2 『エルフの少女』
柔らかく、ふんわりとした感触が腹に当たる。腹の傷は幸いにも塞がっていた。しかし彼女の勢いに負け、ミアの体は押し倒されそうになる。後方に壁があったのが救いだった。
桃色の髪の少女は部屋に入ってきた途端、訳も分からずにいたミアに抱き着いた。
「寂しかったよぉ!」
彼女はミアのない胸に顔を擦り付ける。
ミアは全く話に付いていけていない。そもそも何故彼女は自分の事を知っているのだ。
むせび泣く彼女をミアはなだめようとする。これではまともに話も出来ない。
「ちょ、ちょっと落ち着いて!」
*
「私はリリィ。さっきはごめんね」
リリィは椅子に腰を掛けて言う。
先程の事件から五分、やっとの事で彼女から解放されたミアは彼女から事情聴取をしている所だ。
「う、うん、もう大丈夫だよ……」
ミアは若干引き気味で言う。初めのリリィの勢いは衰えたものの、浮き沈みの激しい子だ。
「管理人さんからミアちゃんが着いたって聞いて、大急ぎで来たんだよ。あ、ミアちゃんでいい?」
「うん……」
独特なテンポにミアは苦笑を浮かべる。取り敢えず、これで彼女がミアの名と到着を知っていた事に納得がいった。
「いやぁ、ずっと待ってたから、ついつい感極まっちゃってさ」
「ずっと?」
「うん。そうだ、言ってなかったね。リリィもミアちゃんと一緒の第七小隊だよ」
そう言うとリリィは胸に付いた紋章を見せびらかすように、大きく膨らんだ胸を張る。王国騎士団の紋章だ。もちろん、リリィもこう見えて兵士の一人なのだ。
「そうだったんだ」
「うん。でも同じ小隊なんだけど、リリィたち以外全員男なの。もうむさ苦しくてさ。だからこの一か月、ミアちゃんが来るのをずっと待ってたんだよ」
「そ、そうなんだ、何かごめんね」
ミアは何故か責められているような気分になって謝る。
しかし彼女の口からは貴重な情報を得られた。体格や力でも勝る男の方が多いとは聞いていたが、同じ小隊はほとんど男のようだ。それは前々から覚悟はしていた事である。
「ううん、大丈夫。それよりも、リリィはミアちゃんが来てくれたことが嬉しくてたまらなくて。だから、これからよろしくね」
そう言うと、リリィは小さな手を差し出す。最初はかなり驚いたが、悪い子ではなさそうだ。まだ彼女のペースにはついていけないが、何より、ミアは自分の到着を喜んでくれていることが嬉しかった。取り敢えずは、二人しか知り合いがいなかった王都で三人目の友達が出来た。
「うん、よろしく」
ミアはその手を取った。
「リリィちゃん、それでなんだけどさ……」
「ん?」
「取り敢えず、ベッドの上片付けてもらってもいい?」
*
ミアの助けもあり、部屋中に散らかっていたリリィの私物はあっという間に片付いた。
綺麗になった部屋で、ミアは改めて自分のベッドに腰を掛ける。二人で暮らすには十分な広さの部屋だ。
「ミアちゃんってさ、フラーグル出身なんでしょ? しかもトップで卒業したんだって?」
「うん、まあ……よく知ってるね」
「ふふん、ある情報源で得たのさ」
リリィは胸を張って言う。まだ子供のような容姿の彼女だが、何故かその姿は様になっているように見えた。
「それにしても、やっぱり本当だったんだ。霹靂剣士、ミア・フォークス! その剣撃は雷のように重く、その身のこなしは閃光の如く素早い。いやぁ、そんな方とご一緒出来るとは、恐縮です恐縮です」
「いやいやそんな事……」
ミアは何故か敬語になるリリィの言葉に謙遜する。いつの間にか付けられた大げさな二つ名を聞き、ミアはルークの事を思い出した。彼は幼い頃、よく金眼剣士などと名乗っていた。
「リリィちゃんはどこの学校?」
「リリィはノーズワルト魔法学園出身だよ」
「ノーズワルトって……北の?」
ノーズワルト魔法学園は、フラーグルに並ぶ国内有数の魔法学校だ。また、北部は今では少なくなってしまっているがエルフ族が住んでいる地域でもある。リリィの尖った耳にミアの目がいった。
「うん。だから、この辺は暑くてさ」
そう言うと、彼女は服をパタパタと仰ぐような仕草をしてみせる。その仕草は、あどけなさが残る顔立ちと比べて随分と妖美なものであった。しかし、本人にそのつもりは全く無いようである。
「うん? どうかした?」
あっけらかんとしたリリィの様子に、ミアは自分が赤面していたことに気づく。
「いや、何か、思ってたエルフの感じと違うなって思って」
勝手にミアが思い描いていた事だが、今までに習った歴史や話からして、彼女たちはもっと静かな感じだと考えていた。しかしリリィの様子は、想像とは真逆である。
「良く言われるよ。まあ、エルフにも色々いるからね」
「そうだよね……そういえば、リリィちゃんって何歳なの?」
「私は十八だよ。多分ミアちゃんと一緒?」
エルフの寿命は人間の数倍と言われている。リリィがミアと同い年でありながらも、彼女の方が幼く見えるのはそのせいかもしれない。ただ、体の発育は逆だ。
「うん。同い年だね」
「そうなんだね! まあ、若いもん同士仲良くやっていきましょう!」
その後ミアはリリィと共に行動をし、そうやって王都での一日目は終わっていった。人の行き来が激しい街並みと、リリィの独特なテンポに馴染むのにはまだ時間が掛かるかもしれない。
しかし、本番は明日からだ。遂に、念願の王国騎士団に入団して彼らの一員となる。
ミアは期待に胸を寄せつつ、込み上げる不安と戦いながらゆっくりと眠りに落ちていった。