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3 『断りにくい招待』

 その後のどうなったのかははっきりとは覚えていない。

 これまでのルークの人生で一番力の籠ったパンチを頬に食らったギデオンは、頬骨にヒビが入り、殴ったルークの手も二本の指が折れた。

 この話はすぐさま学校中に広がったそうだ。伝聞系なのは、その頃にはもうルークは学校には居なかったからである。


 ハッキリ言うと、ルークの魔法の才能は皆無だった。それも簡単な初級魔法なら少しは出来るという訳でもなく、それすら出来なかったのだ。それに加え、入学早々の盛大な『やらかし』。この魔法学校を退学になるには十分過ぎるくらいだった。


 一応名目上は他の普通の学校に『転校』ということだったのだが、実質ルークは学校から追い出されたのだ。

 フラーグル魔法学校は魔法の実力主義で魔法戦士を輩出するために魔法学に特化した学校であった上、噂が知れ渡った状態の学校にルークの居場所は無かったため、それで良かった。


 その後ルークは生まれ育ったマークルに逆戻りし、そこの学校に通った。魔法学を除けば、ルークは大体の教科は勉強しなくてもできた。

 魔法学の実技は相変わらずだったが、フラーグルほどの学校ではない限り授業で実技を多くやるわけではなかったので、勉強に困ることはなかった。


 それでも魔法は日常の一部であるため、周りの生徒が学年が上がるとともに魔法を使えるようになっていく様子に劣等感を覚えていたのは事実だ。


「ルーク? 大丈夫?」


 ふと、過去を振り返って物思いにふけっていたルークにミアが横から心配そうに声をかける。その声にルークはハッと我に返った。


「ごめん。ちょっと考え事」


「そうなの?」


「う、うん……そういや、ミアはもう配属とか決まってんの?」


 過去をこれ以上掘り返すのを防ごうとルークは話題を変えた。ミアはもう少し何か言いたそうだったが、ルークの質問に答える。


「うん。最終試験の結果とか今までの成績で配属が決まるんだけど、私は王都の王国騎士団に配属されるの」


「へぇ、王都の? すげぇじゃん。大体の人ってケインズ配属って聞いてたけど」


「うん。フラーグルでの成績が認められて推薦してもらったんだ」


 数ある軍隊の中でも首都に配属されるのはなかなか凄い事のはずだが、ミアは自慢する様子もなく言い放った。

 昔からのことだが、これがミアの凄い所だ。努力家であり、それによって目を見張るような結果を上げながらも謙虚な姿勢を貫く。大体のことは初めからある程度でき、継続するということが苦手なルークはそんなミアを尊敬していた。


「ロニーも違う部隊だけど同じ王都の小隊配属だよ」


「二人とも優秀だな……ロニーか、あいつ最近どうしてる?」


「まあ相変わらずな感じ、かな? 今日も泣いて目真っ赤になってたし」


「まぁそれは……確かに相変わらずだな」


 ロニーは昔から割と泣き虫だった。さすがに今は成長して強くなっていると思うが、涙もろい所は変わっていないらしい。しかしこういったミアの地味に毒舌なところも相変わらずといえば相変わらずだ。

 何を隠そう、ルーク、ミア、ロニーの三人は幼馴染だ。三人とも親が魔法戦士であり、その家族としてケインズ郊外のマークルで過ごしていた。そんな三人は剣を習い始めたころから共に切磋琢磨してきた仲だった。


 そのため、ルークは昔からあまり変わっていない二人の様子にどこか安堵を覚えていた。


「やっぱ、人の根本的なとこってそうは変わんねえよな」


「ロニーの事? まあそれもそうだよね。昔からよく泣いてたもんね」


 そう何の躊躇もなく言い放つミアの毒舌も指してのルークの発言だったが、ミアは全くもってそのことには気づいていない様子だった。


「それで、王都にはいつ行くんだ?」


「んー、向こう行ってから手続きとかも色々しなくちゃいけないし、距離もあるから明後日には出なきゃいけないかな」


「え、マークルに帰って次の日にはもう出発?」


 ルークは予想以上に過密な予定に驚く。これではマークルでミアやロニーとゆっくりと旧交を温める時間もほとんどないかもしれない。

 しかし、ケインズから王都までは馬でも一週間はかかる距離なので、あまりこちらでゆっくりしていられないのも確かだ。


「うん。だからあんまりゆっくりできないかも」


「そっか……久しぶりにロニーの奴からかってやろうと思ったんだけどな」


 ルークは「はは」と笑い、寂しい気持ちを誤魔化した。しかしミアには見え見えの態度だっただろう。


「そこなんだけどさ、今夜、フラーグルの展望台で卒業パーティーがあるの。良かったら、ルークも来ない?」


「パーティー? そっか……でも、俺なんかが行っていいのか?」


「大丈夫、家族とか友達も招待してもいいの。知ってると思うけど、すごく大きい会場だから」


 卒業パーティーなどルークが行った所で場違い感が物凄い気がする。それに、ルークにとってフラーグルは黒歴史生産所であり、気が引けて仕方がない。

 しかし、すぐに旅立ってしまう幼馴染たちと少しでも共に時間を過ごしたいというのも事実だった。


「どうかな?」


 ミアはその空色の瞳で懇願するようにルークを見つめる。ルークはあまり乗り気ではなかったが、そんなミアの様子に断るにも断れなかった。


「……家帰ってからやんなきゃいけない事あるから、それ終わったら行くわ」


 そういうとルークは片手に持っていた買い物袋を顔の横に持ち上げる。袋の中には、黄色い美しい花が入っている。それを何に使うのというと――


「そっか……」


 ミアは花を見ると、それを察したようだった。同時にルークが乗り気ではない事も察したようで、少し残念そうな顔をした。

 そんなミアの表情を見て、ルークは罪悪感に苛まれる。しかし幸運にも、ちょうど目の前にルークが乗ってきた馬を停めている小屋が見えてきた。ルークは足を止め、


「じゃあ、俺あそこに馬停めてるから」


「うん。ありがとうね、付き合ってくれて」


「こっちこそ。久しぶりに話せて良かった」


 「じゃあ」と手を振るとルークは馬小屋に向かって歩き出す。そんなルークの背中を、ミアは見えなくなるまで見届けていた。





 ケインズから馬で約二時間、山を一つ越えた所にルークたちの故郷、マークルはある。村に入る前に、ルークはマークルのはずれで馬を停める。

 乗馬というのもルークの特技の一つだった。大地をかける馬に乗って風を受けるのはとても爽快で、ルークは乗馬が好きだった。


 それはともかく、馬から降りたルークは買い物袋を持って歩き出す。

 やがてルークは、“フィル・スレッドマン”と書かれた石碑の前で足を止めた。その隣には、“ジーク・スレッドマン”の文字が刻まれた石碑――否、墓石が並んでいる。


 ルークはケインズで買った花を取りだし、二人の墓石の前に並べた。そして、腰からぶら下げた剣の柄に触れる。ルークの目と同じ黄金色の宝石の装飾が施された剣、これは父親の形見だ。 


 あの日、空が割れた日から二年間激化した謎の敵アンドロメダとの戦争、それはあまりにも多くをルークから奪い去った。


 ルークの父、ジークは戦士であり、国を守るためにその身を捧げていたため、こうして戦いでその命を落とすことは本望だったのかもしれない。しかし、当時十歳にも満たなかったルークにはそんなことは分からなかった。そしてフィルは――


『兄ちゃん――!』


 ルークに助けを求める弟の声、その後何年もルークを苦しめ続けた悪夢が頭に響く。ルークは、その時何もできなかった自分の無力さを何度も何度も呪った。それと同時に、必ずや父と弟の復讐を果たすと誓ったルークだったが――


『残念ながら、息子さんは魔法適正が無いようですね』


 残酷にも、医者はルークと母親に向かって言い放った。


 この世界において魔法が使えないという事実は、戦士を目指すものにとっては戦争(世間的には異世界戦争と呼ばれている)の前と後では格段に意味が違ってくる。


 もともと魔法は日常的に使われてはいたものの、それを戦闘に使う者はそこまで多くは居なかった。何故なら、魔法は習得に時間を要したためである。魔法の浸透率は低く、そもそもそれを教えるような機構もあまり存在していなかった。


 しかし状況は一変した。異世界から敵アンドロメダが攻めてきたのだ。彼らの正体や目的などは現在でもあまり分かっていない。ただ未知の脅威と対面したとき、単距離攻撃しか出来なかったり攻撃力の低い武器で戦うのは限度があった。


 そこで彼らは、今まで使ってきた武器と魔法を組み合わせることにする。そうすることで、攻撃や戦術の幅が一気に広がり、彼らに対抗することができたのだ。


 現在は激化していた当時より攻撃頻度は落ち着いているが、まだ各地で襲われたという報告はたまに上がっているそうだ。それに加え、彼らの目的が分からない以上は警戒を怠るわけにはいかない。


 その為、優秀な戦士になるためには魔法が必要だった。そして不幸なことに、復讐を強く願ったルークにその才能は備わっていなかったのだ。


 フラーグルを退学になったルークは、近くの学校に通いながら母と二人で過ごしていた。あんなに好きだった剣も、それ以来はどうもやる気にならず、たまに気晴らしで振る程度になってしまった。


「はぁ……」


 ルークは、ミアやロニーが必死にフラーグルで学んできたであろう六年間の日々を怠惰に過ごした日々を思い、ため息をつく。しかし自分が今どこにいるのかを思い出し、フィルの墓石を見た。


「ようフィル。どうだこの花、綺麗だろ?」


 もちろん、青空の下に佇むフィルの墓石は何も言わない。しかし、こうやって弟の墓石に花を供え、語り掛けるのがルークの一週間に二、三度の習慣となっていた。


「今日はケインズまで行ってきたんだ。ミアとロニーの奴が卒業式でさ、すげえ立派になってたよ。あ、ロニーには会ってないけど……」


 ルークは折角だからロニーとも話しておけば良かったと今になって後悔する。とはいえ明日帰ってくるだろうからロニーが王都に行く前に話すことは叶うだろう。しかし、時間が取れるかどうかは分からない。他にチャンスがあるとすれば、


「パーティー、か……」


 ミアから誘われた卒業パーティー。二人とはしばらく会えなくなるのだから、最後の思い出作り、という訳だ。正直、あの二人と少しでも長い時間を過ごしたいという気持ちがルークにはあった。

 ロニーの事は昔みたいにからかってやりたい。そして、ミアの事は――


「――――」


 ルークは先程再会した幼馴染を頭に思い浮かべた。

 ミアは、昔から可愛かった。とはいえ、本人はあまりそういったことに関心が無かったようだし、ルークも幼馴染に対してそういう目を向けたことは少なかった。無かった訳ではないが。


 しかしこのまともに話してこなかった数年間という空白のせいか、ミアがあの頃とは違って見えた。あどけなさが見え隠れする凛々しい顔や、お世辞にも豊かとは言えない胸など、変わっていない部分もたくさんあった。

 しかしそれでも、ルークには先程のミアがまるで他の世界を生きてきたかのように思えた。


「どう思う?」


 どうすべきか、もうルークの心は分かっていた。しかしそれを実行に移す勇気が出ず、ルークはフィルに問いかける。

 依然、もちろん墓石は何も変わらない。しかし――


――行ってきなよ、兄ちゃん。


 フィルが行けと言っているように感じられた。本当は、ルークの心がそう感じさせただけなのだろうが、ルークはフィルに責任を押し付け、


「お前がそこまで言うなら行くしかねえか」


 そういった自己満足で自分の背中を押し、ルークは立ち上がったのだった。

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