4 『魔法あふれる卒業パーティー』
やっとパーティーに行く決意をしたルークだったが、また二時間掛けてケインズに戻る前にする事があった。それは――
「ただいま」
「おかえりー」
そう言って家に帰るなり居間から声を響かせたのはルークの母親、メリーナ・スレッドマンだ。ルークが今の前のドアに立って開けようとすると、その前にドアが勝手に開いた。それをしたのは、他でもない違い金髪を長く伸ばし、何やら編み物をしているらしいメリーナだ。
そう、ルークの魔法の才能の皆無は遺伝でも何でもないのである。メリーナは別に戦士という訳でもないが、日常的なレベルの魔法なら普通に使えている。
両親とも魔法適性があるのに何故ルークにはないのか。専門的な人に見てもらうと、突然変異が何とかと言われた。何万人に一人の確率で現れるとか。
「つくづく自分の悪運を呪いたくなるぜ……」
ルークは顔をしかめながら居間に入ると、
「野菜買ってったよ」
「ありがとー、その辺置いといて」
メリーナは編み物から目を離すことなくルークに言う。ルークは周りを見回すと、一番近くにあった机の上に買ってきた野菜を置いた。
「卒業式どうだった?」
「え?」
「行ってきたんでしょ? フラーグル」
ルークは出発前にケインズに花を買いに行くとメリーナに伝えていた。ついでにと野菜も頼まれたのだが、結局全部お見通しだったという事か。
「……うん。ミアに会った」
「ミアちゃん? あの子すごく可愛くなってるでしょ? うちも女の子が居たらな……」
「何で母ちゃんが知ってんだよ……」
思わずルークは心の声を漏らした。そもそも今日がフラーグルの卒業式であることも知っていたので、ミアのお母さんにでも聞いたのだろうか。
それはそうと、ルークはこうして家に帰ってきた目的を思い出す。
「今日の夜……フラーグルのパーティー行ってくるわ」
「パーティー? 珍しい」
「うん、だから、晩飯いらねえ」
ルークは素っ気なく母に向かって言い放った。メリーナは先程と変わらぬ様子で編み物をしながら返事をする。
「わかった。あんまり遅くなんないようにね」
「子供じゃないんだから……」
「あんたまだ子供でしょ」
パーティーが何時ごろまで続くかは分からないが、遅くなってしまったら最悪ロニーの部屋に泊めてもらうか適当に宿を探せばいいだろう。
そう考えながら、ルークは自分の部屋に戻る。日はもうすでに傾き始めている。早々に出発しなければならない。
しかし、パーティーとなれば、今着ているヨレヨレの服で行く訳にはいかない。とはいってもこのような場にふさわしい服を持っている訳でもなかったため、ルークは先程まで着ていたものとあまり変わらないローブの袖に腕を通す。そして最後に、腰に形見の剣があることを確認した。
「こんなもんでいいか」
ルークは鏡に映った自分の姿に目を通すとそう呟く。
そしてそのまま玄関に直行し、家のドアを開けた。
「行ってらっしゃい」
「ん」
居間からメリーナの声が聞こえる。ルークは小さく返事をすると、家から出た。いつも通りに。
*
それからまた二時間、馬に乗ったルークはケインズへ向かった。フラーグル魔法学校に到着したころには、辺りはすっかり暗くなっていた。
フラーグルの敷地面積は小さな町ほどあり、それは実にケインズの六分の一ほどの広さだ。
フラーグルへの門は基本的に警備が甘い。警備員が一人立っているが、特別な許可が無くても要件を伝えれば基本的に中に入れてくれる。
ルークは門をくぐると、敷地内に数ある建物のなかで一際目立つ中央の建物を目指す。立派な天文台がある本館は、一見どこかの王様が住んでいるのではないかと思うほど立派な建物だ。
ルークはその建物まで歩いていき、入り口の扉の前で立ち止まる。そして自分の服を軽く整え、扉を開けて中に入ろうとしたとき――
「んあ?」
ルークが前に進もうとした途端、胸を何かに押された。違和感がする方を見ると、そこにはルークの行く手を阻むようにボードと羽ペンが浮かんでルークを押し返していた。
「魔法か?」
まるで誰かに持たれているかのように浮かぶそれらをルークが不思議そうにそれらを見つめていると、羽ペンはせかすようにボードを叩いた。ボードには、人の名前が書かれている。
「名前言えってことか?」
羽ペンからの返答はない。果たしてルークの名前は載っているのか。先程ミアからの誘いを中途半端に受けたので、察しのいいミアはルークが来ないと判断したかもしれない。
そもそも部外者は関係者と同伴で来なくてはいけないという可能性もある。ミアは何も言っていなかったが。どちらにしても、ミアに行くとしっかり伝えておくべきだった。
そうやってルークが考えていると、また羽ペンはルークをせかすようにボードを叩く。ルークは半信半疑で自分の名を口にする。
「はいはい分かったよ、言うから。ルーク・スレッドマン、だ」
名前を聞くやいなや、ボードに挟まっている名簿が自動でめくられ始めた。ルークは跳ね返されるのではと焦ったが、何枚もめくられた後、急に捲りが止まった。そして羽ペンが名簿に横線を入れると、ルークの行き先を塞いでいたボードが横に退き、ドアが勝手に開いた。
「良かった……あんがとよ」
名簿に名前があったことに安堵しつつ、ルークは羽ペン君に礼を言う。羽ペンはお辞儀をするように少し前に傾いた。
「魔法でこんなことも出来るんだな……」
自分には出来ない魔法に感嘆しつつ、ルークはドアをくぐる。ここにルークが来るのは実に六年ぶりのことだ。例の退学騒動があって以来、ルークがフラーグルに立ち寄る機会などなかった。
本館の玄関を入ってすぐの場所には、人が横に十人以上並んでも通れるほど大きな螺旋階段がある。その横の柱に、目につくよう大きな文字が書かれた張り紙がある。そこにはこう書かれていた。
『卒業記念パーティー 本館八階 展望台横講堂』
*
「あんな事が魔法でできるのに、なんで階段は普通なんだよ……」
六階までの階段を登り切ったルークはそう愚痴をこぼした。受付は魔法で羽ペン君にやらせるのに、なぜ階段は普通なのだ。
「自動階段くらいつけとけよな」
生徒たちは魔法を使って瞬間移動でもやっているのだろうか。別に八回までの階段くらいそこまで苦になるという訳ではないが、これを上り下りするのは過酷だろう。
パーティー会場はすぐに分かった。なぜなら大勢の人の話し声が聞こえたのと、階段の正面に開けっ放しのドアがあったからだ。
剣は会場の横にいた『手』に預けた。文字通り、まるで透明人間がいるかのように手袋が二つ浮いていたのだ。『手』はルークの剣を受け取ると、奥の方へ持って行った。
ルークはそれを見届けると、ドアを抜け、会場に入る。
もうすでにパーティーは始まっているようだった。豪華な講堂に幾多もの円形テーブルが並べられていて、それに座ってご馳走を食べているもの、グラスを片手に立ち歩いている者と、様々である。
「さて、こっからどうすっか」
あまり何も考えずにここまで来てしまったが、ミアやロニーを見つけない限り、ルークは孤立してしまう。それによく考えれば二人がそれぞれの友達といる可能性だってある。
「やべぇな、完全にボッチじゃねえか」
ルークは不安を口にする。しかし、そんな不安も次の瞬間には払拭された。何故なら――
「ルーク!」
鈴音の声がルークを呼んだ。ルークはその声に振り返ると、ミアが早歩きでかけてくる所だった。
「ミア」
「来てくれたんだね」
「ま、まあ……」
そんなやりとりに、ルークはデジャブを感じつつ、ミアの姿に頬を赤らめた。
ルークは照れを隠すため、話題を変えた。
「そ、そんなことより、よく俺が来たって分かったな……」
「うん。ルークが来たら分かるようにしてたの」
「え、何その魔法……」
ルークはまたもや魔法の便利さに感嘆する。そんなルークの様子にミアは優しく微笑むと、話を続ける。
「受付のとこに羽ペンが浮かんでたでしょ? あれに魔法をかけといたんだ」
「あぁ、あいつか。羽ペン君に感謝だ」
「羽ペン君……?」
ルークは再び登場した羽ペン君に再び感謝する。ミアは首をかしげているので、少なくとも羽ペン君がそんな名前でないことははっきりとした。
「そいいえばロニーの奴はどこ行ったんだ?」
「うーん、さっき見たけど……ちょっと探してくるね。ルークはその間に食べ物取ってて。向こうのテーブルにあるやつ自由にとっていいから」
ミアはそういうと会場の奥にあるテーブルを指さした。テーブルの上には色とりどりの豪華な御馳走が並んでいる。
「了解、じゃあ飯のテーブルのとこで待ってるわ」
ミアは頷くと、後ろを向いてロニーを探しに行った。
その様子を見届けて、ルークも食事テーブルへ向かう。晴れ着の生徒たちは丸テーブルを囲んで談話したり、食事したり、談話しながら食事をしていたり様々だが、残念ながら誰一人として知っている顔がない。
しかし、そう思ったのも束の間だった。ルークの考えはあっという間に覆されることになる。
「これはこれは、金眼剣士ルーク・スレッドマンじゃないか」
それも、最悪の形で。