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7 『この世界にはかなり異常な傭兵』


 ざらざらした地面に肩からぶつかり、ルークは顔をしかめた。

 顔を上げ、ルークは自分を突き飛ばしたものの正体を知る。そこには、膝をついて下を向くロニーの姿があった。しかし、


「ロニー……?」


 ロニーは顔を伏せたまま動かない。ルークは、ロニーの首元に小さな棘のようなものが刺さっている事に気が付いた。


「逃げろ……」


 絞り出すようにロニーは言う。その言葉を最後に、ロニーの体は急に力が抜けていくように地面に崩れ落ちた。

 ルークは体を起こすとロニーの元へ寄り、うつ伏せに倒れるロニーをひっくり返す。体を揺すってみるが、ロニーは目を瞑ったまま動かない。


「ロニー、しっかりしろ!」


「あらぁ、外しちゃったわ」


 ルークがロニーの無事を確かめようとしていたその時、ベンチの後ろの林からそのセリフに似合わず野太く低い声がした。


「奇襲は失敗みたいね」


 木々の間から声の持ち主が現れる。その姿にルークは戦慄した。


「な、何なんだよ、お前……」


 全身を覆う金属の鎧。しかしそれはルークの見知ったそれではない。彼が身に着けている鎧は普通の憲兵などが身に着けているものとは全く違い、通常弱点となる関節部分が露出していない。また、その要所から赤い光を放っている。

 そして、彼が手に握っている武器。ルークはそれに見覚えがあった。かつてはこの世界の者は知らなかった武器だ。

 謎の鎧と武器、それが意味するのは一つ――


「まさか……アンドロメダ人?」


「察しがいいわね、あなた」


 鎧の男がそう言い放つと、彼の顔を覆っていた頭部の部分の鎧がまるで溶けていくかのように胸部に仕舞われた。そして、その下から男の顔がのぞく。


「でもその呼び方は好きじゃない。アタシにもちゃんと名前があるの。アタシはカーナン・カーマス。あなたの言った通り、アンドロメダの傭兵よ」


 カーナンは笑みをこぼしながらルークの目を見て言った。

 アンドロメダ、その単語を彼の口から聞いた途端、ルークの頭の中が過去の記憶で溢れ返った。


 命を懸けて戦場に赴き、二度と帰ってくることのなかった父ジーク。

 目の前で助けを求める弟フィルの悲痛な叫びと何もできない自分。

 皆の憧れの的であったはずが、いつの間にか周りから憐みの目を向けられる『かわいそうな奴』に成り下がったルーク・スレッドマン。

 それも全て、今目の前に居るこいつらの、アンドロメダのせいだ。彼らのせいで、何の罪もない多くの人が犠牲になった。そして今また――


「てめぇ……ロニーに何しやがった!」


「ロニーっていうのは、そこで寝ている坊やの事? 安心して、彼は眠っているだけよ。あなたを庇って麻酔銃に撃たれたのね。何て勇敢、惚れちゃいそう」


 カーナンの言った通り、ロニーは意識を失っているものの、胸が上下しているところを見ると呼吸はしている。命の危険はなさそうだ。ただ、それは今の所は、の話である。

 カーナンに変な気を起こさせないためにも、ルークは冷静を装ってカーナンに尋ねる。


「俺を庇ったって、お前の狙いは俺か?」


「ええそうよ。心配しないで、痛いことはしないから。そんなことしたら依頼人に怒られちゃう」


「依頼人……? まあいい、それより、とっとと要求を言えよ。お前と長話する気なんかさらさら無いんだよ」


 ルークは嫌悪感を丸出しにしてカーナンに突っかかる。しかしカーナンの態度は依然として変わらず、その顔には薄ら笑みを浮かべている。まるで、この状況を楽しんでいるかのようだ。


「そうね、あなたの言う通り。アタシの要求はただ一つ。あなたの投降、それだけよ」


「投降? 捕虜にでもなれってのか? ふざけんな」


 父と弟を殺された上、更に自分が彼らの捕虜になるなどまっぴら御免だ。そんなことなら、二人の後を追う方がまだマシだ。


「あなたと争うつもりはないの。さっき言った通り、素直に投降すれば痛い目にはあわせないわ」


「んなことで俺が降伏するとでも思ってんのか?」


 ルークの意見は変わらない。ここで口裏を合わせておいて後で逃げ出すなどといった、小賢しい真似は出来ない。白は白、黒は黒と、はっきりした性格なのだ。


「……残念ね。聞き分けの良い子かと思ったのに」


 その言葉と共にカーナンの表情が変わった。表情だけではない、雰囲気そのものが変わった。この場の空気全体が冷たくなり、ルークを見るカーナンの目つきが鋭くなる。ルークは、背筋が凍るという感覚を覚えた。

 今までに向けられたことのない感情。これは、殺意だ。


 その時、カーナンは腕に抱えたブラスター銃を構え、銃口を真っ直ぐルークに向ける。蓄積されたエネルギーが、一発の銃弾となってルークに襲い掛かった。

 ルークは咄嗟に横に転び、この銃弾をよける。

 銃弾はルークがいた場所を通過し、代わりに後ろの道沿いの柵にぶつかった。金属製の柵は一瞬にして飛び散った。


「ぶねぇ……痛めつけないんじゃねえのかよ」


「仕方がないわ。この際手足が一本くらい欠けても半分は貰えるでしょう」


 カーナンは不敵な笑みを浮かべている。しかしその笑みは先程までのそれとは違い、その鋭い目付きからは明らかに殺意を感じ取る事ができた。

 今の攻撃ルークの置かれた状況を鑑みると、ここで真っ向から向かって言って戦うのは賢明とは言えないだろう。しかし、この時ルークは冷静を装っていたが、完全にそんなものは消え去ってしまっていた。


 ルークは腰に手を回し、形見の剣を抜き取った。魔法石の合金できた黒い両刃が月光に照らされ優美に光る。

 ルークは手に馴染んだを構える。こうやって剣を握るのは久しぶりのことだ。


「いいわ、少し運動でもしましょうか」 


 カーナンはルークの剣を見ると小さく息をつくとそう言い放った。次の瞬間、手に握られていた銃がみるみるうちに形を変える。先程まで銃だった金属は細長くなり、剣先から怪しげな赤い光を発する大剣となった。


「マジかよ……」


「ナノテクよ、いいでしょう。まあ、あなた達は見たこともないでしょうけど。これで少しは公平ね。かかって来なさい」


「……なら、お言葉に甘えて」


 ルークはすかさずカーナンに斬りかかった。通常なら鎧の隙を突くのだが、今回の場合はそれができない。

 そのためルークの取れる手段としては、唯一露出している頭部を狙うか、性能の分からない鎧に直接攻撃するかだ。

 後者は賭けの要素が強すぎる。そのためルークはまず前者を試した。しかしーー


「――っ!」


「させないわよ」


 当然頭部を狙った攻撃はカーナンの持つ大剣によって防がれた。しかしルークは諦めない。

 巨体のカーナンに比べれば、ルークの体は小さい。また、カーナンの武器は大剣なので、当然動きも遅くなる。

 ルークは小回りを利かせ、隙を突こうと何度もカーナンに斬りかかる。しかし、そのたびにカーナンは余裕の様子でルークの攻撃を防ぎ続けた。


「あらぁ、その程度なの?」


「クソ……こうなるならもっと練習しとけば……」


 久しぶりに剣を振ったせいか、一振り一振りに無駄な力を使ってしまって体力を消耗しているのが分かる。そもそも、練習不足のせいか体力自体も落ちてしまっているようだ。


 この状況において、体力の消費というのはかなりまずい。なぜなら、ルークはカーナンには力的にかなり劣っているからだ。

 力が劣っている上急所を突けないとなれば、長期戦に持ち込むよりほかない。しかしもし先にルークの体力が切れてしまえば、敗北を免れることは出来なくなる。


――こうなったら……


 作戦二だ。ルークは再びカーナンに向かって突っ込む。地面を蹴り、頭を目掛けて剣を振りかぶる。先程までと同じように、カーナンはその攻撃を剣で受けるべく持ち上げる。


 しかしルークは振りかぶった剣をそのまま振り下ろさない。その代わり、腕を回して狙いを頭から脇腹にずらす。

 動きの遅いカーナンは、ルークの予測通りその攻撃を防ぎきることが出来ない。そのままルークの剣先はカーナンの脇腹を捉えた。

 ルークはすかさず蹴りを入れ、カーナンと距離を取った。


「どうだ……!」


 今の攻撃が効いたかどうかで今後が左右されると言っても過言ではない。もし鎧に傷を負わすことができていれば、同じ場所を何度も斬ることによってカーナン自信を攻撃できる。


「なかなか良い蹴りね」


 カーナンは少し態勢を崩しかけたが、すぐに立て直す。

 ルークは斬りつけた脇腹の鎧に目をやった。


「嘘だろ……傷も付いてない…!?」


 斬りつけたはずの脇腹は、先程と変わらず傷一つない。

 マズい。攻撃が効かないとすればどうしようもない。また、ルークは今までの攻防でカーナンの体力の消費を期待していたが、それは叶わなかった。

 それもそうだ。カーナンは先程から防いでばかりで、大きな動きを一切していない。むしろ、息が上がっているのはこちらの方だ。


「そろそろ、こっちから行かしてもらおうかしら」


 カーナンはそう言うと、やっとその大剣を振り上げた。ここで一つ、ルークの勘違いが分かる。

 カーナンの動きは、まったく遅くなどなかった。ルーク自体そこまで動きが速いわけではないが、軽くそれと同じくらいの速度で向かってくる。


 ルークは咄嗟にカーナンの攻撃を転んで避けた。あんな攻撃、まともに食らったらひとたまりもないだろう。


「どう、すごいでしょ? これがアタシの持ち味なのよ」


 カーナンは振り下ろした大剣を担ぐと、余裕そうな表情で言う。攻撃力が高く、防御力も高く、速度も速い。もうこうなれば、お手上げだ。


「さあこれが最後の警告よ。とっととアタシに捕まりなさい」


 ルークの剣は、いつのまにか下がってしまっていた。あまりもの力の差に、戦意を喪失しそうになる。


――だめだ、ここで諦めたら……!


 ルークの心が叫んでいる。しかし、体は違った。いくら上げようとしても、急に力が抜けたように剣を持ち上げて構えることができない。

 カーナンは、勝利を確信し笑みを浮かべた。


 その時、カーナンとルークの間に閃光が降ってきた。


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