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16 『プラムバーグ脱出計画Part 2』

「ほんとにやらなきゃダメ?」


「はい、もちろんです!」


 ここは食料庫。観察室から脱出し、警備ドロイドを躱しながらついにここまで辿り着いた二人は、シャノが予め用意していたルークが隠れるための箱を見つけたところだった。

 しかし、ここまで来てルークは尻込みを始める。何故なら、


「これ……」


 ルークは、箱の中に山積みになった黄色い果物の一つを手に取った。そしてそれを顔に近づける。


「すっぱ!」


 鼻を突く酸い匂いがし、ルークは顔をしかめた。柑橘系の匂いだが、かなり強烈だ。それなのに、シャノは全く平気そうな顔をしてその果物を手に持った。


「オライモンという果物です。私は成れているから大丈夫なのかもしれませんが、匂いだけでそんなに酸っぱいでしょうか?」


「めちゃくちゃ酸っぱいよ! これに埋もれろって言うのか!?」


「はい、お願いします」


 シャノの作戦は、ルークにとっては恐ろしいものだった。

 ルークは箱の中に入り、カモフラージュとしてこのオライモンの中に埋もれる。そしてシャノが箱ごとルークをゴミ集積所まで運び、そこまで行けばもう安全だ。


 初めに聞いた時は何も異論は無かった。しかし埋もれる果物を目の前にして、ルークは拒絶した。


「そんなことしたら窒息死するって!」


「大丈夫です。箱の底に小さな穴を開けておいたので、呼吸は出来ます」


「いや、そういう問題じゃなくて……」


 シャノの見当違いな返答に、ルークは肩を落とす。

 いくら呼吸が出来ても、自分を覆うほどのオライモンに囲まれていては匂いにやられる。鼻を通る空気が全て酸っぱければ、呼吸どころではない。


「オライモンは腐ると酸味が増し、酔い覚ましとして使うことも出来ます。でもあまり知られている事ではないので、腐ったから捨てると言えば見逃してくれるでしょう」


「やっぱ酸味増してんじゃん! 他に捨てれそうなの無いの?」


「そうですね……ゴミでも良いとおっしゃるのなら」


「……分かったよオライモンで我慢するよ……」


 それは流石に無理だ。残念ながら、もう他に選択肢は無いようである。ルークは落胆し、渋々オライモンに飛び込むことを承諾した。





 真っ暗な箱の底で体を丸め、ルークはオライモンの匂いと格闘していた。

 幸い、ルークの周りのオライモンはまだ腐っておらず、先程のオライモンと比べれば匂いはそこまできつくない。しかし大量の果物の下敷きになるというのはなかなか奇妙な感覚だ。


 ルークは鼻をつまみ、なるべく口で息をするようにしていた。


「では、そろそろ行きます。大丈夫ですか?」


「うん、はやぐいご」


 ルークが返事をすると、箱が揺れて動き始めた。ルークが入った箱を台車に乗せ、シャノが押しているのだ。


 ルークの視界は真っ暗なので、状況を把握するには耳に頼るしかない。

少しすると、ドアが開く音がした。ドアの向こうには通路がある。脱走の再開だ。


 そう意識した途端、匂いの事があまり気にならなくなってきた。それよりも、今から高確率で警備ドロイドに遭遇するが、上手く誤魔化すことが出来るかどうか。

 シャノはオライモンが腐っても食べられることを警備の人間は知らないだろうと言っていた。本当に大丈夫だろうか。



 暗闇の中で、台車の車輪が転がる音とシャノの足音だけが聞こえる。鼓動が早まる中、ルークはひたすら計画が上手くいくことを祈り続けていた。

 通路に出てから恐らく二分ほど経ったが、今のところは警備ドロイドに声を掛けられていない。ゴミ集積所までは五分程と聞いていたので、あと少しで半分といったところだろうか。


 しかし油断してはいけない。ルークはただ息を潜めるしか出来ることは無いのだが。


 その時だった。


「おい、お前」


 突然乾いた男の声がする。警備ドロイドが来たのだ。


「こんな時間に何をしてる?」


 また冷や汗をかいているのを感じる。ルークは心の中でシャノを応援した。この場を切り抜けられるかは、完全に彼女に掛かっている。


「ゴミを出しています。勤務時間が終わる間近に気づいてしまい、夜のうちに片づけてしまおうと思いまして」


「ふーん、ゴミねえ」


 男の声はどこか不満気だ。その声にルークも大丈夫かと不安になる。男の声は続けた。


「何でゴミが入荷用の箱に? それも随分大きいな」


「オライモンが入っています。いつの間にか腐ってしまっていたようで」


 シャノはルークとの打ち合わせ通りに話を進める。

 恐らく警備ドロイドのものと思われる車輪の音が近づいてきた。何か異常を感じたのか。


 車輪の音が箱のすぐ横で止まる。ドロイドは箱の中身を確認しに来たのだ。ルークは息を殺す。


「こんなに捨てるのか?」


 箱の蓋が開き、ほんのり警備ドロイドの赤い光が見える。ドロイドとルークの距離は、一メートルも離れていない。


「はい。一つが腐っていると、どんどん他のオライモンも腐っていってしまうんです。なので、少しでも腐っているものはすべて捨てようと思い、仕分けをしていたらこんな時間に」


 シャノは淡々と述べた。何も知らない人からすれば、今の説明は筋が通っていて納得のいくものだったはずだ。


 しかし、万が一このドロイドを操縦している人がオライモンが腐っても食べられることを知っていたら。ルークはとてつもなく不安になる。


「……そうか。早く仕事を済ませろ」


 幸運なことに、その心配は杞憂だった。箱を閉める気配があり、ドロイドの車輪が転がる音が聞こえる。その音は、徐々に小さくなっていった。

 どうやら、警備ドロイドは去ったようだ。


 ルークは大きく息を吐く。彼が無知で良かった。

 シャノも安心したようで、小さく息をつくのが聞こえた。ルークはシャノに賛辞を送りたかったが、ぐっと堪える。それはゴミ集積場に着いてからだ。

 

 そして再び台車は動き始める。


 緊張がほぐれた途端、オライモンの匂いと台車の小刻みな揺れが気になってきた。しかし、もう大丈夫だ。あとはゴミ集積所まで辿り着けばいいだけ。

 ルークは安堵から笑みを浮かべる。どうせ誰も見ていないのだし、別にいいだろう。


 ついに、この脱出計画の終着点が見えてきた。籠の中の鳥もあと少し、この研究所から自由になれる。そう思った次の瞬間だった。



 急に何かが倒れたような大きな音がした。そしてルークの入っていた箱が急に傾く。


「――!」


 ルークの視界が明るくなり、オライモンの匂いから解放される。それはルークが箱の中から放り出された事を意味していた。


――何があったんだ?


 床に倒れ込んだ衝撃で頭を打ってしまい、ルークは悶える。頭痛に耐えながら顔を上げると、自分の周りに箱に入っていたはずの大量のオライモンが転がっていた。

 そして前方に先程の衝撃音の正体があった。ルークの身長程ある金属の箱が倒れている。


 シャノも、ルークのすぐ隣に倒れていた。状況からすると、倒れてきた箱を避けようとしたところ、台車のバランスが崩れて倒れてしまったようだ。

 しかし、金属の箱は見るからに重そうだ。そんなものが勝手に倒れるのか。


 その時、ルークは箱の上に誰かが立っていることに気が付いた。


「夜中に抜け出して何をしているのかと思えば」


 それは、初めて聞く少女の声だった。ルークは立ち上がって彼女を見る。

 暗い銀髪を長く伸ばした少女は、シャノと色違いの服を着ている。しかしシャノとは違い、彼女は危険で冷たい雰囲気を漂わせていた。


「まさか被験体を脱走させているとは。飼い犬に手を噛まれたわね、シャノ」


「ライラさん……」


 シャノはこの少女の名前を呼んだ。これで大体状況が分かった。

 恐らくこのライラという少女はシャノと同じ立場、つまりここに住み込んで働いていて、シャノが居ないことに気付いて追いかけてきたのだ。とんだ盲点だった。

 ライラは、鋭い目つきでこちらを睨んでいる。


――考えろ、考えろ……


 ルークは頭を捻って解決策を探る。どうすればこの状況を切り抜けられるのか。マズい、このままではルークの脱走が失敗に終わる上、シャノの裏切りがバレてしまう。

 その時、横にいたシャノが口を開いた。


「ち――」


「お前は黙ってろ!」


 シャノは怒号に驚いた。何故なら、それを放ったのが隣に居たルークだったからで、更にルークが彼女を突き飛ばしたからだ。

 シャノは、箱から溢れ出すオライモンの山の上に倒れた。


 ルークはそんなシャノの様子に構わずに叫ぶ。


「余計なことを喋るんじゃない!」


 ルークには、もうこれしか考えつかなかった。シャノが自分から協力したのではなく、ルークに脅されてやったのだと思わせる。そうすれば、シャノの裏切りはバレないかもしれない。


 この二人の様子をどう思ったのかは分からないが、ライラは「ほう」と目を細めた。

 余計な詮索はされまいと、ルークはライラに話しかけた。


「おい、ライラか誰だか知らねえけど、どいた方がいいぜ。痛い目に遭いたくなければな」


 なるべく悪そうに言ったつもりだが、内心かなり焦っていた。もし彼女が武器を持っていたら、戦う訓練を受けていたら。しかし今はもうどうしようもない。戦うか、捕まるかだ。


「痛い目、ですか。それはこっちの台詞ですよ」


 ライラは余裕そうに微笑んだ。すると、先程の音を聞きつけたのか、警備ドロイドが後方からやって来た。

 ライラは、警備ロボットを呼ぶのと道を防ぐために箱を倒したのだ。


 前にはライラ、後ろには警備ドロイド。武装した警備ドロイドを抜くのは無理だ。

 迷わずルークは勝算がありそうなライラの方へ向かって行く。彼女を倒して、真っ直ぐ走れば逃げることが――


「――うっ!」


 しかし、背中に電気が走る。振り向くと、ドロイドが銃を片手に持っているのが見えた。

 それを見たのを最後に、カーナンの時と同様に体の力が抜けていく。しかし今回は、体中に痺れと痛みを伴って。


 ルークは床に仰向けに倒れる。すると、勝ち誇ったような笑みを浮かべるライラがルークを見下ろしてきた。


――ク、ソ……


 折角ここまで来ることが出来たのに、こんな所で、こんな無力に見える少女に負けるなんて。せめて、シャノの事だけはバレませんように、そう祈った。


 そして、ルークは意識を失った。


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