5 『プライド高き剣士さま』
言葉が出てこないルークに代わりギデオンに反論したのはミアだった。ロニーを呼びに行っていたはずのミアはいつの間にか戻って来ていて、静かにギデオンを睨む。
「お前に言ってんじゃねえよ、チビ」
「いい加減に水に流したら? もう六年も前の事なんだから」
「忘れる訳ねえだろ。オレの歯をこんな風にしやがったくせに逃げやがって」
ギデオンはそう言うと、折れた歯の部分を強調するように歯茎を出した。
「それで剣士様よ、お前生きてたんだな。オレがやり返す前に消えたから死んだのかと思ってたぜ。あれか、お国の平和でも守ってたのか?」
「ギデオン、黙って」
「んなわけねえか。そうだ、お前は魔法が出来なくて追い出されたんだもんな」
「黙ってって言ってるでしょ!」
ミアは声を張り上げ、怒りの感情を露わにした表情でギデオンを睨んだ。それでもギデオンは余裕そうな表情で、
「何だよ。魔法で俺をぶっ飛ばすか? やってみろよ。でも卒業パーティーでお前が同級生に暴力を振るったって、王都の連中が知ったらどう思うかな、学年トップのお嬢ちゃん」
ミアはそう言われ、ギデオンにかざしていた両手を渋々といった様子で下ろした。ギデオンは嘲笑を浮かべる。相変わらず本当に嫌味な奴だ。
そして今度はルークに体を向けると、
「それで、自分では何も言えなくて、女に庇ってもらう。ほんと、お前は立派な剣士だよ」
何処までも嘲るような口調でルークを見下すギデオンに、ルークはかっとなり頭に血が上る。しかし、ルークの何も口から出てこない。何故なら、ギデオンが言っている事は全て事実なのだ。
魔法に関して、全くの才能が無かったルークが半年足らずで学校を辞めた事、そして今何も出来ずにミアの後ろに隠れている事。どちらも、ルークも自覚している事実なのである。
オリバーは、ぶつける場所が無い怒りの感情を込め、強く拳を握り締めると、ギデオンを睨んだ。
ギデオンは、きっとルークの心情、ルークが何も言い返せない事を分かっているはずだ。その上で、現在の状況を楽しむようにルークの反応を待っている。
気づけばいつの間にか周りの注目もこちらに集まってきている。あの時と同じ状況ではないか
あの時ルークは、大勢に見られる中で大恥を晒した。あの時は怒りに任せての行動だったため、あとで後悔したことは言うまでもない。だから――
「……」
オリバーに出来るのは、せいぜい彼の期待を裏切る事くらいだ。ルークは回れ右をし、その場を後にした。
「逃げんのかよ」
後ろでギデオンが何か喚いている。ルークはただその場から離れることに集中し、足を踏み鳴らす。
「腰抜け」
――そんなことくらい、分かってる。
いつだってそうだ。フィルを目の前で失った時だって、ルークには何も出来なかった。いや、何もしなかった。弟の命よりも自分を優先し、足を動かすことが出来なかった。
フラーグルを退学になった後もだ。魔法が使えないからと言って、何もかもを諦めた。剣術を極めて出来ないことを補う、それがかなわなくても努力をすることはできたはずだ。なのに、自分には無理だと努力をしなかった。逃げ出したのだ。
そうやって、面倒くささから、怖さから、自分可愛さから、何もかもから目を背けてきた。その結果が、これだ。自分でも、自分の無価値さを分かっていた。
しかし、ルークの周りの人間は優しい。だからこそ、そのことをはっきりと口に出す者などいなかった。だから、怠け続けた。自覚があるからといって、何もしなかった。
不運なのではない。自分から不運になるように進んできたのだ。
「ルーク」
後方から、ミアのルークを呼ぶ声が聞こえた。しかし、ルークはそれを完全に無視する。
一人になりたかった。いや、ミア以外の人だったら別に良かったのかもしれない。だが、ミアにだけは付いてきて欲しくなかった。
「ルーク!」
もう一度ミアが名前を呼ぶ。ルークはまともミアの顔を見ることが出来なかった。会場のドアを出た所で立ち止まり、俯いたままルークは言う。
「着いて来るなよ……」
「――――」
黙り込むミアに、ルークは続けた。
「俺の事、情けないって思うか」
「そんなこと――」
「ない訳ないだろ」
背中を向けている為、ミアの表情は分からない。だが、それを目にしなくとも、彼女が悲しげな表情をしている事は分かった。
「ごめん……今は一人にしてくれ」
自分の事が情けなかったのもあるが、ミアにそんな表情をさせてしまった事に何よりも罪悪感を感じた。その為、ルークはミアを追い払うようにボソリと言う。
「お前には、分からねえよ」
少し振り返り、横目でミアを見た。
ミアは少し俯いて唇を結んでいる。その目には、うっすらと涙の膜がかかっていた。
最低の幼馴染だ。庇ってもらいながらこの仕打ちだ。
ミアはルークの言葉に傷つき、踵を返して歩いて行く。ミアの背中を見て、ルークは謝ろうとも考えた。だがまただ。言葉を出せない。ミアにかける言葉が見つからない。
ルークは強く拳を握り締める。
落ちぶれたルークに優しく接してくれたミアを、自分勝手な八つ当たりで傷付けた。もう一生口を利いてくれないかもしれない。それだけの仕打ちをしたのだ。
もうこれでここにルークの居場所は無くなった。ルークは来た道を戻り始める。