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26 『運命の揺り籠に揺られる仔羊たち」

 ルークはソファに座りながら、天井で光る照明を見つめていた。

 アンドロメダの照明は魔法で光っているマギアヘイムのものより明るく、簡素な作りをしている。こんなに小さい所からでも、技術の違いをひしひしと感じることが出来た。


「ルーク様……?」


 シャノの弱々しい声が聞こえ、ルークはふと視線を落とした。

 反対側のソファの上で寝ていたシャノはいつの間にか目を覚まし、上体を起こしている。ルークを見つめるその顔はどこか不安げだ。


「シャノ! 起きたか!」


 ルークはすかさず歓喜の声を上げた。そして腰を上げ、状況を飲み込めずにいるシャノの近くに寄る。

 彼女は困惑した様子でルークに尋ねた。


「ここは……?」

 

 シャノは部屋を見渡した。彼女が困惑するのも当然だ。

 狭い部屋に、二つのソファがテーブルを囲むようにして置かれている。質素な部屋で、周りにあるのは三つの扉だけだ。


 また時折揺れたりするため、今自分たちが移動しているという事が分かる。


「どこまで覚えてる?」


「えっと……確か、ドローン達に囲まれていた所に地上船が来て、その中から……」


「変な男が出てきた。じゃあ記憶は大丈夫だな。そこで急にシャノが気を失ったんだ」


 船から出てきた男を見た瞬間、ルークが支えていたシャノの力が抜けていった。しかし目をつぶったシャノの表情は、どこか安心しているように見えた。


「まあ、大分無理してたんだもんな。よく頑張ったよ」


 シャノは足に酷いけがを負いながらも、片足だけを使ってルークと共に逃げ続けた。ルークもそうだが、彼女はかなり披露していただろう。


「それで、そのあと何が?」


「あの男に助けてもらったんだ。船に乗って、俺も疲れてたからすぐ寝ちゃったけど。で、目覚めたら怪我は治療されてたんだ」


 ルークは切り傷があった自分の腕を見せる。傷の上から包帯が巻かれており、他に怪我をしていた部分も手当てされた形跡がある。

 シャノもまた、頬の痣に治療が施されている。足の傷は掛布団に隠れているが、きっと同じように治療されているだろう。


「つまり、ここはあいつの船の中」


「そうだったんですか。あの方は一体……」


「さあ。実は俺もついさっきまで寝てて、あいつとはほとんど話してないんだ。でも助けてくれたし、手当てしてくれてるんだから悪い奴じゃなさそうだな」


 彼の装いは不気味だったが、あと一歩で命を落とすところを救ってもらった。そんな相手を不審がるのは流石に失礼だろう。


「大丈夫か、シャノ」


「はい。足の痛みも引いてきています。まだ、完治には掛かりそうですが」


「そっか……」


 ルークが尋ねたのは、体の事もそうだが心の傷の事も兼ねていた。

 この数日間は、彼女にとって劇的な日々だっただろう。自分の信じていたものが崩れ去り、新しい価値観が生まれた。

 きっと、シャノは大きな衝撃を受けただろう。


「私は、ミアさんなんですね」


「……!」


 シャノは下を向きながら呟いた。

 この世界の仕組みについて知ってからは逃げることに必死で、ルークはヘルツォークが言ったことを深く考えられていなかった。

 しかし彼の告白により、ミアとシャノがそっくりだったことに納得がいった。そもそも、二人は同じ人物だったのだ。それも違う世界の。


「私は自分の名前も知らずに育って、ずっとあの研究所で働いて……そんな私には、全く別の人生があったんですね」


 人生に順番をつけるのは不適であろうし、シャノとミアがどんな人生を歩んできたのか詳しくは知らない。

 それでも客観的に見ると、ミアの人生の方が充実しているのは明らかだ。


 シャノは物思いにふけっているような顔をしているが、何を考えているのだろうか。


「シャノ……」


「正直、ミアさんが羨ましいのは事実です。でも、私がこの人生を歩んできた事に後悔はありません」


 シャノはきっぱりと言い放った。ルークはそんな彼女の姿に少し驚きを覚える。


「きっと、間違ったこともしてしまったと思います。それでも、私があそこに居たことは、間違ってなかった。だって、ルーク様に出会い、助けることが出来たんですから」


「――――」


「きっと、私はこのために生まれてきたですね。ルーク様を外に導きだし、もう一人の私、ミアさんにもう一度会えるように手助けする。ルーク様の願いが果たされるように、微小ですけどこれからも尽力します」


 シャノはルークの顔を真っ直ぐに見た。

 初めて会った時、彼女いちいち何かをやるときに迷っていた。今のシャノはそれとは比べ物にならない程、はっきりとした意思を持っているように感じられる。

 しかし、


「ありがとな、シャノ。でも、ちょっと勘違いしてるぜ。シャノが生まれてきたのは、俺を助けるためだけじゃない。自分の人生を生きるためだ」


「ルーク様……」


「シャノはもう自由だ。だから、自分のしたいことをやったらいい。今まで出来なかった分、好きなこと一杯やったらいいんだ」


 ルークはシャノに笑顔を向けた。

 彼女は失われた時間の分、楽しく生きる権利がある。ルークは彼女に自分で選択して欲しかった。そのため、彼女にルークの旅に付いてくるように強要するつもりはない。


「好きなこと、ですか……」


「ああそう、何がしたい?」


「……今は、ご飯が食べたいです」


 シャノは頬を赤めて、恥ずかしそうに言った。そんな彼女にルークは思わず吹き出してしまう。


「わ、笑わないでください! そんな、ルーク様みたいに立派な目標なんて思いつきません……」


「ごめんごめん、つい。確かにしばらく何も食ってないもんな。俺も腹減ったよ。でも、俺の目標なんて大したことじゃないよ。幼馴染に謝るって、五歳でも出来るような事なんだからさ」


 顔を真っ赤にして焦るシャノを見て、ついつい口角が緩んでしまう。しかしルークの目標が立派だなんてとんでもない。


 ルークはヘルツォークが言っていた運命の話を思い出した。彼の話が正しければ、ルークに残された時間は僅かだ。

 もちろん、彼の話を何から何まで信じる確証はない。しかし、嘘だと決めつける証拠もない。ならば、ルークが死ぬ可能性はゼロではないという事だ。


「ルーク様?」


 考え込んでいたルークの名をシャノが呼ぶ。彼女の声に、ルークは我に返った。


「ごめんごめん」


 今そんなことを考えても仕方がない。それにヘルツォークでさえ、ルークがどうなるかについては確証を得ていなかった。

 何も分からないのだ。それなら、分からないなりに手探りでやっていけば良い。


「まあ、今できる事、今やりたいことからやっていけばいい。どうなるかなんて分からないいんだからさ。そのうち、大きな目標とかも見つかるよ」


「はい。それまでは、足でまといかもしれませんが、ルーク様の手伝いをさせてもらってもいいですか?」


「それがシャノのしたい事だったら、大歓迎だ。むしろこっちからお願いしたいとこだよ」


 ルークの言葉に偽りの気持ちは一切なかった。何も知らない異世界で、一人で生きてなど行けない。

 誰を連れて行くか選ぶことが出来ても、ルークは間違いなくシャノを選んだだろう。本人には言わなくても、シャノに幸せになってもらう事こそ、もう一つのルークの目標なのだ。


「でも一つ、条件がある」


「な、何でしょうか……?」


 指を立てて言うルークに、シャノは恐る恐る尋ねる。

 ルークが彼女に要求するたった一つの条件。それは、


「俺のこと、呼び捨てにしてくれ」


 シャノはずっとルークを様付けで呼んでいた。なぜそうなったのかは知らないが、呼び捨てにしたのはゴミ集積所に締め出した時のみだ。

 もしかすればその後は呼び捨てになるかと期待していたが、結局元に戻ってしまっていた。親しみの気持ちを込めて、出来れば呼び捨てで呼んで欲しい。


 シャノはクスクスと笑った。ルークの提案がよほど面白かったのだろうか。


「はい、分かりました」


挿絵(By みてみん)


「ありがとう、ルーク」


 頬を赤らめながら上目遣いでシャノは言う。

 その表情がミアと重なった。当然のことだ。二人は同一人物なのだから。


 しかしルークは、この瞬間に奇跡を感じた。もう一つ世界という、距離では測れないような遠い場所で、再び彼女に出会った。

 これこそ、ヘルツォークの言う『奇跡』よりもよっぽど素晴らしく、何事にも代えがたい『奇跡』なのではないだろうか。


 ルークは、彼女に笑顔を返した。


 その時、急に揺れが激しくなってルークは体勢を崩す。揺れは直ぐに収まり、やがて動いている感覚も消えた。どうやら、船が停止したようである。


「お、やっと起きたか」


 後方から乾いた男の声が聞こえ、ルークは驚いて振り向いた。そこには、ドアの端にもたれかかるマスクの男がいた。


「あんたは……」


「お前らの救世主ってとこだな」


 そう言うと、男は二人の反対側のソファに座り込んだ。ルークはもたれる彼を見ると、感謝の気持ちを述べる。


「あんたが助けてくれたんだよな、ありがとう」


「ありがとうございました」


 シャノもルークに続く。男は二人を交互に見ると、大きく息をついた。その息の音さえ、機械を通した乾いた音に聞こえる。


「いや。まあ、それが運命の導きって奴かな」


 ルークはその言葉の意味が良く分からなかった。しかしそれよりも、聞かなければならないことが山ほどある。

 なぜ彼は二人を助けてくれたのか。そもそも、彼は誰なのか。


「教えてくれ、あんたは何者なんだ……?」


「名乗るときはそっちからだぜ、兄ちゃん」


「……俺はルークだ。それでこっちが……」


「わ、私はシャノと申します」


 二人が名乗ると、男は満足そうに頷いた。そして、彼は自分の事を語り始める。


「よし、オレの名前はロイ・ジュリアス。まあこっちの世界じゃ、サージで通ってるけどな」


「ちょ、ちょっと待て、こっちの世界って……」


 ルークは彼の言葉を中断する。彼の放った言葉が意味するのは、


「そうさ、ルーク。オレはお前と同じ、マギアヘイム人だ」


これで第一章本編は完結となります。

ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます!

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