただろうけど、大した怪我じゃなくて良かった」


サウロさんがマイヤの頭にポンと手を置いた。


エウロも頭にポンと手を置く癖があるよね。

こういう所って、やっぱり兄弟だなぁ。


再び、チラッとマイヤに目を向けると、ほんのりと頬を染めながら嬉しそうな表情をしている。

やっぱり、マイヤはサウロさんを!!?


「それじゃあ……リーセ、きちんと仕事しろよ」

「失礼ですね。きちんとしてますよ」


リーセさんが微笑みながら返事をすると、サウロさんも笑いながら去って行った。



考えなきゃいけない事は色々とあるけど、まずはマイヤが無事で本当に良かった。

ホッとひと息つきながら、落ち着いたタイミングでこの後について話し合う。


ひとまずはカフェテリアを出る事になった為、4人揃って外へと出た。


このままデートを続けるのはおかしいよね?

ライリーさんとマイヤの顔を交互にチラチラ見る。


「ライリーさん、今日はごめんなさい」

「いえ、私の事は気にしないでください。今日はお疲れだと思いますので、このまま帰りましょう」


おお、ジェントルマンなライリーさんに戻った!


「お気遣いありがとうございます。それと……今後、ライリーさんとこのように2人だけでお出掛けをする事はないと思います」


こ、これは……!

マイヤが『ライリーさんを好きになる事はない』と、暗に示したような。


私とリーセさんは、この場にいていいのかな?

少し気まずい気持ちを抱えながら、2人の会話を聞く。


「分かりました」


えっ? ライリーさん、案外あっさりしているなぁ。


……ああ、そっか。お母様に雰囲気が似てるから、マイヤに声を掛けたんだっけ?

だから、あっさりしてるのかな?


一人納得していると、マイヤと話し終えたライリーさんが突然、私の前に立った。


「アリアさんの怒り方は、お母様そのものでした」


へっ? 突然どうしたの??


「お母様のように私を叱る人がいたなんて……!」


……あまりにも『お母様、お母様』って言うから、甘やかすタイプのお母様かと思っていたけど違うんだ。


ライリーさんが両手でギュッと私の手を握った。

その様子を見ていたリーセさんが、スッと私の隣に立つ。


「ライリーくん? アリアは先約がいるからダメだよ?」


リーセさんが優しい口調でライリーさんを諭す。

……先約? 何の話??


言われたライリーさんはといえば、ぽかんとした表情でこちら見ている。


「ああ、アリアさんには婚約者がいるんですね」


何かを悟ったように頷きながら、笑顔でライリーさんが答える。


「アリアさんにお母様の面影を感じ、慕うべき存在かもしれないと思っただけの事です。恋愛感情は全くありません」


きっぱり、はっきりとライリーさんが言い放つ。

……慕うべき存在と言われたのに素直に喜べないのはなぜだろう。


ライリーさんの言葉を聞き、リーセさんが後ろから私を包み込むように抱き締めた。


「そうか、考えすぎだったようだね。アリアの良さは分かっている人だけが、分かればいいから。ねっ?」


私の耳元で優しく話し掛けてくる。

ち、近いし、抱き締められてるし……。


「ああ。リーセさん、安心してください。ただ恋愛感情は全くありませんが、今度ゆっくりアリアさんとお話がしたいです。普段お母様に会えない分、学校でお母様のような方とお話しできるなんて夢のようです」


この抱き締められている光景を見ながら、冷静に話すライリーさん。

ライリーさんの焦りポイントが分からない!!


私の困っている姿を見たマイヤが、笑顔で2人に話し掛ける。


「リーセさん、ライリーさん帰りましょうか」

「そうだね」


私を抱き締めていたリーセさんの手がゆっくりと離れていく。

良かった! ありがとう、マイヤ!!


助けられた事に感謝していると、マイヤが私のすぐ隣へとやって来た。

話したい事でもあるのか、内緒話でもするように口元を手で隠しながら、そっとささやいてくる。


「今、私に助けられたよね? 今度は私の話を聞いて、協力してほしいの」



セリフ的にいつものほくそ笑んだ表情をしていると思いきや……どこか恥ずかしそうに、可愛らしく微笑むマイヤの姿があった。


お読みいただき、ありがとうございます。

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