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24 『おおよそ1秒先の未来』

「ここに残るだと?」


 ルークは顔をしかめた。ヘルツォークは「ああ」と頷くと続ける。


「死ぬ運命の人間が世界を渡った時、どうなるのか見てみたいんだ。そういう研究はほとんどされていないからね。大丈夫、安全は保障するよ。この施設に許可なく出入りするのは不可能だ」


「なら俺はどうなるんだ? 死ぬ運命は?」


「分からない。だから研究するんだ。悪くない提案だと思うけどね」


「……もし断ったら?」


 ルークが問うと、ヘルツォークが手をかざした。するとシャノを抱えているドロイドとは別のドロイドが現れ、彼の隣に並ぶ。そしてそのドロイドは、ルークに銃を向けた。


「君には死んでもらう。今ここでね」


 ルークは後ずさりする。遮る物が少ないこの部屋では、銃による攻撃を逃れるのは困難だ。しかしこの部屋から出ようにも、ドアは十メートル以上後ろにある。そこまで行く前に撃たれてしまうだろう。


「判断材料として、私の見解を述べておこう。あくまで予測だが、かなりの確率で君は助からないだろう。それはどこに逃げたって同じ、死ぬ運命からは逃れられない」


「じぁ、じゃあ――」


「でも、例えそうだとしても、ここに残れば君は何一つ不自由しない。可能な範囲で望んだものは与えるし、不必要な干渉はしないと約束しよう。こんな待遇、滅多に受けられないよ?」


 ヘルツォークは肩をすくめる。

 きっとこの状況を彼の本意ではなかったのだろう。それでも、シャノの訴えを受けて妥協案を出した。そんなヘルツォークを信じても良いのだろうか。


「ここから出ても、君を待っているのは冷たい現実だけだ。君に手を差し伸べる者は居ないし、きっとひどい扱いを受けるだろう。例え運命を乗り越えられたとしても、故郷に帰る術はない。故郷を夢に見ながら、孤独に死んでいく事になる」


 ルークはここから出る事に集中するあまり、出てからの事にまで考えが及んでいなかった。


 この先、どうやって生き抜くのか。どうやってマギアヘイムに帰るのか。アンドロメダがマギアヘイムの並行世界だと分かった今はなおさらだ。

 二つの世界は、距離という次元で結び付いているのだろうか。ルークは本当に帰る事が出来るのか。


「その点ここに残れば、君は最期の瞬間まで良い生活を送れる。どうせ死ぬ運命ならば、あえて苦しい選択肢を選ぶ必要はない。簡単そうに見える道が、必ずしも悪い道とは限らないんじゃないかな?」


 この場合、どちら道が簡単かどうかは明白だ。マギアヘイムを目指す道は、あまりにも前途多難であろう。そんな道を選ぶくらいなら、もういっそ――


「さあ、どうする?」


 ヘルツォークは問う。チャンスは一度きりだ。

 

「……お前の言う通り、俺は何にも分かってなかった。シャノのことも、研究のことも、世界のことも」

 

 ルークはシャノを力なくこちらを見るシャノを見つめ返す。

 身寄りのなかった彼女を救ったのはヘルツォークであり、彼にはきっと大きな借りがあるのだろう。そんな相手を裏切ってまで、彼女は助けてくれた。ルークはシャノの事を何も分かっていなかった。


「なのに、勝手に分かった気になって、偉そうなこと言って……バカみたいだよな」


 シャノにも、ライラにも、ヘルツォークにも、ルークは声を荒げて怒鳴った。自分の知る限りの知識で、彼らを悪役にした。彼らの言う事もろくに聞かず、お前たちは最低だと責め立てたのだ。


「無知は罪ではない。皆学んでいくんだ。じゃあ――」


「でもな、ヘルツォーク」


 ルークは下を向き、少し離れたところにいる白髪の男の名を呼ぶ。


「お前だって俺の事、何も知らないだろ!」


 顔を上げると、ヘルツォークに向かって声を張り上げた。


「お前が言う通り、俺はあと数年の命なのかもしれない。外に出たって、家に帰る事は出来ないのかもしれない」


 アンドロメダは、きっとルークにとっては厳しい世界だろう。そんな世界を生き延び、無事に家に帰るなど不可能なのかもしれない。

 結局何も出来ないまま、運命に追いつかれてしまうのがオチなのかも。しかしそれでも、


「でも、俺は帰らなきゃならない! マギアヘイムに帰って、ミアに謝るんだ!」


 ルークには帰らなければならない理由がある。例え右も左も分からないような場所に放り込まれても、帰らなくてはならないのだ。


「だから、こんなとこで呑気にしてられっか! そんな提案、こっちから願い下げだ!」


 ルークはそう豪語した。

 何が何でも、ここから逃げ出して家に帰る。そして、ミアに自分の行いを謝罪する。それまでルークは死ぬわけにはいかない。ルークに立ち止まっている暇などないのだ。

 ヘルツォークは大きくため息をついた。


「君の主張は分かった。シャノの願いを無下にするとは。非常に残念だよ」


 ヘルツォークは再び手をかざした。すると、ドロイドが動き始める。

 ルークはすかさず転んで近くのテーブルに隠れた。


「じゃあね、ルーク。君には失望したよ。結局、君の人生には意味などないんだね」


 その言葉を最後にヘルツォークは向きを変え、部屋から出て行こうとする。シャノを抱えたドロイドもそれに続いた。


「シャノ!」


 彼女を取り戻さなければ。それが、ルークが戻ってきた理由だ。

 ドロイドがこちらに向かってくる。それを迎え撃つように、ルークはテーブルから飛び出した。


 その勢いでパイプを思い切りドロイドにぶつける。先程までの作戦通り、頭部を狙った攻撃は命中した。銃の乱射を防ぐため、ルークはドロイドを徹底的に破壊する。


「よし、これで……」


 ドロイドはぐちゃぐちゃに潰れた。これで襲い掛かってくる心配はないだろう。

 ルークはヘルツォークの方を見る。彼らはもうこの部屋から出ようとしているところだ。


「待て!」


 ルークは彼らに向かって駆け出す。

 シャノを抱えたドロイドを彼女に注意しながら倒せば、彼女を取り戻せる。そう考え、ルークはドロイドに飛び掛かる。


 しかしその時、ヘルツォークがこちらを振り向いた。まるで、こうなることは想定内だったかのように冷静な表情で。そしてその手には、ブラスター銃が――


「――!」


 気が付いた時にはもう遅い。光の銃弾は発射され、ルークへ向かって直線に飛んでくる。


 まるで、全てがスローモーションになったかのようだった。ルークは反射的に攻撃を防ごうとパイプをかざすが、もう間に合わないだろう。


 そして銃弾はルークの体に――


「――!?」


 当たることはなかった。

 驚いたのはルークだけではない。ヘルツォークもシャノも、目を見開いている。ドロイドさえ動きを止め、この場は時間が止まったかのように硬直状態になった。


 ルークは鉄パイプから煙が出ていることに気が付く。よく見ると小さい焦げたような痕跡がある。それが意味するのはただ一つ。


 ルークは、銃弾を防いだのだ。


「バカな、あり得ない!」


 ヘルツォークはさらに銃を撃つ。しかし、ルークはそれを全てはじいてのけた。


 高速で動いたという訳ではない。光の銃弾の弾道が、どのように飛んで来て、どこに当たるのかが見えたのだ。それも文字通り。

 そのためルークの感覚としては、攻撃からは一足遅く防御をしている。ルークの持ち前の反射神経でも、流石に銃弾より早くは動けない。しかしすべての攻撃を防ぐことが出来ていた。


 不思議な感覚である。まるで、現実を生きながら同時に一秒ほど先の未来を見ているようだ。


 活用しない手はない。ルークはヘルツォークに一気に間を詰める。彼はルークへ向かって発砲を続けるが、それも全て防いだ。


 そしてヘルツォークの持つ銃を弾き飛ばす。ずっと愉快そうだった彼の表情からは、今でははっきりと焦りを感じることが出来る。


「俺の人生に意味がないだって?」


「ま、まて――」


「少なくとも、この瞬間には意味があるぜ、ヘルツォーク。今までのお返しだぁぁぁ!」


 思い切りパイプを横に振り、ヘルツォークの横っ面にぶつける。彼はあまりにも勢いよくぶたれ、血を吐いた。

 そしてそのまま、首をぐったりとさせる。動かないところを見ると、彼はたった一発で気絶したようだ。偉そうにしていた割には、大したことのないやつである。


 ルークは振り返り、固まっているドロイドの頭をぶっ飛ばす。ドロイドのシャノを持つ腕が崩れ、ルークはすかさずシャノを受け止めた。


「シャノ、大丈夫か!?」


「……は、はい。ルーク様、目が……」


「え、目?」


 ルークはシャノに言われ、自分の目に手を近づける。すると、右眼にかざした手のひらが赤くなっていることに気が付いた。


「目が光ってる……?」


 この世界のルークから移植された赤い眼球。それが今、何故か赤い光を発している。先程の力と関係があるのだろうか。しかし今はそんなこと気にしている場合ではない。


「シャノ、逃げるぞ!」


 ルークは反対側のドアの方を見た。ルークはここまで何も考えずに来たため、道は全く覚えていない。しかしシャノの助けがあれば、もう一度ゴミ集積所に戻ることは可能であろう。


「ルーク様、どうして」


 ルークは名前を呼ばれ、シャノの方を見た。彼女は訴えかけるような目でルークを真っ直ぐに見つめている。


「どうして戻ってきたんですか」


 彼女からすれば、ルークの行為は裏切りである。彼女の善意、人生をかけた勇気ある行動を、ルークは無下にしてしまったのだ。それだけ聞けば、責められても仕方がない。


「あんなに、逃げてって言ったのに……」


 シャノは、今にも泣きだしそうだ。しかし、 

 

「いいかシャノ、よく聞け!」


 ルークは彼女に向かって声を張る。俯いていた彼女は、驚いて顔を上げた。


「シャノの言う通り、正しいこと、人を助けるのに理由なんていらねえ」


 彼女は二日前、ルークが何故自分を助けるかと聞いた時にそう語った。確かに、彼女は正しい。その考え方は立派なものであるし、ルークも見習うべきだと考えている。


「でもな、友達を助けるときは、向こうがどれだけ拒否しても、無理やり手引っ張ってやるもんなんだよ!」


 シャノはルークの言葉に目を見開いた。


「だからお前が何て言おうと、俺はシャノを連れ出す!」


挿絵(By みてみん)


 そう言うと、ルークは手を差し伸べた。あの時、友達になるために差し出した時と同じように。

 シャノはルークの助けを拒んだ。自分の人生の意味と言い、ルークのことを跳ね除けた。

 それでも、何度拒まれても、ルークは彼女を助けてみせる。自分の為に、彼女の為に。何故ならそれが、友達というものだからだ。


「……はい」


 そう声を震わせながら言い、ルークの手を取る。

 シャノの表情には、もう迷いを感じなかった。


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